第百九話 将軍達からの取り調べ
どうやら俺達はこれから『取り調べ』というものを受けるらしい。犯人が逃げてしまったので、捕まえる為に必要なのだとか。
もちろんAI社会ならばこんな事は必要ない。AI搭載人間の目は、全てが監視カメラになっていると言っても過言ではないのだ。共有される上に衛星とも繋がるので、犯人の特定と逃走経路の割り出しなどに時間はかからない。そのうえ制御されたAI人間に罪を犯す者はおらず、もっぱらノントリートメントかバグに絞られる。
だがこの世界では人の目撃証言などを聞き、犯人を割り出していくらしい。こんな不確定で曖昧な情報で何がわかると言うのだろう? そもそも相手は人間じゃない可能性が高い。その場合はどうするつもりなのだろうか?
俺達が連れて来られた大きな建物は、軍の指令部らしかった。城に隣接した場所にあり、国軍の中枢となっている。その会議室のような部屋には、見知らぬ顔の人間が集まっており、決勝戦出場者の残り五人と後見人達もいた。
すると白髪を後ろに束ねた老齢の男が言う。
「来たかオーバース」
「これで関係者全員が集まりました」
「して町の様子は?」
「市民に数十名の死傷者が出ました」
「そうか…」
一瞬、白髪の男は鋭い眼光を出場者全員に向けた。
「まずは全員座ってくれ」
室内には簡易な椅子だけが並べられており、出場者全員と後継人達が座っている。ヴェルティカの隣りに兄のフィリウスも座り、なぜか風来燕のボルトまで座らせられている。
次に金髪の長い髪をした、端正な顔の男が言う。
「別室では既に予選出場者の取り調べが行われている。貴様らが集められた理由は分かっているな? 無駄な手間を取らせず分かっている事を全部話せよ」
どことなく面倒くさそうな表情をしており、早く切り上げたいと思っているのかもしれない。もう一人の浅黒い筋肉隆々の短髪の男だけは、何も話さずに腕組みをしている。
再び白髪老齢の男が言った。
「通常ならば、このような事は憲兵が行う事である。だが今回は、陛下を狙ったものだと推測されている。政治的な犯罪である可能性が高いとなれば、かなりの重罪となるであろう。その為、我々四将軍が集められたという訳だ」
そしてオーバースが言った。
「ではすぐに本題に移ろう。此度は近衛騎士だけではなく、一般人にも被害が出た。その犯人の一人であるドルベンスは死に、後見人が行方をくらませている。逃亡を手助けした火炎の男も、打ち漏らし逃がしてしまった。この事件を起こした重要参考人は全て消えてしまったという訳だ。そこで多くの情報を集め、犯人の特定を急ぐ必要がある。みんなの知っている事を、一つでも多く教えて欲しい!」
すると金長髪の、端正な顔の男が言う。
「オーバース。念のために言っておくが、我々は参加者にもまだ犯人の仲間がいる可能性があると考えている。そこも加味したうえでの取り調べになるぞ」
「分かっている。もちろん俺も私情を挟むことは無い」
非常に非効率的だ。事件直後なんだから捜査網を広げて、ボルトンだった奴を追跡したほうがいいと思うが?
《この世界に公安のような仕組みはありません。科学的な捜査技術が無いのです》
原始的な世界だからか?
《そうです。監視カメラや交通網の一つもありません》
そうか…。
すると白髪老齢の男が俺に聞いてきた。
「まずは、大会優勝者のコハクよ」
「はい」
「お前は、あのドルベンスと剣を交えたな。その時の様子を聞かせてくれ」
《不利にならないようなトークスクリプトにします》
「確かに剣の腕は確かでした」
「何か会話を交わしたか?」
「一方的に話されました。まがい物は倒すと言った内容です」
「ふむ」
白髪の男の視線がフロストに映る。
「剣聖フロストよ。お主はこのコハクと剣を交えてどうだった?」
「実は前評判だけかと思い対峙しましたが、その構えを見てすぐにその考えを捨てました。そして今は、コハクの強さが本物であると確信しております」
「剣聖ともあろう者が、あっさりと認めるほどにか?」
「はい」
フロストは真っすぐに答えている。
「他にドルベンスと話をした者は?」
すると出場者の一人が言う。
「観覧席で、コハクと辺境伯御令嬢に難癖をつけているのは見ました」
「ほう。では、パルダーシュの御令嬢、そこではどのような話を?」
「奴隷などを連れて来て貴族の道楽だと、その思い上がりを叩き潰すといった事でした」
「ふむ。それは予選出場者の証言ともあっておるな」
するとアイドナが言った。
《決勝出場者二名に発汗、動悸の上昇が見られます》
なんだと思う?
《予測の結果、食堂の毒の件と推測》
そういえば、ヴェルティカも毒でやられたな…。
《出所は同一犯。恐らくはガラバダ(ボルトン)である確率九十パーセント》
それを入れるのを見ていた連中って事か?
俺の目の前に二枚の写真が表示される。それが俺の目の前に二人座っている。
今度はオーバースが聞いた。
「パルダーシュの御令嬢。あなたはドルベンスの後見人に襲われたと聞いている」
「はい…。ですが恐らくと言った方が良いでしょう。コハクとドルベンスの試合の時に、ふらりと目の前にやって来たまでは覚えていますが、その直後から意識が御座いません」
「なるほど…毒だったと聞くが?」
「そうです。迅速にコハクが運び、風来燕の魔導士と斥候の持って来てくれた薬品で救われました」
白髪老齢の男がボルトに聞く。
「主喰らいとやら、その話で間違いないな?」
「は、はい! 間違いありません! 俺は見ました」
「うむ」
《進展しませんので、場を揺さぶって見ましょう》
どうする?
《食堂の件をお話しください》
わかった。
俺が手を上げると、金長髪の男が凄む。
「こちらから聞く以外に発言をするな、奴隷風情が!」
だがオーバースが言う。
「話を聞いてみないと分らんだろう!」
「やっぱり、かたをもつのか? 自分の出場枠を与えるくらいだもんなあ」
「なんだと?」
白髪老齢の男が手を伸ばして言う。
「やめんか!」
二人が黙る。そして白髪老齢の男は俺に言った。
「良い、話せ」
「はい。少し気になる事が御座いましたので報告いたします。私がお嬢様と食堂に行った時の事です」
《二名の出場者の心拍が上がりました》
「私とお嬢様が何気なく食事をとりましたが、その水を入れるコップに毒が仕込まれてありました」
「なんじゃと?」
「なに?」
「なんだって?」
「……」
将軍四人や他の出場者、フロストやヴェルティカまでもが目を見開く。今初めて言ったのだから仕方がない。
「コハク…だから毒見をしたの?」
「はい。お嬢様を心配させたくありませんでした」
すると白髪老齢の男が更に聞いて来る。
「詳しく聞かせてもらおう」
「はい。既に毒が入れられた後でしたので、犯人は分かっておりません。しかし、ここに二人の目撃者がいると思われます」
「なに? 誰だ?」
俺が出場者の二人を指さす。すると二人は慌てたような表情で弁明を始めた。
「ま、まってくれ! 確かに誰かが何かを細工したのは見た! だが何をしたかまでは知らん!」
「俺もだ! 確かに食堂に居たが、俺も何も知らんぞ!」
流石に繕えなかったらしい。
《先ほどから動揺しておりましたので無理でしょう》
すると白髪老齢の男が聞いた。
「何を見た?」
「正直に申し上げます! コハクとの予選一回戦で事故で敗退した男が、紙包みを広げてコップに何か入れるのを見ました」
「それを見て、お前達はどう思ったのだ?」
「それは…」
「…その時はどうだったかな?」
「隠し立てすれば容赦はせぬぞ!」
「も、申し訳ございません! 言います! 我々は正直なところ、そこのコハクが恐ろしかった。全く相手の攻撃を受けずに勝ち上がっていく様を見て、もし出場を止めてくれればと思ったのは確かでございます」
「お前もか?」
「その通りです。ですがまさか毒だとは思いもよらず…」
「予選の男か…。確か我が国の騎士であったな」
それを聞いてオーバースが答える。
「左様でございますな」
すると白髪の男が、入り口に立っている騎士に告げる。
「予選一回戦でコハクと対戦した者を捕らえよ」
「「は!」」
ざっと騎士達が部屋を出て行った。そして白髪老齢の男が俺に聞く。
「して、なぜ毒だと分かった?」
「味です」
「味?」
「元より味覚が発達しています。そのおかげで毒だと判別出来ました」
「なるほど…」
そしてヴェルティカを見て言う。
「それで相違ないか?」
「はい。コハクはとても敏感なのです」
「ふむ…。奴隷にして優勝するくらいであるからな、そのくらいの事は出来て当然と言ったところか」
「はい」
どうするつもりだろうな? 全く進展していないぞ??
《ノントリートメントの思考は様々です。だがまだ質問は来るでしょう》
アイドナの推測通り、金長髪の男が言う。
「というか…剣聖フロストに聞きたい」
「はい」
「バケモンになったドルベンスはどうだった?」
「計り知れない強さを持っておりました」
「それを殺ったのはだれだ?」
「コハクにございます」
すると金長髪の男が俺に言う。
「どうやった?」
どう答えるべきか?
《剣術を極めたうえでの身体強化の妙技であると》
「剣術を極めたうえでの身体強化の妙技であります」
「身体強化?」
「はい」
「それでドルベンスをか?」
「はい」
「んじゃ聞くがよ。外の怪物はどうやって殺したんだ?」
「それも剣術です」
今度、金長髪は俺に尋ねずに、フロストに向かって言う。俺が極端な跳躍をしたのを見ているのは、ここにいる人の中ではフロストだけだ。
「なんでも市民の証言では、そこのコハクは人外の力を使ったと聞くが? 剣聖フロストもみたのであろう?」
《フロストから答えられると、将軍らに目を付けられます》
マズいな…。
オーバースの眉がピクリとあがり、ヴェルディカの表情が凍る。それだけは何とか避けようという話になっていただけに、皆に緊張が走っているのだ。
《下手をすれば再び王からの声がかかる可能性もあり、国から危険人物認定される可能性があります。それにあの飛び去って行ったバケモノの同類と判断され、更に追及される事も想定されます》
だが、フロストは予想外の答えをした。
「あれはまさに運が良かったのでしょうな。コハクはあの敵が飛ぶ前に、既に斬っていましたからね。あんな尻尾に掴まれて、生きているのですからコハクは本当に運がいい」
「…まあ市民ではなく、他ならぬ剣聖の目だ。信じるしかあるまい」
「間違いありません」
なぜだ? なぜフロストは嘘をついた?
《不明です。そして…ウイルリッヒが…笑いを堪えているようです》
なぜかは分からないが、おかげで俺は将軍達からの追及を逃れる事が出来た。
それからも事情聴取が続いたが犯人に関する情報は得られず、謎の火炎の男についての情報などは、俺とフロストの目撃証言のみだった。そして最後に白髪老齢の男が、食堂の件で嘘をついた二人の出場者に言う。
「お前達二人は、二度と正式試合には出れんぞ。分かっているな?」
「「は、はは!」」
「そして身を挺して王を救ってくれたフロスト殿には、追って褒賞などのお話があるでしょう。我々将軍一同からも礼を言わねばなりません」
「いえいえ。剣聖たるもの、剣でしかその力を示せるところはないもので」
「痛み入ります」
そして白髪老齢の男は、少し和らいだ表情で俺に言った。
「そしてコハク、此度の活躍は陛下が特に気にしておられた。我々はまだお前を良く分かっておらぬが、まがりなりにも王覧武闘大会の優勝者である。胸を張って陛下の御前に行くがよかろう、陛下に降りかかる脅威を払ってくれた事、礼を言うぞ」
「光栄にございます」
「それでは決勝出場者の取り調べはこれにて終了とする! おって気が付いた事があれば、逐一憲兵並びに王宮関係者へ知らせる事! よいな!」
「「「「「はい!」」」」」
そうして俺達は取り調べから解放され、取調室を出るのだった。