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Step by Step  作者: Ehrenfest Chan
第10段:After Winter
60/63

10-7

「あー、おたまと一緒に箸も持ってきてよー」

「あっごめんごめん、忘れてた。わたしのもよろしくー」


 鑓水が立ち上がって、狭めなキッチンのほうに向かい、引き出しから箸を二対四本取り出す。いつもの、くすんだ赤と黄色の和風の箸、いや箸自体がそもそも和風か?中華風の箸とかあるのかな。


「ほい」

「ありがとー。んじゃ、頂きますか」


 わたしも鑓水も、特に迷わず疑わず箸を寄せ鍋に伸ばす。涼しいのは冷房がドンドンガンガン入ってるからであって、今は真夏である。全然鍋の季節じゃない。のだけど、鑓水の家は年中構わず夕飯に鍋が出たらしいし、野菜も摂れるし、なんか心が温まるしまっいっかと思って、気付くと毎週のように鍋を食べている。しかも味の冒険をしないので、毎回寄せ鍋かキムチ鍋である。まあ、変わり映えのしない日々には慣れてる。


「んー、んーと、何かさー、ねぇー」

「どうした?なになに?」

「いや、何でもない」

「何でもないかー」

「何の会話もなく黙々と鍋をつついてたら、自分の部屋で、一人で食べてるのと何が違うんだろうって頭によぎったから、その残骸」


 大学4年生の夏休み、何も起こらないから何も話題がない。まあ、世間でめぼしい事件が勃発したとして、「こんな事があったんだってー」「大変だねー」と、話題を目にも止まらぬ速さで消化してしまう。だから普段からこんな感じだ。これがまた、社会人ともなれば職場の愚痴で持ち切りになれるのかもしれないけど。


「一人で鍋をつつくのは、少し寂しいんじゃない。顔を上げたら反対側に座ってる人が見えるのって、ちょっとほっとするというか」

「安栗、いちいちほっとしてるの?」

「いや別に?まだいけるな、もうお腹いっぱいなのかな、鑓水の胃袋事情が見えて面白い」

「んなこと考えなくていいよ、私は自分の胃袋の限界も知れぬほど幼くない」


 鑓水は顔を皿に近付けて、わざとらしく鍋の裏に隠れた。そして、二、三秒もすると顔を上げて、普通にまた鍋に箸を伸ばした。


 時々、いや常々、やっぱり度々、鑓水が何を思い考え、悩み傷付き喜んでるんだろうと、思索してみることがある。決して鑓水は表情の変化が乏しい人ではないんだけど、笑ったり笑わなかったり、怒ったり怒らなかったり、わたしには察せない部分がある。


 そもそも、大学生になってからも変わらずわたしの家に遊び来続けて、もはや居候と化してる現状も、なんかよく分からない。同じ大学に通ってるから、確かに二人の家の距離は縮まったけど、一緒に買い出しに行って、狭いキッチンでひしめき合いながら野菜の下ごしらえを済ませて、鍋を食べて、そんな日が週に一回あって、他の日は鑓水がご飯を作ってくれることもあって、家に来たら二分の一ぐらいの確率で泊っていくのは、なんかわたしの知らない文脈でもありそうだった。とは言え、こんな毎日が始まってはや3年と4か月、訝しむにも辞めるにも遅すぎるかも。


「そう言えば、前に話してたゲーム機、届きました」

「私の記憶は絶対だから、そんな話してなかったよ」

「あれー?まっいっか。ほらあれ、食べ終わったらやろうよ」


 鑓水は、このために拵えたテレビのほうを一瞥すると、頷いて同意してくれた。鑓水が来ても、普通の日でも暇を持て余してしまうのに、夏休みとなれば、風邪でも引いて寝込みでもしないと、時間が余って仕方ない。もっと早く買っておけば良かった。


「んー、どうせ毎日来て遊ぶんなら、私もいくらか出せば良かったかな」

「いやいや、バイトしてたら意外と貯金ができたから」

「自分だけのために使えばいいのに」

「何言ってるのさ、買ったからには一人でもやりこむよ、うん」

「安栗って、あんまりやりこまなそー。すぐ飽きて辞めるでしょ」

「よくお分かりで」

「ずっと安栗の隣にいるんだから。いい加減わかってくるよ」


 それにしても、鑓水にだって優しい一面もあるんだよなぁーと再認識する。……いやいや、常に優しいんだけど、優しくすると甘やかすは違う。優しいから厳しい時だってある。何が言いたいかというと、今度奢ってもらおうかな。


 そんなこんなで、鍋の具材を食べ尽くして満腹になったところで、テレビの前にコントローラーを握って並んで座る。いつも思うけど、鑓水は正座してて足が痺れないのだろうか。うぅーん……、しばらくすると姿勢が崩れていってる気がするので、確実に痺れてはいるんだろうな。痩せ我慢か、見栄っ張りなんだから。


「桃鉄なんて100年ぶりにやる気がするな」

「100年やりたいって?」

「10年でいいよ……」


 お腹いっぱいになって、鑓水が思わずあくびを漏らしてる間に、間をとって55年にしておいた。横腹を猫のように素早くパンチされた。


「今日も泊まることになるのか」

「嫌?」

「別にいいけど」


 画面を凝視しながら、鑓水は適当そうにそんなことを言う。わたしに合わせてるだけで、内心では早く帰って寝たいとか思ってるんだろうか。疑いだすと止まらない。そして気になる。鑓水が何を感じて、何を考えてるのか。答えが欲しくなってくる。でもそれは、簡単に逐一言語化できるものでもなくて、十秒後には忘れてしまう喉元を過ぎる熱さのようなものだから、聞いてみても成果はないだろう。


 最初はゲームのシステムについて新鮮な発見があって、その話題が散発的に巻き起こったけど、30分もしないうちにゲームには慣れてきて、ただボタンを押す微かな音が響くのみになってしまった。横を向くと鑓水が、猫背になって前のめりになりながら、がむしゃらにボタンを押していた。その姿に対して、なんか、ゲーマーぽくて?いいなーって感想を抱いた。ともかく、ずっとそのままで居てほしいなと、何だか心が安らいでくる。


 しかし世界は諸行無常なので、わたしの視線を察してか、お化け屋敷の仕掛けのように、鑓水の首が突如としてこちらに向かって回る。そう言えばこのゲーム、ターン制だから自分のターンじゃない時は暇だった。


「私の顔に何か付いてる……?」

「目と鼻と口が付いてる」

「眉毛も付いてるし」

「確かに」


 鑓水は自分の眉毛を指でなぞった。自慢なのだろうか、綺麗だけども。


「桃鉄、楽しい?」

「まあ、結構面白いかも」

「それは良かった」

「もしかして、もう飽きたの?」

「なわけないじゃん。勝ってるから楽しい」

「負けたら不機嫌になるタイプの人だったか」


 これはわたしの心なしなのか、それなりに感興を催してそうに見えた。まあ、そう取り繕ってくれてるだけかもしれない。分からない、……確かめてみようかな。


「鑓水」

「んー?お、ここの物件全部買い占めよーっと」

「もう一回同じこと聞くけど、いいかな」

「何度も同じこと聞いてきたら、鬱陶しがるけど別に構わんよ」

「やっぱり、わたしなんかの家に来て、楽しいの?呼んだから、仕方なく、気を遣ってくれてるのかな。大学生なら、他にしたいことだってあるだろうし」

「どうだろうね。意識したことない。高校生の時は、遊びに誘ったのに誰も来てくれなくて可哀想だから、みたいな気持ちはあっただろうけど、今は違うしなー。したいこと……は、たまに一緒に出掛けてるじゃん。それで十分だよ」

「楽しいって確信してるわけでも無いんだ」

「楽しいって、確信するものなの?」

「知らない」

「大学生なら、読み齧りの哲学書の断片的な知識で、それっぽくもない理屈を付けたかったな」

「それって大学生なの?」

「大人になったら恥ずかしくてできないぜー」

「成人したはずなんだけどなー」

「そう言えばそうだった。いつまでも子供気分でいてはならぬなぁ」


 鑓水の言葉は時々沁みる。自分が意外と傷付いてるんだと自覚させられる。もうすぐ大学生活も終わる。色んなことが変わる。子供気分は抜けきらないといけない。だけど、こうして鑓水とだらだらしてられるのも、あと数か月だって意識した途端、急に怖くなってきた。


 わたしだってずっと楽しかったと言われると、そうでも無かったと思う。鑓水が横にいながらスマホをいじるだけで、バズ狙いの投稿に冷めた目を向けて、でもスクロールを辞められなくて、それが楽しいはずがない。だけど鑓水が同じ部屋でごろごろしてるという事実は、強いて言葉にするなら、安定と安全をもたらしてくれた。鑓水が隣にいたら、何でも許されたような気がした。そんなはず無いのに。


 楽しいかどうか以外の尺度なら、鑓水だって何か思う節があったりしないだろうか。……あってくれないと困る。無かったら、わたしが縛り付けてたみたいで、たぶん一生をかけても償いきれない。


「ところで話は変わるけど、就活は順調?」


 ゲームだけだと退屈をしのぎきれてないと判断されてるのか、自分のターンが終わると毎回話しかけてくれる鑓水なのであった。


「どう思います?」

「惨憺たる結果」

「そういう鑓水はどうなんだ!」

「どうって。んー、それなりに」

「あら、世渡り上手~」

「感心してる場合か」

「いやいや鑓水、わたしは自分の就活については、まだ何も語ってませんよ?」

「もったいぶらずに言ってみな」


 わたしは思い付く社名を適当に言い放った。まあだって、大手は軒並み落ちちゃったし、でも体躯の大きさに見合う見栄は張りたいし。


「え。それって地元の……」

「ん?」

「新潟に帰るの……?」

「えぇ?」

「だから、新潟に帰るのかって、だってだってそういう事だよね」

「いや、えっと」

「私は関東の企業しか受けてなくて……」


 さっきまでこっちを向いていた鑓水は、恐る恐るテレビの方へ目線を戻していく。鑓水の表情が曇っていく。いつもは晴れてたんだなぁと、今ごろようやく気が付いた。CPUのターンが終わって、部屋には鑓水の呼吸音だけが聞こえてくる。完全な無音よりもよっぽど物寂しくて、涙が伝播しそうになる。


「なんで、あぁ、何なの、嘘だよ……」


 鑓水はコントローラーを持っていた腕を力なく下ろして、目に余るほどの涙を浮かべて、一瞬で雨模様に変わる。テレビの奥の壁の一点をじっと見つめて、微動だにしなくなる。わたしはとんでもなく悪趣味な冗談を言ってしまったんだと思う。それだけは理解した。でもそれ以上は進めない。わたしは片手でコントローラーを握って、もう片方の手の平を鑓水のほうに向けたまま、身じろぎ一つできなかった。


「鑓水……?」

「どうしてさ、もっと早く、どこを受けるか言ってくれなかったの。そりゃ、聞かなかった私が悪いのかもしれないけどさ。こんなに時間があったのに、どうして私は……」


 鑓水は目を伏せながら、何度も涙を拭おうと腕を動かして、涙腺に力を籠めるけど、瞼を落とす度に、変わらず真珠のような、大きくて輝きを放つ涙の粒が滴り落ちていく。


「何で、止まってよ、私、馬鹿みたいじゃん」

「そ、そんなこと無いよー……」

「安栗がいないだけで、安栗と簡単に会えなくなるだけで、ただそれだけなのに、涙が止まらない、頭が真っ白になる」


 いつ何時もどこであっても、キリッとして凛々しく堂々としてる鑓水が、遠慮なく手加減なく稚く泣き崩れている。そんな様子を隣で、何もできずに直視していたら、貰い泣きで涙腺が熱くなってくる。もし本当に就職先が遠く離れてて、鑓水と離れ離れになってしまうなら……わたしも頭の中が真っ白になってきた。理由とかプロセスを形にすることもできないけど、鑓水と離れるのはわたしだって嫌だった。


「安栗っ。……どこにも行かないでよ……」


 鑓水は涙を止めることを諦めたのか、そう呟きながら、わたしの服の袖を掴んで、まあまあな強さで手繰り寄せようとしてきた。こんな所に留めようとしたって、もしこれが事実だとしたら何も変えられないのに、普段夢とか幻想とかに縋らなさそうな鑓水が、力いっぱい引っ張っている。


 これは純度100%の鑓水の本音、ずっと知りたかったもの、聞き出す目的で嘘をついたわけじゃないし、嘘をついて良かったとも思わないけど。……わたしは間違ってなかったのだろうか。


「私にとって安栗は、思ってるよりずっと大切な存在だった。いつもいつも、無くなりそうになって初めて気が付くんだよね……」

「鑓水、あの、実は」

「今生の別れじゃないけど、でも、いつでも会えて、いつでも頼れて、そうじゃなくなるのって、私は辛いし苦しい」

「鑓水っ。嘘、嘘だからっ!就職先なんてまだ決まってないから、それはそれで問題だけど、だから適当なこと言っただけ、泣かないで!」


 今までのわたしたちの行動が間違ってるとか、そんな事はどうでもいい。鑓水との距離を詰めて、肩を寄せて必死に嘘を正す。嘘で泣かせてしまったこと、鑓水と離れ離れになってしまうかもしれない恐怖、わたしの手も感覚が曖昧になるほど震えて、その振動で自分の目からも涙が零れ落ちた。


「あ、あー、そう……なの……」


 わたしの自己弁護を聞いた鑓水は、横を向いたまま固まってしまった。


「謝るだけじゃ足りないか……、何でもするっ、鑓水のしてほしいこと、鑓水のためなら何でも!だから、えっと、ごめんなさい、わたしが悪かった」


 自分なりに決意したつもりだったけど、やっぱり鑓水の考えることの大半は分からない。わたしの謝罪を申し出を拒否するでも、怒って悪態を突くでもなく、両手を握ってそれでひしゃげた顔を隠す。しばしすすり泣いた後、手を下にずらして、鑓水は潤んだ瞳で、上目遣いになりながらわたしの様子をうかがってきた。こんな感想が正しいわけないけど、小動物のようだなぁーと直感的に思ってしまった。


「何もしなくていいよ、別に……」

「えっ、許してくれないってこと……?」

「安栗さえ居てくれればいいって言ってんのっ」


 鑓水はわたしの言葉に被せるように言い切った。それは、わたしに全幅の信頼を置いてのことなのに、いつもより他人行儀なように聞こえる。いつも通りじゃない鑓水なんて、わたしは見たことがなかった。それには責任が伴うんだと思う。わたしは鑓水の言葉に耳を傾けながら、心を入れ替えようと頑張った。


「気付いてしまった。私、安栗がいなくなったら、無理だよ、不安で寂寞で死にそうになる。そっちはどうか知らないし、嘘を本当にするのは阻止できないけど、今だけは、いや、気持ちの整理が完了するまでは、こう、してたい、いいかな」


 どうされてもいいよう、心の準備だけは怠らないでおいた。固唾を呑みこんで、覚悟を決めた。だけど、いつになっても鑓水は微動だにしない。わたしの肩に寄り掛かったまま、目を閉じて、大げさに息をして、一生懸命落ち着こうとしていた。


 流し目にそんな緩み切った鑓水の姿を見て、わたしは身動きが取れなくなる。ここでわたしが油断して緊張の糸が途切れて動いてしまったら、鑓水は割れてしまいそうな気がした。そう思わせるほど、この時の鑓水は脆そうで危うくて小さくて頼りなくて、一緒に過ごしてきた日々の記憶さえも疑いたくなる。確固たる芯とか哲学があって、自立もしていて、立派な人間だなーと、わたしは彼女のことをどこか見上げていた。本当は、わたしと同じ段に座って、ぺちゃくちゃ喋ってただけなのかもしれない。


 肩に鑓水の体温を感じる。肺が膨らむ度に強く頭が押し付けられて、より深く、鑓水がわたしの内に潜り込んでくるようだった。呼吸する間隔、震える瞼とまつ毛、意識して観察せざるを得ない状況だからだけど、普段より多くの鑓水を知れている。でも、まだまだ知らなきゃいけない。鑓水から片時も目を離したくない。


「安栗……、私どうしたらいいのかな……。いつかはそうなるのに、引きずるのかな、苦しむのかな、仕事に手が付かなくなって、それで怒られてへこんで……次に路頭に迷った時には安栗はもう居なくて……」


 目を微かに開けたその隙間から涙が溢れ出て、わたしの腕にいっそう強く巻き付く。やっぱり、不透明な未来にまだ確信が持てなくて、落ち着きを取り戻せていなさそうだった。……それはわたしも同じだった。だったら、言うべきことは一つしかないような気がする。


「わ、分かってる、わたしだって鑓水とは離れたくない。約束でも契約でも何でもするから、だから泣かないでよ、そんな悲しいこと言わないでよ!」

「……ははは、それを待ってたのかな。一番怖かったのは、安栗と物理的に距離が離れてしまうことなんかじゃなくて、この感情が、この涙が、独りよがりかもってことだったから」

「わたしもそうだった。鑓水がわたしのことをどう思ってるのか全然わかんなくて」

「分かったの?」

「もちろん」

「それは良かった」


 彼女の息遣いが急激に穏やかになっていくのを感じる。体からみるみる力が抜けて、重力に負けて猫背が再発する。……一緒にって、一生引っ付いて暮らすってことなの?寄り掛かられて、安らがれるのは悪い気がしないけどさ。


「……鑓水?」

「んー……?」

「このまま寝る気?」

「寝ないよ、もったいないから」



「ごめん、いつまでも寄り掛かって」


 図ったわけではないけど、おりのように底に溜まってたわたしの屈託は、完璧に晴らされたのであった。だからまあ、何でもいいんだよ。そう思いながら、二人交互にティッシュ箱からティッシュを取り出す。


「いいよいいよ、普段絶対に泣かなそうな鑓水の、貴重な泣きじゃくり顔が拝めたから」

「何だよ、安栗こそ泣いてるじゃん」

「だって、鑓水が泣いてるから。センチメンタルにもなるって」

「んんー……、先に泣いたのは、一点の疑いようもなく私だからなぁ……」

「まあまあ。同じ事されたら、恐らくわたしから泣き出してると思うから。負けた気になるなって」

「勝ち負けを持ち込むなよ!勝ちたくなるからさ!」


 良かった、鑓水が元気を取り戻したー。


「えーっと、とにかく、つい出鱈目が口に出ちゃっただけなんだよね」

「そうだよ」

「じゃあ、これからはちゃんと、大事なことを共有しよう。もう二度と、悲劇を起こさないために」

「うぅーん、たまにはこういうのもいいかも」

「一生一緒に居るってのは嘘だったの?嘘ついたら針千本飲まそうそうしよう」

「秋刀魚の小骨千本で勘弁してくれない?」

「秋刀魚が豊漁で安い年なら?」

「やったー」


 鑓水から小指を立てて差し出す。それに答えない理由はないので、小指を引っ掛けて何度か揺さぶる。濡れて擦れて赤らんだ目尻を下げて、似つかわしくなく細やかながら嬉しそうにしてくれた。


「とりあえず、桃鉄再開するかー」


 と、言ってみたものの、鑓水が嫋やかな小指を必死に絡み付けて抵抗してくる。


「……もしかして飽きた?」

「別に?100年でも何年でも、付き合ってあげるよ」

「じゃあこれは……」

「ちゃんと約束してねってこと」

「はい、鑓水の会社の近くに就職できるよう、全身全霊努力します、しますから」

「こちらこそ、お願いしますね」


 ようやく小指は解放されて、鑓水の興味は桃鉄のほうに戻っていった。気分は三日ぶりの晴天……そんな感じだった。

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