第099話 辺境の開拓村
前章のあらすじ:
もんむす好きの男子高校生タツヒトと、馬人族の騎士ヴァイオレットは、女王の手から逃れて平和に暮らすため、山越えによる国外脱出を試みた。
しかし猛吹雪の山頂付近にて強力な風竜に遭遇。逃げ延びた古代遺跡で機械人形のシャムと出会い、行動を共にすることに。
吹雪が止み、下山を試みたところで風竜が再来。シャムの決死の狙撃が風竜に大きな隙を生み、三人は辛くも隣国側に逃げ延びることができた。しかし、すでに女王からの追手は直近まで迫っていた。
風竜から逃れ、南部山脈の山頂から山裾の森まで降りてきた僕らは、そのまま平地に向かって歩き続けていた。
僕らが居たイクスパテット王国と、ここベルンヴァッカ帝国は山脈に隔てられている。そのせいか森の植生が少し違うように思えるけど、そこまで目新しいものはない。
しかし、家の機械人形ちゃんにとっては珍しくてしょうがないらしい。
「タツヒト、そこら中に生えているこれらは樹木でありますか? 大きいでありますねぇ…… あ、あれは菌類が作り出す子実体、いわゆるキノコでありますね!」
「そうだよ。きのこは毒があるかもしれないから触らないように-- ああ!? 食べちゃだめだよ!」
ちょっと目を離した隙に、シャムは木の幹に生えたきのこをもぎ取ってそのまま口に入れていた。
数歩先を歩いていたヴァイオレット様が、僕の声に驚いて振り返る。
「もぐもぐ…… ぺっ、残念であります。おう吐や下痢などを催す毒素が含まれているであります」
「言わんこっちゃない…… ほら、口濯いで」
僕はシャムに水筒を渡しながらハタと気づいた。
「あれ、なんで毒があるってわかったの?」
「グチュグチュ…… ぺっ。 シャムの舌と中枢系には、古代において既知だったおおよその毒物を検出する機能が備わっているであります。シャムの機能一覧にもあったであります」
「そうい言えばそうだったかも…… 珍しいのはわかるけど、なんでもすぐ口に入れちゃだめだよ?」
「わかったであります!」
あら、いいお返事。 --多分またやるだろうな、この子。
「ふう、シャムはまだまだ目が離せないな…… そろそろ日が暮れる。タツヒト、野営の準備をしようか」
ヴァイオレット様の言葉に空を見上げると、すでに日が傾いていた。
「ええ、そうですね。では、あそこの少しひらけた場所にしましょうか」
軽く寝床を整え、火を起こし、古代遺跡から拝借してきたレトルト食品を温める。
いやー、食事の準備が楽。地球世界の日本が如何に便利だったのか思い知らされるな。
食事が行き渡ったところで、ヴァイオレット様が切り出した。
「さて、シャムも加わり、無事にベルンヴァッカ帝国に辿り着くことができた。この後の予定について少し話し合おうか」
「はい。国境からなるべく離れていて、人が多くて外国人の僕らも紛れられる大きめの都市を目指すのがいいと思います」
僕が挙手して発言すると、ヴァイオレット様が頷いた。
「うむ。私もそれが良いと思う。それと、実のところ食料や路銀がそろそろ心許ない。なので、近場の都市で冒険者などをしてある程度金を稼ぎ、その後にさらに国境から離れた都市に移動していこう」
「冒険者! 魔物の討伐等で賃金を稼ぐ請負業でありますね? 楽しそうであります!」
シャムのテンションがブチ上がっているけど、僕も結構楽しみだ。
「いいですね、冒険者! 追手から逃げる上で一所に止まれない僕らにぴったりです」
「うむ、みな賛成のようでよかった。ただ、ベルンヴァッカ帝国の地方都市の位置までは、流石に私も知らない。
しかし、なるべく形跡を残したく無いので、国境付近の村落で道を尋ねるも避けたい。
少し確実性に欠けるが、街道を山脈と反対方向に辿っていこう。数日のうちにそれなりの規模の都市に辿り着くはずだ」
あー、そうなってしまうのか。あ、そうだ。
「ねぇシャム。この辺の地理情報って持ってたりしない?」
シャムには古代の一般知識がインストールされているはずなので、もしかしたら知っているかも。
「持っているであります。でもタツヒト、シャムの情報は古代のものであります。この辺りも今とは別の国家、支配体系であったと記録されているであります。
大きな川や山脈を避けるといったことには使えるかもしれないでありますが、都市を探すのに役立つかは疑問であります」
「そっかぁ、そりゃそうだよね。ちなみに、以前は誰が王様だったの? 今は確か、黒牛人族の人が皇帝だったと思うけど」
「以前は王国で、王は只人の中年男性とあります。ですが議会君主制のため、実質的な統治者は別に居たようであります」
「え、王様、亜人じゃないんだ。一体どんな流れでそうなったんだろ?」
亜人の人たちの身体能力の高さを知っているので、この世界で只人が王様になるのが想像できないんだよね。
「ふむ、興味深いな。私の知る限り、今の世で只人が王位についている国は存在しない」
「理由についてはわからないであります。シャムの中には断片的な知識しか存在せず、歴史的経緯についてはその範囲外であります。
ただ、当時の人口比は圧倒的に只人が多かったようなので、それが原因の一つとシャムは推測します」
「へー、それもなんでなのか不思議だけど…… あ、すみません。だいぶ脱線してしまいました。
えーっと、明日以降は森を抜けて街道をたどって、人の目を避けながら大きめの都市を探すということでいいんですよね?」
「うむ、その通りだ。さて、今日はみな疲労が溜まっているはずだ。早めに食事を終えて寝てしまおう」
「野宿でありますね! 外で眠るなんて面白いであります!」
はしゃぐ野宿初心者をなんとか寝かしつけ、僕らは森の中で眠りについた。
翌日。懸念事項だった都市捜索の件は、予想外のことにより解決した。
「本当になんとお礼を言ったらいいか、あなた方はこの村の恩人ですじゃ」
「いや、通りがかりのついでに魔物を退治しただけのこと。あまり畏まってくださるな、ご老体」
僕らの前で平伏していまっている犬人族のご老人に、ヴァイオレット様は落ち着いた声色で話しかけた。
ここは国境付近の辺境の開拓村らしい。僕らは今、村長さんのお宅にお邪魔している。
ベルンヴァッカ帝国では、僕とヴァイオレット様がいたイクスパテット王国と公用語が違う。
でも、海路での交流があるので、こちらの村長さんのように王国語を話せる人もいる。ヴァイオレット様も簡単な帝国語は話せるらしい。
それで、都市にたどり着くまで人目を避けるべきなのになぜこうなったかというと、そこにはやむを得ない事情があった。
南部山脈の山際の森を抜けた僕らは、森にほど近いところにある村と、村から山脈の反対側に伸びる街道を発見した。
そこから人目につかないように街道を辿って行ったところ、猿型の魔物の大群に襲われているこの村を発見したのだ。
防壁の上から冒険者らしき人達が必死に弓を射かけていたけど、するすると壁を登ってくる猿型の魔物の大群には全く対応できていなかった。
僕らの中に、目の前のそれを見過ごせる人間はいなかったので、村に突撃して魔物を一掃したのだった。まだ襲撃の序盤だったらしく、幸い死者はいなかった。
村の見た目も開拓村ベラーキにすごく似ていたしなぁ…… 村長達にエマちゃん、みんな元気だろうか?
--いや、いろんなものを放り出して逃げた僕が考えていい事じゃないな。
「そうおっしゃられず…… どうかお礼をさせて頂きたい。是非今日はここに泊まっていってくだされ」
「それには及ばない、お気持ちだけで結構。 --いや、ではすまないが、三つほどお願いしたい。
一つ目、ここから一番近い、大きめの都市の場所を教えてくれないだろうか。
次に二つ目、実は今この辺りの通貨の持ち合わせが無いのだ。我々が討伐した魔物の魔核は全てお渡しするので、都市への通行税を三人分頂けないだろうか。
最後に三つ目、申し訳ないが我々は素性を隠して旅をしている身だ。どうか我々がこの村に立ち寄ったことは忘れるよう、村の方々にも伝えてほしい」
「なんと、それだけでは…… いや、分かり申した。何か事情がおありのようだ」
それから村長は、南西の方向、ここから程近いレーリダという都市の場所を教えてくれた。
そして結構多めの帝国貨幣を渡してくれた上で、この村が僕らのことを忘れることも約束してくれた。
村長とヴァイオレット様が話している間、僕は同席していたけど、なるべく印象を残さないよう黙っていた。
シャムは村の子供達に興味津々だったので、古代遺跡から拝借してきたお菓子を渡し、みんなに遊んでもらいなさいと外に送り出した。
外から楽しそうな声が聞こえるので、うまく打ち解けられたようだ。よかったよかった。
せめて一泊と引き止める村の人達に別れを告げ、僕らは村長に教えてもらった都市へ向かった。
また街道沿いを人目につかないように移動し、野営を挟んでさらに翌日の朝、それらしい都市を視認できるところまで来た。
僕らはすぐには都市に向かわず、近くの小高い丘のような場所からその都市を観察した。
「おー、結構大きいですね。あれがレーリダの街ですか。防壁の直径は、領都の半分から三分の一くらいの規模でしょうか」
「うむ、住民は数千人といったところだろう。見たところ、人や馬車の出入りも頻繁なようだ。今の我々にうってつけだな」
「人があんなに沢山……! すごいであります! でも、ちょっと怖いであります……」
「ははっ、一緒に入れば大丈夫さ。そういえばヴァイオレット様、都市にはどうやって入りましょう? あのくらいの防壁なら越えられないこともないですが……」
シャムの頭を撫でながら、僕は疑問に思っていたことを口にした。先日助けた村を除いて、ここまでは人目に付かずに移動してきた。
ひとまずの目的地がこの都市なので入ることは確実だけど、門を通れば必ず記録や兵士の人の記憶に残ってしまう。
かと言って忍び込んだ場合、そこを見咎められたらとても面倒なことになってしまう。
「うむ。それについては帝国貨幣も手に入ったことだし、私に妙案がある。だがそのためにはタツヒト、君には覚悟を決めてもらう必要がある」
彼女はそう言って、いつにも増して真剣は表情で僕を見つめた。
え、一体何なんだろう……? ちょっと怖いであります。
7章開始です。お読み頂きありがとうございました。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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