第百十一話 怪物の残骸を強奪される
都市を歩いている時、俺に声をかけてくるのが男ばかりなのに対し、ボルトは相変わらず女からの掛け声が多い。それを気にしてアランが言う。
「優勝者はコハクなんだがなあ」
「別に誰からも声をかけられなくていい。王の謁見の権利は獲得した」
俺の言葉に対しビルスタークが褒めてくる。
「その通り、よくやったコハク。流石はオーバース様が見込んだ男だけはある」
俺がオーバースに見込まれようがそうでなかろうが、会場入りして観覧席に座った段階で素粒子AIの予測演算は終了していた。俺はその稼働計画に乗っただけである。
ビルスタークの言葉にフィリウスが頷いて言った。
「うむ。コハク、本当によくやってくれた。パルダーシュの長として礼を言わねばならん」
「予測はしていた事。問題は明日の謁見だ」
「まったくお前は、大したものだな」
だが、アランが腕組みをし首をかしげて言う。
「まあ…コハクの剣の凄さは、女には分からんって事か。超効率的なくせに変幻自在なんて、剣をやってきた我々から見れば意味が分からん凄さだ」
「そうだアラン。われわれが、あの剣聖を圧倒できるか?」
「団長の言う通りです。あのフロスト、尋常じゃない気の冴えでしたね」
なるほどビルスターク達は、相手の気配を感じ取れるらしい。俺は数値でフロストを確認していたが、普通の人間と比べてもかなりアベレージが高かった。
《ノントリートメントの『経験』と言うものでしょう。もちろんその経験も、データとして先に予測計算する事が可能です》
彼らは素粒子AIを備えていないのに分かるんだから、それはそれで有用なんだろうな?
《この世界では有用です》
すると、今度はヴェルティカが言う。
「コハクが、自分は奴隷だなんて言ってしまったからだわ。好きこのんで奴隷に求愛する人なんていないもの」
「確かに、お嬢様のおっしゃる通りですね」
求愛というのは重要なのか?
《重要ではありませんが、ノントリートメントの感情表現の一種で種族保存に繋がります》
種族保存になる?
《人工授精など、この世界に無いからです》
それに必要なものだと?
《そうです》
アイドナと話をしていると、ようやく目の先に宿屋が見えて来る。だがその周りにも、ボルトに求愛する女らが押しかけていた。そして、アランがボルトの肩に手を置いて言う。
「ボルト君、ここは任せた。手荷物は持って行ってやるぞ」
「へっ?」
「オーバース様から言われたろう? 皆を守ってやれって」
「そりゃねえぜアランさん」
するとフィラミウスが面白そうに言う。
「アランさんの言うとおりだわ。ここは期待に応えないとね!」
「ちょっ! ちょっ!」
とりあえずボルト一人を外に置いて、俺達はそそくさと宿屋に入る。すぐに部屋に戻り荷物を降ろすと、マージが話を切り出した。
「さあてと、さっそくバケモノの残骸を確認してみようかねえ」
俺が袋を床に降ろすと、アランが野営で使う敷物を敷いた。俺が袋の口を開け、中身を敷物の上に出す。
「ん?」
「あれ?」
俺とヴェルティカの声が揃った。
「どうしたのじゃ?」
「縮んでいる気がする」
「表面もちょっとカサカサね」
「ほう? 死体がそうなるには、ちと早い気がするがのう」
どういうことだ?
《組織に急速な変化が見られます。常に維持に必要な物質があると推測。あの安置所に居た係の証言から、周辺の遺体の体組織を吸収した確率が高いです》
「維持するための何かが欠乏しているとか?」
俺の言葉にヴェルティカが首をかしげる。
「でも死んでいるのでしょう?」
それにマージが答えた。
「安置所の係が、周りの遺体を吸っていたと言っていたねえ。恐らくは尻尾の先についていた、頭が問題だったんじゃないだろうか?」
《マージの言う通りでしょう。破壊した頭が吸収機関だった可能性が高い》
「すまん俺が砕いてしまった」
「誤算だったようだねえ、あたしが超冷凍魔法なんざ使わせるんじゃなかった」
するとメルナがしょんぼりして言う。
「ごめん」
「メルナは悪くないさね。あたしが指示したんだ」
「うん…」
その時アイドナが言う。
《体組織の分析をするなら今が限界です》
いや…みんなの前でこれをかじるのか?
《一部を取っただけでは、サンプルとしては無意味かと》
どうする…。流石におかしいと思われるぞ。
その時だった。
ダダダダダ! と階段を駆け上って来る足音が聞こえる。
「それをしまいな!」
マージに言われ、俺達が慌ててバケモノの残骸を袋に入れた。そしてドアがノックされる。
コンコン!
「俺です。ボルトです! なんだか騎馬隊が来ましたぜ」
その声通り、外がにわかに騒がしくなる。一階に大勢の人が雪崩れ込んできたようだ。
アランが言う。
「どういうことですかね?」
「あたしにゃさっぱりわからない」
すると、すぐさま二階に駆け足で上がって来る音がした。
バン! と扉が開いて騎士が入って来る。
「検めである! 動くな!」
俺達はその場に固まった。だがフィリウスが聞いた。
「検め? そのような事は聞いていないが?」
「緊急である!」
「誰の指示だね?」
すると廊下の奥からズンズンと足音が聞こえて来た。ドアの外に現れたのは、金長髪に端正な顔立ちの将軍クルエルだった。
「我の指示だ…。お前達、闘技場から持ち出したものがあるな?」
「……」
恐らくはこの残骸の事を言っているのだろう。状況が分からずに皆が黙っていると、クルエル将軍が大きな声で言う。
「家探しだ! 荷物を全部調べろ!」
だがフィリウスが言う。
「将軍。恐れ入りますが、私はいま辺境伯代理としての立場でここにおります。正式な通達も無く、このような真似をされるとはいかがなものでしょうか?」
「はぁ? その地位を維持できると思っているのか? 既に辺境伯軍は全滅し、市民達の多くも居なくなったと聞いているぞ! 王が引き続き、その地位を約束すると思っているのか? 完全に責任問題になるであろうな!」
「それは分かります。ですがまだ正式な沙汰があった訳ではないです! そこでこのような事をされるのは、他の将軍達の承認も得ているのでしょうな!」
フィリウスもだんだんと感情的になってきている。
《良くはありませんね》
だが俺が口を挟める立場ではない。
「他の奴ら等、関係ない! とにかく闘技場から持ち去ったものを出せ!」
するとそこに騎士達がやって来て言う。
「将軍! あるのは変わった鎧か、手荷物だけに御座います!」
「なに!」
その時…メルナの目がスッと泳いだ。クルエルは、その視線を見のがさない。
「おい。その袋、その中身を見せろ!」
するとヴェルティカが言う。
「それは魔獣の残骸です。討伐したコハクに権利があります」
「魔獣の残骸だと…」
「はい!」
だがクルエルは話を聞かず、カツカツと袋の所にやってきて中身を出した。ごとりと床に落ちた物を見てにたりと笑う。
「こいつが魔獣の残骸というのか?」
「はい」
「これは闘技場からお前達が盗み出した、火炎を吐く犯人の骸であろう?」
「それはそうです。ですがそれは人間じゃないです!」
「分かったぞ…お前ら。証拠隠滅を図ろうとしたな…」
「証拠隠滅? 何をおっしゃいます!」
クルエルは騎士に言う。
「この残骸を詰め込んで持って行け! これは証拠だ!」
「「「「は!」」」」
だが、それに俺が言う。
「丁重に扱ってくれ。組織が…」
「黙れ奴隷! 誰に向かって口を聞いている!」
黙るしかなかった。
袋に残骸を詰め込んだ騎士達が出ていく。そして他の騎士から少し報告を聞いたクルエルが頷いた。
「おまえら、明日の謁見…楽しみにしておけ。王がなんというか見ものだな」
そう言い放ってクルエルが部屋を出て行く。
「お兄様! どうしましょう!」
「慌てるなヴェル。やましい事はして無いんだ」
マージが申し訳なさそうに言った。
「すまないねえ…あたしがアレを調べようなんて言ったばかりに」
「ばあやのせいじゃないわ。それに闘技場の人も置いておきたくないから、パルダーシュに寄贈する事を承認したもの」
「確かにねえ…」
ビルスタークが言う。
「どうなるでしょう? 明日の謁見で不利になりかねませんが…」
「でも…どうしようもないわ」
するとアイドナが俺に言う。
《予測演算の結果、問題になる確率は極めて低いです》
そうなのか?
《はい。それは明日の謁見で分かりますが、我々に不利な事は何も起きません》
そうなのか…。わかった。
俺が皆に告げる。
「あー、多分大丈夫だ。何も問題はない」
皆が一斉に俺を見た。ビルスタークが聞いて来る。
「どういうことだコハク?」
「そのままの意味だ。問題はない」
するとマージが笑い出す。
「くっくっくっくっ…。なるほどねえ…コハクがそう言うなら信じようじゃないか。みんなは気にせずに明日を迎えると良いさね」
そう言われても皆は半信半疑らしく、訝しげな表情をうかべるだけだった。
そして…その夜にオーバースがやって来る。昼間の一連の騒動を聞いて憤慨し始めた。
「なんだと! クルエルの奴め! 他の将軍に話もせずに! 王の許可もとっておらんぞ!」
フィリウスが謝罪した。
「申し訳ありません。オーバース将軍、私がもっと抵抗をしていれば」
「いや、いい。むしろその方が余計におかしな事になる」
「明日の謁見の時に、何かをするようでしたが」
「うーん…アイツは単純だ。そんな入り組んだ事をするとは思えない。結局、取り調べでもドルベンスを招いたのは、誰かが持って来た話をクルエルが承認しただけのようだった。だがアイツも馬鹿じゃない、身の潔白を証明する為になら何でもするだろう。俺も様子を見る事にするが、明日は皆も十分注意するように」
「「「「はい!」」」」
「明日は王宮から迎えが来る。体を休めて心機一転、謁見に臨む事だ」
「「「「はい」」」」
そうして用事が済んでしまったオーバースは、あっさりと帰ってしまうのだった。残された皆はそれでも落ち着かないらしく、その日は遅くまで話し合いをする事になったのである。