第091話 無垢なる機械人形(1)
「あの、もしかして喋れないの……?」
「うー?」
僕に抱き抱えられた機械人形ちゃんは、やはり乳児のような声を出してながら僕の頬をペチペチと叩いた。
視力もはっきりとしていないのか、形を確かめるような動きだった。
その仕草が本当に赤ん坊のようで、僕は思わず笑ってしまった。すると。
「あぶー」
すると、なんと彼女も笑い返してくれた。か、かわええ。
どうやらそもそも知能というか、精神が体の大きさに対してだいぶ幼いみたいだ。
この子を生み出した人達には、当然造った目的があったんだろうけど、それをインストールする前にここを脱出してしまったのかな。
っと、このままじゃいけないな。とりあえず、ヴァイオレット様に報告して、お風呂に入れて服を着せないと。
まだ体の動かし方が分からないようなので、僕は彼女を抱き抱えて持ち上げた。
「うぉっ、おもっ……!?」
カプセルから出す時は必死で気づかなかったけど、彼女はやたらと重かった。
痩せ型で身長も僕より小さいのに、異様な重量感だ。身体強化が無いと抱き抱えるのはかなりキツかったと思う。
心配蘇生してる時はまるで生身のような感触だったのに、やっぱり人工的に造られた存在なんだな。
僕は彼女を抱えたまま隠し部屋から移動し、ヴァイオレット様の元へ急いだ。
「ヴァイオレット様!」
ヴァイオレット様は、機材が丸ごと撤去された後の実験室用のような広い部屋に居た。
集中して短槍の基礎練習をしていた彼女が、僕の声に振り向く。
「あぁ、タツヒト。そろそろ昼時-- 驚いた…… 本当に目覚めさせてしまったのだな」
彼女は目を見開いて短槍を置くと、僕の元にゆっくりと近寄ってきた。
そして握手を求めるように手を伸ばし、穏やかに機械人形ちゃんに語りかける。
「おはよう、永き眠りから覚めし機械人形よ。私はヴァイオレット、ただのヴァイオレットだ。こうして話すことができて嬉しい」
「うー?」
しかし、機械人形ちゃんは僕の時と同じように乳児のような反応だった。
差し出されたヴァイオレット様の手の指を、興味深そうににぎにぎしている。
「……っ! タツヒト、この子は--」
「ええ、ヴァイオレット様。どうやら肉体ほど精神が--」
「とても可愛いな!」
おぉ、領都を出てから見た中で一番いい笑顔だ。
末っ子な上に家族仲が微妙だった時期が長かったからか、彼女は妹的存在に弱いようだ。
エマちゃんともめちゃくちゃ仲良かったし。
「よし、そのままでは風邪をひいてしまう。私が湯浴みさせてやろう。タツヒトは服を用意してくれ」
「そ、そうですか。わかりました。では、よろしくお願いします」
「うむ、任されよ」
されるがままの機械人形ちゃんを抱き抱え、ヴァイオレット様は弾むような足取りでバスルームへ向かった。
お風呂上がりの機械人形ちゃんに服を着せ、僕らは施設の食堂に集まった。
着せたのは、寝室のクローゼットに入っていたシンプルなシャツとパンツだ。
サイズがピッタリだったので、もしかしたらこの子は開発者に似せて造られたのかもしれない。
「ほら、こうやって口を開けなさい。よしよし、そうだ。ほら、美味しいか?」
「うー!」
ヴァイオレット様は機械人形ちゃんの隣に座り、甲斐甲斐しく穀物粥を食べさせている。
この子に人間と同じ食事を食べさせて良いのかわからなかったけど、食べたそうにしていたのでちょっとずつ与えてみることにした。
機械人形ちゃんは気に入ったのか、穀物粥を食べるたびにニコニコしている。
それを見たヴァイオレット様はさらにニコニコするので、とても平和な空間が出来上がっていた。
「ヴァイオレット様。次、僕にもさせてください」
「むぅ、しょうがないな。ほら」
二人で交代で機械人形ちゃんをお世話しながら食事を取り、ひとごこち着いたところで二人とも少し冷静になってきた。
「可愛さに舞い上がってしまったが…… この子を連れて逃亡生活を送るのは困難だろう。さて、どうしたものか……」
ヴァイオレット様はそう神妙に言ったけど、機械人形ちゃんの口をナプキンで拭いてあげながらなのでどうにも締まらない。
「すみません…… 起こすのに成功した後のことを考えていませんでした。あと、この子の精神年齢の低さも想定外でした」
「いや、君を責めているわけではないのだ」
「……うゔっ」
僕らが神妙な顔つきになった途端、機械人形ちゃんが泣きそうな顔になる。
「ああっ、心配するな。大丈夫だ、大丈夫だぞ」
「うー!」
そしてすかさずヴァイオレット様が抱きしめてあやす。
「この様子ですから、誰かがついていないと生きていけませんもんね…… 逃亡生活に連れて歩く以外の選択肢は、帝国でこの子を預かってくれる奇特な方を探す、帝国の魔導士協会に預ける、くらいですかね」
「魔導士教会は難しいだろうな。預けに来た我々は一体誰なのかという話になる。何より、はたして彼らがこの子を人間として扱うか……」
「あー、そうですね…… いずれにせよ、ここに置き去りにするわけにはいきません。吹雪が止んだらこの子と一緒に下山して、そこから先はその時に決めませんか?」
「そうだな…… 今はそう考えよう。そうなると、直近の問題は風竜をどうするかだな」
「はい。運よく見つからずに下山できればいいですが、また遭遇した時のための対策も考えておきましょう」
こうして吹雪が止むまでの間、三人の生活が始まった。
「ヴィー、シャムも、お手伝い、するます!」
「あぁ、ありがとう。では、この皿を机に並べてくれ」
「あい!」
僕が装備の手入れをする傍で、機械人形ちゃん改めシャムが、ニコニコとお昼の準備を手伝ってくれている。
そんな彼女を、ヴァイオレット様はとても穏やかな表情で見守っている。
シャムの知能は驚異的な速度で成長していった。
目覚めたあの日、僕とヴァイオレット様の会話をじっと聞いていた彼女は、その日には僕らの名前を呼びながらよちよちとついて回るようになった。
これは彼女にも早急に名前が必要だと言う話になり、隠し部屋のカプセルに印字された古代文字からシャムと名付けた。
古代文字はヴァイオレット様がなんとか読み解いてくれたもので、現代語に訳すと「白」という意味らしかった。
「ターチ! ごはんである!」
「はーい、今行くよー」
そして、彼女が目覚めてからおよそ三日後、今ではこんなふうに短い文章まで操るようになった。
でも僕らの名前をフルで呼ぶのはまだ難しく、こんな呼び方になっている。
あと、彼女は僕とヴァイオレット様の言葉遣いをランダムに真似ているようで、語尾がめちゃくちゃだ。
直すべきなんだろうけど、可愛いので指摘できずにいる。
「「「いただきまーす!」」」
三人で同じテーブルについて食事をとった後は、みんなで缶詰を積み木がわりにして遊んだ。
食糧庫の奥を調べたら、結構な量の缶詰やフリーズドライの食品が備蓄されていたのだ。
シャムと同じくらい長い間放置されていたはずなのに、腐敗しておらず、食べても問題なかった。古代の技術すごい。
さっきみんなで食べたものも、缶詰のスープをアレンジしたものだ。
しばらくは食料の心配もなく、水も雪を溶かせば良い。
衣食住が満ち足りていて、一緒にいると楽しい家族までいる。
吹雪が止むまでと思っていたけど、僕はこの古代遺跡での生活から離れがたくなってきていた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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