第078話 晩餐会
男子と女子の御前試合が終わり、僕らヴァロンソル侯爵家一行は王城の控え室に案内された。
次の式ではなんと女王陛下から直接勲章を授章して頂けるらしい。
それなりの格好をする必要があるということで、僕は男性使用人の方々からもみくちゃにされている。
軍服っぽい礼服の着付けが終わり、使用人の方からOKが出たので衝立から出る。
「お待たせしました」
「ふむ…… 礼服の大きさは良いようだな」
「はい、領主様。ありがとうございます、全く問題なく着られます。いつの間に用意して下さったんですか?」
「為政者とは常に備えを怠らないものだ」
なるほど、さすがは侯爵領の領主様。
「うむ。よく似合っているぞタツヒト。とても良い」
ヴァイオレット様は僕を見ながらいい笑顔で何度も頷いている。
そういう彼女の方も着替え終わっていて、引き締まった上半身としなやかな馬体が、いつもより華美な礼服に包まれている。
着こなしの素晴らしさと凜とした立ち居振る舞いから、思わず傅きたくなるような気品と力強さが感じられた。
「ありがとうございます。ヴァイオレット様も凛々しくて格好いいです」
「ふふっ、ありがとう。本当に君はいつも褒めてくれるな」
二人して距離も近く見つめ合っていると、ヴァイオレット様の只人の方のお母様、レベッカ様から呆れたような声がかかった。
「お二人とも、ここにはあなた方以外の人間もいます。少しはしたないですよ」
そう言われて僕らは慌てて距離を取った。ご両親の前でいちゃつけるほど心臓が強く無い。
「まぁまぁ、いいじゃないか。彼女のあんな姿初めてみたよ」
お父様のユーグ様はヴァイオレット様に甘々なようだ。また涙ぐんでいらっしゃる。
そんな感じでわちゃわちゃしていると、控え室のドアがノックされた。
領主様が入室を許可すると、王城の使用人の方が入ってこられた。
「失礼致します。ヴァロンソル侯爵家の方々、並びに御前試合男子の部優勝者のタツヒト様、準備が整いましたので、謁見の間までご案内致します」
案内された謁見の間は縦長のかなり広い空間だった。
王室の権威を感じさせる立派な造りの部屋の奥、小高いところに王座があり、そこに金髪金眼の女王陛下が座している。
僕はというと、王座の前の床に大人しく傅き、声をかけられるのを待っている。
ちなみに、隣には女子の部の優勝者、イヴェット様も居る。
ヴァロンソル侯爵家の面々は、他の貴族っぽい人々に混じって壁際に並び、僕らの様子を見守ってくれている。
「只今より、御前試合優勝者への勲章の授与式を執り行う!」
女王陛下の隣に控えたご高齢の馬人族の方が、よく通る声で宣言した。
宰相とか大臣とかの、とにかくこの国の高官なんだろうな。
「王領、陽光近衛騎士団中隊長、イヴェット卿、前へ!」
「はっ!」
呼ばれたイヴェット様がゆっくり女王陛下の前まで進み、右腕を曲げて体の前に置き、頭を下げながら足を少し曲げるお辞儀をした。
「御前試合における貴君の稀なる功績を讃え、三等陽蹄興国勲章を与える。女王陛下」
「うむ」
高官の人はサイドテーブルから勲章らしきものを取ると、椅子から立ち上がった女王陛下に手渡した。
そして陛下はイヴェット卿の胸に勲章を取り付け、お言葉をかける。
「イヴェット卿。若くしてよくぞその領域に至った。これからも我が国のために力を示して欲しい」
「はっ! ありがたき幸せ。女王陛下に忠誠を」
イヴェット卿が最後にまたお辞儀し、キビキビと元の位置に傅いた。
式典の流れの説明は受けたけど、彼女が先に受章されてよかった。真似してれば間違いないからね。
「ヴァロンソル領、領軍魔導士団所属、タツヒト、前へ!」
「はっ!」
名前を呼ばれたので、イヴェット卿の真似をして陛下の前まで進みお辞儀する。
近くで拝謁すると、陛下からは気品というか神々しさまで感じる。
この国の王族は馬人族の始祖神の血統ということになってるらしいけど、あながち嘘じゃないのかも。
「御前試合における貴君の稀なる功績を讃え、三等月蹄興国勲章を与える。陛下、こちらを」
「うむ」
これもさっきと同じ流れで陛下が僕の胸に勲章をつけてくれた。
「タツヒト。男の身で、そして若くしてよくぞそこまで練り上げた。これからも我が国のために力を振るって欲しい」
「はっ! ありがたき幸せ。女王陛下に忠誠を」
貰うものを貰ったのでさっさと戻ろうとしたところで、女王陛下が僕の方に身を寄せてきた。
驚いて固まっていると、耳元で囁かれる。
「--そなたには個人的に興味もある。晩餐会でゆっくり話そうぞ」
「……ははっ」
想定外のことに、僕はやっとそれだけ返事することができた。
ちょっとしたハプニングもあったけど、無事受章式も終わり、僕らは再び控え室に戻ってきた。
次はやっと本日最後のイベント、晩餐会だ。疲れるー。
「よし、ご苦労だったな、タツヒト。では次の衣装に着替えよ」
「え、また着替えるんですか?」
「君が強力な戦士かつ魔法使いであることは重々承知している。しかし君は男だ。晩餐会には相応しい格好というものがあるのだ」
「そうなんですか…… わかりました」
領主様にそう言われ、また男性使用人の人たちに揉みくしゃにされること暫し。
着替えを終わった僕を見て、領主様が満足げに頷いた。
「うむ。良いぞ、そこいらの貴族令息に全く引けを取らない出来だ。お前達、素晴らしい仕事だ」
領主様が僕のメイクアップを担当した使用人の人達を褒め、当の本人達は満足げにお辞儀で答えた。
それはいいのだけれど……
「あの、なんだかこれ、結構恥ずかしいんですが……」
僕の今の格好は、なんというか中性的なドレス? そんな感じだった。
光沢のある落ち着いた色合いの布地が使われていて、下半身はゆったりしたズボンでいいんだけど、上半身は布を袈裟懸けに巻きつけただけのような格好だ。
腕やら肩やら首元が大きく露出しているので、全く落ち着かない。これならまだ海パン一丁の方がまだマシだぞ。
「何を言う。晩餐会や舞踏会に出席する若い男性としては、ごく一般的な装いだ」
うーん。確かにこの世界の男性陣は、細身、小柄、顔立ちも中性的な人が多い。そうなると、オフィシャルな場での格好もこうなるのかぁ。
やっぱり、ベラーキの守護神、ボドワン村長は特異点的存在だったんだな。
ふと視線を感じて振り向くと、ヴァイオレット様がほんのり頬を染めて僕を凝視している。
なんか恥ずかしくなって思わず身を捩ってしまった。
「……はっ。う、うむ。大変けしからん、ではなく! とても素敵な装いだ。大変可愛らしいぞ、タツヒト」
「あ、ありがとうございます」
彼女に褒められるのは嬉しいけど、可愛いかぁ。地球世界の価値観を引きずってるのでちょっと複雑。
「……その流れは先ほど見たのでもう良いですよ」
レベッカ様に突っ込まれたところで使用人の方に呼ばれ、一行は晩餐会の会場に移動した。
音楽が響く広々とした豪奢なホールに、所狭しと並べられた豪華な料理の数々、煌びやかな衣服を纏った数百人の人々。
晩餐会の会場は、この世の贅を集め尽くしたような様子だった。
どうやら今日は立食パーティーの形式のようだ。まぁ、これだけ人が居たらそうするしかないよね。
「さすが王宮の晩餐会ですね。ちょっと圧倒されてしまいます」
「そうだな。私もこの規模のものには子供の頃参加して以来だ」
ヴァイオレット様と二人、ほへー、といった感じで会場を眺める。
領の他の人たちは挨拶回りに行ってしまった。ヴァイオレット様は僕をエスコートすると言って着いてきてくれた。
嬉しいけどやっぱり複雑……
でも周りを見ると、僕と同じような格好をした中性的な男性が、馬人族や只人の女性に連れられてる感じだ。こちらではこれが普通なのだ。
物珍しいのか、次々と話しかけて下さる会場の方々と歓談していると、扉の方から大きな声が聞こえた
「女王陛下、御入来!」
使用人の方達が扉を開くと、御付きの方がと一緒に女王陛下が入室された。
あ、決勝で当たったケヴィン分隊長もいらっしゃる。
彼の方を見ていたら目が合ったので目礼を交わす。彼は確か月光近衛騎士団所属だったと思うけど、やっぱり陛下の警護なんかが仕事なんだな。
女王陛下はそのまま部屋の奥に進み、晩餐会に際してお言葉を話され始めた。
会場の全員がしばし傾聴し、お言葉の終わりと共に拍手が巻き起こる。
……そういえば。
「ヴァイオレット様」
「うん? なんだろうか?」
「あの、もしかしたら女王陛下がこちらにいらっしゃるかもしれません。授賞式の時にそんなことをおっしゃっていまして……」
「何? しかし優勝者とはいえ、平民である君にこの場で言葉をかけるなど…… いや、君が正しいかもしれない。陛下がこちらに向かってくる」
女王陛下は慌てる御付きの人々に構わず、僕の目の前まで来てしまわれた。
こうなっては仕方がない。
「女王陛下におかれましてはご機嫌うるわしゅう。このような平民を気にかけて頂き光栄の至にございます。ですが--」
「よい。余はそなたと話がしたかったのだ。 --ふむ。試合場で見た勇壮な姿も良いが、その姿も可憐で良いな」
「もったいなきお言葉、大変ありがとうございます」
それから、女王陛下は周りがオロオロする中、数十分は僕に言葉をかけ続けてくれた。
御前試合のことから始まり、普段の仕事のことやら、食事の趣味なんかまで聞かれた。
何、この状況。いや、金髪金眼の馬人族の美人に話しかけられるのは悪い気はしないのだけれど、いかんせん相手が偉すぎる。胃が痛くなってきた。
「む、それは緑蹄竜退勲章か。大したものだ。領に被害などでておらぬか?」
ここで、陛下が僕の胸元にある勲章に気づいた。
多少ミスマッチだけど、ドレスには先ほど陛下から頂いた勲章と、ヴァロンソル領で火竜を討伐した時の勲章が付けてあった。
「光栄です。 --兵士五名が犠牲になりました。しかし、こちらのヴァイオレット中隊長の元、被害は最小限に留まったものと考えます」
僕が視線を送りながら言うと、ヴァイオレット様は陛下に恭しくお辞儀をした。
「ふむ…… なるほど、随分と強き信頼で結ばれているようだ。 --今日のところはこれまでとしよう。そうだ、そなたらのところのローズモンド侯爵には、ちょうど明後日会食に誘われている。ぜひそなたらも同席してほしい。ではまた」
陛下はそう言って颯爽と去っていってしまった。
え、まじですか。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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