第082話 血で汚れた手(3)
最初の拠点を潰してからさらに三日後、僕ら討伐隊は事前調査で判明していた野盗の根城の全てを掃討する事ができた。
任務を終えて王都の屋敷に帰ってくると、まだヴァイオレット様は戻っておられなかった。
そしてその翌日、僕はまた陛下からお茶会に呼び出された。
王城奥のいつもの中庭、瀟洒なテーブルセットに座った陛下が、不敵な笑みを浮かべながら僕を迎えてくれた。
「よくぞ戻ったなタツヒトよ。ふむ…… その顔つき、どうやら一皮剥けたようであるな」
「はっ…… 勅命を全うできたものと考えます」
「そうかそうか。余が期待した通り、この程度で潰れる男ではなかったようだな。掛けなさい、タツヒト」
「はっ」
促されて席に着くと、控えていた御付きの方が陛下と僕のカップにお茶を注ぎ、一礼して中庭を立ち去った。どうやら今日も二人きりで話すらしい。
「さて、後からケヴィンにも報告させようと思っていたが、まずはそなたの口から報告を聞こう」
「承知しました、陛下」
僕はこの数日間の討伐任務について、感情が乗らないようになるべく客観的に話した。
けれど、途中途中で陛下が僕の感想を求めるので、それはうまくいかなかった。
話し終える頃には、僕の脳裏には最初に殺したあの野盗の顔が蘇っていた。
「ふむ、大義であった。これで王都周辺にもしばらくは平穏が戻ろう。我が国の害となるものは排除せねばならない。魔物であろうと、人であろうとな」
そう言った陛下は、以前見た時と同じく人形のように無表情だった。
以前の僕だったら、陛下のような為政者は僕のような凡俗と違って、冷徹な判断を躊躇なく下せるのだなと関心したと思う。
けど、野盗の討伐任務を経験したせいか、僕には何か無理をしているように見えた。
国のため、ご自身の手で親類を含め何人もの人間を殺める。そんなことをして、まともな人間が平気でいられるはずが無い。
あの表情は何も感じていないのでは無く、溢れ出る感情を押し留めるための仮面なのでは無いだろうか。
陛下の側近たる月光近衛騎士団。彼らの手で王都周辺の野盗を討滅することには、民衆の支持を得うる上で確かに効果的だ。
でも、手を汚す人間は必ずしも近衛騎士である必要な無いはずだ。
陛下は、誰かがやらなければいけない仕事なのであれば、自分に近しい人達に同じ痛みを知って欲しかったんじゃ無いだろうか。
その考えに至った僕の口から、自然と言葉が溢れた。
「--陛下、お辛かったのですね」
「--なんだと?」
陛下は無表情を崩し、怪訝そうに聞き返した。
「私は先の任務で、名も知らない野盗を四人、この手に掛けました。最初の一人の時には無様に震え、殺めた後にはしばらく何も考えられなくなりました。
この地に住む善良な人々の生活のため、これが必要なことと理解しています。
しかし、見ず知らずの他人を手に掛けた私がこうなのです。国のためとは言え、ご家族までを排された陛下の痛みは、私と比べるべくもありません。
なので、とても辛い思いをされているのではと。そう思ってしまったのです」
僕の言葉に、陛下は驚いた表情でしばらく固まっておられた。
しかし、その目から一筋、すっと涙が流れた。
「うっ……? ぐすっ……」
陛下はご自身の涙に困惑した様子で、次々と溢れてくる涙を拭っている。
あ…… な、泣かせてしまった!?
ど、どうしよう!? どう慰めれば!?
僕の脳裏に、ベラーキ村のエマちゃんの泣き顔が浮かぶ。
こういった場面で僕が持っている手札は一つしかない。そして、人間は追い詰められると正常な判断ができなくなる。
僕は衝動的に席を立つと、小さな子供にそうするように、陛下を抱擁してその頭を撫で始めた。
陛下は最初ビクリと身を硬くしたけど、徐々に体の力を抜き僕に身を任せてくれた。
そして、呟くように、懺悔するように話し始めた。
「……今でも、夢に、出るのだ。洗っても洗っても血に濡れたままの我が手が…… 我が姉、我が親類達、これまで手に掛けてきた人間達の恐怖に引き攣った顔が……!
全ては国のため、後悔はしてはならぬ、必要なことだ。そう何度自分に言い聞かせても、ダメだったのだ。
これは余の業だ。王たる余が、このような軟弱な様を皆に見せるわけにはいかぬ。だが、だがっ……!」
二人だけの中庭に静かに嗚咽が響く。
そこには大国を治める強き女王の姿は無く、自分の罪に慄く弱い人間の姿があった。
陛下はしばらくすると泣き止み、すっきりとした晴れやかな表情を浮かべていた。
陛下は僕の無礼を許してくれ、今日は泊まってゆけと冗談混じりにそうおっしゃて下さった。
そのお誘いをなんとか躱し、僕は無事屋敷へ帰る事ができた。
ここ数日メンタルにくる事ばかりで参ってしまったので、自室のベッドに寝転んで何をするでもな虚空を見つめる。
いやー、やらかしたなぁ。しかし、王様というのは本当に大変な職業なんだなぁ。
なんだか無性にヴァイオレット様に会いたい。そろそろ帰ってこられてもいいはずなんだけど……
そう思っていた矢先、廊下からドカドカと足音が聞こえてきた。
なんとなく足音に聞き覚えがあったので、ベッドから身を起こし扉を見つめていると、足音は僕の部屋の前で止まった。
「……タツヒト、入って良いだろうか?」
ノックの後、足音と正反対な優しげなヴァイオレット様の声が聞こえた。
僕はそのギャップに思わずくすりと笑う。
「はい、どうぞ」
部屋に入られたヴァイオレット様は、僕の方を見てはっと息を呑んだ。
あぁ、ヴァイオレット様だ。
たった数日振りのはずなのに、ものすごく久しぶりに彼女の姿を見たような気がする。
「お帰りなさい、ヴァイオレット様。すみません、ちょっと疲れてしまって横に--」
僕が喋っている間に彼女はずんずん歩み寄り、そのままベッドにいる僕を抱擁してくれた。
彼女の匂い、そして気遣わしげながらも力強い抱擁を受け、目尻に涙が浮かぶ。
「大変だったな…… 私も初めての時は酷く塞ぎ込んだ。できれば君にはそんな思いはしてほしくなかったのだが……
--いや、君を軍に誘った私が言っていい台詞では無いな」
そう言って抱擁を解こうとする彼女を、僕は抱擁を返すことで引き留める。
「いえ、いいんです。全ては僕が選択した事です。ヴァイオレット様は何も悪くありません。でももう少し、こうしていてくれませんか?」
「そうか…… やはり君は強いな、タツヒト」
それから二人で言葉もなく抱き合う。
彼女の体温、息遣いや心臓の音を真近で感じている内に、だいぶ落ち込んでいた気分も落ち着いてきた。
息遣いや心音から、彼女も安らいでくれているのが伝わってくる。嬉しい。
二人ともセロトニンがドバドバである。
そこでふと思いつき、彼女にお願いしてみることにした。
「あの、ヴァイオレット様…… もしよろしければ、頭を撫でて頂けませんか?」
「ん? ふふっ、今日のタツヒトは随分甘えてくれるな? もちろんいいとも」
ヴァイオレット様は慈母のような表情になり、僕の頭をゆっくりと撫で始めた。
彼女の暖かな手のひらが、僕の頭の形に沿って上から下へ優しく動く。
その度に、甘く痺れるような感覚が頭から背中まで駆け抜け、心地よい安心感が全身を包む。
こ、これは…… やばい!
あまりの気持ちよさに、バブバブ言い出しかねない程だ。
危険すぎる。なでなでをお願いするのは月一ぐらいにしておこう。
あれ?
僕、さっきこれを陛下にしたんだよな…… やっぱり、だいぶまずいのでは……?
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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