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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴女に甘く食べられたくて

作者: 宿木ミル

 気が付いたころに内気な性格になっていた、と思う。

 狼と人間のハーフ……いわゆる人狼として生を受けた私は、なんていうか警戒対象になることが多かったのだ。


「げっ、狼女だ! 逃げろ! 食われちまうぞ!」


 街を歩いていると、私が人狼だというだけでそそくさと逃げられることも多かった。

 確かに人狼は人を食べていたなんていう話を聞いたことがある。辺境の地のワーウルフが冒険者に襲い掛かっている、なんて噂も少なくはない。

 ただ、それは遠い国の話。少なくとも私が暮らしている集落のみんなや、両親。そして私自身は人を襲ったりすることはなかった。

 とはいえ……


「あ、あの! すみませんっ!」

「ひぃ、狼女だ!」


 人狼はやっぱり警戒されてしまう。

 勇気を出して話しかけてみるだけでも、不安を抱かせ、相手に恐怖を感じさせてしまう。


「うぅ、また今日も逃げられてしまいました……」


 がっくりと肩を落とす。

 原因ははっきりしている。人間には存在していない耳が見えたからだろう。

 急いで話しかけたことによって、フードが外れてしまったのだ。


「フード、しっかり被らないと」


 そっと耳を隠して街に向かう。

 狼女だということがばれたら、街で騒ぎになってしまうだろう。それは避けていきたい。

 しっかりフードを被り、私は街に赴いた。



 人間が多い街には商人もいっぱいいる。

 今日は色々な狩りなどに使える道具を集めにやってきていた。

 ちょっと遠い街まで来たので一日は街に滞在するつもりだ。


「なにかいいものがあるといいなぁ」


 お金はしっかり持っている。

 森での生活で得たものを売りに出すことによって私たちの家庭はお金を儲けている。

 街をぼんやり歩く。


「わぁ……!」


 美味しそうなお肉がくるくる焼かれている。

 すっごく素敵だ。


「おぉ、嬢ちゃん、食べたいのかい?」

「い、いえ、大丈夫、ですっ」

「そう言って涎が止まってないぞ?」

「う、うぅ……」


 指摘されると恥ずかしい。

 なんだかんだで肉食な一面もあるから、こういうワイルドなお肉には弱いのだ。


「お、おひとつ……ください……」

「毎度! 持ち歩きできる串の肉さ!」


 そういって手渡されるお肉。

 あったかいお肉をそっとひとつひとつ食べる。


「お、おいしいですっ」


 噛み応えがある。

 噛むと噛むだけ味が出るお肉だ。たまらない。どんどん食べられそうだ。


「はっはっは、おかわりするかい?」

「あ、し、したいですけど……大丈夫ですっ、その、太っちゃいますので……」

「可愛げがあるなぁ、今度来たらまた買ってくれよ!」

「はいっ!」


 食べ終わった串を片付け、私は歩いていく。

 なんだか得した気分だ。今日はちょっとだけ幸運なのかも。

 場所を移動して、今度は食料品を集めよう。

 そう思った時だった。


「きゃん」

「だ、大丈夫っ?」


 前を見ていなかった女の子が私の身体にぶつかってきた。

 その衝撃で頭のフードが外れていく。


「あっ……!」


 急いで隠そうとしてももう手遅れだったみたいだ。

 周囲の目が集まっていく。


「あの女の子……まさか人狼なのか?」

「狼女……!? まずい、危ないかもしれない」

「今宵は満月だ、人が襲われちゃうぞ!」


 ざわざわと人が増えていく。

 このままでは、騒ぎになってしまう。


「ど、どうしよう……!」


 急いでフードで耳を隠す。

 このままではぶつかった相手にも迷惑をかけてしまう。

 急いで走り去ろう。

 そう思った瞬間。


「いい手段、知ってるよ」


 そう言って女の子が私に抱き着いてきた。


「ひゃあっ」

「この子は私の友達。だから、みんな、気にしないで」


 その言葉に街の住人が頷いていく。

 そして、私自身ハッとする。

 私とぶつかった相手、それはこの街で有名な冒険者で友達のユナだったのだ。


「あぁ、ユナが言うなら安心だな」

「兎の獣人のユナさんが狼女ちゃんと友達? それなら不安はないな!」

「いざって時に止めてくれそうだしな!」


 ほっとした様子で去っていく人々。

 これで問題は解決したみたいだ。やっぱりユナは凄い。


「あ、ありがとう、ユナ」


 ユナは普通の人とは違う部分がある。彼女の特徴的な部位は耳だろう。彼女の頭には大きくて白い兎の耳がある。


「私……友達というには迷惑かけてばっかりな気が……」

「そんなことないよ、街にようこそ、ウル。なんだか素敵な香りだね」

「ふぇ……!?」


 顔をそっと寄せながら、そう言葉にする彼女。

 抱き寄せた状態だったので、私のにおいを調べる余裕があったのだろうか。


「け、獣っぽくないですか……?」

「しっかり手入れされてる花の香り。わたし、好きだよ」

「も、もうっ、からかわないでくださいっ」


 恥ずかしくなってそっと彼女を離す。

 ちょっと名残惜しそうな顔をしていたけれども、このままずっと抱き寄せあってたらそれはそれで不振に思われてしまうだろう。


「あ、会えて嬉しいです、ユナ」

「こちらこそ」


 おどおどとしている私に対して、ユナはそっと手を差し伸べる。


「寂しかったんだから」

「そ、そうなの?」

「ちょっといない間、どんなことしようか考えたりしてたら……眠れなくなったりとかしちゃってて」

「もう、寝不足はよくないですよっ」

「でも、大丈夫。プランとかは考えたからさ」

「プラン?」

「こっちの話。宿も手配してあるんだ」

「それは願ったりかなったりですっ、なかなか探すの難しくて……」

「ふふっ、友達だからね」


 彼女の手をぎゅっと握る。そうした時、ユナの表情も笑顔になった。

 ユナと一緒にいると自然な感じにコミュニケーションが取れる。

 狼と兎なんて、自然界的には食べるか食べられるかみたいな関係だから、なんだか特別に感じてしまう。


「どうしたの? にやにやしてるけど」

「なんでもないですっ、街でこうしてユナに会えてウキウキ気分なだけですからっ」

「そっか、なら、それに応えたいね」


 意気投合な感覚!

 なんだか嬉しくて小躍りしちゃいそうだ。


「今回は街で一日泊まった後に集落に戻るつもりだったんです。だから、ユナのお陰でトラブル回避できて助かりました」

「うん、それならよかった。買い物とかはどうするの?」

「とりあえず、一通り購入した後、宿にするつもりです。明日の朝に帰れればと」

「なるほどね、じゃあ、せっかくだし、お店はいくつか紹介するね。お得意様いくつかあるから」

「さ、流石ユナ。そういう繋がり強いの尊敬しちゃう」

「ふふっ、こう見えてもしっかりものなんだからっ」


 そう言って彼女は前に進んで案内してくれた。

 彼女と一緒に散策できるならば、私も楽しいこと尽くしだ。

 そう思いながら、ユナと一緒に買い物を済ませることにした。




 買い物は満足なものを買うことができた。

 ユナの街での顔は広さは伊達ではなく、色んなものを比較的安価で買うことができた。

 そしてその夜の宿。少し大きな宿屋さんに私は連れられた。


「ユナさん? 珍しいね、友達を連れてるのかい?」

「うん、今日はスペシャルルームを借りたい」

「あぁいいよ、おまけはつけておくよ」

「ありがとう」

「す、スペシャルルーム?」


 なんだか凄いところに案内されてしまいそうだ。

 緊張しながら、彼女についていく。

 宿のスペシャルルーム。

 そこにはお姫様が眠っていそうなダブルベッドや大きなテーブルがある。

 スペシャルというのも納得な雰囲気だ。


「すごい……」

「食事を取ったらお風呂にしましょ?」

「は、はい」


 彼女がなんだかそわそわしている様子だったけれども、気にしないで食事場に向かう。

 食事場では美味しいお肉料理がいくつもあって、幸せな気持ちに包まれた。

 野菜をいっぱい食べているユナは、等身大な女の子な印象があってほっこりする。街で色んな姿を見せている彼女も、私と一緒の時は安心するみたいだ。


 その後、私たちはお風呂場へと向かい、浴槽でゆったりすることになった。


「……ウルって、ほわほわしてるよね」

「へ?」

「ほら、その髪の毛とか。栗のような色をしてるし、ふわふわって感じが素敵」


 じっと見つめながらそう言葉にする彼女。

 そうやって見つめられるとなんだか恥ずかしい。


「不思議と髪はそうなっちゃうんです」

「髪の毛にみんな狼らしいもふもふがあるわけね」

「そうなのかもしれません」

「かわいい」

「ふぇ……」


 まっすぐなその言葉に照れてしまう。

 せめて、友達という立場らしく返してみたい。

 そう思いながら、ユナに言葉を放つ。


「ユナだって、すらってしててかわいいですっ」

「キリっとしてる感じがいい、みたいな?」

「そ、そうなのかもしれません。でも、なんていうか、キリっとしてるけどかわいげもあるみたいな……! そんな感じで……!」

「そっか、かわいげがある……それはなんだか嬉しいかも」


 ふふっと笑う彼女。

 いい感じのコミュニケーションが取れただろうか。

 お風呂の時間はゆったりと、のんびりと過ぎていった。


 そして夜。

 改めて、二人用のお姫様ベッドを見つめる。

 フリルのような装飾がいっぱいのベッド。

 ……普段のベッドとは全然違う、女の子らしいベッドだ。


「ここで眠るんですよね」

「うん、そうなるかな」

「……本当にいいんですか?」

「ウルだからいいのよ」

「わ、わかりました」


 寝間着には着替えてある。

 そっとベッドに入り込む。

 布団をかぶさって、そっと横になる。

 ユナも一緒に布団に入ったその時だった。


「ふふっ、捕まえた」

「ふぇ……?」


 そっと布団に身を包みながら、身体を寄せてくる彼女。

 そうして、ユナは私の身体をぎゅっと包み込んだ。


「ど、どうしたんですか? ユナ」

「兎って、実は寂しがり屋なの」


 そう言葉にしながら、身体を強く寄せ合う。

 心臓の鼓動が聞える。

 とくん、とくんと音が聞こえるのは私の音……?


「狼の女の子に憧れてちゃったりするのよ」

「な、なんで、ですか……?」

「ふふっ、なんでだと思う?」


 とくん、とくん。

 心臓の音が私に届く。

 ユナもドキドキしてるんだ。


「なんでかは……わかりません……」

「その純粋さも好きよ、ウル。理由はね……」


 顔を近づけて、ユナがそっと話してくる。


「甘えたいから、なの」

「甘えたい……?」

「ユナさん、ユナさんってわたしはいつも街で言われて、慕われて……その生活も悪くはないんだけどね、なんだか求められるままに演じるの疲れちゃって……」


 そっと身体を寄せながら、彼女が続ける。


「そういうのとは無縁な……ウルに、甘えたかったの」

「で、でも、狼なことには関係ないような……」

「気が付かない……?」


 上目遣いでユナが見つめ、頬を赤くしながら、話す。


「食べられちゃうくらい、甘えたいの」

「わ、私は食べませんよ、人も獣人も」

「……そういう意味じゃないよ、もっと甘い意味」

「甘い……?」


 そっと、身体をゆるく抱きしめた状態のまま、彼女の口が私の耳元へと近づいて……


「ねぇ、ウル……私に、キスして」


 甘い、甘い言葉をつぶやいた。


「わ、私、キス、えっ、き、キス……?」


 その言葉に混乱してしまう。

 ユナと私は友達だ。友達だけれども、それは大胆すぎる気がする。それに同性で、種族も兎と狼で。

 それで、その、キス。キスをする?

 えっと、えっと、えっと……


「今日、ぶつかった時から、ずっとこうしたかったの。それで、抱きしめたときあったかくって……甘えられたら、どれだけ幸せなのかなって思って……」

「で、でも、その、私、私じゃ不足かもしれません……? そ、それに、ええっと、そういうのって、好きな人とすることで……」

「ウル……だめ……?」


 顔を私の目の前に寄せて、紅潮した顔で私にお願いしてくる。

 その言葉で、表情で心がドキドキしてしまう。

 求められている。

 私が、彼女に、キスすることを、お願いされている。


「初めて、ですよ……?」

「うん」

「……私で、いいんですか?」

「ウルだから、いいの」

「わかりました」


 そっと、彼女の唇に私の唇を寄せる。

 そして、ゆっくりとキスを交わしていく。


「ん……」


 身体を寄せ合って、お互いの心臓の音を感じあって、静かに寄り添う、そんな時間。

 ユナの身体をそっと抱きしめると、安心したかのように私を感じてくれた。

 頭がぼんやりして、幸せな感覚に包まれていく。

 ずっとこのまま甘えていたい、甘えさせていたい。

 そんな気持ちにさえなっていく。

 そっと唇を離して、優しく微笑んでみる。なんだかぽかぽかした気持ちだ。


「き、キス……どうでした、か……?」

「すごく、よかった……」

「安心しました……」


 ユナが居心地がよかったならば、それでいい。

 私も幸せな気持ちになれたから猶更だ。

 ゆっくりと顔を見つめていると、ユナは小さな声で私に話しかけてきた。


「……わたし、人狼のこと、もっと知りたい」

「……私も、街のことをもっと知りたいです」

「じゃあ、また案内しないとね」

「もしよければ、今度ユナも案内しますね。私の暮らしている集落に」

「それは楽しみ」


 まだ、心はどきどきしてる。

 友達と、身体を寄せ合ってキスをする。その感覚に身体が落ち着かないままだ。


「……でも、人狼だけじゃなくって私のことも見てほしいです」

「じゃあ、もっとする……?」

「……はいっ」


 私に対して驚かない。逃げたりもしない。むしろ受け入れてくれる。

 そんな、暖かい存在と過ごす特別な時間。

 暖かいユナの体温を感じながら、私たちは幸せな時間を過ごした。





 朝。そっと身体を寄せ合ったまま目覚めると、笑顔でユナが私を見つめていた。


「おはよう」

「……おはよう、ございます」


 昨日のことを思い出すと、顔が赤くなってしまう。そう、私はユナといっぱいキスをしたんだ。


「そういうところもかわいいんだから」

「う、うぅ……意識すると、ドキドキが止まらないだけです」

「わたしもおんなじ」


 そっと微笑みながら、彼女が続ける。


「私は逃げないし、怯えもしないよ。だから、集落にも連れて行ってほしいな」

「だ、大丈夫なんですか? 色々準備があると思いますが……」

「身は軽いほうなの。だから平気。それに……なんていうか、ほら……」

「どうしましたか?」


 顔を赤くしながら、ユナが言葉を悩ましていたので、のんびり待つ。


「……兎って、さみしがり屋だから、ね?」


 そう言って私の手を握る彼女。

 人肌恋しい、みたいな感じなのだろう。

 それならば、私は……


「……じゃあ、狼らしく食べちゃいますっ」


 片方の手でがおーっと食べるような仕草をしながら、笑顔で応じる。

 友達が甘えたいならば、私も精一杯応えよう。

 私のことを受け入れて、助けてくれる大切な友達なのだから。


「……ありがとうっ」

「では、色々準備していかないと、ですね。集落のみんなに伝える言葉も考えないと」

「楽しい日になりそうかも?」

「きっと、幸せな日が続きますっ」


 内気な私の紡ぐことができた縁。

 この大切な繋がりをこれからも持ち続けていこう。

 狼女としての自分を受け入れて、受け止めてくれる友達に感謝をして。

 これからも、私は前に進んでいくんだ。

 宿屋の窓から見える青空はどこまでも透き通っていた。

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