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第百三話 緊急救命

 ボルトンがドルベンスを罵った声は、歓声にかき消され恐らく俺にしか聞こえていないだろう。蹴り飛ばしたにも関わらず、しゃがみ込んでドルベンスに顔を近づけてから係員に手を振った。今までの冷徹だった顔はどこかに消えて、ボルトンは悲壮感漂う表情をしている。


「早く治療をぉぉぉぉ!」


 なんだ? ボルトンとは声が違うようだぞ。


《声の高さは違いますが、発声の周波数は類似しています》


 やはりボルトンなのか?


《間違いありません》


 関係者が走り寄って来て治療を始めると、ボルトンはスッと立ち上がって俺を指さして言う。


「インチキだ! こんな奴隷が勝つはずがない! なにかインチキをしたんだ!」


 インチキとはなんだ?


《不正な手段です》


 AIを使っている事を知っているのだろうか?


《ノントリートメントに、分かるはずがありません》


 とりあえずそれに答える事も無く、俺はただボルトンを見ている。ドルベンスの治療をしている係員が、何事かとこちらを見るが、すぐに治療に集中した。


「審議だ! 審議が必要だ!」


 ボルトンがわめいているぞ? どうすればいい?


《様子を窺いましょう》


 カンカン! 


 すると司会から声がかかった。


「優勝者の後見人は登壇してください!」


 ヴェルティカが来るのを待つか…。


 だが舞台袖で待っているはずのヴェルティカが来ない。


「なんだ?」


《異常値です》


 アイドナの言葉を聞き俺は舞台袖に走る。するとそこにヴェルティカが倒れていた。


「ヴェルティカ!」


《鼓動はあります。毒物による反応の疑い》


 また毒か?


《すぐに治癒を》


 毒を治癒できるのは…フィラミウスだ。何処にいる?


《客席か控えかと》


 俺は焦っていた。ヴェルティカを抱えて立つが、何処に行ったらいいのか分からない。


《心拍数上昇、興奮状態。セロトニンを分泌します。落ち着いてください》


 アイドナが分泌物を出すが、俺の焦りは収まらなかった。すぐに会場を後にして、最初に見つけた女の係員の元へ駆けつける。


「雇い主が倒れた。パルダーシュから来た風来燕に会いたい」


「大変! 辺境伯令嬢が?」


「急いでくれ。冒険者のボルトたちはどこへ?」


「は、はい! こちらです!」


 俺が係員について行くと厳重な扉があり、そこに見張りが立っている。


「急病人です! 通してください!」


 係員の声に、慌てた番人が扉を開き俺が先に進む。通路は会場をぐるりと迂回しており、そこには客が大量にいるようだ。俺を見かけた市民達が騒ぎ出す。


「おお! コハクがいるぞ!」

「おまえすげえなあ!」

「奴隷なのによくやった!」

「司会が呼んでるぜ?」


 だが係員が言う。


「すみません! 通してください!」


「あ、ああ。どうしたんだ?」


「急病人です! 辺境伯令嬢が倒れました!」


 通路は人でごった返しており、真っすぐに進むことが出来なそうだ。


《ヴェルティカの脈拍低下。急いでください》


「急ぎたい! 通してくれ!」


「すみません! どいてください!」


 係員が言うも、なかなか声はいきわたらずに進みは遅い。すると応援してくれていた市民の男達が、一斉に声を張り上げてくれた。


「病人だ! 通してやれ!」

「邪魔だ邪魔だ!」

「どいてくれ!」


 そう言って男らは、俺達の行く道を空けてくれる。おかげで進みが早くなり、避けた市民達も心配そうな顔をしているようだ。係員は会場を四分の一ぐるりと回ったところで、通路を曲がりその先の扉をバン! と開けた。


「急病人です!」


「コハク?」


 こちらを振り向いたアランが言う。


「フィラミウスはどこだ!」


「あ、私はここよ!」


 奥にいるフィラミウスの所にヴェルティカを連れて行き、大きな声で叫んだ。


「毒か何かにやられた! 治療を!」


「わ、分かった! 診せて!」


 ボルトが机の上のコップや皿を、ザラリと押して床に落とすと、ガシャンガシャンと割れる音がする。なにも無くなった机の上にヴェルティカを寝かせた。


「ここに!」


 目の見えないビルスタークが言う。


「お嬢様は大丈夫なのか!!」


 フィラミウスが言う。


「今やってます!」


 フィラミウスがヴェルティカの体を触り、急いで解毒魔法をかけ始めた。そして係の人に叫ぶ。


「治癒薬と解毒薬をお願いします!」


「はい!」


 係員が出ていく。フィラミウスはおでこに汗を浮かべて、ヴェルティカの体に魔法をかけた。


「かなり回ってる! 私の解毒魔法では抑えるのが精いっぱい! 早く解毒薬を!」


 するとベントゥラが係員を追うように部屋を出て行った。ヴェルティカは死んだようになっており、見る見るうちに血色が悪くなってきた。


《脈拍低下。呼吸不全》


 マズいな…。


 フィラミウスが必死に止めているが、体が弱って行くばかりだ。


 すると…。


《心拍停止。呼吸停止。心臓マッサージと人工呼吸をしてください》


 どうする?


《ガイドマーカーを出します》


 俺の視界にはヴァーチャルの俺が、心臓マッサージをしている様子が浮かんだ。俺はそこに体を合わせてヴェルティカの胸を押す。


「何を!」


「心臓が止まっているんだ!」


 強くマッサージをしてから、ヴェルティカの口に口をつけて空気を送り込む。


 するとメルナが持っている魔導書のマージが言う。


「メルナや! すぐにヴェルのテーブルに乗りな!」


「うん!」


 メルナがよじ登ってきた。


「ヴェルの胸に手を当てるんだよ!」


「うん!」


「詠唱!」


「うん!」


「命の息吹をこの者に宿す!」


「命の息吹をこの者に宿す!」


 ドクン! トクトクトクトク!


《心拍が戻りました。離れてください》


 俺がヴェルティカから離れる。


 そしてマージが言った。


「メルナの蘇生魔法ではこれが限界じゃ! 早く解毒薬を!」


 そこに、バン! とベントゥラが飛び込んで来て言う。


「一番高い解毒薬とポーションを買って来たぜ!」


「コハク! 口移しで飲ませな!」


 俺は解毒薬を口に含み、ヴェルティカに口移しで飲ませた。


 コク! コクンコクン!


 もう一回瓶に口をつけて含み飲ませる。


 ゴクゴク!


 スッとヴェルティカが目を開けた。


「ん?」


「目を開けた!」


《症状が消えました。心拍および呼吸が戻ります。衰弱はしていますがじきに戻るでしょう》


「ふう…」


 フィラミウスも言う。


「血色が戻って来た。ベントゥラ、ポーションをお渡しして」


「あいよ!」


「あれ…私…。皆はなんでここに?」


 俺がヴェルティカに説明する。


「俺が舞台袖に行ったらヴェルティカが倒れていた」


「そう言えば…向こう側の舞台袖に行ったはずの…剣聖の後見人が突然現れて…あとは…あれ? 覚えてないわ」


 するとアランが声を荒げる。


「妨害工作じゃないのか!」


 だが、ビルスタークが眉間に血管を浮かび上がらせながらも言う。


「抑えろアラン」


「しかし!」


「抑えろと言った」


「はい…」


 ビルスタークのその声で室内が静かになる。そこで俺がメルナに言う。


「ちょっとマージと話をさせてくれ」


「わかった」


 メルナはバッグごとマージを俺に渡してくれた。


「すまない。こんな時になんだが、ビルスタークもちょっといいか?」


「何かあるのか?」


「何処か三人だけになれるところはないか?」


「隣にも部屋はある。そっちが観覧席だ」


「ならそっちへ」


 そうして俺はマージとビルスタークを連れて隣の部屋に移動した。ヴェルティカとメルナが心配そうに俺達を見ている。そしてドアを閉めて小声で言う。


「さっきヴェルティカが言っていた、ドルベンスの後見人の事だ」


「どうかしたのかね?」

「なんだ?」


《二人の声に怒りが混ざっています。慎重にお話しください》


 わかった。


「すまんが声を荒げないで聞いてくれるか?」


「わたしゃ荒げる声なぞないさね」

「約束する」


「あの後見人は…俺達の知っている人間だ」


「あたしもビルも目が見えんが、それならばヴェルティカは気づいたであろう?」


「それが…外見が全く違うんだ。声も年齢も全く」


「なんだって?」

「なんだと?」


「恐らく目が見える奴らは騙される。だから二人にお願いしたい、そいつの声を聴き分けて欲しいんだ。俺の見立てでは間違いないはずだが、二人なら確実に分かるかもしれない。それにそれをヴェルティカに聞かせるのは得策じゃない」


 二人は少し沈黙して答える。


「だろうねえ…。自分のお付きが裏切り行為を働いたなんて聞いたら、あの子が辛くなる」


 そしてビルスタークも言う。


「そうだな。コハクよく俺達に話をしてくれた」


 そう言われてみるとそうだ。俺はアイドナに言われるでもなく、あそこで皆に聞かせるのは良くない気がした。理由は無いが、何故かそうした方が良いような気がしたのだ。


 どういうことだ? なぜ俺はこの二人だけに告げた?


《不明です。事実を皆に告げて不都合があるのですか?》


 逆に聞かれてしまった。だが何故か俺はそうした方が良い気がしたのだ。俺達が皆の所に戻ると、闘技場の係員がようやく解毒薬と回復薬を持って戻って来る。ヴェルティカが目覚めたのを見て安堵の表情を浮かべているようだ。そして俺と目線があって言う。


「会場ではコハク様とお嬢様を探しています。すぐに会場にお戻りください」


「ヴェルティカ。歩けるか?」


「ふらつくわ」


「なら俺の背中に」


 そこでボルトが係員に言う。


「すまねえな、係のお姉ちゃん。もう大会は終わったんだし、俺たちも舞台袖に行って構わんだろ?」


「はい! 主喰らい様の要望でしたら問題ないと思いますわ!」


「ありがとよ」


 そうして皆で荷物を持ち、俺がヴェルティカを背負って、試合会場へと向かうのだった。

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