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第084話 辞令


 タツヒトとヴァイオレットが仲良く性癖を開示し合っていた頃、王城の一室では、女王マリアンヌ三世がケヴィン分隊長から報告を受けていた。

 マリアンヌから特別に寵愛を受けているケヴィンは、タツヒトと同様に女王と二人きりで過ごすことが許されている。

 今日もマリアンヌは人払いをし、ケヴィンを女王の私室の一つに迎え入れていた。

 

 「--以上でございます。タツヒト殿は、立派に任務を務めました」


 「そうか、ご苦労であった。うむ、すでに聞いていた内容と相違無いな。まぁ、あやつが嘘をつくわけがなかろうが」


 ゆったりと椅子に座ったマリアンヌは、実に楽しそうに言った。

 ケヴィンはマリアンヌの前に跪きながら、最初は目を細めながらその様子を見ていた。

 しかし、一度目を瞑って俯くと、決然とした表情でマリアンヌに向き直った。


 「--陛下、このケヴィン、申し上げたき儀がございます」


 「ん? なんだ改まって。良い、申せ」

 

 「はっ。陛下は、御前試合で優勝したタツヒト殿を、月光近衛騎士団に引き抜かれるおつもりでしょうか」


 ケヴィンの言葉を受けた瞬間、マリアンヌはぴくりと眉を上げた。


 「--そなたには、御前試合の目的は話していなかったはずだが…… いや、余の側にいるそなたであれば、思い至るのは道理か。

 その通りだ。そなたも良く知っている理由から、余は若く強靭な男を欲していた。そのために御前試合を行い、国内から候補者を募った。試合の女子の部はついでに過ぎぬ。

 そしてそなたを下して優勝したのがタツヒトだ。あやつほどの男であれば或いは……

 初めはその資質を見極めるだけのつもりだったが、話をする内に余はあやつの全てが欲しくなってしまった。

 この女王マリアンヌを涙させた上に、頭まで撫でるとんだ無礼者だがな。ふふふ」


 後半はほとんど独り言のように、マリアンヌは穏やかな表情で語った。

 ケヴィンはその言葉に痛みに耐えるような表情をしたが、それは一瞬のことだった。


 「--陛下、自分は、いえ自分を含む陛下の家臣達は、陛下の孤独を癒すことができませんでした」


 「ん、待てケヴィン、何を申しておる?」


 マリアンヌは怪訝な表情をしてケヴィンを見た。


 「陛下は、身を裂く思いで国家の病巣を取り除き、国を建て直すためにひたすらに奔走されてきました。

 それゆえに孤高の女王として振る舞う陛下を、周囲のものは恐れ敬うだけで、自分も含め誰も真に心を繋ぐことはできませんでした。

 その孤独を、タツヒト殿がひと時でも癒してくれたことを自分は…… 自分は不敬ながらとても嬉しく思います。

 しかし、だからこそ、彼を、彼と心を繋いだ方と引き離すようなことはおやめ下さいますよう、伏してお願い申し上げます!」


 今や完全に無表情となったマリアンヌは、平伏するケヴィンを無機質な目で見下ろした。


 「……ヴァイオレット卿のことであるな。さすがはケヴィン、余のやり方をよく存じておるな。

 そなたの想像通りだ。あの女は邪魔ゆえ、ローズモンド侯爵との交渉が纏まれば、二度とタツヒトに近づくことはできぬだろう」


 「……陛下、どうか、どうかお考え直しください! それではタツヒト殿の心までは--」


 「黙れ!!」


 マリアンヌは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、傲然とケヴィンを見下ろした。


 「そなたのよく知る通り、余は邪魔なものはあらゆる手を使って排除してきた。そして此度も同じようにするだけだ。

 ……もう下がるが良い。そして宰相をここに呼べ。もう少し待ってやろうかと思っていたが気が変わった。ローズモンド侯爵には今日の内に返答させるとしよう」


 「そんなっ…… 陛下、どうか--」


 「二度は言わぬぞ……?」


 マリアンヌから殺気が立ち上り、ケヴィンは項垂れるように顔を伏せた。


 「承知、致しました…… 失礼いたします」


 ケヴィンはなんとかそれだけ言い、女王の私室を後にした。

 そして幽鬼のような様子でしばらく歩いた後、立ち止まり項垂れた。


 「--すまない、タツヒト殿…… 自分は、なんて愚かで無力な……」


 王城の冷え冷えとした廊下に、ケヴィンの懺悔が響く。

 それを聞き届けるものは誰もいなかった。






***






 ヴァイオレット様と秘密を共有し合った日の翌日。その昼過ぎに、僕は王都屋敷の領主様の部屋に一人で訪れていた。

 最近顔色が優れなかった領主様だったけど、今日はなんだか決然とした表情で執務机に座っている。

 そして彼女は、無言のまま僕に一枚の紙を差し出した。訝しがりながら受け取り確認すると、僕は驚きのあまり目を見開いてしまった。

 

 「りょ、領主様。この辞令はどういうことでしょうか……?」


 「--そこにある通りだ。領軍魔導士団タツヒトよ、明日より王都月光近衛師団へ無期限の出向を命じる」


 領主様は、感情を感じさせない目でそう言い放った。


 「そ、そんな……」


 僕が言葉も出ずに混乱していると、領主様は大きなため息をついた。


 「理由の説明が必要だろう。そこに掛けたまえ」


 促されるままに応接用のテーブルセットに座ると、領主様は執務机から移動し、僕の正面に掛けた。

 彼女の手には分厚い書類の束がある。


 「--まずこれを見よ」


 書類を受け取り確認すると、「ヴァロンソル領における今般の大狂溢(だいきょういつ)に伴う被害の試算」とあった。

 概要の部分を読んだ僕は本日二度目の衝撃を受けた。


 「予想される餓死者、最大一万人……!?」


 「そうだ。大狂溢(だいきょういつ)により、我が領多くの農村では畑に壊滅的被害が出た。秋植えの作物の収穫高は絶望的な値だ。

 そして、これは我が領の周辺でも同じこと。イクスパテット王国の東側、大森林近傍の全ての領で同じことが起こっていよう

 我々が領都から王都に発つ時には、まだ作物の価格高騰程度の事態に収まっていた。しかし、すでに食糧不足が起き始めているはずだ」


 ……正直、心当たりはある。

 ベラーキ村の隣、バイエの村の様子や、領都での小麦の価格高騰。兆しは至る所にあったんだ……


「無論、私もただ手をこまねいていたわけでは無い。食料が無ければあるところから買えば良い。

 しかし、前述の通り近隣の領は同じ状況だ。だから今回のお前達の王都行きに私も同行したのだ。陛下と食料支援の交渉を行うためにな。

 だが、考えることは皆同じだ。私と同じように陛下に支援を願い出た領主は多くいたし、この国は最近やっと持ち直してきたばかりだ。

 全ての領に支援を行えるほどの余裕はなく、交渉は難航していた。

 しかし、タツヒト、お前が御前試合で優勝して流れが変わった」


 「御前試合、ですか……? 一体、何の関係が……」


 食糧支援の話と全く関係ないように思えるけど……


 「うむ…… 時にタツヒトよ、今王都の住人が陛下に一番望んでいることは何かわかるか?」


 陛下に……? あ、そういえばヴァイオレット様から聞いたぞ。


 「お世継ぎ、でしょうか?」


 「その通りだ。無論、陛下自身もお世継ぎを望んでおられる。やっと陛下のおかげで纏まりを取り戻したこの国だ。陛下にお世継ぎが生まれなければ、国は大きく乱れよう。

 陛下自身、その、大変励んでおられたのだが、それでもご懐妊されなかったそうなのだ。

 そして陛下は遂に、我々貴族の間では真しやかに語られている逸話に望みをかけることにしたのだ」


 「逸話…… それはどんなものですか?」


 「若く、そして高い位階を持つ男と交わる。すると、常より懐妊する確率が上がると言う逸話だ。信憑性の怪しい話ではあるが、無視できないほどの差異はあるのだ」


 ……そうか、御前試合もこのためだったのか。では、つまり--


 「つまり僕は、陛下にご懐妊頂くための種馬として、王家に売り渡されると言うことでしょうか……? 一万人の領民の命と引き換えに……」


 あまりのことに涙すら出ず、呆然と領主様を見つめる。


 「--そうだ。君が配属される月光近衛騎士団は優秀な男騎士の集まりだが、陛下の夜伽を務めるという隠れた側面もある。

 そして、君は陛下によほど気に入られたらしい。

 君とヴァイオレットの関係に気付き、交渉を急かしてきた。今すぐ答えを出さなければ支援は行わないとな」


 「それが、二つ目の辞令の理由ですか……」


 そう、辞令には二つ命令が書かれていた。

 一つ目は月光近衛騎士団への無期限出向、そして二つ目には、ヴァイオレット・ド・ヴァロンソルとの無期限接触禁止とあった。


 思考がまとまらず、景色がぐらつく。

 僕が何も喋れなくなっていると、突然領主様がテーブルに両手を付き、深々と僕に頭を下げられた。

 貴族が平民に頭を下げることの意味を知る僕は、思わず我に返って席から立ち上がった。


 「領主様、何を!?」


 「すまぬ。君は我が領の発展に大きく貢献してくれただけでなく、我が娘の心の傷さえ癒してくれた。

 恩人たる君に対するこの仕打ち、騎士の風上にもおけぬ行いだ。

 だが、それでも。私は領主としての責務を全うしなければならない。

 君一人の自由に対し、我が領民一万の命はあまりに重い。恨んでくれて構わない、どうか、堪えてくれ」


 数十万の命を預かる領主。僕には想像すらできない、巨大な責任を持つ彼女が頭を下げるその姿に、僕は何も言うことができなかった。






 その後のことはあまり覚えていない。

 ふらふらとあてがわれた部屋に戻り、ベッドに腰をかけてひたすら床を見つめる。

 途中、部屋の外から激しく言い争う声が聞こえてきた。

 多分、領主様とヴァイオレット様だ。

 かなり長く続いた言い争いはいつの間にか終わり、僕はまた床を眺め続けた。


 どのくらい時間が経っただろうか、ふと気がづくと日が落ちていた。

 明日になれば、僕はもう月光近衛騎士団の所属となってしまう。

 ヴァイオレット様にもう二度と会えなくなる……? そんなのは絶対に嫌だ……!

 でも、一万人もの人たちの命が掛かっている。僕は、どうすれば……


 思考はカラカラと空転するばかりで、どこにもたどり着くことの無いまま、さらに時間が過ぎた。

 そして。


 ……コンコンコン。


 ノックの音に反射的に応答する。

 

 「……どうぞ」


 ゆっくりと扉が押し開かれて中に人が入ってきた。

 床から視線を引き剥がして扉の方に向ける。すると。

 

 「ヴァイオレット様……」


 顔を深く俯かせた彼女が、そこに立っていた。

 

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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