表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Step by Step  作者: Ehrenfest Chan
第1段:わびぬれば
1/63

1-1

 足の甲がひりひりする。目の前には黒くてひび割れた壁が立ちはだかり、遠くなっていく足音と私の呼吸を吸い込んでいく。


 私の腕から大切なものが成す術なく零れ落ちていった。あれだけ堅固に抱き着き、止まらない情を流し込んでも、彼女は憑りつかれたように反対側の壁を見つめ、幸せを台無しにする機会をうかがい続けていた。1か月の間、囁いてひしめき合ったこの想いが嘘であったかのように。


 信じられない、こんなのおかしい。そう言い返す間もなく、全身から力が抜けていく。今さっきまで彼女を抱きしめていた腕が、振り子のように零落した。骨抜きにされるとは、こういうことを指すんだろう。


 その場に立ち尽くしていると、残酷さが畳みかけてくる。角を曲がった先から、控えめな嗚咽が、別の人の声と共に、私の耳に漂着した。いつも閑静なこの旧校舎では、それくらいでもだいぶ目立つ。


 何となく、もう戻れないんだって、本能が勘付いてしまった。その時、私は見事に膝から崩れ落ちた。そんな惨めな姿も、私の影ぐらいしか目にしていない。人知れず、あまりにも物のように、無抵抗に落ちていく。


 しかし私は、あの人のように、膝を地面に強打しなくて済んだ。目線を斜め上に向けると、薄暗がりの中、何度かお目文字いたした事ぐらいはあるクラスメイトの顔が浮かび上がる。いや、一緒にクッキングしたこともあったっけ……。とにかく、私の体を支えてくれていた。


「いってて……。勢い余りに余ったあまり、壁に頭をぶつけちゃった。大丈夫?島袋さん。……おーい?」


 どこにでも生息している普通の少女、平島縁佳(ひらしまよすが)は片手で自分の頭をさすりながら、恐れも穢れも事情も知らぬ顔で、ごく当たり前に心配してきた。


 だけど、私にはその思いやりも痛かった。ここでなびいて身を預けたら、大切な人と私の想いに背くことになってしまう。縁佳の比較的頼りがいのある腕に、体重を掛けている場合じゃない。


 散々足を引っ張った次は、縁佳のことを断固として突き放し、近くの扉から校舎の外に出た。そして、彼女が今さっきそうしたように、振り返らず、訳も分からず、ただひたすら脚を前へ動かし続けた。


 いつまでも走っていられるわけもなく、息苦しさが人生における閉塞感を紛らわしてくれるわけもなく、途中から歩きに変わった。そう、いっぱい考え事をしながら、帰巣本能のままに無意識に歩き続けた。


 ちゃんと好きって言った。一度は仲直りもした。そもそも、私がこんな気持ちになったのは向こうのせいだ。不愛想で碌な受け答えのできない私に対して、執拗に話しかけて、遊びに誘って、それで、食べ物なんかで釣ってきたり、あとは公衆の面前でキスしてきたり、何があっても愛を貫くとか嘘を付きやがって、あっこれは試されてるんだ、前はクッキーで仲直りしたけど、次は何を作って献上しようかな、おっと、電線に止まったカラスが、夕焼けに照らされてる、上を見上げるのも久しぶりだな、カラスでさえパートナーがいるなんて……、私にして欲しいこととか、明日聞いてみようっ、私は必要なんだ、貰った愛は返さなきゃ、全部嘘だったなんて信じない、全部捨てたがってるなんて有り得ない。


 終わりなき観念奔逸により、私は正気を失っていた。家に着いてからというもの、靴を片足脱ぎ忘れるし、疲労により足が満足に上がらないせいで、そのまま階段の1段目に引っかかった。


 痛みで、一瞬だけ正気が垣間見える。そうか、私は約7 kmの道のりを歩いて、高校から帰ってきたのか……。よくもあの人の隣にいられたな。自分が馬鹿すぎて、自己嫌悪が幅を利かせた。しばらく立ち上がる気力も湧かなかった。



 何か劇的な事象が起きたわけではないけれど、錯乱していた昨日から一晩経っただけで、自分が振られたんだってことを自覚し始めた。思考が段々まとまっていく。そうすると、ただ存在するだけで苦しくなる。


 昨日は、もう一度真意を確かめに行こうとか、それがダメなら最初からやり直そうとか、勇ましいことも考えていた。でも実態は、彼女を遠巻きに観測しただけで、私の脚も頭も使い物にならなくなる。一人は嫌だ、誰かが隣にいてほしい、そうなんだけど……。


「朝だし、なぞなぞしようぜーっ」

「いいけど、私が答えられなかったら、キウイは栄養豊富だから皮ごと食べるべきって、出会った人全てに宣伝して回る、変な人になってもらうから」

「えぇっ、この窮奇!饕餮!牛魔王!」


 でっかいリボンを身に着けた例の女が、今日も彼女の隣にいた。それで、私の大切な人に笑顔をもたらしている。そんな彼女にとってありふれた日常を、私は吹き抜けの上から、見習いスパイのように、鋭い眼差しで監視していた。


 あの女は、様子がおかしくなる前に、彼女と取っ組み合いをしていた人……。ここで湧き上がってくる感情が嫉妬なのかな。本当にどうしようもない。


 って、やばい、階段上ってくるっ。私は急いで自分の教室に駆け込んでいた。まあ、2年生の教室は1階下だから、ここに居てもエンカウントすることは無いんだけど、とんでもなく焦ってしまった。


 周囲の視線を受け止めながら、他学年の教室に赴き、昨日のことに目を瞑って、普通にこれまでのように話しかけるなんて、そんなことできるわけも無く、本当に眺めることしかできなかった。


 でも、こんなに思い詰めるぐらいには、未練が残っている。どうして、あんな奴に心を開いて、あまつさえ愛を呟いてしまったのだろうか。そのせいで、私は孤独を知ってしまった。……今は、そういう事にしておかないと気が済まない。


 元に戻ってほしい。あんな毎日が返ってくるのなら、私は何だってする。それだけを金科玉条にして、他の全てをかなぐり捨ててでも、私は……!


「あれ、島袋さん一人?じゃあ、先生とやりましょうか」


 そう、物心がついたころからずっと、誰かとまともに言葉を交わしたことが無い。せいぜい、家庭の事情で顔見知りな、2個上のお姉ちゃんぐらいである。一人なのはいつも通り、何なら付き合っていた頃だって、教室では一人だった。それでも、先生の気遣いが、周囲の視線が、今の私にとっては毒だった。


「一人ぼっちなんて、もう嫌だーっ」


 私は喉が枯れているのも忘れて、そんな感じのことを叫びながら、体育館の外へ、上履きのまま飛び出した。あーもう、学校の授業とかどうでもいい。社会に出たら役に立たないんだしっ。


 風に吹かれ、校庭の砂が高く舞い上がる。今の私はもう、雲の移ろう速さでも、孤雲と自分を重ねても満たされない。でも退屈も孤独も、慰めないと気が済まない。君子危うきに近寄らずを体現するかの如く、誰も探しにも来ない。私は思うままに、思い出に浸っていた。


 部活棟の裏を歩くと、あの濃密な香りが蘇ってくる。茶華道部の人が茶道室で紅茶を振舞ってくれた思い出。ちょうど、この場所の2階が茶道室だったっけ。あの時は淹れてくれた人が性に合わないというか、少し苦手意識があって、もう来たくないとか言っちゃったけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるというように、やたら美化されて覚えている。


 そもそも、あの人と一緒なら、何も恐れることはない。もう一回、二人でここへ足を運び、美味しい紅茶を飲みたい……お茶菓子も欲しい……。


 その後も、学校の敷地を一周するように歩いた。途中で、出会いの場所である美術室を見上げたり、役目を終えた物たちの臨界点、人間にとっては、人知れず新しい春が始まる場所、かもしれないごみ捨て場で足を止めた。


 薄暗くてじめじめした、人気のない場所だけど、学校の中で二人きりになるには、ここしかなかったのである。私はここで、仲直りのクッキーを渡した。直前に感情が高ぶって落としてしまったので、粉微塵になってしまったけど、味は一緒だから問題ない。


 それより、ここで本音をぶつけ合い、色鮮やかな小鳥のキーホルダーを揺らして、背負っているベースで覆い隠しながらキスしたのが、初めて私たちの想いが重なった瞬間だと思う。そう言えば結局、あの人の演奏を生真面目に聞いてない。頼み込めば、私のためだけにやってくれそうだけど、それは弁えが無さすぎか……。


 改めてこの場所を見回してみると、何ともひどい環境だと思った。日光は校舎に遮られるし、蠅がたかっているわけではないけど、ごみは山積みだし、意外と校庭のほうから丸見えだし。


 でも、自然と涙が溢れてくる。こんな所で咲くことになっても、私は幸せだった。相手が多々良時雨でさえあれば、時雨なら何でも良かった。


 どうせこういうのは戻ってこない。泣くだけ足掻くだけ跪くだけ無駄なのは、いつの間にか常識になっていた。……諦めきれない。どうして急に、全部忘れてまっさらに戻れって、骨の髄まで揺さぶるぐらい声を荒げたの?


 何度も反省した。時雨を知らず知らずのうちに傷付けていないか、思い出を隅々まで精査した。傷付けてなくても、向こうが心変わりするような出来事……それなら知っている。数日前、時雨が友達に何かを吹き込まれているのを目撃した。あの時雨が、言いくるめられていた。じゃあその人を責める?そんな事をする勇気があるわけもなく……。


 結局、私は思い出の地に足を踏み入れても、途方もない一つの感情を爆発させ、しゃがみこんですすり泣くことしかできない。おまけに授業も投げ出したし、こんな体たらくな人間が、報われるわけないか……。


 涙が枯れるまで、思ったより時間がかかった。カラスもおうちに帰る頃か。私も早く戻ろう。明日はテストだし……おとといまで、死に物狂いで勉強を頑張っていたけど、いったい何のためだったのだろうか……。



 手を差し伸べてくれる人間には、だいたい裏がある。別に、マルチとかねずみ講とか、宗教勧誘とかそういうのじゃなくても、本人にしか利かない論理が隠れていたりするものだ。例えば贖罪とか、成績とか、出世とか。まあ、受け取る本人にとってみれば、一番関係ないことだけど。


 明日からテストだし、早く帰ってなるべく長時間漬け込もうと、足早に教室を出ると、未だ体操服姿の、自分の全てをどこかに置いてきていそうな島袋(しまぶくろ)鏡花(きょうか)とすれ違った。猫背で目は充血していて、周りの人間を掻き分けるように進んでいく。みんな一度は彼女に視線を向けて、友達に耳打ちでもしながら過ぎ去っていった。


「あー、さっき飛び出ていった人かー。大丈夫かな」

「確かに。大丈夫じゃないね」

「えっ、何、もしかして、あの人の正体は顔は猿、胴体は狸、手足は虎、尻尾は蛇っていう正体不明の……!?」

「鵺なわけあるか。だったら面白いけど」

「面白くないよ、こえーよっ」


 私の隣にいる、いかにもよく声が通りそうな子は諸熊(もろくま)明世(はるよ)、彼女の小ボケは未だに対処法がわからない。まあそれはともかく、私は鏡花を呼び止め、途中で職員室に寄りながら更衣室に戻ってきた。今日は部活なんて無いだろうから、鏡花が戻ってきた時には鍵が閉まっていたのだろう。


「がすよって、人の心が読めるの?」

「もちろん」

「嘘は良くないよ」


 更衣室前の壁に寄りかかって、したり顔で受け答えてみたが、向こうは綻び一つない真面目な顔でばっさり切り捨ててきた。


「うーん、知り合いなの?」

「まあね。でもどうしてそう思ったの?」

「いや、その……言い方良くないけど、あの人に話しかけた人、みんなぎこちない感じになって終わるじゃん?」

「以前、生徒会の仕事を手伝ってもらったことがあってね。でもまあそもそも、複数人で押しかけたら、怖気づくでしょ」

「確かに……。それは、そうだよね」


 明世は自分の行いを指摘されたかのように、目線を逸らして頷いた。明世は、群れて興味本位で、鏡花をつついてみるような人じゃないと思うのだけど。


「って、目障りだからさっさと帰りやがれってこと!?」

「そんなこと言ってないけど、そういう事にしたくなった。というか、今日も友達を待たせてるんでしょ?」

「そうだった!やっやばいやばい、待たせちゃったどうしようどうしよう……っ」

「じゃあこんな所で油を売ってないで、早く行きなよ……」


 体育の時間より本気で走り去っていくのを見るに、本当に待たせるとまずい相手らしい。明世ともあろう人間が、高々2年ぐらい生まれるのが早かった人間相手に、頭を垂れていると思うと、ちょっと面白い。


 そうこうしていると、ブレザーに腕を通しながら、慌ただしく鏡花が出てきた。


「忘れ物ない?」

「なっ……ありませんっ!」


 どうやら忘れ物をしているらしいので、中に入って直接確かめると、床にスマホを落としていた。私が拾って返そうとすると、なぜか知らないふりを貫こうとしてくる。


「こんなに見え透いた嘘もなかなか無いよ……。ほら、いいの?あれだ、テストに関する連絡なんかが回ってくるかもよ」

「……この御恩、必ず返す……たとえ日本が滅んでも」


 ちょっとだけ揺さぶりをかけようとしたのが見抜かれたのか、はたまた観念したのか、鏡花はそこそこの気迫で、私からスマホを受け取った。


 それにしたってせわしない。まるで私のことが嫌いみたい。この間、せっかく助けてあげた時と同じように、長い髪に覆われた小さい背中を、消えるまで静観していた。鏡花が本気を出したら、誰も追いつけないんじゃないかな。



 御恩を必ず返す、か。でもこんな奥手なのに、そんな事を息巻いて大丈夫だろうか。いや以前、突如として、時雨のためにクッキーを作ろうと、私まで巻きこんできたことがあったっけ。鏡花はどこへ猛進するか分かったものじゃない。だからこそ、ちょっと興味がある。


 しかし、余計なことを考えさせてしまっただろうか。鏡花はテスト中だというのに、頬杖を突いて物思いに耽っている。一問解く度に顔を上げているこの私が、見ていない間だけペンを動かしているのだとしたら、息が合い過ぎている。


 自分のせいかもしれないので、テストが終わるまでは話しかけないことにした。逆に、テストが終わったら、真っ先に帰り支度をしている鏡花の元に駆け寄った。


「島袋さーん、どうだった?私は、思ってたより難しくて焦ったよ。問題集の応用レベルの問題ばっかりで」

「んー……、そうなんだ……」


 鏡花は微かに頷くばかりであった。こういう気性なのはわかっているけど、もしものことを鑑みて、肩の力を抜くよう提言してみた。やっぱり、テストが終わるのを待たずに、早く話しかけて、楽にしてあげたほうが良かったかもしれない。


「島袋さん……、もしかして、この前の話を気にしてる……?」

「何のこと……?」

「御恩を返すってやつ。いやー、何かをあげたり、くれたり、よこしたりしなくて良いんだからね?気持ちだけで十分だよ」

「ん……そっか、私が何したって、嬉しくないよね……」


 そんな自虐的な回答が来るとは、私は尋常じゃない拗れ方をしているのだと悟った。時雨のためにクッキーを作った時、鏡花は分量の寸分のズレも許さず、こだわりにひたむきだった。鏡花はどこまでも意固地である。しかし今、鏡花の中にある深邃な世界は、崩落しつつある。


 私は出来心で鏡花の手を覆っていた。


「そんなことないよー。例えばぁーほら、街角で配ってるポケットティッシュを、ただ横流ししてくれるだけでもいいから。そんなに気負いすぎないで」


 まあ、こんな事を囁いても、やっぱり意固地な鏡花は、青菜に味の素みたくしおれたまま、私の手を振りほどいて家に帰っていった。


 鏡花の屈託とやらは、先日の目が据わったまま、壁に向かい合って倒れそうになっていたのとか、その日を境に噂が快哉を叫ぶものに変貌したりとか、そういう証拠から十中八九、時雨との関係が原因なんだろう。そして恐らく、それ故に自分を信じられなくなっている。さてどうしたものか。


 私も万能な人間ではない。鏡花を励まそうとしたって、上手くいかないかもしれない。結構悩んだけど、鏡花にまともに話しかけようとする人間は、多分私しかいない。鏡花も、相談できる相手がいたとしたら、それこそが時雨だっただろう。私は意を決した……まあ、鏡花がここ1か月でしてきた選択よりは、大したこと無いけど。


 私は鏡花の前の席を借りて、そこでお弁当を食べることにした。それにしても、鏡花のお弁当は野球部の間食ぐらいの量がある。私が前に座ると、鏡花の食指は急激に遅くなった。


「あぁ……、きっ気にせず食べて」

「ん、親が忙しいから……1週間分まとめてこの量」


 いくらお弁当でもそれは腐るだろうし、そもそもまだ月曜日なのに、三分の二が消し飛んでいる。うーん、たらふく食べる君がかわいいって、時雨にでも言われたから気にしてるのだろうか。それは少々穿った見方だったかもしれない。


 適当な雑談のテーマとして、何なら喜ぶかなーと、少ない鏡花に関する情報から分析していたら、向こうに先手を打たれた。


 今日、学校の前で配っていたポケットティッシュを突き出してきた。やっぱり戸惑いはするが、私は何となく前の人につられて、涼しい顔で受け流したので、ありがたく頂くことにした。


 名前通りポケットにしまうと、息もつかせぬ勢いで、鏡花は次の話題を振ってきた。なぞなぞをしようと言うのだが、当てるほうをやりたかったようで、出題されるのを首を長くして待っている。


 しかし私では、子供の頃に鬱陶しいほど出題された、ありきたりな問題しか浮かばない。語り継がれているわけだから、それだけよくできた問題なのである。仕方ないので、トイレに行くふりをして、明世に助けを求めてから戻ってきた。


「アガルタのカラスはなんと鳴く?」

「カルタカルタ」

「どうして即答……」

「んっ、間違ってた……?」

「問題が間違ってるよ」


 そんなこんなで、途中何度も気まずくなりつつも、私たちはめげずに昼休みを完遂した。少しぐらいは距離が縮まっただろうし、何より鏡花も、どういう感情がそうさせているのかは定かではないけど、また誰かに心を開きたいと思っていることが分かった。そうじゃなかったら、終始沈黙を貫いていただろうし。



 噂だけが反響するこの世界に、一人で居たくないけれど、それは簡単なことではない。もう手遅れだから、自分が時に溶けてしまうのを待とう。何もできないから、誰にも愛されない。利用されていただけでも、幸せだった。


 こうやって、いつも受動的なところも、ダメだって分かってる。私はこの、県内随一の高校に受かるぐらい頭がいいんだから。でも、どうすることもできない。ただ歯がゆいだけ、辛いだけ、胸を締め付けるだけ。


 こんな時、時雨が傍に居てくれたら、どんな悩みも晴らしてくれる。結局、時雨が居てくれたら万事解決するのに。


 無理なこと、できもしないことに縋って、またぼんやりとしていると、すごい視線を感じた。それはX線のように、絶対に感じないのに、全てを看破する不思議な力があった。思い切って一瞬だけ振り返ると、後ろの席で縁佳が微笑ん……ほくそ笑んでいるのが見えた。


 逸る気持ちを抑えて、頑張って前だけを向いていると、先生がまたペアを作れと言ってきた。……どうせ一人なら、また逃げてしまえばいい。目を背けたってバチは当たらない。神はそんなに暇じゃないんでしょ。


 私はトイレに行くとだけ言い残し、教室を後にした。そうしてみたけど、もうあーいう場所には立ち寄りたくない。漫然と涙が溢れてくるだけ。楽しくも悲しくも忘れたくもない。


 足音を立てずに廊下を、あてもなく歩いていると、後ろから誰かに追いかけられている気がした。気迫を感じた私は、なぜか振り返ったりせず、我を忘れて走り出していた。人生で一番の速さで階段を駆け下りて、階段下のデッドスペースに収まった。


 ほこりっぽい暗がり……こういう陰湿な場所は、私と相性がいい。しかし呼吸を整えている暇もない。鈍い足音は構わず迫ってくる。意識すればするほど、心臓が波打つように脈打ってしまう。私はとにかく息を殺してうずくまり、祈るように胸の前で両手を握り、涙が滲むぐらい強く目を瞑っていた。


 足音が消えたので、恐る恐る目を開くと、縁佳が私の前に立ちはだかっていた。その巍々たる立ち姿に、今まで出会ってきた色々な像を重ねてしまう。この人は、私をどうしてしまうつもりなのか、皆目見当もつかない。とりあえず、もう一回目を瞑っておいた。それしかできなかった。


「大丈夫?具合悪くない?」

「……ほっといて」

「そういうわけにもいかないよ。高校でも留年ってあるんだから」

「だからっ、ほっといてって言ってるでしょ」

「ごめんね、こういうのを見過ごせない質で」

「知らない、どうでもいい」


 いくら自分が悪いとは言え、こういう時に私の前に現れる人間は揃って、こっちの気の迷いを否定して、決められた結末に向かおうとする。縁佳も例に漏れず、そこかしこで濫用されている、普通の説得を試みてくる。こういうのに傲慢にもうんざりしている私は、諦めてくれるのを、目を閉じたまま待っていた。


 すると今度は距離を詰め、私の手を両手で優しく包み込みつつ、これまた幾度と聞かされたことのある当たり前の理を、目と鼻の先で縁佳はささめいた。


「どうでも良くない。嫌なことから逃げたらダメだよ」

「私のせいじゃないっ。嫌なことが逃げてるだけ」

「じゃあどうして逃げたの?堂々とトイレに行っても良かったよね」

「うるさいっ、正論なんか聞きたくない」

「聞いて?島袋さん、目を背け続けても、傷は癒えないし、状況が好転することもない。明日も明後日も辛いまま。変えようとしなきゃ、暗く閉ざされた人生が続くだけだよ」

「私は信じない、誰の言葉も信じない。みんな本音を隠して、気が変わって、正しさで誤魔化して……」


 共感は欺瞞で、結局は私が自我を殺さないと満足しなくて、私の感情なんて、幼稚で切り捨てて構わないもので、密かにうんざりするしかない。


 そう思っているのに、怖くて臆病で、体も喉も全然動かない。私には縁佳を突き飛ばして、突っぱねたり出来ない。小手先だけの反論が限界だった。


「まったく、それはその通りだよね」

「その通りなんかじゃ……分かったような口を!」


 目を大きく見開いて、思わず強い口調で反論していた。私を安心させようと言ってくれたのに……。その上視界までぼやけていく。私って最低だ。これ以上墓穴が深くなる前に、早くどっか行って……!


「そんな顔しないで。こんなことで怒らないから」

「嘘……私、酷いこと言った……」

「そうかな。私はまだ島袋さんのこと、全然わかってないはずだから」


 矛盾の塊みたいな自分のことなんて、私にもわからない。その時々で矛が貫くのか、盾が守り切るのか、まるっきり行動が変わってしまう。知ろうとしなくていいって言う前に、縁佳に先を越された。


「だから聞いてもいい?あなたのことを、少しだけ」

「ん……、ちょっとだけだけど」


 縁佳の顔は、本当にすぐ目の前にあった。何かの拍子で1 mmでも前に動いたら、縁佳の鼻にぶつかるぐらい。物理的にも深入りされて、心が鷲摑みにされている感覚に戸惑っているうちに、私は勝手に頷いていた。


「あの日、私が来る前に何があったのかなって。腰が抜けるぐらいの事はあったんでしょ」

「そっそこまでじゃないっ」

「まあ、何となく状況は読めてるけどねぇー」

「そう……なの……?」

「だってその場に居合わせたんだし。初対面じゃないしね」


 私たちのことは噂になっていたし、そもそも恥も外聞もなく、堂々と付き合っていたので、痴情のもつれだってことは明らか過ぎる。だけどそれだけじゃなくて、縁佳には私の本心が見透かせるようだった。そう、だから、縁佳の質問に答えてしまった。決して私が尋問される前から、仲間の居場所を吐くような人間だからじゃない。


「じゃあ今、あの人のことを、率直にどう思ってる?」

「わからない……」

「まだ気持ちを整理できてないのかな」

「ん……、どうしてこうなったのか、わからない……」

「向こうの態度が急変したってこと?」

「んー……」

「そうだなぁー、本人と、もう一度話してみたい?」

「それはっ、たぶん無理……!」

「そんなこと無いよ。わったしにまっかせっなさーい!ほら、これで涙拭いて」


 頬をくすぐる感触があって、いつの間にそんな涙ぐんでいたのかと焦ったけど、たぶん縁佳の横髪を留める紐上のリボンがかすめただけだ。私は観念するように、縁佳からティッシュを受け取った。


 疑懼の念と同じくらい、清々しい気持ちがある……かもしれない。いつもこうやって、簡単に言い負かされてしまう。向こうには伝わってないといいけど、縁佳のことだし、ちょろいなとは思われてるんだろうな……。いやそうじゃなくて、もっと縁佳のことを信頼しないと。せっかく私のことを気遣ってくれたんだから。


「さっ、教室に戻ろう?誰も待ってないだろうけど……、私と一緒に、図太くいこう」

「うん……」


 私は間違いばかり、勘違いばかりしてきた。だからこんな痛い目にも遭う。だけど、私は脆すぎる。誰かに縋らないと前に進めない。そうだよ、縁佳は今まで出会った人とは違う。それは階段を上る後ろ姿で、一目瞭然だった。だから、相手の目を見て、きちんと頷いた。


「あれ、平島さん、授業中にこんな場所で何をしてるんですか?」

「あっ、大村先生!そうです、保健室に体調不良の子を送り届けてきたところでして。すぐ戻りまーす」


 先生に声をかけられた縁佳は、軽々と階段を上って、髪をなびかせながら体の向きを変え、素早い言い訳で言いくるめた。その華麗な手腕に、というか単に大村先生とは馬が合わないので、私はその場に立ちすくんでいた。


 階段の上に立つ縁佳は、私には雲上の存在に思えた。とても追いつけそうにない。まあ、自分より上に立っている人は山ほどいるけど、さっきの私はそんな縁佳に、一方的に心を開きかけた。何かもう、よくわからない。



 私にできることは、強引にでも遂行する。鏡花には必ず、時雨と己の本性と向き合ってもらわなくてはならない。それがまずまず正しいことだと信じて。


「島袋さん、今日の放課後……」

「ふひっ!?……えーっと、うん、何だっけ」

「何だっけって……。放課後に、多々良時雨を生徒会室に呼び出すから。二人でじっくり話し合ってみて」


 鏡花は肩を叩かれると、飛び上がるように驚いた。背筋を伸ばして、前の人のうなじを数えていたから、てっきり話しかけてほしいのかと思った。


 それはともかく、時雨の名前を出しただけで、鏡花は目を泳がせて狼狽え始めた。


「あぁ、もー、大丈夫だってー」

「ん……、いいよ、会ってどうするの……」

「本当にいいの?」

「うん」

「ダメだよっ、もやもやしてるんでしょ。納得できないんでしょ。その気持ち、ちゃんとケリを付けないと」


 どうやら鏡花には、不利な時ほど、分かりやすく首を縦に振る癖があるらしい。私は鏡花の薄弱な意志を支えるために、何度でも背中を押してあげた。ここで逃がしたら、鏡花は変われない。これは鏡花にとって、最後のチャンスなんだから。


 一旦は私の正義が勝り、鏡花は私に引っ張られて、生徒会室まで来てくれた。約束通り生徒会室には、黒髪ロングの清楚で、とても鏡花をたぶらかしたようには見えない時雨が待っていた。まあ、その気怠そうな目つきで、一気に不信感が増したけど。


 他方、鏡花は唇を震わせて、目を伏せたまま、時雨の顔も見ようとしない。時雨とは十分に距離を置き、私の腕を手繰り寄せて、及び腰のまま数分が経過した。


 私の存在により、時雨は話しにくそうにしている。二人きりにしたほうが良いのかもしれないが、鏡花があっさり倒れてしまいそうなので、ここから動く気にもならない。そもそも、元から難儀な性格なのに、その上心に深い傷を負ったこの鏡花が、まともに時雨と会話できるとも考えられない。


「島袋さん、落ち着いて。一回ソファーに座ろうかー」


 私が沈黙を破っても、鏡花は頷きながら、私の腕をもっと強く手繰り寄せるばかりで、その場から動こうとしない。向こうもとことん話しにくそうに、自分の髪を指でくるくるしながら、早くこの場を終わらせようと、謝罪の言葉を口にしてきた。


「んとー、ごめんね?鏡花、こんなことになっちゃって。えーっと、私が悪かった。これはポジショントークとかじゃなくて事実だからっ。謗って罵ってくれて構わないよ」

「わかった……」


 鏡花は時雨の言葉に対して、適当に頷いた。こんな暗い空気は早く終わって、全部元通りになってほしいと、本気で願っているのだろう。


 一方、前を向くと、時雨が必死に苦笑いを食い止めてる……ように見えた。私には、時雨が真顔を維持しようと、一人で奮戦しているように思えたのである。どうせ反撃されない、根底にはそういう甘えがあるのだろう。


 鏡花の想いを踏みにじっているのに、そんな平気な面をされたら、私も腹が立ってきた。このままでは終わらせてやらない。どういう結末になるにせよ、こいつに絆された鏡花を、タブラ・ラーサに戻してあげないと。


「あの、見てくださいよこの顔。島袋さんはあなたのこと、本当に好きだったんですよ。なのに、それなのに、責任どころか大した言い訳もせず、一方的に突き放した。違いますか?」

「それは……、言い訳も何も、一身上の理由で付き合って、別れたんだし。全部私のせいなんだ。もちろん鏡花は悪くないよ。鏡花、これからは誰をも阿ることなく、自由に過ごしていいんだからね」

「そうやって、論点をずらすんですね」

「じゃあ何、こんなぎくしゃくしてでも、よりを戻せって言うの?それとも逆ギレを狙って、鏡花の想いを捻じ曲げようとしてる?」

「あなたはその、一身上な理由とやらを、島袋さんに告げたんですか?」

「えぇ……、どうしてそれを言わなきゃいけないの……?」

「そうやって、ずっと本当のことを隠しながら、軽薄な愛を囁いていたんでしょ。この期に及んで、まだ隠し通そうとするなんて……。大切な人に隠し事なんて、最低な所業です!」


 夢中で反駁していると、鏡花が私を流し目で見ながら、もっと強く腕を引っ張ってきた。本人も薄々は理解していると思うが、それでも未練の残る相手に向かって、少々言い過ぎたかもしれない。


 でも、鏡花もその場から逃げようとしない。必死に涙をこらえながら、自分の気持ちを整理するために、真実をしたたかに待ちわびている。どうしたら鏡花の知りたいことを聞き出せるか、次なる一手を考えていたら、心象とかかなぐり捨てた時雨が、大きなため息を吐きつつ、自分が鏡花を好きになった理由を、まくし立てるように話し始めた。


 要は、時雨が以前付き合っていた子と、鏡花が偶然にしてはあまりにそっくりだったので、もう一度やり直そうと血眼になっていたらしい。だけど、鏡花は元カノとは別人という至極当たり前の事実を前に、気が変わってしまった。それでも一抹の期待が残っていたせいで、私が通りがかった、あの最悪の別れに繋がった。


 言ってしまえばこいつは、本当に救いようがない。ぼかしているが、一番大切な人を自殺に追い込み、悪びれず全く同じ手法で、ガラス細工のように緻密で、儚く砕けやすい鏡花を囲い込んだ。無難に地獄で苦しめばいいと思う。


「さようなら鏡花、付き合ってくれてありがとう。そして、ごめんなさい」

「まっ待って、私は、代わりでもいいから……!」


 時雨は鏡花の横で立ち止まり、相手の未練をくすぐるような事を言い残し、生徒会室を後にした。最後まで時雨と顔を合わせようとしなかった鏡花だったけど、遠ざかる時雨の後ろ姿に向かって、引き留めようと声を捻り出していた。


 鏡花の想いが届くはずもなく、空回りする吐息だけが、生徒会室に揺曳している。そんな繊細なひと時がいつまでも続くはずがなく、次の瞬間には、鏡花はしゃがみ込んで、号泣していた。


 溜め込み続けた言葉にならない感情と、天の底が抜けたような量の涙が、指の隙間から溢れていく。無論、私は鏡花に寄り添った。目線を合わせて、鏡花の背中を何度もさすった。一人にするよりは、そっちのほうが安心できるはずだから。


「どうした、どうした!?」

「どうもしてない」

「えぇ……、そこで泣いてるのは、島袋さんだよね。何があったの……?」

「いいから、出ていきなーさいっ」

「プロトアクチニウムッ」


 ここで明世に乱入されると、鏡花もますます訳が分からなくなることだろう。しょうがないので手持ちの輪ゴムを、明世の額を目掛けて飛ばしてみた。それなりに痛かったのか、狙い通り退散していった。


 鏡花のお願いはこれで達成されたのか、鏡花は明日から新しい一歩を踏み出せるのか。もう少し傍に居座って、確かめたほうがいいかもしれない。……さすがに、頭を撫でるのはやりすぎかなぁ。



 行ってしまった。本当に、どう紛いても、時雨は戻ってこないんだって、完膚なきまで説得された。普通なら時雨なら、諦めて前を向けるのに、私は泣きじゃくってわめいてばかり、いつまでも躓いたままだ。


 縁佳は時雨のことを最低だと言い切った。でも改めて我が身を振り返ると、自分も全く同じだ。見たくない現実、時雨にとっては大切な人の死、私にとっては時雨に愛想を尽かされたこと、それらに蓋をして、進みたい方向に進み続ける。こんなに幼稚で、劣後する私なんて、こうやって捨てられて当たり前だ。正義はこちらにも無い。


 誰も信じたくないし、当然の結果だと思いつつも、独りぼっちにはもう耐えられない。一寸先も杳として知れない人生なんて……、消えてなくなりたい、できるだけ苦しい死に方をしたい。


 おばあちゃんの家にある石油ストーブのような温もりが、背中を覆っている。……こうやって、また無条件に優しさに身を委ねてしまう。甘い言葉に耳を傾けてしまう。どうして私はこんなにダメな人間なんだろう。もう、なんで泣いてるのか、何を嘆いているのか、わからなくなってきた。


 どんよりとした曇り空は、着実に光を失っていく。あれからどれくらいの間、感情を昂らせ、我を忘れていたのだろうか。100 m泳ぐより、よっぽど疲れた。縁佳が渡してくれた、ぬるいペットボトルのお茶が、体に染み渡る。


「島袋さん、少しは落ち着いた?」

「ん……」

「あと少しでバス来るから」


 学校の目の前なのに、縁佳以外に人がいなくて、とてもこそばゆい。そもそも縁佳はどうして、私と一緒にバスを待ってるの?他人のことを気遣うより先に、そういうものかと思考を止めてしまうようになっていた。


「あぁー何だろう、想定より、全然すっきりしてなさそうねっ。しょうがないけどさ」

「わからないままで、良かったのかもしれない……」

「まあ、今が踏ん張りどころだよー。これを糧にして、あんな奴、追い越しちゃえばいいんだよ。頑張ろう?」


 私が頑張ったって、誰も得しない。私は私として15年も生きているのだから、それは疑う余地のない事実だと知っている。縁佳の期待には応えられそうにない。ここまで寄り添ってくれたのに。心の中では、絶え間なく謝り続けている。


「ごめんなさい……」

「いやいや、島袋さんが謝ることはないよー」

「だってお礼、できそうにないから」

「別にお礼なんていらないよー。お金かかったわけじゃないんだし」

「違う。クッキーを一緒に作った時、仲直りできたらお礼するって……」

「あーもうっ、言われるまで忘れてた。私たち既に友達なんだからさ、貸し借りの釣り合いが取れてなくても問題ないって」


 縁佳は笑っていた、 “友達” とかいう胡散臭い言葉と共に。勝手に決めつけたらダメなんだろうけど、どうなったら友達かも、私にはわからない。


 そうこうしているとバスが来た。何も言わずに乗り込むのは、 “友達” に対して冷たすぎるって、それくらいは私にもわかる。でも別れ際って何をするんだろう。キスじゃないのは確かだけど。


「ん……、あっこのお茶、ありがとう……」

「あぁ、それ余り物だから。行事の度に、生徒会室に飲み物が蓄積されてくの。じゃあまた明日、ちゃんと学校来てね」


 気になってしまったので、椅子の上に膝立ちして、バスの後ろの窓から、校門のほうを子供みたいに眺めた。この間と違って、今日は縁佳がまっすぐこちらを見つめている。すっきりしてない……ことも無いかもしれない。


 縁佳を信じたい。だけど、また肩透かしを食らったらどうするのって、必死に拒もうとする自分もいる。次は立ち直れないかもしれない。絶望する前に、引き剥がしたほうがいいんじゃないかって。


 でも、めんどくさい私を見捨てず、手を差し伸べてくれた。私の気持ちを察して、見ず知らずの先輩に噛み付いてくれた。そんな縁佳を、友達としてさえ信頼できないなんて、自分のほっぺたでもつねりたくなる。


 窓に反射した自分の影と慰め合っても、やっぱり孤独は紛れない。本当は、誰かとお喋りしたいし、どこかに出かけたい。晴れ晴れとした青春を送りたい。それは影だ、自分だ。息を吹きかけて消してしまっても、自戒にしかならない。


 縁佳は何を思って、帰路に就いているのだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ