第086話 逃避行の始まり
前章のあらすじ:
もんむす好きの男子高校生タツヒトは、王都の御前試合で見事優勝するが、弱みに付け込まれ、彼を強く欲した馬人族の女王の手に堕ちそうになる。
しかし、タツヒトと馬人族の騎士ヴァイオレットは、お互い以外の全てを投げ打つ覚悟で王都から脱出、国外逃亡を試みた。
そのことを知った女王は激怒し、国家反逆罪を犯した重罪人としてヴァイオレットを手配、更に二人へ暗殺者を差し向けた。
苔むした倒木の影に身を潜め、木々の隙間から日光が差し込む草原に目を凝らす。
視線の先には、角の生えたウサギ型の魔物、アルミラージがいた。
彼はこちらに気づいたそぶりを見せずにもそもそと下草を食べているけど、耳だけは絶えず色んな方向に動いている。警戒心が強いようだ。
僕は、音を立てないようゆっくりとアルミラージに向けて腕を掲げ、出力を絞って小さく唱えた。
『……雷よ』
バチッ。
「キュッ……!?」
極々弱い威力で放った雷撃がアルミラージに命中した。
倒木から立ち上がって近づくと、彼は体を小刻みに痙攣させながらも、目だけは僕の姿を捉えていた。
「……ごめんよ」
僕はナイフを取り出してアルミラージの首を掻き切り、逆さにして放血を始めた。
血は心臓の鼓動に合わせてドクドクと流れ落ち、しばらくすると止まった。
「……よし。帰るか」
そう呟くと、僕は血抜きの終わったアルミラージを持ってその場を後にした。
女王陛下の無茶振りに耐えかねた僕とヴァイオレット様は、王都から脱出してそのまま東側に進み、今は大森林の比較的浅い層に居た。
このまま森を南下し、国境となっている南部山脈を越え、隣国のベルンヴァッカ帝国に逃れるのが当面の目的である。
森を探索する冒険者とかにさえ気をつければ、僕らを陛下の手先が補足する手段は無いはずだ。多分。
今はちょうどお昼時で、拠点で待つヴァイオレット様の元に帰るところだ。
アルミラージを仕留めた草原から歩くこと暫し、森の少し開けたところに作った簡易拠点が見えてきた。
「ヴァイオレット様、ただいま戻りました」
「おかえりタツヒト。それはアルミラージか、よくやってくれた。早速調理しよう」
拠点に着くと、ヴァイオレット様が笑顔で迎えてくれた。
ただいまに対して、好きな人からおかえりを返してもらえる。それだけでこちらも笑顔になってしまう。
「はい。こいつは何が一番美味しんですか?」
「ふむ。どう調理しても美味しいが、やはり煮込みがいいだろう。ちょうど私も食べられる根菜を見つけたのだ。一緒にスープにしてしまおう」
そう言って彼女は、人参に似た根菜の束を掲げた。
彼女は位階を上げるために一人で森に入ったりしていたので、意外にサバイバルスキルが高いのだ。
「いいですね! じゃあ僕はこいつを捌いてぶつ切りにしますね」
「ああ、頼む。私はこっちをやろう」
二人で作ったアルミラージと根菜のスープは、王都や領都で食べたどんな料理よりも美味しく感じられた。
そして昼食を終えた僕らは、香草茶を頂きながら今後のことについて話し合った。
「さて、今が大森林に入って二日目の昼だ。今のところ追手の気配は無いが、歩みを緩めずに進んでいこう。このまま行けば七日目には領都の近くに出られるはずだ」
「はい。領都では、南部山脈に備えた物資を再調達するんですよね。
でも、普通に門から入ったら僕らがここに来たことが追手にバレますし、どうしましょうか……」
「ふふっ、それについては心配ない。我に作戦ありだ。まずは森を抜けることに集中することにしよう。
あぁそれと、森にいる間に私がこの槍に慣れる必要があるな」
彼女はそう言って、傍に置いてある短槍を握った。
王都屋敷を出る際、領軍から支給されたり、領に関係する紋章などが入った装備は全て置いてきている。
ヴァイオレット様は普段使っている甲冑とランスではなく、屋敷にあった軽鎧と短槍に装備を変えている。
さすが侯爵家だけあって、たまたま置いてあった短槍も緑鋼製だった。
僕はというと、戦い方が特殊だったせいで、精々魔導士団のローブを置いて来たくらいだ。
魔法を込めた筒陣を装填できる魔導鉄甲も、自費で作ったものなので持ってきている。
「そうですね。短槍だったら僕も少しはお教えできるかも知れませんけど、ヴァイオレット様だったすぐに慣れちゃいそうですね」
「いや、是非教えてくれ。君に指導してもらうのも楽しそうだ」
「ははは、では頑張らせて頂きます。っと、そろそろ行きましょうか。あまりゆっくりしていて、追手に捕捉されたらまずいですし」
「うむ、そうだな」
僕らは簡易拠点の形跡を可能な限り消し、南へと急いだ。
道中、練習がてらちょっと強めの魔物に喧嘩を売ったりして、ヴァイオレット様の武器の習熟や、連携の確認などを行なった。
流石というか、彼女は僕が1を教えると10を悟り、100に発展させる天賦の才を持っていた。これ、すぐに教える事が無くなってしまうのでは……?
そのまま目立ったトラブルもなく旅程を順調に消化し、七日目の昼頃に領都近くまで辿り着いた。
さらに森から出て半日ほど進み、日が暮れる頃、領都のす近くにある廃墟に到着した。
以前は小さな教会だったらしい石造の廃墟の前で、僕はヴァイオレット様に疑問を投げかける。
「ヴァイオレット様、ここまで来ましたけど、これからどうしましょう?」
我に作戦ありとおっしゃっていたけど、今は領都の門は閉まっている。
見張りがいるのでよじ登るのも難しいと思うのけど……
「うむ。実はこの廃墟こそが私の策なのだ。こちらだ、付いてきてくれ」
彼女はそう言って廃墟の中に入って行くと、廃墟の奥に置いてあった朽ちた演台の前で止まった。
そして演台の下に潜り込むと石畳を触り始めた。
「確かこのあたりだったはず…… お、ここだ」
……ゴトッ。
どこかで、石造の何かが動く音がした。
次に彼女が廃墟の奥の石壁を押し始めると、ゴリゴリと音を立てながら壁の一部が押し開かれた。
「おぉ、かっこいい……!」
「ふふん。これは領主の一族しか知らない秘密の抜け穴だ。ここから領主の館の敷地内にある墓地に出ることができる」
「へぇー、準備いいですねぇ。これなら門番に見られずに物資を調達できますね」
「うむ。では早速行こう」
僕らは抜け穴を通って墓地に出た後、そのまま市場が開く朝を待った。
そして夜明けと共に二手に分かれ、帽子を目深に被って必要なものを調達した。
義理の兄上の堅果焼き屋さんや、魔導士団のみんなの様子を見たかったけど、そこはなんとか堪えた。
領都への思い入れは、僕なんかよりヴァイオレット様の方が絶対に強いはずだ。
その僕がヘマをして知り合いに見咎められたりしたら、目も当てられない。
無事領都で装備を揃えた僕らは、人目を避けるためにそそくさと大森林へと戻った。
そして更に一日ほど進み、遂に南部山脈の山裾が見えるほどのところまで来た。
だけどそこは、同時に僕らのホームタウン、開拓村ベラーキの近くでもあった。
時刻は朝方、僕とヴァイオレット様は、どちらともなくベラーキが見える森の淵まで移動していた。
そして身を隠しながらじっと村を見つめること暫し。
門が開き、畑仕事をするために村の人達がぞろぞろと外に出てきた。
「「……ぁ」」
僕らは同時に小さく声をあげていた。
村の人達を率いるボドワン村長、みんなの護衛に出てきた冒険者のイネスさん達、そして、周囲に笑顔を振り撒くエマちゃん。
最後に会ってから一ヶ月ほどしか経っていないのに、そこには涙が出るほど懐かしい人達の姿があった。
ガサッ。
藪を揺らす音に隣を見ると、ヴァイオレット様が中腰で立ち上がりかけていた。
彼女はしばらく痛みに耐えるような表情をしていたけど、グッと目を瞑って姿勢を戻した。
「……十分だ。行こう、タツヒト」
彼女はそう言って村に背を向け、南部山脈に向けて歩き出した。その背中は、微かに震えていた。
「はい…… ヴァイオレット様」
最後にもう一度だけ村の方を振り返る。おそらく二度と会えないであろうみんなの姿を目に焼き付け、僕はヴァイオレット様の後を追った。
6章開始です。お読み頂きありがとうございました。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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