第008話 エマちゃん
倒れたボスゴブリンから目を外してあたりを見回す。
生きてるゴブリンはもう広間に存在しない。
居るのは、僕と同じようにへたり込んだ村娘ちゃんだけだ。
「ふぅ……お〜い、怪我は無い?」
手を振って声を掛けてから、そういえば言葉が通じないんだったと思い出した。
よっこらしょっと立ち上がり、折れた左腕を庇いながら村娘ちゃんに近づく。
ぱっと見怪我しているようには見えないけど……彼女はへたり込んだままだ。
「ちょっとごめんね」
もう言葉が通じないのでしょうがない。
僕はゆっくり村娘ちゃんの爪先に触り、足の関節を動かしてみた。
本人はされるがままになっているけど、痛がってる様子は見られない。
「うん、怪我は無いっぽいね。待ってて、荷物とってくる」
僕はそれっぽいジェスチャーを交えながらそう言い残し、広間の入り口側の通路に向かった。
幸いなこと、通路には戦闘前に打ち捨てた通学カバンが残っていた。
カバンを回収して村娘ちゃんの近くに座り直し、今度は怪我の状態を調べる。
目立った怪我は2箇所。
背中の下側の刺し傷と、右の上腕の骨折と打撲だ。
カバンからポーションが入ったペットボトルを取り出し、足も使いながらなんとかキャップを開ける。
まずはべきべきに俺た上腕から治したいけど、腕真っ直ぐにした方がいいよね……
やだなぁと思いながら、左手でゆっくり右腕を引っ張った。
「ッグ…… ヴゥゥゥッ……!」
激痛に顔を顰めながら、患部にポーションを使った。
いつものくすぐったい感覚が治まったあと、ゆっくり右腕を動かしてみる。
うん。痛みや違和感もないし、パッとみて曲がってる感じもない。
というか、骨折も治るんだ…… すご。
続いて背中の傷を治したところで、ポーションは無くなってしまった。
これが無かったら、途中でゲームオーバーだっただろうな……
治療を終えた僕は、改めて村娘ちゃんに向き直った。
さっきまでの呆然とした顔つきに比べて生気が戻ってきている。
「お待たせ。僕は間立人、高校生です。お互い生き残れてよかったね。えーっと、君の名前は?」
ダメ元で日本語で話しかけてみる。
村娘ちゃんは、コテンと首をかしげてみせる。
改めて見ると、整っているけど不思議と親しみの湧く顔立ちをしている。
茶髪のボブカットに、チョロンと飛び出たアホ毛がチャームポイントだ。
「Hi, I'm Tatsuhito Hazama. えーっと、Can I ask your name?」
英語で話しかけてみるも、こんどは反対側に首をコテンとする。
「您好、Guten Tag、Bonjour、JAMBO、Selamat pagi、ラバーメン、えーと他には……」
とりあえず思いつく限りの言語であいさつしてみたけど、村娘ちゃんは首をコテンコテンさせるだけで伝わっていないようだ。
その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまったら、彼女の方もつられて笑い出してしまった。
二人してクスクス笑う。
そうしている内に緊張の糸が切れたのか、彼女の目から涙が溢れ始めた。
笑顔はくしゃりと泣き顔になり、広間に泣き声が響き渡る。
どうしていいかわからず、とにかく落ち着かせようと頭を撫でてみた。
彼女はガバッと顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で僕を見てきた。
思わず手を引っ込めると、村娘ちゃんはガバッと僕に抱きつき、顔をお腹に押し付けてさらに泣き始めた。
……ふぇぇぇ、お腹がぐしょぐしょだよぉ。
「グスッ、グスッ……」
コマンドメニューにこれしか無かったので、彼女が泣き止むまでひたすら頭を撫でつつけた。
そりゃ、あんな巨体のゴブリンに食べられそうになったら泣くよね。
しばらくして泣き声も落ち着き、彼女の方から離れてくれた。
「****…… *******」
村娘ちゃんが泣き笑いの表情で何か話してくれた。
「ありがとう」とか言ってくれてるんだろうか……?
わからん。とりあえず笑っておこう。
村娘ちゃんは落ち着いてくれたけど、洞窟の中はゴブリン達の血と臓物の匂いが充満して地獄のような有様だ。
匂いで魔物が寄ってきそうなので、早めにここから立ち去らないと。
あと、小学生くらいの村娘ちゃんが一人旅しているとは思えないので、近くに集落なりがあるはずだ。
何とか村娘ちゃんとコミュニケーションをとって、お家まで送り届ける必要がある。
あと、ついででいいので泊まらせてください……!
最初は名前を聞いてみよう。
村娘ちゃんと目を合わせ、自分を指差してゆっくりと名前をいう。
「タ、ツ、ヒ、ト」
何回か繰り返してから、彼女を指差し、首をかしげてみる。
すると村娘ちゃんはまた首をコテンとしている……
根気強くもう2回ほど繰り返したら、彼女は急に気づいたように顔つきになり、自分を指差してからこういった。
「エ、マ。エマ!!」
おぉ!伝わった。エマちゃんていうのか。
なんだかすごく嬉しいし安心した。思わず笑顔になってしまう。
その後もお互い何度か名前を呼び合うことができた。
よしよし、第一関門クリア。エマちゃんも嬉しそうにしている。
次はエマちゃんの村まで案内して欲しいところだけど、どう伝えようか……
これに関しては、試しに地面に絵を描いてみたら解決した。
洞窟に僕とエマちゃんがいて、そこから矢印が家に伸びてる感じの絵だ。
エマちゃんは絵を見た瞬間激しく頷いて、僕の袖を引っ張って洞窟の出口を指差した。
早くお家に帰りたいとう気持ちがひしひしと伝わってくる。
……僕は元の世界に帰られるんだろうか……?
あ、ちょっと待って!槍だけ回収させて。
僕は怖がるエマちゃんを何とか宥め、ボスゴブリンの遺体から短槍を回収してから出口に進んだ。
洞窟を出ると、視界一面に深い森が広がっていた。鮮烈な緑の匂いが嬉しい。
穏やかに晴れた空を見上げると、低めの位置に太陽が輝いていた。
この光の感じは、今は夕方じゃなくて朝だな。多分。
しかし、一面森だとどっちに行けばいいのかわからないな。
森は背の高い針葉樹と広葉樹が混在していて、視界が全然通らない。
「エマちゃん…… お家の方向わかる?」
側の彼女に聞いてみたところ、何とかく伝わったのか、森を見つめながらふるふると首を横に振っている。
あ、ちょっと涙ぐんでる。
あー、うー、どうしよう。
馬鹿の一つ覚えのようにエマちゃんの頭を撫でると、たちまち笑顔になって抱きついてきてくれた。
あらかわいい、なでなで。
何となく後ろを振り返ると、今僕らが出てきた洞窟の入り口ぽっかりと開いていた。
よく見ると、洞窟は傾斜のきつい丘の側面に開いていて、丘のてっぺんはかなり高い位置にあるように見える。
結構危なそうだけど、あそこまで登れば遠くまで見渡せるかも。
エマちゃんが離れてくれなかったので、苦肉の策としてエマちゃんをおんぶして登ることにした。
集中して登ることしばし、いつの間にか丘のてっぺんに手がかかっていた。
丘の上に立つと、遥か遠方まで峻厳な山々が広がっていて、背後を振り返ると森の向こう側を見ることができた。
正面の森が途切れるあたりからは平原になっていて、こちらもどこまでも続いている。
「おぉ〜…… いい眺め」
と、景色を堪能している場合じゃない。
多分、村があるとすればそんなに遠くないと思うだけど……
目を凝らして左右を見ていると、耳元でエマちゃんが叫んだ。
「**! タツヒト***、******! **、****!!」
エマちゃんが指差す方向を見て目を凝らすと、洞窟の正面から見てやや右手奥に、きらめく湖が見えた。
そして、その脇には……あった!村だ!
遠すぎて豆粒ほどにしか見えないけど、多分柵に囲まれた中に建物がいくつも立っている。
「見つけた!よかった〜…… お家に帰られるよ! エマちゃん!」
後ろを振り返ると、すぐ近くに今日一番の笑顔のエマちゃんの顔があった。
よし、急いでエマちゃんを送り届けよう。
僕らは急いで丘を下り、村を目指して歩き始めた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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