9-3
「ふっひっひ、やっぱり食後はこれだよなー」
永田は、誰かの上履きを隠して、その人が戸惑う様子を柱の陰から嘲るような、悪い笑みを浮かべながら、部屋に備え付けられた冷蔵庫を開けた。上履きとか中学校卒業以来履いてないから、何だか懐かしく思えてきた。
なんか小さくて高いアイスを2カップ取り出すと、ベッドの端に腰掛けて髪を丁寧にとかしてる私に、片方を突き出してきた。えぇ、さっき夕食会場で会った露崎に、連絡がないから心配したんだぞーって、ぐしゃぐしゃされた。そんな大げさな……。
「鏡花ちゃんも食べる?」
「いや、要らないよー。正直、胃がはち切れそう」
「甘いものはー」
「別腹も使い果たしました」
「あら山羊だったか」
と言いながら、隣のベッドに座って、片方を傍に置き、もう片方のふたを開けた。両方食べるつもりらしい。普段だったら絶対もらってるけど、いかんせん本気で満腹なのである。女子の残飯処理班って、競合がいないからなぁ。
「アイスクリームのポワレ、ジェラートを添えて、とか出してくれればなー」
「全く腹が膨れなさそう」
「アイスは消化にいいからねー」
「聞いたことないけど……」
そんな珍説を信じて、今日も永田はアイスをばくばく掻き込むのであった。
「で、どうだったん?」
「それはもう、すっ凄かった……」
「え?えぇ?えぇぇ?それって、ホテルに、えぇぇぇ?」
「待って待って、だったらそんな短時間で戻ってこないでしょ」
「いや、そういう問題じゃないっ、だだだっダメだよっ、鏡花ちゃん!」
「してないんだから、問題も何もないじゃん!」
振り返って悦に浸ろうにも、永田がカップとスプーンを両手に、隣のベッドから体を乗り出して、目の前まで迫っててそれどころじゃない。
「うーん、まっいっか」
「何がいいのさ……」
「何でも禁止すれば、個性あふれる普通の子が育つってわけじゃないもんね」
「それには納得と同意」
永田はするすると首を引っ込めて、またアイスを頬張り始めた。
しかし、一考の余地がないこともない。もっと強引に、その先へ、あの時だって、縁佳の肉体の全てが手中にあったわけで、どうせ縁佳は断れないんだから、そうしてしまう選択肢を排してしまうのは、時期尚早だったのかもしれない。
とんでもない話をしてる気がするけど、実行に移してないんだからセーフと、自分に言い聞かせる。いやまあ、ここまでやっておいて、最後まで行く気がありませんっていうのは、あまりにも意味が分からないし、それに正直、一方的な想いのまま、相手に妥協を求める形で着地させたくもない。縁佳が、自分の意志で、自ずから私のことを求めてほしい。そのためには……、そのまま後ろに倒れて、手を大きく広げてみた。
「どうしたらいいんだろ」
「知らん」
「即答?」
「前も言ったけど、二人は月と太陽みたいなものだから、きっと大丈夫だよ!」
「それって、同時に見えることはないってこと?」
「あっ」
「あっ、じゃない」
「でっでも、少しずつ進んでるなら、それでいいんじゃないかな。無理にパラダイムシフトを起こそうとしなくても」
「なーんにも、変わってないんだよ。縁佳にとって、私はあっても無くても変わらない。それじゃあ困るんだ」
縁佳が謝ってきたのも、それは社会通念上けじめを付けるべきことであって、明らかな粗相があったからであって、二度と起こってほしいイベントでは無いことは明白だった。そんな縁佳の性質など、今さら確認するまでもないか。
逃げ出さないようにするために、依存させるために、偏執させるために、平島縁佳という集団幻覚は、打ち払わなくてはならない、引きずり落さなければならない。でも、どうやって?何をしたら、彼女は本気で窮地に立たされてくれるの?
「困った困った、打つ手なし、望みうす……」
首を曲げて、頭だけ起こして見ると、永田は二個目のアイスに突入していた。
「困った時は、便利屋カウンセラーたるモロックマに相談すればいいじゃないかー」
「寧々子はアイデアないのー?」
「うにゃ?あるよ。私がナイフ持って、縁佳の喉元に当てます。で、鏡花ちゃんが助けに来るー」
「あんたは滅多刺しにされるけど、いいの?」
「いくないねー」
そんなこんなで、楽しい修学旅行は幕を閉じた。瞼を閉じてみれば、縁佳との思い出の数々が蘇ってくる、のはいいけど、結局のところ、私たちの関係性は何も進展してない。私が不器用に攻めて、縁佳が巧みにかわす。縁佳の憐憫を、自分という傾奇者を受け入れてくれたと勘違いして、ある種の心地良さを覚えるのは、もう終わりにしないといけない。
修学旅行が終わってから最初の登校日、二日ぶりということもあって、迷わず縁佳の元に赴いて昼食を食べていると、お土産乞食……先輩たちと明世がわらわらとやってきて、縁佳もわざわざそんな奴らのために廊下に出て行ったから、私もそれに追従した。
「生八つ橋きちゃーっ」
「しの先輩が、鎖骨以外で喜ぶとは」
「飛膜みたいで、可愛らしいじゃない。ついでに美味しい」
そう言いながら、貰ってすぐに包装をぺりぺり剥がして食べ始めた。いいんだ、お土産って貰ったその場で堂々と食べていいんだ。衝撃的だった。感服した。この人には頭が上がらないなと思った。
「あ、皆もどうぞー、れむっちもいいよ」
「はるちゃんから既に貰ってるからなぁー」
遠慮は口だけじゃなくて、行動で示さないと意味がないというのが私の見解である。自分がそれを実践できてるかは言わないでおくけど。
黎夢は生地だけの角を齧りながら、明世の視線に気付いて、嬉しそうに手を伸ばす。
「はい、はるちゃん、あーん」
「はっ、黎夢っ、ダメダメ、人前でそういうのはむぐぐ……」
「美味しい?」
「……ただの八つ橋だし、不味いわけない」
「0点だねー、反省しなさいー」
「もっと節操を持ってくれないかな!」
明世が顔にボロを浮かべながら、黎夢にそう言い寄った。向こうから積極的に手を下してくれるなんて、こっちからしたら羨ましいことなんだけどなぁ。どうせやってくれないだろうけど、しかし敵愾心というものが燃え上がってしまったので、念のため縁佳のことを睨み付けてみる。
「やんないよ?というか、これは修学旅行のお土産なんだから、修学旅行に行った人が食べるものじゃないし」
「そう遠慮せずー。ほら、露崎も」
「わーい、いただきまーす」
「縁佳、甘い物苦手でしょ。だから、一口食べて、うわまずってなって、私に食べさせてくださいっ」
「人前で妄想を語るな。鏡花こそ、節操を持つべきなんだからっ」
縁佳は腕を組んで、怒りっぽくそう言った。
「なんで皆、薄ら笑いを浮かべてんの?揃いも揃って同じ顔、こわっ」
「仲いいわねぇー」
篠瀬は縁佳と私を交互に見て、なぜだかどこか嬉しそうに、そんな風に評した。
「仲は、良いよ。何度も二人で遊びに行ってるし、お互い家に上がったし」
「黎夢も、早く両親への挨拶に行きたいのー!」
「だから、今そういうこと言わないでって。マネージャーさんに頼んで、しごいてもらおうか?」
「自分ではしごかない、その優しいような臆病さが好きぃーっ」
「辞めて、公衆の面前でくっ付いてくるな!って、がすよも、そんな目で見ないで!」
「これは仕返しだよ。耳を真っ赤にしちゃって、恥ずかしくないの?」
「だから恥ずかしがってるでしょーが!」
いいなぁー、縁佳のほうからいたずらに近付かれて、私も慌てふためきたいなぁー。縁佳が震源地なら、何でもいいんだけどなー。
「あのーすいませんー、鑓水が、所構わずいちゃいちゃする奴、全員烏有に帰せって顔しちゃってるので、話の腰を折ってもいいですか?」
「そんな顔しとらんわっ!お前の感想か?そうだよな?なんて奴だ、見損ないました、こいつは碌に努力もしないで、嫉妬だけは一人前、そして自己憐憫に耽溺する人間です、以後お見知りおきを」
「今さら私のこと紹介してもしょうがないでしょ」
「やすやす認めんなよっ」
1.25倍速な漫才を見せ付けられたのはともかく、先生が縁佳のことを呼んでるってだけだった。いや、縁佳が隣からいなくなるのは、とても憂慮すべき事態なのだが、まあ大人には逆らえないので癇癪を起こすのは辞めておいた。
ふと、廊下の柱に貼られたポスターが視界に入る。そう言えば、生徒会長選挙はもうすぐだっけ。結局、副会長にはしてもらえなかったけど、そんな事は今となってはどうでもいい。私は恐れていた。縁佳を狙える位置から凋落してしまうことを。けど、蓋を開けてみたら、意外と何とかなった、いくらでも近付きようはあった。んー、でも、何か手伝えることがあるなら、力になりたいんだよなー。
「鏡花ちゃんも、生徒会長選挙に出たら?」
ポスターに向かう線に一番に気付いた篠瀬が、生八つ橋の箱を閉めながら、そんなことを提案してきた。
「え?なんで?」
「え?なんで?面白いから?」
きょとんとした顔で返されると、私が変なことを聞いたみたいじゃん。って、噛めば噛むほど愚かな提案だなっ。
「いやいやっ、無理だよっ、縁佳に勝てるわけない」
「やる前から無理って決めつけるなーっ」
篠瀬は受験に侵されすぎて、予備校で聞いた言葉を受け売りに叫びたくなっちゃってるのかもしれない。怖いな、受験生。
「でもー、鏡花ちゃんが立候補するなら、投票してみようかなー」
「どうせ、そういう人は口だけなんだよー。それで、私がただ恥をかくだけ……」
「だけど、どうせよっすーが勝つんでしょ?って投げやりになるより、競ったほうが面白いよねー」
「いや、とっても困るのー。投票先なんて、知り合いのよしみだけで決めてるから」
自分が立候補して、縁佳の行く道を邪魔するのと同じくらい、縁佳が生徒会長じゃなくなることが想像できない。縁佳は私以外の誰からも特別で、特筆すべき存在で、いつも余裕そうに君臨している、ずっとそういう人だった。ノリはいいし、誰かを虐めることもなく、何なら面倒事を引き受けてくれたりもするんだから、当然誰もそれに疑問を持ったり、反抗したりしない。一方、縁佳も見せたくない側面を隠せるのだから、一人残らず、皆が穏便に学校生活を送れていた。
けれど、それは縁佳が完璧であることが必要だった。完璧でないことを隠すために、完璧であることが求められている。縁佳が完璧でないことが知られれば、生徒会長という錚々たる肩書を失えば、付け入る隙は誰の目にも明らかになる。弱くて空虚で、立ってる場所すら踏み固められないような縁佳を、素直に見せてくれるかもしれない。というか、縁佳が手のひらを返してくれるチャンスなんて、時間という真綿で首を絞められて、少しずつ追い詰められつつある私には、これくらいしか無いように思えてきてしまった。
「や、やっぱり、んと、応援、してくれますか……?」
手に喉に力が籠る。違う、これは縁佳を救済しようとしてるだけだ。ずっと一人で抱え込んで、いや、ずっと一人で生きて、これから先も一人きりで進もうとして、そんなのは間違ってる。人生に挫折は付き物で、一人を貫き通すのは無理なんだから。
「鏡花ちゃんのためなら、学ラン着て応援演説してやるわー」
「あぁうん、うん、どうも」
「うーーん、しまちゃんがやるのー?」
明世が首を傾げて、私に視線を送ってきた。調子に乗りすぎただろうか。さっきよりも余計に緊張がほとばしる。
「はっ、いや身の程知らずなのは骨を断つほど分かってますが、でも……」
「はるちゃんー、そりゃ良くないよー」
「いや、私はしまちゃんの動機を慮って言ってるんだよー。以前みたいに、単にがすよを出し抜きたいってわけじゃなくて、がすよが頼れる一番星になりたい……んでしょ?だとしたら、敵に回るのは、心証が悪いかと思ったから……」
明世は時々黎夢の機嫌を阿りながら、私の思考を具現化してきた。この前の修学旅行の時もそうだったけど、話が早くて助かる反面、縁佳の優位性というのは薄らいでいく。何考えてるのかよく分からないって、昔から耳が痛くなるほど言われてきたから、見え透いてるってことは無いはずだった。だからこそ、自分のことを理解してくれるのは縁佳だけで、縁佳のことを理解できるのも私だけという、仮定の閉曲線が私を守っていたのになぁ。
「ふむ、だったら私が立候補すればいいのかな」
同じく隣で明世の話を聞いていた露崎が、弱々しく遠慮がちに手を挙げた。明世はまたも隣の黎夢を気にしながら、曖昧な態度を貫こうとしてきた。
「えぇっと、それは、そうなのかもしれないけど……」
「つまり、鏡花ちゃん以外の誰かが、縁佳の立場を脅かせばいいんでしょ。んまあ、よっすーに肉薄できる自信は、そんなに無いけどさぁ。一応、中学の時は生徒会入ってたし、不可能ではないのかなって……」
「かずが会長になれないって理由で反対してるわけじゃなくて、来年のこの時期まで任期ってことは、受験とか大丈夫かなーって。そういうこと、ちゃんと考えてから結論を出したほうがいいんじゃないかと」
「あっはっは、モロックマは優しいなぁ」
「そりゃあ、うちのはるちゃんですからぁー」
「だから辞めてって、恥ずかしいからぁーっ」
黎夢が明世の両肩に手を置いて、顔を近付けて睦み合う。そうこうしていると縁佳が戻ってきたので、中途半端だけどこの話題は中断することにした。
その日の放課後、私は露崎に呼び出されて、体育館までやってきた。修学旅行の前に、あの作戦を立案するために作った、縁佳抜きの連絡網が役立ったな。
体育館ではバレー部が全面的に練習していて、突き上げるような振動と生真面目な掛け声が定期的にやってくる。温室育ちな私には厳しい世界だな……。そう気圧されながら、入口の近くで息を殺して見物していると、露崎が汗を拭きながらコートから出てきた。
「な、なんか、すごい怖がってない?」
「だって、体育会系の人たちって、怖いじゃん……」
「まー、それはあんまり否定しないでおこうかな」
露崎の後を追って体育館の中を突き進み、話がしやすいようにと、更衣室までやってきていた。スパイクの音とか、人が床に滑り込む音とか、ここまで来れば遥か彼方のように聞こえてくる。体育会系の熱いノリも、遠ざかって安心できる。
「えとー、話って、何?」
「他でもなく、鏡花ちゃんは私に出てほしいの?会長選挙」
「それは……個人の自由だから、私がどうって話じゃないでしょ?」
「いやぁー、あんな風に挙手までした手前、何を言い出すんだって感じだけど、鏡花ちゃんとモロックマのやり取り、完全には理解してないんだよねー」
「えっと、それはその、何から説明したらいいんだ……」
よくよく考えたら、なんで明世は分かったような口を叩けたんだ。独り言を呟く癖はないのに。
「そうだなぁ……、逆にさ、縁佳が生徒会長じゃなくなるのって、想像できる?」
「それは難しいねぇ。よっすーが居なければ、立候補しようかなーって思うぐらいには」
「だよね、だからこそ、その座から引きずり落としたい」
「んーー?あの、よっすーって鏡花ちゃんの好きな人なんだから、生徒会長になっていいんじゃないの?好きな人の幸福は、自分にとっての幸福……まあ、遊ぶ時間は減っちゃうかもだけど」
「んーん、違うよ、そうじゃなくて。誰もが生徒会長就任を疑わなくて、縁佳って完璧に見られてるけどさ、欠点はあるし、できない事もあるし、無茶だってしてるし、悩み事だってある。それを巧みに隠して、誰の手も借りずに生きられるように演じてるだけで。そうやって苦労して自分の弱みを隠すぐらいなら、地位も名誉も全部捨てて、もっと楽に生きてほしい」
「ほー、なるほど?」
「ほら、文化祭の時とか」
「看病したら逆ギレされたーってやつね。確かに、よっすーって自分で何でもやりたがる傾向にあるというか、それができると思い込んでる節ありそー。という事は、それで最初、鏡花ちゃんが生徒会長の座を奪うことで、ありのままのよっすーを取り戻そうと考えたのか」
「うん。でも、そもそも私が人前に立つのに向いてないし、カリスマなんてないし、それに一番いいのは、そんな不確実で不安定な縁佳を、自分だけが支えてあげることだから。小恥ずかしいけど、縁佳にとって必要な人間になりたくて。だから、私は味方じゃないといけないんだけど……あっ!やれって言ってるわけじゃないよっ!?」
不器用に取り繕おうとしたが、まあ、立候補してほしいかほしくないかで言えば、してほしいことは自明だった。都合が悪くなると、視線が転がって行ってしまういつもの癖を経て、再び露崎のほうに視線を戻すと、彼女の眼には炎が宿っていた。やっぱり、体育会系だ……。
「そういう事なら、ちょっと燃えてきた!実のところ、生徒会長に立候補してみたさはあったんだけど、最後の一押しみたいなのが欠けててなー。でも、鏡花ちゃんのためって名目があれば、よっすーぐらいぶっ倒したるわぁーっって気になる!このマッチポンプ、協力するから鏡花ちゃんも頑張って!」
「マッチポンプ……じゃないじゃない、あくまでも露崎さんは、なんかこう、奮起しちゃったって理由で貫き通してね、あくまで縁佳には秘密だよ……」
「人生は一回きりだからね!どう?これはこれで、結構本心なんだけど」
「耳当たりのいい理由、それでお願いしますっ。……この会話、実は縁佳に聞かれてたりしないよね……?」
突如として、盗聴の可能性に怯えてきた。邪謀なんて、たとえ縁佳を振り向かせるためだとしても、捏ねるものじゃないな。
「今日はバイトだって言ってたから、もう帰ったでしょ。とりあえず、安栗とモロックマとしの先輩に応援を頼まなきゃなー」
「よろしくお願いしますっ、全力で縁佳に勝ちに行ってください、じゃなきゃ意味ないので」
傍から見たら、カツアゲされてるんじゃないかって心配になるぐらい、一心不乱に頭を下げた。「はい」を連呼する時のように、お辞儀も何度もやったら敬意が薄まるんだろうか、小学校の先生?
「もちろん、鏡花ちゃんの頼みは、何か聞き届けたくなるんだよなー。そっちこそ、計画を聞いた感じ、追い詰められたよっすーを。何とかしなきゃいかんらしいし、頑張って」
「それはもう、大丈夫大丈夫、君ならできる、自分を信じて、みたいなこと言って何とかするよ」
「えっと、よっすーにどう接するかの計画も立てたほうが良くない?」
修学旅行中に連れ出したはいいものの、行先を何も考えてなかったり、遡ってみれば無計画に告白したり、それが思わぬ奇跡を生む……微妙だ、ちゃんと次期生徒会長様の言葉には頷いておこう。
校舎の外に出ると、主に足回りにダイレクトに寒気が纏わりついてくる。それとこの、死をいざなうような曇天、すっかり秋の暮れに差し掛かかっていた。枯れゆく木々に反して、真冬への恐怖が芽生える季節である。
こんな寒くて心細くて気分が塞ぎ込んでしまうような日には、共に歩いてくれる人が必要だ。まあ、手は繋いでくれないし、距離は取られるし、修学旅行の一件ぐらいでは、何も変わりやしない。
このままで居たほうが、ドーナツ一つ分の距離を壊さないほうが、結果的にリターンが大きかったりするのだろうか。なんて、何、弱気になっちゃってんだろう。いや、現状維持を望むのは、弱気と言うより、縁佳と向き合うことから逃げてるだけだ。
「それじゃ、鏡花も気を付けて帰ってね」
「今日もバイトなの?」
「うん」
私がどんな顔をして、その返事を聞いていたのか、それを名状しようとしたら、ひどい候補がいっぱい思い浮かんできて一つに定まらないけど、それはともかく、縁佳は笑って送り出してほしかったのか、バイトのメリットを端的に話してくれた。
「働いた分だけお金もらえるんだよ、いいよね」
「正社員じゃないんだから、そうに決まってるでしょ。そうじゃなくて、生徒会長選挙も控えてるのにバイトばかりしてて、大丈夫なのかなって。えっと、体調とか崩してない?」
「この間の風邪で、免疫が付いた」
「じゃあ早く私にも免疫つけて。抱き着いたぐらいで動揺しないで」
「動揺なんてしてないよ。何を勘違いしてるのさ」
「じゃあ、ときめいてるってこと?」
「馬鹿なことをあれこれ思索してる暇があるなら、鏡花もバイト始めたら?じゃあね、また明日」
この期に及んで、蔑視に近い切れ味のある目つきを向けてくるとは。そりゃ嬉しいけども。だけどそれは、縁佳は本当に自力では変わることができないという証左で、うーん……、人の未来を数多の仮定と決め付けの上に想像して、息を詰まらせそうになった。
横断歩道を渡って、反対側のバス停から縁佳の姿を見送る。バスの時間に合わせて外に出てるから、そろそろ来るはずなんだけど……。
「おーい、しまちゃーんっ」
対岸から明世が大きく手を振って、そしてこっちに向かってくる。でも左右はしっかり確認してから道路を渡ってる、偉いなー。じゃなくて、最も親しき者から、微妙な顔見知りまで舵を反対に切らないといけないわけで、うわわ、喉の調節が間に合わないー。
「バスを待ってるの?」
「時間なんだけど、来ないんだよねー」
「まあ、バスは往々にして遅れるから、しょうがない」
「寒いから早くしてほしい」
「バスが来るまで、私が話し相手になろう」
そんな提案をされるということは、私も世渡りが上手くなったと解釈して良いのだろうか。明世は、縁佳なんかよりも気遣いができる人だ。それも、打算的ではなく、当たり前のようにこなしてくる。そんな人を、ある意味あざむけたんだから、これは成長なのではないか。んー、んー……、単純に明世が友達に近付いただけかもしれない。
そもそも、こんなに親しく接してくれて、気を揉んでくれて、なのに心を閉ざしてるって、おかしな話だ。逆に、心を閉ざしたがってる相手はどこまでも好きになれるのに、人間の好き嫌いは、高度な知性が司る部分じゃなくて、生物として普遍的な部分にあるのかもしれない。縁佳のことが好きなことを、正確に不足なく説明することが難しいのは、そういう所に起因するのかも?
「昨日、かずと話したんだって?」
「かずって、露崎さんのこと?」
「あーそうだよー」
「何がかずなの?」
「……あれ?なんでだっけ?つゆにさきがあーだこーだ……だったんだけど、何だっけ」
んー、こう、寒い日に限ってバスが来ないー。
「そんな事はいいんだよっ。かずが選挙に出るって話。しまちゃんは、それでいいの?」
「私はあくまでも縁佳の味方なんだから。最後まで、味方なんだから」
「がすよが支持を集められるのは、単純に交友関係が広大だからなんだけど、そのがすよが築いたネットワークには、がすよと仲が良いかずも乗っかれるわけで。どっちが勝ってもおかしくないんだけど」
「露崎さんが勝てばいいと思う。どうせ、いつまでも胡坐をかいてられないんだから、それは今だっていいでしょ」
「がすよにとって、生徒会長という役職は特別なんだ。自分が特別であることを、たった四文字で言語化してくれる。それを取っ払ったら、何も残らないよ……」
「改めて忠告されなくても分かってる。だったら、どうすればいいって言うの!?私は縁佳を救いたい。救うには、下げて上げるしかない。こんな千載一遇の機会、逃してたまるもんか」
「アリアドネの糸になろうだなんて、危険な賭けだと思う」
「その場に立ち止まるためには、全力で走り続けなきゃいけない。こんな曖昧模糊な関係じゃ尚更、縁佳のためにもならないし」
「んー、んーまあ、そういうものだよなー。そうだよなぁ、いい言葉だよなあ」
明世の口調は、淡々として首尾貫徹してた。ようやく、真面目にムキになって臨戦態勢になってる私がおかしいのかなと思ってみる。
「諸熊さんも、そう思うの……?」
「肝に銘じなきゃね。私も頑張らなくては」
「でも、そっちは相手が素直だからいいじゃんっ。どうせ、私の葛藤なんてわかりっこないんだっ」
「うーん、今日のしまちゃんは、なんかやけに好戦的だね……」
「皆は気付いてないけど、何もしなかったら消えちゃうような脆弱な関係なんだから。このまま風が吹いて飛ばされるのを待つぐらいなら、いくらでも大博打を打つよ」
「まあ、いい心構えなんじゃない。私には怖くて、そこまでできないよ」
ここでようやく、傲岸不遜にエンジンを掻き鳴らしながらバスがやって来て、目の前に停車した。ぷしゅーと空気が抜ける音と同時に、私の中から緊張も抜けていく。バスが本当に来るか不安だったからね、別に、明世との会話を無事に終えられて安心ってわけじゃない。ほら、友好の証に、恥を忍んでバスの中から手を振ってあげてる。
「よすがー、ほうじ茶ブリュレだってー」
「あぁ、そう」
「よすがよすがー、栗もあるよー」
「秋だねー」
「よすがよすがよすがー、チーズケーキも捨てがたいなー」
「ガラスケースには触らないんだよー」
「よすがよすがよすがよすがー、はどれにするー?」
「どれにもしない」
「よすがよすがよすがよすがよすがーは冷たいなぁ」
「アイスみたいに?」
「それはしょうもないから言うの辞めたのにぃー」
二人で来店しておいて、一人しか頼まないのは店に申し訳ないので、私が二人分頼んだ。これで6つの味が選べるから、迷いを断てるし満足度も高い。溶ける前に食い切るぞー。
椅子を確保して順調な滑り出しを決めていると、隣に座ってる縁佳が、やれやれーみたいなニュアンスを漂わせながら、こちらを羨ましそうに、目を細めながら眺めてきた。とりあえず、まだ手を付けてないほうのカップを、縁佳に向けて押し出してみる。
「片方食べる?」
「見てるだけで胃もたれしてくる」
「アイスなんて腹に溜まらないよー」
「だから質量保存の法則はどうした」
口の中が冷えて麻痺しかけても、構わずどんどん放り込んで、まだ固まってるアイスを噛み砕くように食べる。生ぬるい食べ方もいいけど、しゃりしゃりする食感を味わうのも私は好きだ。
「頭、痛くならないの?」
「そうでもない」
「へぇー」
「食べたくなった?」
「いいや、全く」
「強いて妥協を重ねるなら、どれが食べたい?」
縁佳が顔を歪める。見惚れてしまうから普通にしててほしいんだけど、意識しすぎて無意識になってるのだろうか。
「一番甘くないの」
と、縁佳は、舞台の上では考えられないほど、か細く返答した。いやまあ、ただアイスを食べるだけで気合いを入れられても困るけども。特別に贅沢にも大粒のチョコレートごと掬って、縁佳の口元に手を伸ばした。
「はい」
「えぇ、食べなきゃダメ?」
「物は試しってことで」
「はーあ、どうせ美味しいとなんて思わないのに。もったいないよ、食べ物を粗末にしてるだけだよ……」
「御託はいいから、食べて」
微かに震える唇がひんやりと甘い感触を検知して、おもむろに開いていく。そこにすかさずねじ込む。舌の根が乾かぬ内に、縁佳の喉がうねり上げる。チョコレートごと、ほぼ丸呑みしたらしい。
「一応聞いておくけど、美味しい……?」
「甘いね、尾を引く甘さ」
「そりゃまあ、甘いよ」
口の中を意地でも酸性にしたくないのか、縁佳は紙コップに注がれた水を、ぐびっと飲み干した。どう考えてもオーバーキルだろう。
もう少し縁佳と戯れていたいけど、アイスにはタイムリミットがあるので、しばし掻き込むことに集中する。縁佳の言う通り、前の一口が尾を引いて、もはや何の味を食べてるのか分からなくなってくる。ただ、満足感を飲み込んでいる。
「それにしても、久しぶりだねー。鏡花と放課後に、何か小腹を満たしに行くなんて」
「縁佳は何も食べてないじゃん」
「そもそも、お腹空いてないし」
「んー、単にお金がないだけではなく?必死にバイトしてるけど、日用品や食費に消えてるかんでしょ」
「鏡花、めっちゃ失礼なこと言ってるよ」
「でもそうなんでしょ?食べ盛りの時期なんだから、絶対我慢してるって」
「鏡花は外れ値なんだから、そのまま私に適用しないで。それに、あんたのお小遣いは、親から貰ったものなんだから、偉そうに威張らないの」
「はぁー、少しぐらい甘やかされてみればいいのに。厳しくされたら、そこから抜け出す取っ掛かりを、いつまでも掴めないよね」
まあそれも、結局は私のことなんだけど。縁佳が差し伸べてくれた手を、過去の私がちゃんと握り返したから、今日と明日の私がふやけながら漫ろに生きていけるわけで。
「私は、甘やかされなきゃいけないような、軟弱な人間じゃない」
それは希望が願望が混ざってるかのようで、何度も言わせるなと短気な大人なようで、否定されることを前提とした帰無仮説なようでもあった。まあ、堅物な人ほど照れやすいって、物語ではお決まりな部分もあるので、少しだけ首を伸ばして縁佳に近付く。
「縁佳っ」
「何?」
「かわいいよ」
「は?」
「かっかわいいから、甘やかしたい」
炎天下のコンクリートに接してるかのように頬が熱くなって、逆にアイスと縁佳の細目がいっそう冷ややかに感じる。どうしていつも、縁佳を出し抜けると思ってしまうのだろう。縁佳を越えなければ、彼女を救うことなんてできないっていうのは、そうなんだけども。無用に自爆したがる自分が、未だによく分からない。
「……もしかして、根に持ってる……?」
「いっいやっ、全然根に持ってないっていうか、かわいいって言われて実は嬉しいっていうかっ」
「はぁ、本当に、愚にも付かぬ揚げ足取りだけは得意ね」
どんな環境にいたら、ここまで虚勢を張り重ねられるのだろう。露崎を対立候補にして、こんな作戦で縁佳の虚栄心と自尊心は削げるのだろうか。いや、だからこそ、一度でも誰の目にも明らかな失態を犯せば、瞬く間に縁佳は縁佳らしく居られなくなる、そんな見栄は崩れ去っていく。
そこを私が支えきらないといけない。縁佳に踏み込めるのは私だけだから。いいじゃん、一緒に沈むのも悪くない。
「おっほん、それで縁佳、生徒会長選挙は大丈夫そう?つ、露崎さんが出るって聞いたけど」
「私は、鏡花のほうこそ心配だから呼び出したんだけど。応援演説、去年の使い回しはさすがに辞めてね?」
「この一年、縁佳の隣にいて、縁佳がどんな人だか、それはもう、心が締め付けられるほどに分かったんだから」
「狭心症なんじゃない?」
「なんて事を……。愛の告白を全校生徒の前でやっちゃうよっ!?」
「それは寒いから辞めて!」
まあ、縁佳の腐ったプライドを蹴り飛ばすためなら、私はもう何だってできる気がする。縁佳だって、全校生徒の前で告白した人間の勇気をへし折った人という肩書きは欲しくないだろう。頭の片隅に置いとこう。
「縁佳はさ、どうして生徒会長になるの?そう言えば、聞いてなかったなって」
「んむむー……、大人の言いなりになることなく、生徒主体で動ける白高生徒会の伝統を守っていきたい……とか」
「そんな、表向きの理由じゃなくてさ、本心が気になるんだけど。なんか深い理由があるの?それとも、他にやる人がいないからって理由?」
「私がなれば、収まりがいいでしょ」
「……私、思うんだけど、縁佳が生徒会長になろうとしてる事は自明なわけで、それを押しのけてでも立候補する理由が、露崎さんにはあるんだよね。だとしたら……」
縁佳を陥れるために嗾けておいて、よくもまあこんな嘘っぱちを言えたなと、自分を逆に褒めてみ……変な顔になってないか不安で、鏡を置いてないアイス屋に文句を言いたくなった。
「だとしたら何、私が負けるかもしれないから、辞退しろとでも言いたいの?」
「違う違うっ。負ける縁佳なんて見たくない。だから、心配してる」
「現職ボーナスがあるから、何とかなるんじゃない。特に関心がない人からすれば、ここ一年、問題なく務め上げた人に、もう一回任せるのが自然だろうし」
そうだなと間違って納得して、カップの隅の溶けかかったアイスをスプーンで丁寧に掬って、片方を食べ尽くした。溶ける前に2カップ目に取り掛からないといけないのもそうだけど、そもそも露崎に立候補してもらったのは、縁佳に助けを求めてもらうためで、私という存在を必要としてもらうためで、そのためには、えっと、ねじ切れるほどに頭を捻る。首も傾いていく。
「そうだ、私が言うよ、縁佳のために、辞退してって、露崎さんに」
「は?なんでそんなことを……」
「縁佳はプライドがあるから直接言えないでしょ?だから、私が請願するの。縁佳のために、独断専行したふりをして。自分で言うのもあれだけど、私の向こう見ず加減は、露崎さんだって既に知ってるはずだから、ね?」
「三国志にでも出てるつもりなのかもしれないけど、そんな策、私が『はい、そうしてください、お願いします』なんて言うと思う?」
「縁佳は確信してるの?自分の当選を、その立場が関係が、全部絶対に思い通りだと、本気で信じてるのっ?私は縁佳のことが好きだから、縁佳のためにできることなら、自分を犠牲にしてでもやり遂げたい、ただそれだけ。縁佳も、たまには私を使ってほしい」
私が熱弁をふるおうと、縁佳の首が縦に動くことはなかった。私が応援演説をするとか、そういうのは当選に貢献したのか推し量れなくて、頼ったのうちに入らない。私が露崎に辞退を頼み込むという一手は、勝因を私に丸ごと移譲するということで、それこそ縁佳が私を頼りにしたことに他ならず、それはお互い理解してるから、強く忌避してくるのはまあ、いつも通りのことだった。いずれにせよ縁佳の口ぶりを観察するに、露崎が出馬したぐらいでは、私が付け入る隙が存在しないぐらい動揺してなさそうだ。
「それより鏡花、アイス溶けるよ。無駄に三段積み重なってるんだから、溶けて床に落ちても知らないよ」
ならばもう、露崎に当選してもらうしかない。この際、私の気持ちなんてどうでもいい。もし私にとって縁遠い存在になっても、一人で膝を抱えててほしくなんかない。だから、完璧じゃない “自分” を受け入れて、身を委ねてほしい。
「だから鏡花、早く食べなって」
「はっ、食べるよ食べるよ。うん、おいひい」
縁佳の優しくて癒されて、暖かくて清明な呼び掛けと眼差しで、思索の海から引き戻される。くだを巻いていたら、口の中の温度がぬるくなってて、神経が息を吹き返して、アイスの味が香りが鮮明に流れ込む。やっぱりアイスは季節を問わず美味しい。けど、永田みたいに食事の代わりにはできないかなぁ。
「鏡花は、私になんて固執しなくていいんだよ。あなたには、他に選択肢が山ほどあるでしょ……」
私がアイスを掻き込む傍ら、縁佳はそんな、呼びかけともただの独り言ともとれる言葉を呟いた。これに対する返答は……ここまで期待されたら、逆に言ってやらないんだからっ。
舞台袖から聴衆を覗いてみる。別に盛り上がってはない。立会演説会で六時間目の授業が潰れるのはいいけど、体育館にすし詰めにされて、綺麗事を何個も聞かされるのは、それはそれで苦痛だろう。内職もしにくいし。
そんなことより縁佳の横顔だ。いわゆる高嶺の花、私が憧れた姿そのもので、その気高い雰囲気で周囲の人間に一目置かせる。だがそれだけだ、はったりなのだ。だけども美しいことに変わりはない。舞台裏の薄暗さにも負けず、はっきりと輪郭が浮かび上がってくる。あぁ、鼻筋とか、指でなぞっちゃいたい、それくらい許してくれるような関係に、早くなりたい。
「しまちゃん、いま大丈夫?」
「はいやっ!?はい、何でしょう何でしょう」
「これから弁舌をふるうのに、舌を噛んだりしないでよ」
「そもそも驚かさないでよっ」
「肩を叩いただけなんだけど……」
明世に、縁佳が見えないような、更なる暗がりに連れ込まれて、露崎の演説の台本を見せられた。そこには、今までの縁佳の失態を論うような文言が連ねられていた。現状維持にばかり拘り、新しい催しは何も起こさないどころか、前例のない案は全て唾棄する始末。会長一人で全てをこなそうとする独裁体制で、縁佳の知遇がないと話が通せない、不透明で不公平な政治。そして極め付けに、歌が下手なのに文化祭ライブを引き受けて、結果的に逃れられたことに安堵してる、と。全てを針小棒大に表現して批判に繋げている。上っ面の、差し障りのない事柄ではなく具体的な話をされると、なるほどって納得しちゃいやすい気がする。
手を挙げてくれただけあるな。これなら本当に、露崎が当選してしまうかもしれない。そうすれば縁佳は、今までのようには居られなくなる。アドレナリンと悪い妄想が噴き出してくる。破滅するかもしれない、縁佳が不登校になって引きこもりになって、二度と社会に顔を出さなくなるかもしれない、どう転ぼうと招いたのは他でもなくこの私なのだ。でも、この胸の鼓動は決して違法じゃない。縁佳が折れて私を頼りにしてくれるようになったら、当然デートとか諸々しちゃうわけで、それを期待しての興奮なのだから。
「これでいいか、確認ってことだよね。いいよ、いいよっ」
「しまちゃんっ。……よく考えた?」
「当たり前じゃん。これが私の可能な、最大の告白」
「後悔しない?好きな人が、たとえ壊れてしまったとしても」
「どうしようもないよ。これは縁佳が悪いんだ。縁佳があまりにも魅力的で蠱惑的で、なのに正直で意固地であまりに一生懸命だから。似た者同士意地を張り合っちゃうよね」
自然と笑顔が溢れてくる。それはあまりにも灰色で悪役の真似事のようで、こんな痛々しい姿、思い出す度に唇でも噛みたくなって、二の腕に爪を立てたくなるんだろうな。明世の指摘というか憂慮は至極まっとうだし、だって好きだから本気で傷付けるなんて、幼稚を通り越して意味不明だもん。
私はふと、過去の出来事を流し見して妄想を重ねる。縁佳にハリボテのリーダーシップを押し付けたのはきっと刑部であって、好きな相手に好きな理想を被せたくなるのは私だけじゃないって、自分の育てた茨を正当化していた。
「しまちゃんにとって、この作戦に賭けない理由がないもんね……。ふはぁー……、もっと私にできることがあったのかな」
自責の念という名の溜息をこの場に残して、明世は露崎のほうへ向かって行った。これでいいんだ、厳粛な雰囲気を打ち破るかのように、多分ほのかに光ってる。自分の気持ちを押し通せない私はもういない。そして今は、私のほうが少しだけ人を上手く使えている。
私はずっと酔っている。けど、それで損をしないなら、都合が良くなるなら、いくらでも夢を見続けよう。冷や汗脂汗手汗、全部が爽やかに感じていた。




