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第百二話 決勝

 目の前に自分の従者だったボルトンが現れても、ヴェルティカは気が付かないようだ。見た目と年齢が全く違っているため無理もなく、俺ですらアイドナが骨格の一致を告げなければ全く気が付かなかった。


 どういうことだ?


《情報が少なすぎて予測演算できません》


 目の前のボルトンは、ずっとヴェルティカを見ていたが、今度その視線が俺の顔に向いた。俺も見ていたために目が合い、一瞬きつく睨むような視線を送って来る。だが、すぐに目を背けた。


 そこで突如、司会の大きな声が張り上げられる。


「王からのお言葉である!」


 すると大歓声が一気に静まった。


 特別席からゆっくりと出て来た王が、俺達に向かって話し始めた。


「並みいる強豪を退けて、よくぞ勝ち上がってきた! これまでの試合は誠にあっぱれであった! 剣聖ドルベンスの名に相応しいその剣技、無駄のない試合運びは見ていて息を飲むものがあった! そして…パルダーシュの奴隷ながらにして、この過酷なトーナメントを勝ち上がってきたコハク! 見た事の無い二刀流による剣舞、観衆はその御業に魅了されておるようだ。その大番狂わせに市民は熱狂しておるぞ! 次の決勝戦では存分に力を発揮し、技と技のぶつかり合いを見せてくれるものだと楽しみにしておる!」


 それを聞きながらもアイドナが言う。


《ボルトンに血圧の上昇、筋肉の硬直、発汗が見られます》


 興奮か?


《集中か殺意と予想》


 なんだそれは? 目的はなんだ…。


《情報が必要となります》


 王の言葉が終わると再び大歓声が沸くのだった。そして司会が告げる。


「後見人、御退場をお願いする」


 俺は、試合場を下りようとするヴェルティカの耳元でささやいた。


「ヴェルティカ。ドルベンスの後見人に警戒しろ。万が一、近寄っても決して心を許すな」


「えっ…」


「黙って言う事を聞いてくれ」


「わ…わかったわ」


 本来は試合会場袖に後見人席が設けられているが、ボルトンがおかしな動きをしないとも限らない。


「では両者中央へ!」


 どうするべきだ?


《試合を始めてください》


 いいのか?


《はい。それが最善の方法となります》


 緊急事態のような気がするが、アイドナはおそらく消去法でそれを選んでいる。ならば俺は目の前の試合に集中するしかないだろう。 俺が剣を構えると、ドルベンスがゆっくりと前に出て来る。


《人心掌握の為の見せる試合はしません。すぐに終わらせます》


 身体強化は?


《不要です》


 ドルベンスが勿体ぶるように、ゆっくりと剣を引き抜き俺に向けて言い放った。


「答え合わせの時間だ」


 カンカン! 


「始め!」


《踏み込んでください》


 今までのアイドナの指示とは違った。今までは相手の動きを見てから動いていたが、アイドナはすぐに動けと言う。俺がドルベンスに詰め寄ると、ガイドマーカーが床すれすれのあらぬところに表示される。これではまるで、倒れろと言わんばかりの位置だった。だがアイドナはわざわざ不利な状態になどしない。俺はそのまま従い身を倒し腰より低く飛び込んでいく。


「カッ!」


 息を吐きながらドルベンスが、低空進入する俺に剣を振り下ろしてくる。まるで串刺しにするかのような鋭い一撃だった。だが既にアイドナは予測していて、俺はその剣撃を避けるように体を横に向ける。目の前のすれすれを通り過ぎたドルベンスの剣が床に落ちた。


 ガツッ!


 そのまま側転するように床を蹴り上げ左手の剣で床を突くと、俺の体が横に向かって浮かび一気にドルベンスの頭上に踊り出た。低空からの跳躍をドルベンスの目が追いかけて来る。そしてドルベンスはその隙を見逃さなかった。床に突き立てた剣を、一瞬にして上空の俺に振り切ったのだ。


 ガキィ!


 その剣撃を右手剣で受け止めた反動で体を回し、飛ばされる寸前で足をドルベンスの首に落とす。自分の剣の勢いと、俺の全体重が首にかかった為ドルベンスがバランスを崩す。


「この!」


 バランスを崩しながらも、ドルベンスが両手で剣を振り俺に突き立てようとする。


《これで詰みです》


 ドルベンスの手首にガイドマーカーが浮かび、フリーになった俺の右手剣を凄まじいスピードで、その手首に振り下ろした。


 ボギィ!


「ぐあ!」


 カラン!


 片腕の手首を折ったであろうドルベンスはそのまま床に倒れ、俺はゴロゴロと床を後転しながら立ち上がる。体を震わせながら手首を押さえ、ドルベンスが驚愕の表情で顔を上げる。


「きっ! 貴様ああああ! そんなものが剣術かあぁぁ!」


 ドルベンスの怒りを受け流し、俺はボルトンがいるであろう舞台袖を眺める。今はそれよりもボルトンの方が気になるからだ。だが、よろめきながらドルベンスが立ち上がって睨んでくる。


「貴様…あの舞うような剣は、このための布石か? 俺を打ち負かす為の」


 いや、ボルトンの出現でたまたま、そうなっただけだった。本来は舞うように戦い、人心を掌握して勝ちあがる予定だった。ドルベンスは折れてない方の左手で、落ちた剣を拾い上げて構えてくる。


「貴様のような下賤の者に負けるわけにはいかない」


 すると試合状況を離れた所から見ていた、司会が大きな声で言う。


「おーと! もつれた拍子にドルベンスが負傷かあ! コハクの動きも今までとは全く違うようだ!」


《観客にはもつれて転んだようにしか見えていません。攻防は当事者で無ければ分からないはずです》


 だが、まだ続けるらしいぞ。


《既に戦力は半減。急いで試合を終わらせましょう》


 アイドナもボルトンを警戒しているようだ。早々に試合を終わらせて、そちらにリソースを割きたいのだろう。俺は二本の剣をドルベンスに向けて構える。


「負けはせぬぞ…」

 

 そう言ってドルベンスが折れた手を剣に沿えた。


《身体強化で腕を補強して使うようです》


 どうする?


《変わりません。素粒子AIによる予測演算は終了してます。ガイドマーカー通りに動いてください》


 ドルベンスは体をコンパクトにたわめ力を溜めていた。剣を真っすぐにこちらに向けている。恐らくは全ての力を使って打ち込んで来るつもりだろう。


 シュッ!


 ドルベンスが縮地と呼ばれる技で目の前に現れた。だが既にアイドナは予測済みで、俺はそれを容易に回避する。俺はそのまま体を独楽のように回し、左手剣と右手剣をドルベンスの胴体にたたきつけた。そのまますれ違い、俺の後ろでドルベンスが倒れる。


 ドサ!


《終了です》


 俺が振り向いてもドルベンスは身動きしなかった。


《心拍はありますが、体が弛緩しています。完全に意識が飛びました》


 一瞬静まり返った場内に、司会の声が響いた。


「勝者! コハク!」


 ドワアアアアアアアアア!


 物凄い歓声が起き、市民達が立ち上がって拍手をしていた。これで優勝が決まり、俺達は王に対して直談判できる場を設けられる。


 だが…舞台袖から、ボルトンが出て来た。


「おいおいおい! 何負けてんだ!」


 そう言ってボルトンは、意識を失っている剣聖ドルベンスを軽く蹴り飛ばしたのだった。

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