第081話 血で汚れた手(2)
王都から出た僕ら討伐隊は、まず北に向かった。
事前調査で発見された十数箇所の野盗の根城は、規模や場所も様々だ。
そのため、王都の東西南北のエリアにざっくり区切って、一つのエリア内を掃討してから次のエリアに向かう方式を取る。
そしてエリア内の根城には、それぞれ規模に適した人員を送り込んで確実に討滅する。
その間街道を封鎖し、別のエリアに情報が漏れるのも防ぐという徹底ぶりだ。
ちなみに分隊長以上の人は、お馴染みの短距離通信の古代遺跡産魔導具を耳につけている。便利だもんね、あれ。
騎士の人たちは馬に乗って移動しているけど、僕は乗れないので、支援部隊の人達の馬車に同乗させて貰っている。
あと、馬車の隣の席には、何故かケヴィン分隊長が座っている。
彼は騎士なので当然個人の馬をお持ちだけど、今は支援部隊の人が彼の馬に乗っている。
「タツヒト殿とはゆっくり話してみたかったんだ。少し元気が無いように見えるけど、君は野盗の討伐は初めてかい?」
どうやら、明らかにテンションの低い僕を心配して、わざわざ馬車に同乗してくれたらしい。
相変わらず顔も性格もいい人だ。
「……ええ。今まで魔物ばかり相手にしてきたので、これから人を相手にすると思うと少し気が重いというのが正直なところです」
「そうか…… 最初は皆そうさ。だけど、最初の作戦の時の自分よりも、君はずっと落ち着いていて見える。ずいぶん修羅場を潜ってきたのだろう。少し武勇伝を聞かせてくれないか?」
「武勇伝というほどのものはないですが…… では少しお耳汚しを--」
それから僕は、ベラーキの村に流れ着いてからのことを、差し障りのない範囲で話し始めた。
ケヴィン分隊長はすごく聞き上手だったので、話している間は気が紛れてかなり助かった。
そして大狂溢での防衛戦や火竜討伐の話を終えたあと、彼は神妙に言った。
「な、なるほど、その若さで黄金級に至るわけだ。凄まじい経験をしてきたんだね。--ところで、晩餐会で君と一緒に居たヴァイオレット卿。かの方とは親しいのかい?」
「はい。その、とても仲良くして頂いています。命を救われたこともありますし、逆に僕がお救いしたこともあります。少し不敬かもしれませんが、ヴァイオレット様のことは背中を任せ合える戦友だと思っています」
ほぼ付き合ってるような関係だと思うけど、お互い言葉に出して確認したことは無いし、ここで言うことでも無いので黙っておく。
「そう、か。二人は身分こそ違えど、とても強い絆で結ばれているんだな……」
彼は急に硬い表情になり僕から目を逸らした。そして口を開きかけるたびに、何も言わずに噤んでしまう。
え、なんだろう。何かを言おうか言うまいか葛藤されているように見えるけど。
「あの、ケヴィン分隊長、どうかされたのですか?」
「--タツヒト殿、陛下のことを…… いや、いいんだ、気にしないでくれ。っと、馬車が速度を緩め始めた。そろそろ目的地付近に着くようだ」
隊列が止まったのは街道がいくつかに分かれる分岐路で、北エリアに点在する野盗の根城の中間点のような場所らしい。
ここから各根城ごとに隊を適切な規模に分け、エリア内の野盗を一斉に掃討していく。
僕はケヴィン分隊長の隊にくっつき、小隊規模、30人ほどの集団で野盗の根城を叩きにいくことになった。向かうのは、比較的小規模な拠点らしい。
それに、野盗は人類社会からドロップアウトした人たちで構成され、基本的に弱い者を獲物にしている。そのため位階の高い者はあまり居ないらしい。
とはいえ向こうの拠点に乗り込むのだ。罠があったりもするだろうから、小さな拠点だからって油断は禁物だ。
数個に分けられた隊が、分岐路からそれぞれの目的に向けて出発した。各隊は、目的達成後はまたこの分岐路に集まることになっている。
僕らの小隊は一時間ほど街道を進み、小高い山の近くに出た。そこで、支援部隊の一部と馬車を残し、僕らは山裾の森に分け入った。
僕らが担当する野盗の根城は、この先の小高い森にある洞窟らしい。
隊を先導してくれているのは支援部隊の人なので、彼らが見つけてくれたんだろうな。やはり王都は優秀な人がたくさんいるみたいだ。
森に分け入り、時たま襲ってくる魔物をなるべく静かに始末しながら歩いて行くと、先頭を行く支援部隊の人が隊を停止させた。
「この辺りです。魔法使い殿、お願いいたします」
「ああ、任せてくれ」
僕らの隊に随伴していた魔法使いが応え、静かに詠唱を始めた。
『……静音』
魔法が発動し、前方からほとんど音が聞こえなくなった。
ヴァロンソル領の火竜討伐で見たものと同じだ。やっぱり風属性って便利だな。
それでも音を完全に遮断するわけではないので、なるべく音を立てずに身を低くして進む。
すると、前方にひらけた場所が見え、山の斜面にぽっかりと洞窟が開いているのが見えた。
そして洞窟の脇には、見張りだろう、薄汚れた格好をした馬人族があくびをしながら座っていた。
ついに始まるのか…… 僕は自分の呼吸が荒くなり、指先が冷たく冷えていくのを感じた。
ケヴィン分隊長が指示し、隊員達が弓を放った。
見張りの馬人族はわずかに反応するも、幾本もの矢に貫かれ倒れ伏した。
その直後、分隊長が洞窟への突貫を命じ、十数名の隊員達が洞窟に殺到した。
暗く狭い洞窟内を、前を行く隊員に付いてひたすら走る。
幾つも修羅場を潜ったと思っていたけど、今日は震えが止まらずガチガチと歯が鳴る。
そして。
「……ん? 誰だおまっ--」
「ぜぁっ!!」
ザシュッ!
先頭が野盗に接敵した。
「あん? うぁ。て、敵襲ー!!」
近くにもう一人いたのか、奇襲を洞窟内に知らされてしまった。
それに構わず隊は前進し、洞窟のひらけた広間のような場所に出た。
そこは野盗達の居住スペースのようで、生活用品が乱雑に散らかり、すえた匂いが鼻をつく。
そして馬人族が十数人、武器を構えてこちらを睨んでいる。
やはり全員薄汚れた格好をしていて、目には怯えの色も見える。
「王都の連中か!? くそ、あれから何年経ったと思ってやがる! 俺はぜってー捕まらねぇぞ!?」
首領らしき、少し装備の良い馬人族が血走った目で叫ぶ。どうやら王都から逃亡した犯罪者のようだ。
「構うな! 殲滅せよ!」
「「はっ!」」
ケヴィン分隊長の声に、隊のみんなが応える。
一方僕にはそんな余裕は無かった。これから目の前にいる人を殺すのかと思うと、声が全く出なかった。
広間の中を討伐隊と野盗が入り乱れる。
そして棒立ちになっている僕をくみやすしと思ったのか、一人の野盗が槍を突き出してきた。
「わぁぁぁぁっ!!」
悲鳴のような声と共に突き出された槍は、あまりにも遅く、型も崩れていた。
この相手であれば、向こうの攻撃が僕に到達する前に、数十回は突きを放てる。
ただし、今日は違った。
これからすることを考えると、頭が動かず体が動かない。
恐怖に歪む野盗の表情が嫌にはっきりと見え、強化魔法を使った時のように時間が引き延ばされる
そして敵の槍の切先が僕の鎧にわずかに触れた時、危機に反応した体が、訓練で反復した動きを再演した。
体を開いて敵の槍を交わし、遠間にいる敵に向かって片手で槍を突き出す。
--トス。
あまりに軽い音を立てて、僕の槍は野盗の首を貫いた。
野盗が槍を取り落とし、自身の首に手を触れようとする。
槍を掴まれまいと、今度は自分の意思で引き抜く。
ズシュ……
濡れた音を立てて槍が引き抜かれ、野盗の首筋から鮮血が噴き出す。
僕は槍を引き抜いた時にバランスを崩し、その場で無様に尻餅を付いてしまった。
彼女は首の傷を手で押さえながら膝をつき、驚愕の表情で僕を見た。
それから十数秒間、ゴボゴボと口から血の泡を吐きながら必死に呼吸しようとしていたけど、ついには力尽きて前のめりに倒れてしまった。
周りで討伐隊と野盗が乱戦を演じる最中、僕は死の痙攣を始めた彼女を呆然と眺めた。
そして彼女の傷口から溢れた血が地面を伝い、僕の手を赤く濡らした。
討伐隊が野盗を殲滅するまで、おそらく十分も掛からなかった。
洞窟の中にいた野盗の多くは赤銅級がいいところで、首領でやっと橙銀級だった。
橙銀級以上で構成された討伐隊はほとんど無傷だった。
洞窟の奥には、どこかから攫ってきたのだろう、無惨な様子で事切れた男性の遺体があった。
遺体が回収され、諸々の撤収準備が進むのを呆然と見ていると、ケヴィン分隊長が近寄ってきた。
「タツヒト殿。初陣、ご苦労だったね。 --おや、手を出してくれ」
僕は半ば自動的にその言葉に従い、両手を出した。
すると分隊長は水筒を取り出し、中の水を僕の手に掛けてくれた。
「よくもみ洗いするように。病気を貰うかもしれないよ」
言われるがままに手をこすり合わせると、血で赤黒く汚れた手がだんだんと綺麗になっていった。
でも、まだ血が付いている気がして、いつまでも手をこすり合わせることをやめられない。
見かねたケヴィン分隊長が、痛ましげな表情で言った。
「--タツヒト殿、もう十分だ。血は洗い流された。君の手はもう汚れていない」
「そう、ですね。ありがとうございます」
「いや…… では撤収しようか。ひどい顔色だ。あまりここに長く居てはいけない。さあ」
「--はい」
ケヴィン分隊長に促され、僕は彼の後に続き洞窟に背を向けて歩き始めた。
脳裏には、僕が刺殺した馬人族の表情と、地面を伝って手を濡らした血の赤い色がこびりついている。
血は洗い流された、僕の手はもう汚れていない、か。
--そんなわけないでしょ。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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