第009話 結婚してください
丘を降りた後、エマちゃんに降りてもらおうと思ってしゃがんだのだけれども、一向に降りてくれない。
「……エマちゃん、降りよっか?」
後ろを振り返って声を掛けてみる。
「**! ******!」
何か言いながら顔を背けるエマちゃん。
降りたく無いらしい。疲れちゃったのかな……?
まぁ、ぶっちゃけ背負って歩いた方が早く村に着けそうだから、このままでいいか。
エマちゃんを支えながら、原生林といった感じの森の中を歩く。
相変わらず視界は全然通らないけど、梢の隙間から見える太陽らしきもののおかげで、村が見えた方角は分かる。
ちなみに、エマちゃんは僕の背中でご機嫌のようだ。
鼻歌を歌っていて、時折タツヒトと呼ばれるので後ろを見ると、キャッといって僕の背中に顔を埋めてしまう。
何このかわいい生き物。
しばらく歩いたところで首元から寝息が聞こえ始めた。エマちゃんは眠ってしまったみたいだ。
周りの植生が少し変わり始めて、木々の高さが低くなり、少し常緑樹の比率が増え始めている。
さらに、針葉樹の切り株も現れ始め、人が何度も通ってできたと思われる道もうっすら見える。
よかった。これだけ人の生活の痕跡が残っているんだから、村は近いはずだ。
さらに歩くと、道に小さなカゴが落ちていた。
ひっくり返ったカゴからは、さくらんぼのような小さな赤い実が溢れている。
足元をよく見てみると、密集した背の低い木々に赤い実が鈴なりに成っていいる。
多分、あのカゴはエマちゃんので、この実を取りにきたところをボスゴブリンに遭遇したんだろうな。
取り合えず、カゴごとカバンに回収しておこう。
カゴを回収してから、割とすぐに森を抜けることができた。
あたり一面には、なだらかな丘陵と、青々とした草原が広がっている。
木々に遮られていた視界が急に広がったので、すごく開放感がある。
「村は…… お、あそこだ!」
視界の中に村を見つけ、上がったテンションに任せて小走りに進んだ。
多分ここからそんなに離れていないはずだ。
「ハァ、ハァ。つ、着いたぁ……」
村の入り口の前ついた僕は、息を整えながら感慨深く呟いた。
村は、高さ5mほど先が尖った太い丸太を連ねた壁に囲まれていて、人類に対する魔物の脅威を予感させた。
村に向かって右手には大きな湖があって、左手には麦っぽい広大な畑が広がっていた。
入り口の門は、これまた太い木材を組み合わせて作られた重厚なものだ。
見たところ、扉の上端に回転軸があって、外開きになるような構造に見える。
アシ⚪︎カ様なら片手で開けられそうだけど、今のレベルアップした僕にも無理だろうな……
そして、お互い途中から気づいてたけど、扉の上には見張りっぽいおじさんが居た。
おじさんは、村の前まで来た僕を見て訝しげに何かを言ってきた。
「***! ******!!」
うーん。やっぱり何を言ってるのかわからん……
「こんにちはー! どうも、怪しいものではないです!」
とりあえず笑顔でハキハキと話しかけてみた。
あれ、なんかおじさんが引いてる気がする…… こんなに平和的に挨拶してるのに。
そうだ、エマちゃんを見せれば。
おじさんからエマちゃんが見えやすいように、横を向いて見た。
「……エマッ! ****、******!」
あ、今「エマ」という単語が聞こえた。
やっぱりこの村の子だったんだな、エマちゃん。
無事に届けられてよかった。
と、安心したかったのだけれど、なんだかおじさんの表情が険しい……
『うちの子を連れてきてくれてありがとー!』という感じではなく、『うちの子をどうするつもりだ貴様っ……!』という雰囲気だ。
「***、*****! ***!」
おじさんは村の方に何事かを叫ぶと、僕を睨んでから扉の向こうに引っ込んだ。
なんだかめちゃくちゃ不穏な感じがする……!
人攫いか何かと勘違いされたのかも。
「エマちゃん! エマちゃん! 頼む、おきてくれ!」
背中を激しく揺らしてエマちゃんに語りかけるが、エヘエヘ言って僕の背中をよだれで汚している。
うーん、よく寝ていらっしゃる……!
そうしている内に、村の方が騒がしくなってきた。
焦った僕は、エマちゃんを草地に寝かせてほっぺたをペチペチ叩いてみた。
だめですね、全然起きない。
……ギギィィィィッ!
大きな音に驚いて村の方を見ると、軋みを上げながら扉が開き始めていた。
やはり外に向かって下から跳ね上げる方式のようで、扉と地面との隙間から少し村の様子が見えた。
あれ、扉の前に大勢の村人が臨戦体制で待機していると思ったけど、そんな様子は無いみたいた。
隙間からは、馬の前足らしきものだけが見えた。
馬が一頭だけってどうゆうことだろう?
扉が上側に開いていくにつれ、前足の関節、付け根までが見えた。
しかし、扉が開き切った時、僕は目が釘付けになった。
「え……うそ!? あれは!?」
馬の胴体の上には、馬の頭ではなく人間の胴体が乗っていたのだ。
白銀の見事な甲冑を着込んでいて、兜でその表情は窺い知れない。
そう、いわゆるケンタウルスである。
まじか!異世界で魔物がいるならもしかしたらと期待していたけど、まさかケンタウルスに会えるなんて!
全身を鎧で武装して右手に円錐状のランスを構え、左手には大きめの盾を装備している。
体高は結構高めで180cmに届きそうだ。
鎧の胸の辺りが膨らんでて馬体もほっそりしてるので、もしかしたらケンタウルス娘さんかも……!
夢中になって観察していると、向こうもこちらに気づいようだ。
しかしその時の僕は、地面に寝かしたエマちゃんに覆いかぶさり、頬に手をかけていた。
なんというか……今まさに襲わんとしているような感じだった。
「ッ!! ***! エマ********!」
ケンタウルスの騎士が、大声で叫んで槍を構えた。
ぞわっ……
槍を向けられた瞬間、真冬の海に叩き落とされたような感覚に襲われた。
全身が強張って息が詰まり、恐怖と心細さに心が支配される。
先ほど戦ったボスゴブリンのものとは比べ物にならない、隔絶した力の差を一瞬にして感じてしまった。
僕は反射的に飛び起き、短槍を構えてしまった。
行動から一瞬遅れた意識が、『ちょっと、なんで槍向けてんの!?』と文句を言う。
あ、今の声、思い返してみると凛々しい女の人のものだった気がする。
くそー。今から投降したら許してもらえないだろうか。
短槍を握りながら思考を巡らせていると、強い風が吹いたので一瞬目を瞑ってしまった。
そして目を開けたら、手が届きそうな距離まで白銀の騎士が迫ってきていた。
「ッ!?」
早すぎるっ……!
驚く間も無くランスが目の前に迫る。
強化された反射神経が、かろうじて僕の体を捻った。
体感時間が引き延ばされ、ランスが体の横すれすれを通っていく。
しかし、騎士は慣性を無視するように停止して、まるで虫を払うような動作でランスを振り抜いた。
ッガァァァン!
たまたま軌道上に構えていた短槍にランスが激突し、凄まじい衝撃が加わる。
全く腰が入っていない手打ちのような攻撃だったのに、トラックに激突されたみたいだ……!
両腕に走る激しい痛みと共に、僕は冗談のように吹き飛ばされた。
嫌に長く感じる対空時間のあと、今度は体が地面に激突する痛みが襲ってきた。
ろくに受け身も取れないまま地面を何度も転がり、停止するころにはもう戦意は全く残っていなかった。
そこら中が痛む体を何とか起こし、膝立ちで周りを見回す。
短槍は…… どこかに吹き飛ばされてしまったみたいだ。
騎士の方に視線を向けると、彼女は離れた位置から静かにこちらの様子を見ている。
これは無理だ…… 全く歯が立たない。
僕はもう何だか逆に清々しい気持ちで両手を上げた。
こーさん、こーさん。
こちらの意図が伝わったのか、ケンタウロス娘さんが気を緩めたように見えた。
「……へぷちっ!」
かわいいくしゃみの音に目をやると、エマちゃんが体を起こして目をこすっているところだった。
元気そうで良かったけど、へぷちじゃないよ……
騎士は僕から目線を切らないようエマちゃんに近づき、何事かを話しかけた。
エマちゃんはびっくりした様子で僕を指指しながら必死に何かを訴えている。
頼むエマちゃん……! なんかいい感じに説得してくれ……!
しばらく黙って聞いていた騎士はこくりと頷いた後、エマちゃんを伴って僕の方に歩いてきた。
そして僕の前まで来ると兜を脱ぎ、何事かを言って跪いている僕に手を差し伸べた。
けれど、僕はすぐに彼女の手をとれなかった。
兜の下の素顔は、言葉を失うほど美しかった。
切れ長で凛々しい眉と意志の強そうな目、そしてすっと通った鼻梁とふっくらとした唇、ポニーテールにまとめられた濃い紫色長髪。
まるで美という概念の化身のようだった。
年は僕より少し上くらいだろうか。
今気づいたけど、頭に髪と同じ色の馬耳が生えている。かわいい……!
ストライクゾーンの寸分違わぬど真ん中、ありていにいってものすごく好みだった。
僕は彼女が手を差し伸べたままでいることで我に返り、その手をとって立ち上がった。
握力がなかったので、彼女に引っ張り上げてもらった形だ。
何か喋らないと…… ここは無難な挨拶にしておこう。
「結婚してください」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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