第092話 無垢なる機械人形(2)
谷底の古代遺跡に来てから何度目かの朝、僕はいつものように寝室で目を覚ました。
隣にはシャムとヴァイオレット様が抱き合って眠っている。額に入れて飾っておきたいような美しい光景だ。
シャムがみんなで一緒に眠りたいと言うので、二段ベッドの上を取り払い、三台連結して特大ベッドを作ったのだ。
ちなみに馬人族であるヴァイオレット様は、利き手側を上にして横向きに寝る。
馬人族の中にはうつ伏せで寝る人もいるらしいけど、仰向けは体の構造的に寝ずらいらしい。
僕は二人を起こさないようにそっと寝室から出て、施設の玄関の方に向かった。
吹き飛ばされて風通しが良かった玄関には、扉の代わりにパーテーションが立てかけてある。
施設の空調機能が優秀なおかげか、これだけでもかなり快適に過ごせている。
「よっ、こいしょ。さむっ」
僕はそれをどかして洞窟を進み、外の光が差し込んでいる場所で上を見上げた。
頭上には歪な形に切り取られた空が見えた。僕とヴァイオレット様がここに落ちる時にできた雪面の穴だ。
「うーん。相変わらず吹雪いてるねぇ……」
日は昇っているようだけど、外は変わり映えのしない猛吹雪だった。
洞窟の中には、頭上の穴から少しずつ雪が降り積もってきていている。
そういえば、この施設に来てもう一週間ちょっと経つな…… 流石にこの吹雪の中を追手がくるとは思えないけど、少し焦る気持ちが出てくる。
幸い、シャムはかなりの速度で成長している。今なら自分で歩いて下山できるだろう。
もしかしたら、吹雪が止む頃には精神が大人になっているかもしれない。ヴァイオレット様は哀しみそうだけど。
天気の確認を終えて寝室に戻ってきた僕は、二人を起こしにかかった。
「二人とも、あさですよー」
「--ん、おはようタツヒト。ふぁ……」
ヴァイオレット様が目をこすりながらもそもそと起き上がった。寝起きの彼女はちょっとぽやぽやしていて可愛いのだ。
僕はくすりと笑った後、もう一人に声をかける。
「シャム、朝だよー。おっきしようねー」
僕が声をかけると、シャムはぱっちりと目を明けた。
しかし、いつもなら笑顔で挨拶してくれる彼女は、硬い表情のまま天井を見つめている。
「シャム……?」
「む、どうしたのだ?」
いつもと違う様子に戸惑っていると、ヴァイオレット様もシャムの顔を覗き込んだ。
するとシャムは、恐怖と不安に顔を歪め、震える声で呟いた。
「タ、タツヒト、ヴァイオレット…… シャムは、シャムは誰なのでありますか?」
「今朝目が覚めたら、あやふやだったいろんな事が、急にはっきりと認識できるようになったのであります……」
場所を食堂に移し、温かい香草茶を飲みながらシャムの話に耳を傾ける。
彼女の表情は硬く、両隣に座る僕とヴァイオレット様の手を強く握っており、その手が震えているのが伝わってくる。
「シャムの一番古い記憶は、シャムを抱き抱えるタツヒトの顔であります。
それからヴァイオレットに会い、ここで三人で過ごした三日間のことは鮮明に覚えているのであります。
でも今は、シャムが聞いた覚えのない知識や練習したこともない技術が、確かにシャムの中に存在するのであります。
それなのに、なぜここにいるのか、なぜこの普通でない体なのか、何が目的なのか分からない……
シャムはシャムであるという確信が持てない。とても不安で、とても怖いであります……」
シャムは顔を歪め、目に涙を浮かべている。
なるほど…… それでいきなり流暢に喋り始めたのか。寝室から食堂に来るまでの歩行も、今までのちょっとヨタついたものから安定したものに変わっていた。
シャムが目覚めてからおよそ三日…… 彼女を超高機能なパソコンか何かと捉えると、全ての機能が立ち上がり、今朝になってやっと起動処理が完了したということなのかも。
いや違う、今はそんなことはいい。すぐにでも不安や恐怖を取り除いて上げたいけど、僕も彼女の疑問に対する明確な答えは持っていない。
「……ごめんよ、シャム。僕らがここに来たのは全くの偶然で、君が誰なのかもよく分からないんだ。
君は今、普通で無い体と言ったけど、それに関してはわかるのかい?」
「--分からないであります。シャムの知識とタツヒト達の言語に照らし合わせると、シャムは機械人形という装置…… 種族に一番近いであります。
でも、機械人形は人の言う事を聞いて動くだけで、シャムのように自分で考えたり、人間のごはんを食べたりできないであります。
シャムも誰かに造られたのだと考えるのが自然だけど、その誰かの記憶も、何のために造られたのかも分からないであります……」
「そうかい。わかったよ、ありがとう…… ヴァイオレット様」
「あ、あぁ」
ヴァイオレット様はシャムの様子にショックを受けているようで、やや呆然としている。
「シャムに、あの隠し部屋を見てもらいませんか? もしかしたら嫌な思いをしてしまうかもしれませんが、今の何も分からない状態よりマシだと思うんです」
「……そうだな、それがいいだろう。シャム」
「はい、ヴァイオレット」
「隠し部屋で何かが分かったとして、君が何者であったとしても、君が望む限り私とタツヒトは君の側に居る。今はそれだけ覚えていてくれ」
ヴァイオレット様の言葉に、シャムは僕の方を見る。僕は無言で頷いた。
「--ありがとうであります。ヴァイオレット、タツヒト、シャムをその部屋に連れていって欲しいであります」
彼女は涙を涙を拭い、決意を秘めた表情で立ち上がった。
食堂から隠し部屋に移動する間に、シャムには僕らがこの施設にきた経緯と、施設に関する僕の推測を簡単に説明しておいた。
そして隠し部屋のカプセルまで案内すると、彼女は付属のコンソールを高速で操作し始めた。
シャムの処理能力は凄まじく、古代言語で記載された資料を次々と読み込んでいるようだった。
僕とヴァイオレット様がその様子を見守ることしばし、シャムが手を止めた。
「シャム、何かわかった?」
「--はいであります」
彼女がこちらを振り返る。先ほどよりは落ち着いた表情だ。
「まずこの研究施設は、シュハルという研究者と数人の助手達によって造られたもののようであります」
「シュハル……?」
シャムの言葉に、ヴァイオレット様が呟くように反応した。俯いて何か考え込んでいるようだ。
どうしたんだろうと思って見ていると、僕とシャムの視線に気づいたヴァイオレット様が顔をあげた。
「いや、その名前をどこかで聞いたような気がしたのだが…… すまない、続けてくれ」
「はい。研究内容の詳細はここには無かったであります。でも、何か大きな戦争を止めたり、抑止したりする方法についての記載が散見されたであります」
「当時は戦時中だったんだろうね…… それで、シャムについては何かわかったの?」
「それは…… よく分からなかったであります。
ここには自動人形の機能一覧として、戦闘、警護、研究支援、生活支援、生殖など、多岐にわたる表記があったであります。
でも、結局シャムは何をすればいいのか、具体的に何のために造られたのかは分からなかったであります……」
シャムはそう言って、まるで迷子になってしまったかのように不安げに俯いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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