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第095話 銀翼、再び(2)


 風竜の来襲を叫んだ直後に二人に視線を向けると、ヴァイオレット様は弾かれたように上を見上げ、シャムは驚いて固まってしまっている。

 うぐっ…… そりゃそうか。シャムには、弓とちょっとした近接戦闘の技術は教えたけど、実戦はこれが初めてだ。

 初の実戦が青鏡級の風竜って生き急ぎすぎだけど。

 

 風竜に遭遇した時の対策はすでにみんなで話し合っている。

 兎に角逃げの一手だ。登る時と違って高山病の心配が無いので、全速力で下山して山裾の森に隠れるのだ。

 固まっているシャムはヴァイオレット様に抱えてもらって、また僕が後ろについて足止めしよう。

 そう思って再び空を仰いだ時、風竜は大きく口を開けているのが目視できるほど近づいていた。

 --ん、口を開けてる? しかも、体が青く発光している…… 竜種が口を開けて使う魔法なんて、一つしか無い!


 「ヴァイオレト様、ブレスです! 近寄ってください!」


 僕の声に、ヴァイオレット様はすぐにシャムを引っ掴んでこちらに駆け寄った。

 やつのブレスはまだ見たことが無いけど、風属性の何かであることは確かだ。ならば……!

 僕は最大限に魔力を込めて短く呪文を詠唱し、タイミングを測った。そして--

 

 「ギュァァァァッ!!」


 上空の風竜が、キラキラと光り輝くブレスを放った。

 まるで、天からダイヤモンドダストが降ってくるかのような綺麗な光景だ。

 しかしそれに秘められた殺意が、僕らに感動する(いとま)を与えない。

 凄まじい速度で迫る光の塊に、保持していた魔法を放つ。


 『放炎(フラメスロウェル)!』


 可能な限り威力を高め、細く螺旋状に放った火線が風竜のブレスの先端に突き刺さった。


 バシュゥゥゥゥッ!


 殆どビームのように研ぎ澄ましたことで、僕が放った火線と風竜のブレスは拮抗し、激しい音と風を撒き散らした。

 しかし、拮抗できたのは風竜のブレスの中心部付近の一部のみで、残りの部分はそのまま僕らの周囲に降り注いだ。


 ゴゥッ!


 凄まじい風音と同時に、これまで体感したことのない強烈な寒さが襲ってきた。

 チラリと足と元を見ると、先ほど食べたアルミラージの骨が一瞬でカチコチになってしまっていた。

 それだけじゃない。僕らの衣服や髪の毛すらも凍りつき始めていた。あまりの寒さに呼吸もままならない程だ。

 なるほど…… 風竜のブレスの正体がわかった。液化する一歩手前、超低温の空気を高圧で射出したのだ

 こんなの、直撃したら数秒で氷像になってしまう……!

 

 そして永遠と思えるほど長いブレスの射出が終わり、同時に限界を迎えて僕の火線も停止した。


 「ギシャァァァッ!!」


 またしても仕留め損ねた。そんな苛立ちが感じられる咆哮を上げ、風竜は再び上空へ舞い上がった。






 「はぁっ、はぁっ、はぁっ。し、凌げたか…… うっ……!?」


 急いでその場から離れようとしたところ、地面に張り付いてしまったのか、足が動かなかった。

 いや、足だけじゃない。全身に霜が降り、凄まじい寒気と体の各部、特に指先の動かしずらさを感じる。全身が凍りついてしまったかのようだ。

 視線だけでヴァイオレット様とシャムの方を確認すると、二人の体にも僕と同じく霜が降り、殆ど身動きができなくなっていた。


 「タ、タツヒト…… 動けるか……?」


 「さ、寒いであります……」


 二人は震えながら、絞り出すように言った。

 まずい。このままだと次のブレスで全員凍りついてしまう……!


 「ふ、二人とも…… 目と口を閉じて、呼吸も止めてください。今、解凍します」


 二人が指示通り目と口を閉じたことを確認し、僕はさっきと逆、低威力広範囲で一瞬だけ魔法を発動した。


 『……放炎(フラメスロウェル)


 ボッ!


 一瞬だけ、僕らを炎が包む。 --よし、この出力で良さそうだ。

 それから僕は、短い周期で繰り返し魔法を打ち始めた。


 『放炎(フラメスロウェル)放炎(フラメスロウェル)--』


 すると何度目かの魔法の後、僕らの霜はすっかり取れ、僕とヴァイオレット様の震えもおさまってきた。

 風竜の姿を探すと、上空からまたこちらに向かって降下し始めたところだった。


 「ふぅ…… 助かった。ありがとうタツヒト」


 「うまくいってよかったです。 --ヴァイオレット様、どうしましょう。すぐに風竜が戻ってきます。

 この開けた場所で、あのブレスをそう何度も凌げるとは思えません。ここは、覚悟を決める必要がありそうです。それに……」

 

 僕は、解凍後も震えが止まらず、不安そうな様子のシャムに視線を送った。

 ヴァイオレット様は僕の視線に気づいて頷いた。


 「うむ…… そうだな。第二案でいこう。 --シャム」


 「は、はいであります」


 名前を呼ばれてびくりと震えたシャムに、ヴァイオレット様は落ち着いた声色で語りかけた。


 「これから私とタツヒトとであの風竜を足止めする。その間に君は下山するのだ。

 下山し、もし我々が一日経っても降りて来なければ…… シャム、君は一人で街道をたどって街まで行くのだ」


 「え…… そんな、嫌であります! シャムは、シャムは家族と離れたくないであります!」


 「シャム…… 時間がないのだ、聞き分けてくれ。なに、我々も死ぬつもりはない。奴を撃退できたらすぐに君の後を追うさ」


 「シャム。先に行って街の美味しいもので探しておいてよ」


 僕がなるべく軽い調子で言うと、シャムは泣きそうな顔になって俯いた。

 そして一瞬の沈黙の後、僕とヴァイオレット様をまとめてハグした。


 「わ、わかったであります……  絶対、絶対また三人で再開するであります」


 「もちろん! --さぁ、走って!」


 僕がシャムを優しく押すと、彼女は涙を散らしながら帝国側へ走っていった。

 僕とヴァイオレット様はシャムを見送った後で頷き合い、上空の風竜を睨んだ。






 風竜対策の第二案。何らかの理由で逃げ切れそうにない場合、風竜に痛撃を与えて撃退、または逃走するための時間を稼ぐ作戦だ。

 当然、格上の風竜相手では成功率は低いはずだ。でも、やるしかない。


 「やはり、位階の高い我々の方が旨そうに見えるようだな」


 「えぇ、シャムを追う様子がありません」


 風竜はシャムには見向きもせず、僕らに向かって飛んできている。

 ヴァイオレット様は、槍を利き手で無い左手に持ち替え、バッグから拳大の石を取り出した。

 空を飛んでいる相手に槍は届かないので、ヴァイオレット様は投石で対抗する。

 ちなみにシャムに持たせた弓だと、あの風竜に対しては弓力が不足していて、目ん玉にでも当てないと通らないだろうということだった。

 一方僕も、風竜に痛撃を与えるための準備を始めた。


 『……蓄雷(クムルス・フルグル)

 

 バチチッ……


 ここ数日で開発した三つの魔法の内の一つで、雷撃一発分の電荷を生成するものだ。

 そのままでは放電されてしまうので、電荷を貯めておく装置も用意してある。

 腰の後ろに横挿した、直径10cm、長さ25cmほどのカプセルのようなものがそれだ。

 これは古代遺跡にあった有り合わせの素材で作った蓄電装置で、導体と絶縁体のシートを重ねて丸めた、キャパシタのような構造をしている。

 古代の技術の賜物か、予想外に高性能なものに仕上がり、雷撃十発分もの電荷を貯めることができる。


 「……よし、まずは一発分」


 「タツヒト、来たぞ」


 「ギシャァァァッ!!」

 

 ヴァイオレット様の言葉に合わせたかのように風竜の咆哮が響いた。顔を上げると、奴はもう間近まで迫っていた。


 「ええ。やってやりましょう」





 

 シャムを逃がしてから十数分ほど経った。

 風竜の尾による攻撃、気圧操作魔法、冷凍ブレス…… そのどれも一度見たものなので、なんとか避けたり魔法で対処したりできていた。

 そして、風竜がヴァイオレット様の投石を風魔法で弾いたりする隙をついて、僕は何度も蓄電の魔法を使った。

 そのおかげで蓄電装置は満充電になり、漏れ出した電荷によって僕の髪は逆立っていた。

 やつに一矢報いる準備は整った…… しかし、予想外のこともあった。


 「はぁ、はぁ。くそっ…… さすが風竜ですね。僕では全く捉えられない……!」


 「あぁ、あの吹雪の中で見せた飛行速度は、全く本気ではなかったようだな」


 地表に近づいてこちらに攻撃を行う際、風竜は衝撃波を纏った異様な速度で飛行する。

 ヴァイオレット様はなんとか投石を当てているけど、僕の目では全くついていけず、照準できないのだ。

 感覚を強化できる雷化(アッシミア・フルグル)を使えばあるいは…… いや、僕はまだ同時に複数の魔法を使えないので意味がない。

 しかも、上空に滞空している時に僕が風竜に手をかざすと、以前使った雷魔法を覚えているのか、凄まじい速度で射線から逃げてしまう。

 ヴァイオレット様の石の残弾も残り少なく、僕もそろそろ魔力切れだ。一方、風竜の方はまだまだ元気そうに見える。

 このままだとこちらが先にバテてしまう…… どうすれば……?


お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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