第百七話 不審な敵の妨害
俺の剣がボルトンの目前に迫った時、アイドナが唐突に警告をならす。
《回避》
一瞬でその場を飛び去ると、俺がいた場所を大きな火炎が通り過ぎた。市民数人が巻き込まれて地べたに倒れている。
「何をやっているのだ、ガラバダ?」
「あ、アヴァリ様」
どうやらボルトンの事を”ガラバダ”と呼んだらしい。そこに立っていたのは、吊り上がってぎょろりとした目が特徴的な、ボサボサの赤い髪と赤色の貴族の格好をした男が立っていた。手には赤色の剣を握っており、そいつが今の火炎を俺に浴びせたらしい。
市民が叫んだ。
「うわあああああ!」
「なんだぁ!」
「人が燃やされた!」
焼けた人を置き去りにして、市民達が一斉にその場から逃げ出す。俺とガラバダ(ボルトン)、そしてアヴァリと呼ばれた赤い貴族風の男だけが残った。
「こ、これは…違うんです」
俺と周りをきょろきょろしながらガラバダが言う。
「何が違う?」
そしてガラバダが俺を指さして言う。
「こ、コイツが邪魔をしたんです! もう一歩だったんだ! だけどコイツが!」
「黙れ!」
するとガラバダだけではなく、遠巻きに見ていた市民達も静まり返る。ガラバダに至っては腰が抜けたようにしゃがみこみ、ただ目を見開いてアヴァリを見ていた。
《予測演算終了。先ほどの火炎は兵器によるものです》
あの剣か?
アイドナが剣の分析結果を俺の前に提示した。
鉄のように見えるが、かなりの温度があるらしい。さらに魔力のようなエネルギーが循環しており、先ほどの火炎はその剣から放出されたらしかった。
《更に衣服も似たような反応があります。魔力のバックパックのような役割があります》
剣先から衣服に向かって、まとわりつくように魔力が循環しているのが分かる。
《さらにステータスが異常値》
名前 アヴァリ
体力 418
攻撃力 387
筋力 441
耐久力 313
回避力 219
敏捷性 338
知力 不明
技術力 不明
随分高いな。
《人間にしてみれば異常値。それに敏捷性が高いです》
俺はガラバダ(ボルトン)よりもアヴァリという男を警戒する。するとアヴァリは無造作に剣を振り上げて、俺に向かった振りぬいた。
ゴオッ! 俺に火炎が迫るが、すでにアイドナが予測していたのでガイドマーカーに沿って移動する。俺にあたる事は無く、目の前を火炎が通り過ぎた。だが俺の後ろにいた市民まで到達し、また数人が焼けて倒れてしまう。俺も髪の毛がチリチリと焼けておりアイドナが言う。
《影響範囲の修正。通常の炎よりも温度が高いです》
被害が広がっている。
《あの剣は振って火炎を出すようです》
振らせなければいいという事か?
《はい》
火炎を外したアヴァリが言った。
「かわすか…。面白い、ドルベンスの攻撃があたらなかったのも頷けるな」
「そうなんです…」
アヴァリは、答えたガラバダをぎろりと一瞥した。
「ひっ!」
そして俺を睨みアヴァリが言う。
「人間ごときが」
《言動からも人間ではないと推測》
じゃあ魔獣か?
《不明。知能があります》
確かに。
するとまたアヴァリが剣を振り上げる。
《身体強化。剣を振る前に止めます》
アヴァリの剣が振り下ろされる前に、魔獣の魔力で身体強化された俺がアヴァリの前に出る。
ガキィ!
「む!」
右手剣でアヴァリの剣を受け止め、左手剣をガイドマーカーに沿って胴に振った。
バッ! とアヴァリが離れるが、どうにか腹の先を捉えたようだ。
だが…。
《あの衣服に邪魔をされました。ですが循環機能が狂ったようです》
見ている先では、赤い服の切れた部分で魔力の循環が分断されていた。
《しかし機能はしています。二撃めのモーションに入りました》
シュッ! ガキィ!
俺は再びアヴァリに詰め寄り、今度は左手剣で受け止めつつ右手剣を足に突き刺していた。足部分の衣服には魔力循環が無かったため、アイドナがガイドマーカーを出したのだった。
「ぐうぅ!」
《攻撃は通りました》
よし。
俺が次の攻撃に移ろうとした時、再びアイドナが警告を鳴らす。
《回避》
剣を抜き去ってその場所から離れると、俺がいた場所に黒い飛沫のようなものが飛び散る。振り向けば、ガラバダが瓶のような物を振りぬいていた。それが地面に落ちると、ジュウジュウと音をたてて地面が溶けていく。
《強酸の可能性》
だがそれは地面だけでなく、アヴァリの体にもかかっていた。赤い上着のあたりには影響がないが、俺が刺した足の部分にそれが付着している。
「があああ!」
「す、すいませぇぇぇん!」
アヴァリがギロリとガラバダを睨む。そしてまた赤い剣を振ろうとしたので、俺が突進してそれを止めた。
ガキィ! ズボッ!
さっき刺した足の傷にガイドマーカーが出ていたので、寸分の狂いもなく同じ場所に剣を刺した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
叫ぶアヴァリ。そこで再びガラバダが何かをしようとしていた時。
シュン! シュパ!
ガラバダがその場を飛び去り、そこに現れたのは剣聖フロストだった。
「大丈夫か? コハク君?」
俺はコクリと頷く。
「こんなに市民を巻き込んで…許せんな」
フロストがガラバダとアヴァリを視界に収める位置に立つ。流石は剣聖というところだろう、どちらから攻撃が飛んでも対応できる位置取りだ。
《パライズバイパーとオーガコマンドの合成魔力を上半身に流動》
バン! 俺の上半身の筋肉が爆発的に膨れ上がる。その事で刺していた剣が更に軽くなる。
ボグウ!
剣を振りぬくとアヴァリの足がもげる。
「あがあああああ!」
体勢を崩して倒れていくアヴァリを追いかけ、俺の左手剣が首に刺さろうとした時だった。
ガキン!
突然アヴァリの手がウロコに包まれ、俺の剣を眼前で防いでいた。
《人ではありません》
だな。
目の前のそいつから離れようとした時、俺の足が何かに掴まれた。
なんだ?
ブン! と体が浮いて数メートル上空に浮かび上がっていた。どうやら足に絡みついた何かが、俺を空中に放り投げたらしい。ガイドマーカーが指示し足元に向かって剣を振り切る。
スパン!
「がぎゅる!」
変な声がした。下を見ると俺を掴んだものの正体は、アヴァリから生えた尻尾だった。そのまま身体強化を施して地上に降り、アヴァリが次の剣を振ろうとしているのを止めに向かう。
バッ!
《止まってください》
俺が立ち止まると、アヴァリが突然空中に浮かび上がった。なんと背中に龍の羽のようなものが生えていたのだ。そして空から地上に向かい、握った剣を大きく振った。
《回避》
その場にいた全員がその不思議な光景に目を奪われていた。俺はすぐさまその場所から大きく飛び去る。
ボウゥ! ゴオオ!
辺りが火の海になり再び市民が巻き込まれ、フロストが辛うじて飛び去って難を逃れていた。
「あ、あれはなんだ!」
フロストが言い、俺が答える。
「パルダーシュを襲った奴にも似たものがいた」
そして俺達が見ている間にも、空中に浮かぶアヴァリは、俺が切り離した足からボトボトと血を流していた。
《失血。魔力の含有量減少》
ここから届くか?
《ジャングルリーパーの魔力を活性化》
俺が身をたわめ、次の瞬間。 一気に十五メートルほど上を飛んでいるアヴァリに迫る。
ボグゥ!
俺の剣はアヴァリの腰を捉え、上半身から切り離された足が落下していった。そのまま通り過ぎ上空からアヴァリを見下ろす格好となる。だが俺に飛翔能力などは無いので、頂点まで浮かび上がり今度は重力に引かれ自由落下を始める。
《攻撃に備えます》
そう言ってアイドナは、俺に身体強化を施した。
だがアヴァリは追撃をしてこなかった。そのまま龍の翼を羽ばたかせ、血を噴き出しながら飛び去ってしまったのだった。ぐんぐん離れて行き、俺の追撃の範囲から離脱している。
数十メートル上空から着地し、すぐにボルトンだった男ガラバダを探す。
《居ません》
逃がしたか…。
するとそこにメルナと風来燕の連中がやって来る。
「コハク! こりゃどうなってる!」
ボルトが叫んだ。
それにフロストが答える。
「市民に怪我人が出ている! 至急大会係員に通達するんだ! フィラミウス君とやらはどうか治療をお願いしたい!」
「わかりました」
騒然とした市街地ではまだアヴァリが放った火が燃え盛っており、それをみたアイドナが言った。
《既に手遅れの者もおります》
そしてフロストの声だけが響き渡る。
「治癒できる者は他にいないか! ポーションを持っている者は! 燃えている火を消すんだ!」
俺はダッと走り、近くの馬車の幌を身体強化の体で奪い去る。そしてメルナに言った。
「水魔法だ!」
「わかった!」
厚手の布切れの上にバシャッ! とメルナが大量の水を降らせた。既に水魔法の詠唱を覚えていてくれたのが功を奏する。
俺はそれをそのまま、火がついている市民達の方に取網のようにかぶせた。
シュゥゥゥゥ!
酸素を遮断されて火が消える。俺は幌を振り回すようにして火を消して行った。あちこちからくすぶった煙が上がっているものの、その辺りの炎を鎮火する。その現場を野次馬が囲み、いつまでもフロストの叫ぶ声が響き渡るのだった。