第百四話 国王からの言葉
パルダーシュの面々を舞台袖に入れ、俺がヴェルティカを連れて会場入りしようとする。
するとビルスタークが言った。
「何かあれば合図を」
「ああ」
ヴェルティカに危険が迫るようなら、皆でヴェルティカを保護するという手はずになっていた。ヴェルティカもようやく回復薬が効いて来たらしく、一人で歩けるまでに回復している。とはいえ王の前で体裁を整えて立てるといった程度で、長丁場の話は難しいだろう。
俺達が再び会場に入ると、静まりかけていた市民が歓声をあげた。
「「「「「「「「「コハク! コハク! コハク! コハク!」」」」」」」」」」
するとヴェルティカが俺に言う。
「コハク、本当に優勝したんだね…」
「そうだ」
「その瞬間を見れなくてごめんね」
「特に問題は無いだろう。それよりもこれから本番だ」
「うん」
中央に行くと、係員以外に決勝戦出場者達もいるようだ。俺達を見かけて、剣聖フロストとウイルリッヒが声をかけて来る。
「随分、勿体ぶった登場の仕方だな」
「フロストそう言うな。我々はかなり儲かったじゃないか、おかげで元はとれたぞ」
「まあそうですな。しばらくは高い酒を浴びるように飲めそうです」
二人に声をかけられつつも、俺はうわの空で答える。
「それはよかったな…」
そして周りを見渡す。
だが…。
剣聖ドルベンスとボルトンがいない。
すると慌てた声で、司会の大男が俺達に言った。
「急げ! 王を待たせるとは何事だ! 王が降りて来てくださるなど、いつもの大会では無い事なのだぞ! 早くしろ!」
ヴェルティカが答える。
「申し訳ございません。私が体調を崩してしまったばかりに」
すると奥から声がかかった。
「よいよい。自分の奴隷がまさかの優勝をしたのだ。パルダーシュの娘とて驚いて具合も悪くなるわ」
「は!」
さっきまで特別席にいた王が、わざわざ会場まで下りて来たらしい。周りにいた係員や大男、そして出場者達が跪きヴェルティカもそれに続く。俺もヴェルティカに教わっていたので、同じように膝をついて頭を下げた。
俺の前に来た王が言う。がっしりした体躯の初老の男だ。
「コハクよ、顔を見せよ」
俺が顔を上げると、驚いた表情をしてみせた。
「ほう。黒髪に黒い目…なるほど珍しいのう」
「はい」
「見事な技じゃったぞ。余は剣を二本使うのを初めて見た。どこぞの流派だろうか?」
流派?
《自己流なので我流で良いでしょう》
「我流にございます」
「ほう。我流とな…それで剣聖を二人も下すか」
《ここからトークスクリプトを開始します。王が気に入るように答えます。あとの言葉遣いはヴェルティカとの学習の通りに》
わかった。
「剣聖お二人も素晴らしい腕前でございました。本日勝てたのは、恐らく時の運が味方したものと思われます」
「なるほど、お前は身の程をわきまえておるか? 本当に奴隷なのか?」
「はい。奴隷商で買われました」
「奴隷になる前は何をしておった?」
「恐れ入りますが、その前の記憶を欠落させております。気が付いたら奴隷商にて目覚めました」
「盗賊にでも襲われて売られたか…」
「分からないのです」
「信じよう。それに、またあの剣の舞を見たいのもじゃ」
「私の剣は、私を買ってくださったパルダーシュのヴェルティカ様に捧げております」
すると王様が少し沈黙してから言う。
「面白い男よ。どうだ? パルダーシュを離れ、余の元に来るつもりはないか?」
オーバース将軍が言った通りだった。俺を見れば欲しがるだろうと言っていた。
「畏れ多い事にございます。ですが私は奴隷にございます。このような下賤の者を王のそばなどに置いたら、その品位に傷をつけてしまうかもしれません。身に有り余る光栄ではございますが、王の不朽の偉勲に泥を塗る事の無きように、ご容赦いただけますようお願いいたします」
すると一瞬その場に沈黙が下りた。だが次の瞬間。
「うあーはっはっはっはっ! お前は本当に奴隷なのだろうか! そのような逃げ口上を、我が国の貴族でも滅多に聞かぬぞ!」
「ヴェルティカ様の教えの賜物にございます。奴隷であるというのに非常に可愛がっていただいており、学問に関しても学びを許されております」
すると王がヴェルティカに言う。
「パルダーシュの娘よ。ずいぶんと面白い拾い物をしたのう。羨ましさすら感じるのじゃ」
「恐れ入ります。ですがこれも時の運でございました。本当についていたと我ながら思います」
「うむ。そうかそうか。では市民達も待っておる事じゃ、そろそろ優勝者の紹介をしようかのう」
「はい」
そして王が市民達に言う。
「皆のもの! 此度の武術大会は非常に面白いものであった! 余は満足じゃ! 皆このコハクを褒め称えよ! 優勝はコハクじゃ!」
うぉおおおおおおおおおおお!
大歓声が起きる。
そして王がヴェルティカに告げた。
「褒賞及び願い事は王宮にて聞く事としよう! 皆! 天晴であった!」
ザッ! と皆が頭を下げた。これで俺達は強化鎧を引っ提げて、直談判をすることが確定した。
その時だった。
「ま、待ってください! 王よ!」
そう言って舞台袖から、ボルトンとドルベンスがやって来る。俺は警戒を強め、ヴェルティカの前に立ちはだかった。
王が振り返るが、その前に大勢の騎士らも立ちはだかる。そして騎士の一人が言った。
「王の御前だ! 控えよ!」
ボルトンが立ち止まって言う。
「王よ! このような茶番に乗ってはなりませぬ!」
王がくるりと振り向いた。
「茶番だと? どういう事じゃな? 異国の方」
「こんな奴隷に騙されてはなりません。これには何か裏があります! このような者を認めてはなりません!」
「余は、今、気分が良いのじゃがな。それは今、話さなければならない事だろうか?」
「はい。剣聖が二人も参加して、奴隷に負けるなど何かがおかしいとは思いませんか?」
「だからこそ、面白いのではないかな?」
「何が面白いものでしょうか!」
「何が言いたい?」
するとフロストが立ち上がっていう。
「恐れ入りますが私は実力で負けたと思っていますよ。それはドルベンス殿もそうではないかな?」
「……」
だがドルベンスは俯いて何も答えなかった。そして王はそれを無視するかのように、振り向いて奥に歩きだす。だがボルトンが食い下がる。
「王よ!」
「くどい! 既に決まった事だ」
そう言われてボルトンは、めちゃくちゃ顔を歪ませた。
《何か企んでいます》
ボルトンは黙ってドルベンスの元に行き、ぽつりと小さな声で耳に囁いている。その口の動きをアイドナは見逃さなかった。
《殺せと言いました》
俺は体をリラックスさせ、すぐに剣を掴めるようにしてヴェルティカを守る体勢をとるのだった。