第094話 銀翼、再び(1)
ビュッ、カァァン……
洞窟の中に、弓鳴りと矢が何かを貫く音がほぼ同時に響いた。
綺麗な姿勢で矢を撃ち終えたシャムから、視線を洞窟の奥に移す。
すると、シャムの居る位置から100mほど先の地面に、矢に貫かれた空き缶が転がっていた。
「よし、次だ」
ヴァイオレット様はそう言って、シャムから20mほどの距離の中空に空き缶を放った。
シャムがすぐさま矢番すると、また弓鳴りの音が響き、中空にあった缶を矢が刺し貫いた。
カシャンッ
缶はそのまま地面に落下し、矢は洞窟の奥の方へと飛んでいった。
ヴァイオレット様が地面に落ちた缶を拾いに行き、戻ってきて僕とシャムにそれを見せてくれた。
缶を見るとほぼど真ん中、綺麗な貫通穴が空いていた。
「うむ。弓を取って数日とは信じられぬ腕前だ。見事だシャム」
「すごい。もう百発百中だね」
「ありがとうであります、ヴァイオレット、タツヒト!
あ…… でも、ほんの少し空き缶の軌道予測に失敗したであります。空き缶の中心から5ミリアほど下にずれているであります」
僕らの言葉に喜んでいたシャムが、空き缶に空いた穴を見て少し肩を落とした。
ミリアとはこの世界における長さの単位で、地球世界におけるmmとほとんど同じだ。
言われてみれば確かに少しずれているけど……
「ふふっ、向上心が高いのは良いことだが、それは求めすぎというものだ。
人…… いや、魔物の急所である喉や心臓を貫ければ十分すぎるのだ。
前衛と組む場合は、臓器の詰まった胴体や行動を阻害する足、もっと言うと体のどこかにさえ当たればそれだけで十分なのだ。
シャムはもう、その領域に至りつつある。早すぎて少し信じられぬがな。
これ以上となると、飛んでいる竜の目を射抜ける腕前だな」
ヴァイオレット様が少し冗談めかしてシャムを嗜める。
「むぅ…… 分かったであります。シャムはすでに実戦に通用する水準であると認識しました。
でも、射撃精度が向上すると嬉しく感じるので、訓練は引き続き行うであります」
シャムが弓の練習を始めて数日、彼女の腕前はヴァイオレット様が評した通り、すでに実戦で通用する水準に至っていた。いや、すごいよほんと。
最初は全然当たらなかったのに、みるみるうちに悪いところが改善されていって、射撃精度や有効射程が伸びていった。
彼女の高性能な目と高い演算能力、そして文字通り機械のような精密動作性が、毎回最適な射撃動作を可能としているんだと思う。
「うむ、それでいい。弓使いの場合、位階が上昇したらより強い弓に変えていく必要がある。
どの武器にも言えることではあるが、鍛錬を続けることを習慣化しておくの重要だ」
「了解であります、ヴァイオレット先生」
先生呼びにヴァイオレット様はご満悦だ。ベラーキ村のイネスさんも、領都のロメーヌ様も、先生呼びすると嬉しそうにしてたな……
さて、シャムも戦う力を身につけつつあり、あとは吹雪が止むのを待つのみだ。
僕はというと、この数日はシャムとヴァイオレット様の訓練を見学しつつ、風竜にまた遭遇してしまった時のための対策を練っていた。
その結果、短い期間だったけど新しい魔法を三つ開発することができた。
そのうちの二つは、この古代遺跡で見つけた素材で作った特殊な装備が必要なものだ。
魔法が発動するところまでは確認できたけど、危ないので洞窟の中では最大出力では試せていない。
やっぱり、風竜に遭遇しないことを祈りたいところだ。
翌日の朝食後、ここに来てからずっと吹き荒れていた猛吹雪が、パッタリと止んだ。
すでにいつでも出発できるよう準備を整えていた僕らは、このチャンスを逃さないように急いで荷物を持ち、隠し部屋の先の扉に向かった。
「やっとここから動けますね、ヴァイオレット様」
「あぁ。名残惜しいが、いつまでもここに止まるわけにはいかないからな。では行こう。
ん…… シャム、どうしたのだ?」
外に続く扉の前。いよいよ扉を開けようとしたところで、シャムが僕らの手を引いた。
「タツヒト、ヴァイオレット。なんだか怖いであります…… もうちょっとここにいてもいいのではと、シャムは思うであります」
シャムはちょっと泣きそうな顔を見せながら、消え入りそうな声で言った。
思わず言うことを聞いてしまいそうになるけど、ここは心を鬼にせねば。
「シャム、大丈夫だよ。シャムはここから出たことが無いから、怖いのは当然だよ。
でも、外には危険もあるけど、楽しいことだってたくさんあるんだ。悪い人もいるけど、いい人もいる。
僕がシャムやヴァイオレット様と出会えたのも、怖いと思いながら進んできたからなんだ。
だから、ほんのちょっと、扉の外にまず一歩だけ踏み出してみない? 怖かったら、またそこで一緒に少し休もう」
「……わ、分かったであります。シャムはシャムを鼓舞するであります……! ヴァイオレット、扉を開けていいであります!」
シャムは決然と言い放ったけど、その両目はしっかりと閉じられている。
僕とヴァイオレット様は、顔を見合わせてちょっと笑いそうになったけど、シャムに悪いのでなんとか堪えた。
「分かった、シャム。では開けるぞ」
ヴァイオレット様がゆっくりと扉を開けた。およそ二週間ぶり、僕らは古代遺跡を後に外へ出た。
「すごい…… すごいであります!」
さっきまでのビビりようが嘘のように、シャムが感動に目を見開いた。
「広い、寒い、空が青いであります! この白い物体、これが雪でありますね! もぐもぐ…… 冷たいであります!」
「あぁ!? シャム、ぺっしなさい、ぺっ! 地面にあるものを直接食べるんじゃありません!」
もう大はしゃぎだ。好奇心が強い子だとは思っていたけど、ここまで激烈な反応をするとは予想外だったよ。
でも、洞窟の施設という閉ざされた世界からいきなり広大な雪原に出たのだ。無理もないのかも。
シャムが一通りはしゃぎ終わった後、事前に決めていた通り、目的地の帝国に向けて下山を始めた。
最初は雪面に苦労していたシャムだったけど、すぐに効率的な歩き方を見つけたのか、今は僕らと同じ速度で歩けている。
ただ、目に映るもの全てが面白いのか、頭をぐりんぐりん動かしてあちこちを見ているので、転ばないか心配だ。
一方、僕とヴァイオレット様はさっきの大騒ぎで風竜が襲撃してこないかと、シャムとは別の意味で辺りを見回していた。
先日までの吹雪が嘘のように晴れわたらる青空には、幸いあの銀色の翼影は見当たらなかった。
大体お昼ぐらいになったので、岩陰のあまり雪が積もっていないところで昼食を取ることになった。
メインは、シャムが先ほど仕留めたアルミラージだ。
生き物を射つことに抵抗があるかもと心配したけど、彼女は落ち着いて射撃を行なっていた。
洞窟内と違って風があるせいか初撃は外してしまったけど、矢に驚いて走るアルミラージを見事二撃目で仕留めてしまった。
「アルミラージのスープ…… とても美味しかったであります! また見つけたら獲るであります」
「ふふっ、そうしてくれると助かる。ありがとう、シャム」
「えへへ、であります」
昼食後、シャムはヴァイオレット様に頭を撫でられて嬉しそうにしている。
僕はその微笑ましい光景を眺めながら片付けを終え、荷物を背負い直した。
ふと上を見上げると、お昼時なのでちょうど前上に太陽が輝いていた。
そして視線を二人に戻した瞬間、何か違和感があったことに気づいた。もう一度太陽を見上げると、その違和感は確信に変わった。
「あれはっ……!?」
太陽の中、目をギリギリまで細めてやっと見えるほど小さかった影が、急激に大きくなっていた。
影の形は、まるで大きく翼を広げた鳥のようだったけど、その大きさは鳥のものではなかった。
ぞくりとした感覚と共に、背中が一瞬で冷や汗に濡れる。僕は喉が張り裂けるほどの勢いで叫んだ。
「二人とも、風竜だ!!」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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