第079話 楽しい会食
やたらと女王陛下に絡まれた晩餐会の直後、僕とヴァイオレット様は会食の件を領主様に報告した。
彼女は渋い顔をしていたけど、流石に陛下のご要望を突っぱねることはできなかったのか、僕らは途中で退席する形で参加することになった。
多分、僕らがいなくなった後に会食の本題を話すんだろうな。お手数をおかけします。
そして翌日。街はまだ生誕祭ムードでとても楽しそうだけど、残念ながら遊びに行くことはできない。明日の会食の準備があるからだ。
僕は今日、朝から王都屋敷の厨房に詰めて、料理長と一緒に最終調整を行なっていた。
料理長はふくよかな馬人族のおばさまで、領主様曰く信頼できる人物らしい。
領主様の命令だからかもだけど、彼女は料理人でもない僕の話をよく聞いてくれて、すでに竜肉の長期低温調理法もマスターしていた。
その甲斐あって、目の前には竜肉をメインにしたフルコースが並んでいた。
「うん、どれも美味しいです! そんなに時間も無かったのに、さすが専門職の方は違いますね。
コースの統一感もきっちりしています。メインの竜肉は、表面だけ香ばしく焼き上げてあって、中はしっとりジューシーで素晴らしいです!」
一応アドバイザーとして試食させてもらったけど、料理長が短期間で苦心して開発してくれたフルコースは素晴らしい出来栄えだった。
コース全体のストーリー性だとか、見た目にも美味しい盛り付けだとか、その辺も流石の一言だ。
僕の言葉に料理長はホッと胸を撫で下ろした。
「そうかい。本家のあんたがそう言ってくれるなら一安心だよ。でもこんな方法であの竜肉ねぇ。
確かに竜肉のステーキなんて王都でも聞いたことがないから、女王陛下も喜んでくれるかもねぇ」
「間違いなく喜んでくれますよ。めちゃくちゃ美味しいですもん。もう午後には王城に向かわれるんでしたっけ?」
「ああ、そうさ。全く、このあたしが王城で料理を作るなんて、夢にも思わなかったよ。
今から緊張で手が震えちまうけど、名誉なことだよ。あんたには感謝しないとねぇ」
「いえいえ。では、問題なさそうなので僕はこれで。明日はよろしくお願いします」
「ああ、任せときな。しかし、あんたまたこれからヴァイオレット様と稽古かい?
若い男女が、もっと他にやることあるだろうに」
料理長が呆れたように笑って言う。それには僕も同意見だけど、ヴァイオレット様がなんだか張り切ってるんだよなぁ……
所変わって屋敷の中庭、僕はヴァイオレット様と一緒に基礎練をしている。
御前試合で青鏡級の相手から一本取ったことで、彼女は何かを掴んだようだった。
いつもの戦車砲のような突きにはさらに磨きがかかり、恐ろしいほどの気迫を感じる。
……いや、ちょっと気合いが入りすぎじゃないだろうか。
「あの、ヴァイオレット様」
「……ん? どうした、タツヒト」
「その、いつにも増して鋭い突きですが、少し無理をしているようにも見えまして…… 何か心配事でもあるのですか?」
僕の言葉に、彼女は少し目を見開いた後、自嘲気味に笑った。
「タツヒトよ、そう易々と私の胸中を見破らないでくれ。このままでは私は君に一つも隠し事ができなくなってしまいそうだ」
「いえ、そんなつもりはなかったのですけど、やっぱり何かあるんですね?」
彼女は僕から視線を逸らし、少し躊躇ってから話し始めた。
「……晩餐会で、女王陛下は君にとてもご執心の様子だった。そして明日、会食にまで呼ばれる。私が呼ばれたのはついでに過ぎないだろう。
陛下が本気で君を家臣にと望んだ場合、私には止める権利も力もない。御前試合で見た通り、私以上の強者など、王国にはいくらでも居ることだしな。
私は、少し怖くなってしまったのだよ。君が私の側から離れていってしまうのじゃないか、とな」
僕はちょっと面食らい、少し笑ってしまった。
「ヴァイオレット様、陛下は単に物珍しがってるだけですよ。
今回の御前試合には集まりませんでしたけど、僕より強い男なんていくらでも居ると思います。わざわざ素性の怪しい平民を家臣に取り立てるなんて、あり得ませんよ。
それに何より、僕はヴァロンソル侯爵家から離れるつもりはありません」
「う、うむ。だがな……」
気楽な感じで意見を述べてみたけど、ヴァイオレット様はまだ不安そうだ。
「分かりました、こうしましょう。もし陛下が僕をお召しで、それを断れない状況になってしまった場合、逃げてしまいましょう」
「に、逃げるだと?」
「ええ。もう言ってしまいますけど、僕はヴァイオレット様が居るのでヴァロンソル侯爵家に仕えさせてもらっています。
それ以外の人に仕えるのはごめんです。でも状況がそれを許さないなら、ヴァイオレット様、一緒に逃げてしまいましょう」
僕はおどけたように言ってのけた。
実際にそんな状況にはならないだろうし、ヴァイオレット様は僕とは背負うものの大きさが違う。
馬鹿のような話だけど、今の気分の沈んだ彼女にはちょうどいいはずだ。
「ふ、ふふっ、はははは!」
お、受けてくれたみたいだ。
「ふー…… そうだな、タツヒト。もしそんなことが起きたら、一緒に逃げてしまおう」
ヴァイオレット様は、いつものように不敵に笑ってくれた。
翌日の昼、侯爵家のみんなで登城すると、王城の中では小さめなホールに通された。
中には女王陛下と、先日謁見も間で見た高官の方、他にも重鎮らしい人が何人か居る。
馬人族の国家の中枢だから当然だけど、ほとんどが馬人族だ。
「陛下、ご臨席いただきまして誠にありがとうございます」
「うむ。侯爵が言っていた竜肉、楽しみにしているぞ」
陛下と領主様が挨拶を交わしたことを皮切りに、会食がスタートした。
料理長が中心となり作り上げた竜肉のフルコースは、女王陛下も含め重臣の方達にも大好評だった。
ただ、やはり女王陛下は僕にばかり話を振るので、竜肉の調理法の発見から、カミソリ、雷魔法、火竜の討伐など、洗いざらい話してしまった。
その間、僕とヴァイオレット様がいると機密性のある話ができないせいか、大人達は当たり障りのない話ばかりしていた。
そして食後のお茶が出て一息ついたタイミングで、あとは堅苦しい話になるからと言うことで、僕とヴァイオレットは退出することになった。
やっぱりなんで呼ばれたのかわからん。
僕らは二人して首を傾げながら屋敷に帰ることになった。
***
タツヒト達が王城の小ホールから退出した後、王領とヴァロンソル侯爵領の重鎮達は、ある懸案事項について言葉を交わしていた。
両者の主張は食い違い、この件に関して立場の弱い侯爵領側の重鎮達の表情は優れない。
そして議論も煮詰まった頃、ローズモンド侯爵が眉間に皺を寄せながら言った。
「……女王陛下、お話は分かりました。しかし、やはり今この場ではお答えしかねる。どうか時を頂きたく」
「ふむ、よかろう。余も、もう少し時が欲しいところであるしな。 --ところで侯爵よ、タツヒト、彼は童貞か?」
女王のいきなりな発言に宰相が色めき立つ。
「陛下!」
「む、言葉が足らぬようだな。彼は、自らの手を同族の血で汚したことがあるか?」
「……いえ、私の知る限りありません」
女王の問いに、侯爵は怪訝そうな様子で答えた。
「そうか。ちょうど近くに、規模の大きい野盗共の討伐作戦がある。是非彼の力も借りたい。
御前試合の優勝者が野盗共を打つのだ、民達も喜ぶだろう。彼と随分仲の良いそなたの娘は、その間王軍の訓練に参加させるとしようか。
どうだ、そなたらにとっても悪い話ではあるまい?」
女王の言葉に侯爵は暫く思案し、渋々頷いた。
「……承知いたしました。いつかは通らなければならぬ道です。二人には伝えておきましょう」
「うむ、頼むぞ。ふふふ…… 良いぞ、久方ぶりに心が沸き立つようだ」
硬い表情の重鎮達をよそに、女王はとても楽しげに笑った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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