第百十二話 武闘褒賞の儀
全員が眠れぬ一夜を過ごし、薄暗いうちから身支度を整えて集まっていた。昨日のクルエル将軍の動向が気になる事と、パルダーシュ辺境伯領がどうなるかという事が論点になっている。
「フィリウス様。万が一は知らぬ存ぜぬで通してください、全ては私の一存でやった事にいたします」
「ダメだ、ビルスターク。お前にそのような濡れ衣をかけるわけにはいかない」
「いえ、お家を守れるのならば、それが一番ではないでしょうか? 私一人の処分に留まれば、何も咎められる事はないのではありませんか?」
ビルスタークが悲壮感漂わせて訴えているが、すぐにマージが否定した。
「ビルや。お前一人が罪をかぶろうとしても、管理者であるフィリウスが責任を取らせられるよ。こんな事になって申し訳ないが、ここはコハクが言う通り何も策を練らずに行くしかないよ」
「しかし…」
「もうすぐ夜が明ける。そうすればすぐに王宮からの迎えがくるさね。じたばたしている時間はもうないじゃろ?」
「「「……」」」
フィリウスもビルスタークもアランも黙り込んでしまう。だがそこでヴェルティカが明るく言った。
「私はコハクを信じる。コハクは何もならないと言ったわ! 今までもコハクの言う事は当たっていたし、今回もきっと…」
だがフィリウスが首を振った。
「今回ばかりは、どうにもならないよヴェル」
するとアイドナが脳内で告げてきた。
《素粒子AI未来予測シミュレーション発動。複数の未来パターンを同時に提示。ビルスタークが罪をかぶった場合、余計に状況が悪化しフィリウスとビルスタークが罪に問われます。フィリウスだけが責任を負う事になる場合、パルダーシュ辺境伯領は取り潰されます。どちらの場合も、王を狙った濡れ衣を着せられ罰せられます。政治的犯罪として重罪になるようです。ですが何もしない場合は、罪に問われる可能性はありません。辺境伯の爵位剥奪については、王宮の判断次第ですので確率判定不可。ですので、当初の予定通りに事を進めて構いません》
本当に大丈夫か?
《生命体シミュレーションと予測演算による検証結果。敵残骸の既存形状の維持は困難となりました。当世界の科学力では、その素材変化を分析出来ませんので全くの証拠になり得ません》
わかった。
それを踏まえて俺が口を開く。
「とにかく話を聞いてくれ。謁見の場では敵残骸の件は完全にしらばっくれて良い。さらにフィリウスもビルスタークも絶対に罪を認めないでくれ。やるべき事は、持って行く強化鎧の提案説明に全力を注ぐ事だ。それを信じて貫き通してほしい」
「コハク…」
「それで大丈夫か?」
「問題ない」
するとヴェルティカが言う。
「お兄様。騙されたと思ってコハクの話に乗ってくださいまし」
「…わかった。じゃあ皆もそれでいいか?」
「「はい」」
俺がメルナにも言う。
「いいかメルナ? なーんにも知らなーいって言うんだぞ」
「うん!」
「それよりも謁見前の準備に取り掛かろう」
「わかった。じゃあ皆やるぞ!」
俺の説得を聞き入れ、フィリウスの掛け声と共に皆が準備を始めるのだった。そしてその後エントランスでひたすら待っていると、王宮から迎えの一団がやって来た。
玄関から入って来た使者が驚いている。
「そ、その格好で参られるのですか?」
「ええ。ちょっと訳あってこのような格好になります」
「わ、分かりました…。問題ございません」
使者が驚くのも無理はなく、皆がフルプレートメイルを装着しているのである。兜こそかぶっていないが、フィリウスやビルスタークだけでなく、女のヴェルティカやメルナまでが装着していた。
すると使者は気を取り直して、声高らかにホテル中に響き渡るように言った。
「フィリウス辺境伯代理様! 王宮よりお迎えに上がりました! 御同行をお願いします!」
「ありがとうございます。あとパルダーシュ家だけではなく、客人の風来燕も連れて行きたいのだが、それは可能ですか?」
「主喰らい様の名声は陛下にも届いており、連れてくるようにとの事でありました!」
「それは良かった。ボルトさん。一緒に良いですか?」
「はい!」
ガシャガシャと、風来燕の連中がフルプレートメイルを着て出て来た。
「あなた方まで?」
「はい。俺の黒い鎧はトレードマークですからね!」
「わ、分かりました。まさか魔導士様まで鎧装着とは驚きまして」
「ええ。女も前に出て戦う時代ですわ」
「わかりました。では、どうぞ馬車にお乗りください!」
ガシャガシャガシャ! まるで戦にでも行くようないでたちで、高級な馬車へと乗り込んでいく一行。既に周辺の市民が活動を開始しているが、その異様な光景に釘付けだった。
「出発!」
馬車は王宮に向かって動き出す。まだ人通りの少ない道を進んで行くと、右手の奥の方に一段と騒がしい場所が見える。それを見て俺がヴェルティカに聞く。
「あの人だかりはなんだ?」
「朝市よ。新鮮な野菜や肉などが売られるの、涼しい朝に買いに行くのは普通よ」
「なるほど」
王都は活気がある。
《本来はパルダーシュもだったと推測されます。到着してすぐにあの事件に遭遇しましたが、大きな都市でしたのでそこそこにぎわった事でしょう》
なるほどな。
そして馬車はスムーズに進み、王宮の正門を潜り抜けていく。辺境伯の城とは桁が違い、何もかもがバカでかいようだ。騎士がたくさんうろついており警護体制も整っている。
俺達が王宮の入り口で降りると、警護の騎士達が俺達を見てざわついていた。
ヴェルティカが言う。
「やっぱりこの格好は目立つみたいね」
「これぐらいで丁度いい」
近衛兵に囲まれながら、ガシャガシャと音をたてて控室へと向かう。王の準備が出来次第声がけがあるようだ。
今のところ不審な動きは無いな。
《そのようです》
俺達が静かに控室で待っていると、城の従者が呼びに来た。
「パルダーシュ辺境伯代理様! 会場の準備が整いました! 謁見の間へとお進みください!」
「ありがとうございます」
鎧の音をたてつつ、皆がぞろぞろと謁見の間に歩いて行く。廊下ですれ違う衛兵たちが何事かと見ているが、完全にスルーして進んで行くのだった。
大きな扉が開かれて、俺達が中へ入っていくと大勢の人が大広間に居た。左右に分かれており、その周辺には大勢の騎士が囲んでいる。そしてその人達は、フルプレートメイルで身を包んだ俺達をみてどよめいているようだ。
「な、なぜ鎧を?」
「領主や騎士ならばわかる。なぜ女子供まで?」
「お、おい主喰らいもいるじゃないか」
「何を考えているんだか」
そして俺達がその間を進み、王座の前に行くと号令がかかる。
「では、そこでお直り下さい」
皆がそこに立ち止まった。
「陛下が登壇されます!」
すると舞台袖から王様が出て来た。それを見て俺達が一斉に膝をついて頭を下げる。周りに立っている人達が拍手をして、王が檀中央の王座の前に立つ。
「ほう。何やら面白いいでたちじゃの?」
面白そうな顔をして言う。そこでフィリウスが大きな声で言った。
「昨日のように陛下のお命を狙う不届き者が、御身のお側に近寄らぬように、一同装備を整えて参った次第にございます!」
「ほうほう。それは面白い心がけじゃのう。皆がお主らの格好に驚いておるようじゃが、わしはそのような考えは嫌いではないぞ」
「ありがとうございます!」
《感情エミュレーション機能による、感情学習演算は有効です。王の人格から推測し、フィリウスの口上に対する反応に誤差はありません》
よし。
そして王が言った。
「昨日はいろいろあったが、よくぞ余の命を守ってくれた。だがその後、賊が暴れ市民にも被害が出たという。それは誠に残念なことである。しかし報告によれば、それも優勝者のコハクと剣聖フロストによって防がれたと聞いておる。コハクよ鬼神のような活躍ぶりじゃな」
それにフィリウスが答える。
「ありがとうございます。家臣が褒められるは誠に嬉しゅうございます」
「うむ。では早速、優勝者に対しての報酬の読み上げを」
すると舞台袖にいた燕尾服の男が、するすると巻物を広げた。
「報酬を読み上げます! 白金貨百枚! 軍馬五頭! 騎馬戦車一両! 鎧兜十! 麦の種もみ百袋!」
読み上げると一斉に拍手が起きる。
声を拾おう。
《情況掌握の為、聴力強化》
「随分と破格だ。いつもの倍はあるぞ」
「王はパルダーシュを潰す気は無いな」
「それを踏まえての援助だろう」
「よほど昨日の事が気に入ったんだなあ」
《軒並み良好》
すると王が手を上げて、拍手とざわつきが収まった。
「それでは! お前達が待ち望んでいた、望みについて聞こうではないか! 忌憚なく言ってみるが良い!」
「はい!」
そう言ってフィリウスが頭を上げた時。
「お待ちください! 王よ!」
叫びながら金長髪の将軍クルエルが、血相を変えて飛び出してくるのであった。