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第096話 銀翼、再び(3)


 「はっ、はっ、はっ……」


 シャムは目に涙を湛えながら、タツヒトとヴァイオレットに言われた通り雪山の斜面を降っていた。

 機械人形故の異様に規則正しい呼吸音と足音が、雪原に染み入るように消えていく。


 「ギシャァァァァァ……」

 

 シャムの背後。山頂側の斜面の向こから聞こえて来た風竜の咆哮に、その足が止まった。

 続いて戦いの激しさを伝えるように、何かの衝突音や破裂音のようなものも聞こえてきた。

 シャムの足はしばらく凍りついたように動かなかったが、その場にへたり込んでしまった。その体はガタガタと小刻みに震えている。


 「うぅぅ、怖いであります、不安であります…… このまま一人で逃げるのも、二人がいなくなってしまうのも、とても怖いであります……」


 本来であれば起動前に設定されていたはずの稼働目的、そして同時に実装されていたはずの過度な恐怖心を抑制する機能。今の彼女にはそのどちらも備わっていなかった。

 そして、強靭かつ精密な身体能力を有し、身体操作に関する基本的な機能が実装されていても、その精神は幼子のそれだった。

 一週間ほど前に目覚めた彼女の精神には、未だ信念と言えるようなものは形成されていない。

 寄辺(よるべ)となり得たであろう、自身の稼働目的すら不明の現状において、初めて感じた強い恐怖に彼女が打ち勝つのは困難なことだった。


 「--そ、そうであります。あの風竜を殺害、または撃退することができれば、シャム達は三人揃って下山することができるであります……!

 シャムが二人の援護を行えば、目標達成の確率は向上するであります!」


 シャムがそう言って山頂側を振り返り、ヴァイオレットから贈られた弓を握りしめた。しかし--


 「ギュァァァァ……」


 再び響き渡った風竜の咆哮に、その表情が強張った。


 「い、いや、タツヒトとヴァイオレットの二人がかりで勝てなかったから、シャムはあの風竜から一人逃がされたのであります……

 シャムが行ったところで、二人の戦闘の邪魔になるか、一瞬で破壊されてしまう可能性もあるであります……

 何より、やっぱり怖いであります……」


 恐怖に顔を歪めて俯いたシャムは、またそのまましばらく停止してしまった。

 しかし、突然何かを思い出したように顔を上げた。


 「--でも、タツヒトは言っていたであります。自分が今ここにいるのは、怖いと思いながらも進んできたからなんだと……!」

 

 彼女にはまだ、一週間分程度の人生経験しか存在しない。

 しかしそれゆえに、彼女の精神は短い時間を共に過ごした家族への思いで満たされていた。

 その思いが、強大な風竜に対する恐怖心を上回った。


 「風竜は怖いであります…… でも、二人を失うのは、もっと怖いであります!」


 シャムは涙を拭い、決然とした表情で立ち上がると、戦いの気配がする山頂側に向けて斜面を登り始めた。






 恐怖に鈍っていた明晰かつ高性能な頭脳が、作戦目標を達成するための演算を開始する。

 

 「作戦目標は、タツヒトとヴァイオレットが痛撃を与えられるよう、狙撃によって風竜に致命的な隙を作ることであります。

 シャムの弓で援護するとして、おそらく風竜の鱗は貫けないであります。

 また、攻撃を認識された場合風魔法によって防がれる公算が高いであります」


 シャムは雪山の斜面を駆け登りながら、自身の思考プロセスを確認するかのように言葉を発し続けた。


 「従って、柔らかく重要な感覚器官である眼球に対し、風竜の意識外、死角から狙撃を行うこととするであります

 実施難度は高いでありますが、目標達成に最も効果的な方法であります」


 シャムは斜面を登り切ると、戦いの場となっている開けた雪原を覗き込んだ。


 「--よかった、二人はまだ生きているであります。でも、やはり劣勢であります」


 タツヒトとヴァイオレットは風竜の攻撃をギリギリのところで交わしていた。

 しかし、身体のところどころに霜が降り、裂傷なども見られる。

 一方風竜は無傷であり、ヴァイオレットの投石は風魔法でことごとく弾かれていた。


 「やはり、認識された攻撃は風魔法で防がれてしまうでありますね……

 タツヒトは蓄雷(クムルス・フルグル)の魔法を使っているようでありますが、まだ満充電には至っていないようであります。

 ……急ぐ必要があるであります」


 シャムは辺りを見回し、風竜が狙うタツヒト達に可能な限り近く、身を隠せそうな場所を探した。

 すると、タツヒト達と先程まで昼食をとっていた岩陰が最適なようだった。

 シャムはなるべく見つからないよう雪面に伏せ、匍匐前進で岩場まで向かった。






 シャムが岩場に到達し、岩陰からタツヒト達を窺うと、戦いは佳境に差し掛かっていた。

 風竜は相変わらず無傷で空を舞っていたが、タツヒト達には傷が増え、動きも精彩を欠いていた。

 また、タツヒトの髪は逆立っているように見える。


 「タツヒトはすでに蓄電を終え、機会を伺っている状態でありますね。急がないと……

 でも、初撃に全てがかかっているであります。シャムも機会を伺うであります」


 シャムは岩陰に膝立ちになり、矢を取り出してじっと風竜を観察した。

 しばらくジリジリとした時間が流れ、ついに機会が訪れた。

 風竜が二人にブレスを吐くために地表に近づき、滞空している。しかも、ちょうど岩陰からは風竜の側面が見えた。


 シャムはスッと意識を切り替えると、弓に矢を(つが)え始めた。


 「環境条件計測…… 風速、北北東から秒速8メティモル、気温マイナス10度、湿度22%、気圧、基準海抜地点に対して68%……

 対象への直線距離は196メティモル、仰角8.6度…… 風竜の羽ばたきの周期と上下動距離を算出……」


 ギリギリと音を立てて弓の弦が引かれていき、シャムの身体能力の限界となる位置で止まった。

 人間であればブルブルと震えてしまうところだったが、シャムはそこで微動だにしなくなった。


 「すぅー、ふー。すぅー……」


 さらに呼吸を整え、最後に大きく息を吸ったシャムは、そこで息を止めた。心臓の鼓動さえ制御して最小化した。

 この瞬間、シャムは狙撃するためだけの機械装置に変貌した。

 矢の予測軌道と、上下する風竜の眼球位置とがピッタリと合わさった瞬間、シャムはそっと矢を離した。


 ビュンッ……!


 解き放たれた矢は亜音速に達し、風竜に向かって飛翔した。


お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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