第089話 谷底の古代遺跡(1)
目を覚ますと、薄暗い中無機質な天井が見えた。
そしてぼんやりとした状態から、段々と頭がはっきりしてくる。
脳裏に蘇る押しつぶされるかのような強烈な一撃、陥没する雪面、そして、喉を抑えて苦しみながら僕を見つめる--
「ヴァイオレット様! ……っゔ!?」
飛び起きようと上半身を少し起こしたところで、激痛が走った。
ゆっくりと脱力して上半身を横たえ、首だけで状況を確認する。どうやらここは、何かの施設の寝室のようだ。
以前テレビで見た自衛隊の隊員の居室のような雰囲気で、あまり広くない部屋の中に二段ベッドが数台置いてある。
その他には棚が一つと、部屋に不釣り合いなほど大きいクローゼットが一つあるだけだ。
僕は二段ベッドの一台の下段に寝かされていた。
腕と首は動かせるみたいなので、体に掛けられていた毛布を剥いで激痛が走った胴体を確認してみた。
服は脱がされていて、包帯や添木などで胴体のあたりがしっかりと固定されていた。
今は居ないみたいだけど、ヴァイオレット様がやってくれたんだろう。
ということは彼女も無事なはずだ。よかったぁ。
おそらく風竜の尾の一撃で、僕の内臓と骨がぐしゃぐしゃに潰れてしまっていたはずだ。
市販の治療薬でそれらを一気に治してしまうと衰弱死する危険がある。まずは臓器のみを治療してれたんだろう。
骨折がそのままのせいか、熱っぽいしじんわりと痛い。治療薬の影響で強い空腹感や疲労感もある。
でも、まだ生きている。僕はその事実に安堵のため息を吐いた。
すると、それを見計らったように寝室の扉が開いた。
「……っ、タツヒト! よかった、目が覚めたのだな。具合はどうだろうか? 骨はまだ折れたままなので、動いてくれるなよ?」
ヴァイオレット様が僕に駆け寄り、心配そうに声をかけてくれた。
「はい。あの一撃で死んだと思っていたので、思ったより元気です。ヴァイオレット様もご無事でよかったです。この治療も、ありがとうございます」
「うむ…… ひとまずよかった。おそらく、奴の尾の一撃と同時に固められた雪面が崩れたおかげだろう。そうでなければ、その程度ではすまなかったかもしれない……」
そうか。雪面が崩れてくれたおかげで衝撃が多少逃げてくれたのか。
僕って結構運がいいのかも。 --いや、よかったらこんな状況になってないか。
「タツヒト…… すまなかった。護ると言っておきながら、君を死なせかけてしまった。私は無傷だというのに、本当に情けない--」
ヴァイオレット様は神妙な表情で僕に頭を下げた。僕はそれに慌てて言葉を被せる。
「いやいや、あの状況は誰にもどうすることもできなかったですよ。二人とも生きていますし、ヴァイオレット様が謝られることなんてないですよ」
「いや、しかし……」
「あっと、そうだ。ここはどこなんでしょうか? 何かの施設のようですけど、僕らって雪原から真っ逆さまに落下しませんでしたっけ?」
尚も表情の優れない彼女に、僕は話題を変えてみた。実際、ここはどこなのか気になっていたのだ。
「--ああ。確かにここは風竜と戦った雪原の真下だ。あの後、私は谷底のような場所で目覚め、谷の奥に洞窟を見つけたのだ。
君を連れて落ち着いた場所で治療しようと洞窟に入ったところ、この施設を見つけたと言うわけだ」
「洞窟の奥の施設…… それってまさか」
「うむ。これほど保存状態が良いものは初めてみた。おそらくここは古代遺跡だ」
谷底の古代遺跡に来てから数日が経過した。
体力がある程度回復した段階で市販の治療薬で骨折を治し、その反動でまたぐったりし、それもちょっと回復して来たのが今である。
ヴァイオレット様が甲斐甲斐しく看病してくれるので、治りも早いと言うものだ。
しかし、骨折が治って本当によかった。肋骨やら背骨やらが折れている間は、トイレも自分で行けなかったのだ。
なので、恐れ多くもヴァイオレット様にその辺を手伝ってもらった。
彼女は嫌な顔ひとつせずに処理してくれたけど、恥ずかしいやら申し訳ないやらで精神がかなり擦り減った。
いや、多分下手に動いたら脊髄を痛めていたと思うので、全く正しい処置なのだろうけど…… 危うく何か新しい扉が開いてしまうところだった。
外の様子を見てきたヴァイオレット様の話だと、ここ数日はずっと猛吹雪らしいので、僕の体力が回復して吹雪も止んだら出発する方針だ。
また風竜に見つからないか心配だけど、食料も限られているし、ずっとここに居続けるわけにもいかない。
向こうの手札はある程度わかったので、見つかってもなんとか逃げ切るくらいはできるだろう。多分。
ちなみに、ヴァイオレット様はまた外の様子を見に行かれたので、今は不在だ。
ふむ…… 歩き回るくらいの体力は戻ったし、何より好奇心がすごく刺激される。ちょっと遺跡の中を探検してみよう。
寝室を出ると、正面にまっすぐ延びる廊下に出た。
ベラーキ村近くにあった古代遺跡と違って、天井には地球世界の電灯のようなものが光っている。
これも地脈から魔素を拝借して光らせているんだろうな。
廊下の右手側には扉が三つ、左手には扉が一つ、廊下の突き当たりは…… 何もなかった。
扉もなく、薄暗い外の洞窟の様子が直接見える。
廊下の突き当たりまで歩くと、爆破か何かで扉を吹き飛ばしたような跡があった。
さらに進むと玄関のような空間に出たけど、玄関側の入り口も同じく吹き飛ばされていた。
……まだなんの施設かわからいけど、誰かから追われていた人が作った施設なのかも。
で、その誰かにここがバレてしまって、こんなに風通しのいい状態にされてしまったと。
廊下に戻った僕は、扉が三つ並んでいた側を探索した。
こちらはどうやら生活スペースのようで、食糧庫や食堂、娯楽室らしき部屋、そしてバスとトイレまであった。
かなり長期間の潜伏を想定してたみたいだな。食糧庫は後でもっと詳しく調べてみよう。
一方、扉が一つしかなかった側は、中に目ぼしいもものは何もなかった。
というのも、広めのスペースには何かが置いてあった形跡があるのだけれど、全て乱雑に持ち出された後のようだった。
ざっくり探索を終えた僕は、ちょっと疲れてしまったので寝室に戻ってきた。
うーん。こんな場所にあるから期待したけど、どうやらこの施設はすでに荒らされた後のようだ。
がっかりしながらベッドに座り、ふと棚の方を見ると、置物が置いてあることに気づいた。
あれ、なんだか見たことのある意匠だと思ったら、聖教のシンボル、合わせ楔にそっくりだ。
なんでこんな所にあるんだろう? というか、ここって古代遺跡だよね…… 聖教ってそんなに昔から存在してたのか?
僕は不思議に思ってベッドから立ち上がり、なんとなく置物を手に取ろうとした。
しかし、張り付いてしまっているのか動かせなかった。
あれ、おかしいな。ひねれば取れるかな?
そう思って試しに捻ってみたら、ほぼ抵抗なく置物は回転した。
……カチャリ。
「え?」
置物を動かしたのと同時に、クローゼットの方で音がした。
僕の脳裏に、ヴァイオレット様が見せてくれた領都の秘密通路の仕掛けが思い出される。
クローゼットの前に行き、グッと押し込んでみると、なんとそのままクローゼットが壁の方に凹んでいった。
「おぉ、本当に動いた……」
クローゼットの奥には、細い通路が存在していた。
僕は好奇心に突き動かされるまま、非常灯の点いた通路を奥に進んだ。
通路の突き当たり、そこにあった扉が自動で開いたことに驚いた僕は、その扉の向こうでさらなる驚愕に目を見開いた。
地球世界の研究所にあるような、様々な装置や計器が並ぶ部屋だった。
中央には何かの液体で満たされた透明なカプセルが鎮座している。
そして、まるで眠っているかのように、白髪の少女がカプセルの中をゆらゆらと漂っていた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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