第百五話 変わり果てた剣聖
何かを囁き、ボルトンがスッと剣聖ドルベンスから離れる。するとドルベンスはうつむいたまま、ゆらゆらと揺れ始めた。それを確認して、アイドナが衝撃的な事を告げて来る。
《ドルベンスの心拍停止、呼吸停止》
いや…立って揺れてるぞ。
《生命活動停止》
どう考えてもおかしかった。目の前のドルベンスが立って、ゆらりゆらりとしているからだ。
《体温上昇》
死んだのに?
《体積増大》
すると俺の目にも、しっかりとドルベンスの体が大きくなるのが見えた。
だがそれを無視するように、王が歩きだした時だった。
「グガアアアアアアアア!」
突然ドルベンスが顔を上げる。
ボゴッ! ボゴボゴ!
体のあちこちが盛り上がり、更に大きさを増し、目を血走らせて目の前の騎士達を睨みつけている。よだれを垂らしており、試合をしていた時のドルベンスのような冷静さがない。
それは一瞬だった。
ドルベンスは、その腰につけた剣を引き抜きざまに振りぬいたのだ。
シュパン!
一瞬の出来事に、周りの出場者達が唖然としている。
「なんだ…?」
ズルリ…ズルリ…。ドサドサ!
目の前の騎士二人の胴体が、斜めに切れて地面に落ちた。ぷしゃあああああ! と立っている下半身から血が吹き上げる。そしてガシャンと音をたてて、足だけになった体が倒れた。
客席から悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああああ」
「なっ!」
次の騎士の一瞬の躊躇が命取りだった。バッ! 一瞬でドルベンスが前に出て、騎士の脳天から剣を振り下ろした。
ジュバッ!
騎士が音をたてて左右に分かれて行き、脳や内臓が露わになっていく。それが倒れると同時に騎士の一人が叫んだ。
「斬れ! 斬れ!」
ダッ! 騎士達が一気に詰め寄るが、ドルベンスが力任せに剣を振った。騎士は咄嗟に剣を構え、その剣撃を防ごうとする。
ボキン! メキョメキョ!
剣を折られ体をくの字に折られて飛ばされた。それが隣の騎士にぶつかった勢いで地面に転がる。
あまりの事に王が立ち止まり、驚愕の表情でそれを見ていた。
「止めろ! 王をお守りするんだ!」
騎士が次々に飛びかかるも、ドルベンスの剣が縦横無尽に襲い掛かった。腕を斬り落とされ、首が飛び胴を貫かれる。
「王よ! お逃げ下さい!」
それを聞いてようやく王が走り出しだ。だがドルベンスは騎士達をすり抜けて、一気に王に詰め寄り剣を振った。
ガシィィィ…。
ドルベンスの剣が受け止められていた。そこにはフロストがいて、自分の剣で受け止めている。
「陛下。お逃げ下さい」
フロストが言うと、王が頷いて走り出す。ドルベンスが真っすぐに追おうとするが、フロストがドルベンスの胴体を横なぎに斬った。
スパン!
剣が胴体を通り、ドルベンスの横腹から内臓が飛び出た。
「があああああああああ!」
ドルベンスは、剣を振り回しフロストを追い払うようにした。距離をとったフロストが再び突進しようとして足を止める。
「なんだ…」
シュゥゥゥゥウ!
ドルベンスの腹の切口から、湯気のようなものが出て来た。チャンスと思ったのか、騎士二人が剣を突き出してドルベンスの左右から飛びかかる。それを見てフロストが叫んだ。
「止まれ!」
ドシュッ! ジュボッ!
ドルベンスの剣が一人の騎士の胸を貫いている。そしてもう一つの腕は、事もあろうに騎士の口に深々と刺さっていたのだった。フロストが声高らかに叫んだ。
「アンデッドだ! そいつはもうドルベンスじゃない!」
騎士に囲まれつつも、ドルベンスだったものは剣を振るい続けた。皆が距離を置いて、近寄らずに剣の攻撃範囲の先に留まる。いつしか他の五人の出場者達も剣を握っており、ドルベンスを囲んでいた。
「コハク!」
そこに、ビルスタークとアランとメルナ、風来燕の四人が歩み寄って来た。
会場の市民達もどよめいている。
「ばけものだああああ!」
「王様が狙われてるぞ!」
「ドルベンスが怪物になった!」
なぜ王が狙われるんだ?
《恐らくボルトンの目的は王の褒賞。それが邪魔されて妨害しているものと推測します》
ドルベンスの状態はどうなっている?
《不明です。ですが体組織が大幅に違う物質に変化しました》
名前 ドルベンス・バーリクード(アンデッド)
体力 不明
攻撃力 526
筋力 817
耐久力 953
回避力 226
敏捷性 241
知力 不明
技術力 311
異常値だ…。
《攻撃力、筋力、耐久力が人間のそれではありません。かつ回避力、敏捷性、技術力は正常時より低下しているものの、ビルスターク並みの能力を有しています》
バケモノの力に、ビルスタークの技術力か…。
「王を逃がせ!」
フロストが命じて、残った騎士達が王の周りを囲んで連れて行った。
そして俺も言う。
「ビルスターク、アラン! ヴェルティカを頼む」
「わかった」
目の前ではドルベンスだった物が、出場者を相手に圧倒していた。出場者達は死にはしなかったものの、腕を折られた者もいるようだ。どうにかフロストが邪魔をして、足をとどめてはいるようだが不死身の体になすすべがない。
《ボルトンが動きました》
今度は王が逃げようとしている入り口に、突如ボルトンが立ちはだかって言う。
「逃げてもらっちゃ困るねえ。報酬が貰えないなら用はない」
「き、貴様は何者だ! 隣国からの刺客か!」
「さあてね。どうせ死ぬんだから教えても仕方ない」
ボルトンは騎士を相手にしても余裕を見せていた。騎士達もその不気味さに動けないようだった。
フロストが大きな声で言う。
「こちらもそろそろ、もたないぞ!」
ドルベンスの強烈な剣を受け流しながら、騎士達に促していた。
そしてアイドナが警告を鳴らす。
《両手剣を構えてください。緊急につき、身体強化を最大限にします》
グググッ! と俺の筋肉が盛り上がって来る。魔獣の魔力はほとんど使っていなかったので、有り余るほど保有していた。体中にびりびり来るほど魔力が漲ってくるのが分かる。
《魔力最大効率化。身体浸透率九十…九十五…百》
俺は腰を落とす。それを見ていた風来燕のボルトが大きな声で叫んだ。
「全員! 避けろ!」
流石は決勝出場者達、その声で全員が脇に飛びのいた。すると正面真っすぐに、バケモノに変わったドルベンスが見える。俺は体の前に二本の剣をクロスした。
《解放》
ドン!
次の瞬間、俺の目前には闘技場の壁が迫っていた。目の前でクロスしていた剣は、体の両脇に広げており、体制を立て直して後ろを振り向く。
べりり! ドチャドチャ!
ドルベンスだったものが四つに斬れて地面に落ちた。
それを見ていたボルトンがあっけに取られて言う。
「な、なんだああああ! なんだそれはあああ!」
俺はそのままの流れで、一気にボルトンに詰め寄る。だが俺が到達する前に、ボルトンが高く舞い上がり闘技場の壁に飛び乗った。やはり老人の出来る動きでは無かった。
《身体強化を使いました》
追うか?
《隙を見せれば、王がやられます》
すると塀の上にしゃがみ込んだボルトンが言う。
「やっぱりお前はおかしいと思ったんだ」
皆がボルトンを見上げる。既にフロストや出場者が王の周りを囲っており、風来燕たちも側まで来ていた。そこでお互い鋭い視線を交わし睨みあうのだった。