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第九十九話 無駄な妨害工作

 明らかに周辺の人間達の様子が変わった。俺を視界にとらえた途端に心拍数の上昇や緊張、筋肉の硬直があったのをアイドナが感知する。最初は嫌悪感を抱く視線が多かったように思うが、今は別の感情が見え隠れするようだ。飯を食っているにも関わらず、早々に全員が食堂を出て行ってしまう。


《あなたを脅威と捉えているのでしょう》


 当初は全員を油断をさせる作戦だったはずだがな。


《状況により変化しました。予選の全対戦を確認しましたが注意すべきは赤点滅のみ》


 確かにアイドナの言うとおりだった。試合を見るまでは油断をさせるという方向で動いていたが、いまでは赤点滅以外は全て青に変わっている。その状況で自分の力を隠してもあまり意味はない。今のところ赤点滅をしているのは二人のみで、どちらも剣聖と呼ばれる人間達だ。一人はドルベンス、もう一人は剣聖フロスト・スラーベルと言う人間。 


 赤点滅は不確定要素があるという事だったな?


《剣聖は、ここまでの対戦までまったく実力を見せていません。相対するしか情報が取れません》


 わかった。


 俺とヴェルティカは、カウンターでトレイに食べ物をもらいコップに水を注いで席に着く。ヴェルティカが祈りを捧げているが、俺はかまわず先に水を飲んだ。するとアイドナが告げる。


《警告。身体に有害な物質が含まれています》


 なんだ?


《遅効性の微量な神経毒です。恐らくは昆虫由来の物と推測》 


 食ったらどうなる?


《素粒子AIが有害なものを全て分析し、分離して隔離、排出しますので全く問題はありません》


 まて、ヴェルティカはどうなる?


《後に神経伝達を阻害されて、麻痺と筋肉の弛緩が起こります。微量の為に死には至りませんが、解毒しなければ行動障害などの後遺症が残る事もあり得ます》


 ならば、食べるのをやめさせねば。


《入っていない可能性もあります》


 どういうことだ?


《貴族に対して危害を加えるのと、奴隷に対して危害を加えるのとでは訳が違います。いわば奴隷は物という認識ですので、物を破損しても大したことにはなりません》


 そうか…いずれにせよだ。


 俺はヴェルティカに言う。


「俺はヴェルティカの従者だ。一応食べる前に毒見をさせてもらっていいか?」


「ん? 毒見?」


「ああ毒見だ」


「わかった。いいよ」


 ヴェルティカが自分のトレイを差し出してきた。俺はスープを飲みパンをちぎって口に入れる。


《毒反応無し》


 次に水を飲み、揚げた肉を口に含んだ。


《毒反応無し》


 ヴェルティカの全ての食物に毒がない。という事は、俺のだけに狙って入れたという事だ。


《そのようです》


「ヴェルティカ。食べても大丈夫だ」


「うん」


 そうしてヴェルティカは普通に食事をとりはじめた。


 どうするか?


《毒を飲んでも問題ありません。百パーセント隔離して排出しますので毒の影響はありません》


 俺に毒は効かないか。だが念のため水を飲まなければいいだろう。


《はい》


 俺はそのまま料理を食べ始める。


 毒を入れた犯人は厨房の人間だろうか?


《それだけとは限りません》


 というと?


《あなたは水を自分で注ぎました。トレイにあらかじめ置いてあったコップに仕掛けがあった確率が高い。現状取り巻く環境から考えて推測すると、犯人は、これからの対戦者、今まで倒した対戦者、良く思っていない調理場の人間、大会関係者、王族。以上の通りです。ここに一般市民は入り込めませんので、他の可能性は低いでしょう》


 どうして俺がそのトレイを取ると分かった?


《出場者用とお付き用に分けられているからです。出場者の方が量を取る事を考慮して、トレイの大きさが違います。あと見ての通り今は我々しかいません》


 なるほど。俺がそれを取ると確実に分かっていたわけだ。


《先ほど、ここを出て行った人間、及び厨房にいる人間の顔を全て表示します》


 すると飯を食っている俺の目の前に、小さな写真がずらりと並んだ。俺はしっかり見た記憶はないが、アイドナが瞬間インプリントしていたらしい。


 どう推測する?


《表情筋、心拍、体温、筋肉のこわばりから推測、室内の全員が知っていた可能性大です》


 全員が犯人?


《それは分かりません。知っていて黙っていたのかも知れません》


 この中で俺と接触のあった者は?


 すると写真の一枚が点滅する。


《これです》


 これは…一回戦の相手か…まだ場内にいたのか?


《そのようです》


 だが負けたのに、こんな事をやる必要があるか?


《わかりません。もしくは決勝戦出場者かもしれません》


 そう言って今度は三枚の写真を光らせる。


 なるほどな。いずれにせよ全員が敵って事で間違いないか。


《そうなります。かなり高い水準で脅威とみなされてしまったようです》


 考えものだ。


《障壁は排除すれば問題ありません》


 そこにヴェルティカが聞いて来る。


「なにか考え事?」


「いや大したことじゃない」


「そう」


 不思議だな。なぜヴェルティカは俺が思考している事がわかる?


《表情を読み取っているか、もしくは単なるヴェルティカの推測か、わかりません》


 そうか…。


 食事を終えた俺とヴェルティカは食堂を出た。広い通路のあちこちに出場者がいるようだが、ひそひそと笑われているようにも感じ取れる。


「なんだか感じ悪いわ。皆、コハクを目の敵にしているみたいで」


「気にするな。特に問題はない」


「まあ…コハクがそういうならだけど」


 すると係員から声がかかる。


「パルダーシュ辺境伯御令嬢」


「はい」


「決勝の組み合わせが決まりましたので、こちらへどうぞ」


 係員に連れていかれる。そして組み合わせ表が壁の板に張り付けてあった。俺の名前の所を見て、ヴェルティカが苦い顔をする。


「決勝一回戦の相手…剣聖フロスト・スラーベル」


「そうか」


「いよいよ。剣聖との戦いね」


 ようやく赤点滅の一人と相対する事になった。


 そうして俺達が再び出場者枠の観客席に行くと、にやにやと笑っている奴らがいるようだ。


《先ほど食堂に居た人間は全員います》


 そうか。


《可能性としては、負けを見届けるつもりなのでしょう》


 どっちでもいい。あと数試合勝てば目的は達成だ。


《そうです》


 少しして、ようやく決勝戦への呼びかけがあった。全員が中央に参加して再び紹介されるらしい。俺とヴェルティカは席を立ち、再び会場入りするのだった。出場者は全員が敵という状態の中で、王族はどんな印象を持っているのだろう?


 そんな事を考えつつ会場の中央に歩きだすが、唐突に客席から声がかかった。


「おい奴隷! 期待してるぞ! 奴隷でもやれるってところを見せてくれよ!」


「そうだ! 市民はお前を応援してるやつが少なからずいるんだ」


「俺はお前に今月の稼ぎを全部かけたんだからな! 大儲けさせてくれ頼む!」


「はあ? おまえ奴隷に賭けたのか?」


「おりゃ大金を稼ぐんだよ!」


「大人しく剣聖に賭けてりゃ良いものを」


「いや。俺は奴隷が勝つところをみたいんだ!」


「とにかく、がんばれよ!」


《市民にはあなたに勝ってほしい人がいるようですね》


 そうか。


 中央には八人の出場者が並んでいた。その中には二人の剣聖も混ざっている。俺が歩いて行くと一斉に俺を見るが、俺は全く気にせずにその端に立つのだった。

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