第083話 フランセル書院本店
昨日は聖母ヴァイオレット様に抱かれて大分回復したけど、それでもまだ精神や肉体が疲れている感覚がある。そういう訳で、今日は一人で寝て過ごすことにした。
下っ端軍人が寝てて良いのかという話もあるけど、今日は何も用事がないのでOKなのだ。
ヴァイオレット様も同じような感じで、今日はついていようかと嬉しいことを言ってくれたのだけれど、寝てるところに居てもらうのも申し訳ないので遠慮しておいた。
彼女も王軍の訓練に参加した疲れはあるだろうに、では街でも見て回るかと言っていた。体力がすごい……
でも、僕らは一体いつまで王都に留まるんだろう。
討伐任務が終わったら帰れると思っていたのに、領主様達はまだ用事があるので王都に留まるという。
明後日が聖教会の二大イベントの一つ、復活祭なので、その都合で王都滞在を延ばすのかとも思ったけど、彼女達の表情とか様子を見るにそうでもなさそうなんだよね。
ずっと深刻な様子の領主様達を心配して、ヴァイオレット様も何度も理由を尋ねたらしいけど、話してくれなかったそうだ。一体何なんだろう?
王都屋敷の当てがわれた部屋で朝から惰眠を貪っていたけど、お昼過ぎには目が覚めてしまった。
位階が上がると回復力も向上するのか、もうダルさなんかも感じない、すっきりした状態だ。
うーん、どうしよう。もうあんまり眠くないしお腹も減ったし…… とりあえず屋敷の食堂で何かもらおうかな。
身支度をして屋敷の玄関ホールまで降りて行くと、執事のセバスティアンヌさんが居た。
「こんにちは、セバスティアンヌさん」
「こんにちは、タツヒト殿。もう起きられて大丈夫なのですかな?」
彼女は柔和な笑みを浮かべながら挨拶を返してくれた。相変わらず年齢を感じさせないピンとした姿勢だ。
「はい。午前中一杯休ませて頂いたら完全に回復しました」
「それはようございました。あぁ、そういえばタツヒト殿に手紙が届いていたのでした。少々お待ちを」
彼女はそう言って奥に引っ込み、すぐに一通の手紙を持ってきてくれた。
「ちょうどタツヒト殿が近衛騎士団との任務で発たれた直後、ここに配達されたものです。体調がよろしいようでしたら、ご確認を」
「ありがとうございます。でも一体誰が…… えっと、魔導士協会王都支部?」
手紙の差出人にはそう書いてあった。宛先には僕の所属と名前、誤配送ではないらしい。
すぐに中を確認すると、どうやら御前試合で見せた強化魔法について是非話を聞きたいので、お時間のある時に支部まで来てくれませんかという内容だった。
あの手の魔法は僕が使っているもの以外に見たことがなかったけど、王都の人から見ても珍しかったのかな。
ふむ。今の職場でのキャリアアップを考えると、協会がその業績を評価して授与する魔導士の称号は欲しいところだ。
あまり核心的な部分に触れないように話しつつ、支部の人たち顔を繋いでおくぐらいなら良いかな。
「魔導士協会王都支部からの丁寧な呼び出しですね」
「ほう、それは名誉なことでございますね。魔導士協会の王都支部は、この国の魔導の最高峰でございます。タツヒト殿の魔法もその水準にあるということでしょう」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。時間もあるので、今から顔を出して来ます」
「はい、それがよろしいかと。では、お気をつけて」
彼女に見送られながら僕は王都屋敷を出た。
ちょうど出かける用事ができたことだし、お昼は外で食べて、その後で協会に行ってみよう。
ヴァイオレット様も街を見て回ると言っていたし、もしかしたらバッタリ会えるかも。
手紙に同封された地図を頼りに屋敷から支部への通りを歩く。
女王陛下の生誕祭が終わったばかりだけど、復活祭も控えているので街はずっとお祭り状態だ。
どこか美味しそうなところは無いだろうか、そんな風に通り沿いの店を眺めならが歩いていると、フランセル書院本店という店を発見した。
そういえば、領都にも同じ名前の支店があったな。
以前、領都でヴァイオレット様とお忍びデートした時、本が好きらしい彼女をそこにお誘いしたら、露骨に話を逸らされてなぜか武器屋に行くことになったんだよね。懐かしい。
思い返してみれば、ベラーキ村の冒険者、イネスさんの証言からヴァイオレット様が本好きだと考えたけど、ヴァイオレット様が読書してる姿って見たことないんだよね。
実はイネスさんの見間違いだったのかも。
それはそれとして、結局領都の支店には行けてなかったし、この世界にどんな本があるのか興味もある。ちょっと入ってみようか。
そう思って書店の入り口に近づいた時、書店からちょうど出てくる人が居た。
……ん? あの人、もしかしてヴァイオレット様では?
帽子を目深に被って俯いているので顔はよく見えないけど、あの背格好や雰囲気、そして立ち居振る舞い、見間違うはずが無い。
唯一見える口元はニコニコと微笑んでいて、手には大きな紙袋を持っている。お目当ての本をたくさん買えたのかな。
「ヴァイオレット様! こんにちは、奇遇ですね」
僕は気楽な感じで声をかけたのだけれど、反応は激烈だった。
彼女は、バッと音がするような勢いで顔をあげ、僕を見て驚愕の表情を浮かべた。
「……なぁ!? タ、タツヒト、何故ここに!? あぁ!?」
よほど驚かせてしまったのか、彼女は手に持った紙袋を取り落としてしまい、中に入っていた本が僕の足元まで溢れ出た。
「あ、すみません。驚かせてしまって、今拾いま--」
「いや! あ、あぁぁ……」
身を屈めて本を拾おうとしたところで、僕は思わずその手を止めてしまった。ヴァイオレット様はこの世の終わりのような声を上げている。
目に入ったいくつかの本、それらのタイトルは、「淫乱少年侍男物語 第六集」、「男騎士と男戦士 -熱き友情と劣情-」などなど、目にした瞬間にギョッとしてしまうようなものばかりだった。
さらに、落ちた拍子にちょうど挿絵のあるページが開いてしまったには、裸の男女が絡み合っている姿絵が描かれている。
……うん。エロ本だ、これ。
「終わりだ…… もうお終いだ…… 終わりだ…… もう--」
涙声に顔を上げると、ヴァイオレット様は両手で顔を覆ってへたり込み、同じセリフをずっと繰り返している。
これは、非常にまずい。
僕は身体強化を発動して一瞬で本を拾い集めると、ヴァイオレット様の肩に触れて声をかける。
「ヴァイオレット様、人目もあります。とりあえず場所を変えましょう。さあ」
立たせようとすると、彼女は全く抵抗することなく従ってくれた。
そのまま目についたカフェへ一緒に入り、店員さんにだいぶ多めの心付けを渡して、すぐに個室に案内してもらった。
「「…………………………」」
店員さんに適当にお茶を注文した後、個室に残された僕とヴァイオレット様の間には重たい沈黙が流れていた。
彼女は泣き止んでいたけど、意気消沈して俯いたままでいる。
「--ヴァイオレット様。間が悪い時に声を掛けてしまってすみませんでした。このことは誰にも言いませんし、そういった本を買われていることぐらいで、僕はあなたを軽蔑したりはしません。
だからその、あまり気に病まないでください」
「違う、違うのだ。謝らなければならないのは私の方なのだ…… 私は、なんという…… うぅ……」
「え……? あの、どういうことですか?」
「うぐぅ……」
彼女はうめき声をあげるだけで答えてくれない。なんだろう? 単にエロ本を買っているところを見られ気まずいというだけじゃなさそうだけど……
僕はなんとなく紙袋から本を取り出し、ペラペラとめくってみる。
……ん? あれ、これは……
もう一冊、もう一冊と中身を確かめていく。ここにある本の共通点に確信を得た僕は、恐る恐るその推測を口にした。
「--あの、これらの本の挿絵に描かれている男性、彼らはなんとなく僕に似ているような気がするのですが……
いや、気のせいですよね、すみません。あははは……」
言い終わった後で違うますよねーと笑っていると、ヴァイオレット様がゆっくりと顔を上げた。
「--気のせいでは無い…… その、最近は登場人物がタツヒトに似ているものは衝動的に買ってしまうのだ……
以前はもっと種類に富んだ作品の買い方をしていたのだが、君と口付けしたり触れ合うようになってから、もう歯止めが効かなくなってしまっていて……
いや、違う。こんなことを話したいのではなく、とにかくその、申し訳ない……」
普段の凛々しい姿は形を潜め、彼女は真っ赤な顔を俯かせて体を縮こめている。
マジですか…… 自分で言っておいて、なんだか僕も顔が熱くなってきた。
珍しくて愛らしい姿なのでいつまでも眺めていたいのだけれど、流石に可哀想なので助け舟を出す。
「い、いえ、何も謝られることはないですよ。他の人ならともかく、ヴァイオレット様だったら全然嫌じゃ無いです。少しその、びっくりしましたけど……」
「う、ゔぅぅ……」
やばい、もっと追い詰めてしまったかも。あぁ、ヴァイオレット様がまた目に涙を浮かべている。
どうしよう。流石にこのタイミングで頭を撫でるのは違う気がするし……
--よし、やむを得まい。反応が怖いけど、こちらも開示してしまおう。
「ヴァイオレット様、僕はあなたに秘密にしていたことがあります」
「--秘密、だと?」
「はい。僕は、異性として亜人しか好きになれず、只人の女性には全くそういった感情を抱けないのです」
「な、何だと。それは本当なのか」
彼女はびっくりして涙も引っ込んでしまったのか、驚いた表情で僕を見つめている。
「はい、本当です。僕が居た世界には只人しかいなかったので、とても孤独に感じていました。でも、この世界でヴァイオレット様に出会えて、僕は本当に救われたんです。
僕が領軍にいるのも、必死に修行しているのも、全てヴァイオレット様の側に居たいからです。
そのくらい僕はあなたの事が異性として好きですし、その、ヴァイオレット様と同じくらい劣情を抱いている自信があります。
だから、あの、僕らは似たもの同士で、そのことを恥じる必要は全くないと思います!」
何だかだいぶ余計なことを言った気がするけど、もう引き返せない。
僕は震えそうになりながらヴァイオレット様の反応を待った。
「そう、か……」
彼女は呆然と呟いた後、表情を緩めて笑った。
「……ふふふ、本当に、君という奴は。愛おしすぎて今この場で襲いかかってしまいそうだ」
「あ、あははは、僕だって我慢してるんですから、堪えてください。出禁になってしまいますよ」
「ふふ、そうだな」
よかった。どうやら立ち直ってくれたみたいだ。会話内容はともかく、絆もすごく深まった気がするぞ。
それはそれとして、今日は多分、魔導士協会には行けそうにないな。
お読み頂きありがとうございました。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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