第097話 銀翼、再び(4)
僕とヴァイオレット様は、依然として風竜に必殺の一撃を打ち込む機会を伺っていた。
すると、はるか上空を旋回していた風竜が僕らに向かって降下してきた。
体を強く発光させて口を開けているので、もう何度目かわからないブレスによる攻撃を行うつもりだろう。
まだなんとか致命的な攻撃は受けていないけど、僕とヴァイオレット様の体には、ところどころ裂傷やら凍傷やらができ始めていた。
「ふんっ!」
ヴァイオレット様が降下してきた風竜に砲弾のような勢いで投石した。しかし、やはり当たる寸前で激しい風音と共に逸らされてしまう。
「むぅ…… つくづく、風魔法の使い手は防御が上手い」
「あの緑オーガもその辺抜群にうまかったですもんね…… ヴァイオレット様、このままだとじわじわとやられてしまいます。効果は落ちますが、拡散型で--」
「ギュワァァァァッ!?」
上空の風竜が突如として凄まじい悲鳴を上げたため、僕は驚いて言葉を止めた。
やつが急に右目を両前脚で押さえたので、僕は風竜から見て右側となる方向に視線を走らせた。200mほど離れた場所に、昼にみんなで休んだ岩場があった。
目を凝らすと、なんとそこにシャムがいた。
「え、シャム……? どうして!?」
彼女の姿をよく見ると、膝立ちで弓を持ち、ちょうど矢を放った後の体勢をしていた。
あんなに離れたところから、ソフトボール程の大きさで、しかも動いている風竜の右目を射抜いたのか。とんでもないな……
「タツヒト、その疑問は後だ! 奴が落下する。これは好機だ!」
ヴァイオレット様の言葉に上を見ると、両手で右目を押さえてしまっているせいで、風竜の翼がたたまれてしまっている。
翼に風魔法を施して得ていた浮力が無くなったことで、その体は真っ逆さまに落下していた。そして--
ドォンッ!!
凄まじい音を立て、天空の覇者が雪原に墜落した。
崩れた体勢で落下した風竜だったけど、落下のダメージはほとんど無いようだった。
地に落ちた巨体を見て、改めてその大きさと強烈な気配に驚く。体高は7~8m、体長は尾も合わせれば十数mにまで達しそうだ。
やつはすぐに立ち上がると、自身が奇襲を受けた方向、シャムの方にぐるりと首を巡らせた。
「グルルルルッ」
やつも弓を構えたシャムを見つけたのか、憎悪に満ちたような表情で唸りを上げている。
しかし風竜が何かする前に、最大限の身体強化により緑色の放射光を放ったヴァイオレット様が走り出した。
「タツヒト! 私は右足、君は左翼だ!」
「……了解です!」
ヴァイオレット様の意図を理解した僕は、風竜に痛撃を与えるための詠唱を始めた。
『告げる! 雷よ、疾く巡りて我が手に集--』
詠唱の最中、草原の覇者たる馬人族のヴァイオレット様は、すでに風竜の間近まで肉薄していた。
彼女の突進に気づいた風竜は、地面を掃くように尾を薙ぎ払った。
しかしそれを予想していたのか、ヴァイオレット様はさらに急加速して間合いを詰め、尾を交わして風竜の右足のすぐ側に到達した。
目が潰れたことで、そこは風竜の完全な死角となっていた。
ヴァイオレット様を見失って戸惑う風竜を他所に、彼女は渾身の一撃を風竜のアキレス腱の辺りに叩き込んだ。
「らぁっ!!」
ヴァイオレット様の短槍の突きは、穂先の幅を超えた範囲まで大きく風竜の足首を切り裂き、アキレス腱を完全に切断したように見えた。
ズバンッ!!
「ギャンッ!?」
太い荒縄が千切れ飛んだような大きな音と、風竜の悲鳴が響く。
僕はその一撃の強力さに驚きながら、さらに詠唱を続ける。
『--数多の雷を束ね、大いなる疾雷と成さん……!』
右足の痛みに悶えていた風竜の体が、青く発光し始めた。
ブレスを打つ素振りは無いので、おそらく気圧操作魔法でこの辺りの気圧を急激に下げているのだろう。
なるほど、確かに視界が聞かず、敵が近距離にいる今の状況ならその魔法の方が的確だ。やっぱり竜種はみんな頭がいい。
でも、今この瞬間だけは悪手だ。電気は大気中より真空中の方が通りやすい。
僕は風竜の左翼、その翼膜に向けて手を掲げ、魔法を発動させた。
『剛雷!!』
蓄電装置から取り出された雷撃10発分もの電荷。僕の掌に集まったそれが、一気に放出された。
ジジッ……
いつもであれば、雷撃は轟音を発しながらギザギザの軌道を描く。
しかし今回の剛雷は、壊れかけの蛍光灯のような静かな音を発し、真っ直ぐな光の帯となって風竜の翼に突き刺さった。
バヅンッ!!
控えめな見た目と裏腹に、その一撃には凄まじい威力が込められていた。
風竜の強力な身体強化による防御力を突破し、翼膜の大部分が焼き切れたように弾け飛んだ。
「グギャァァァァァァッ!?」
よし! よほどの激痛だったのか、風竜は左前脚を庇ってがっくりと雪原に伏した。
これでやつの歩行能力を大幅に削ぎ、飛行能力を奪うことができた。
このまま走り去って逃げたいところだけど、奴にはまだ冷凍ブレスがある。
なのでここでさらにダメ押しさせてもらう……!
「ヴァイオレット様、光ります!」
「承知!」
僕の言葉に、ヴァイオレット様が間合いをとって目を閉じた。
残った左目で呪い殺さんばかりに僕を睨む風竜に駆け寄ると、僕は再び手を掲げて自身も目を閉じた。
『雷光!』
バチチチッ!!
極々短い周期の放電音と共に、まぶたの向こう側に強烈な光を感じた。
古代遺跡で開発した最後の魔法だ。5本の指の間で何度も放電を繰り返すことで、強烈な光を発する。
かなり短い距離でないと目潰しの効果がなかったので、今まで温存していたのだ。
「ギュワッ!?」
目を開けると、風竜は残った左目を押さえて蹲っていた。
こちらも成功! それじゃぁ--
「撤退!!」
そう言って帝国側に向かって走り始めた僕に、ヴァイオレット様が続く。
途中、岩陰で目を押さえて蹲っていたシャムをヴァイオレット様が引っ掴み、自身の背に放るように乗せて回収した。
200mほど離れていたはずだけど、ズーム機能か何かで僕の雷光をモロにくらってしまったようだ。
そして僕らが雪原から帝国側の斜面に降りた直後、僕らの頭上スレスレを風竜の冷凍ブレスが薙いだ。
「ギシャァァァァァ!!」
怒りに満ちた咆哮と共に、出鱈目な方向にブレスが飛ぶ。どうやらまだ僕らを見失っているようだ。
しかし、モタモタしていたら足をひきづった風竜にも追いつかれてしまう。
僕らは会話する余裕もなく、必死に山の斜面を下った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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