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第075話 御前試合(1)


 『雷化(アッシミア・フルグル)!』


 パリッ、バチチチチチッ!


 強化魔法を使った僕の体が帯電、発光し、連続した放電音を発する。

 場所は侯爵家の王都屋敷の中庭。僕はランスを持って泰然と佇む騎士と対峙していた。

 この魔法を使うことで、遥かに格上である彼女にほんの少しだけ近づくことができる。


 「ヴァイオレット様、行きます」

 

 「うむ、来るといい」


 ヴァイオレット様が身体強化の段階を引き上げたことで、その身体から緑色の放射光が放たれる。

 そして彼女が構えたと同時に僕は脱力し、身体は重量に引かれて前に倒れる。

 その動きに重ねるように足を蹴り出し、低い姿勢で10m程の間合いを一瞬で詰める。

 彼女は背筋の凍るような速度でランスの突きを合わせてきたが、それを読んでいた僕は斜め前に躱わした。

 そして馬人族の弱点である体の側面に対して、下から掬い上げるように槍を薙いだ。


 ッカァン!


 しかしこんなことが通じる彼女では無く、ランスをくるりと持ち替えてなんなく僕の攻撃を防いだ。

 槍を防がれた僕が体制を整える間に、彼女も僕を正面に捉えるように向き直った。

 そして。

 

 ボッ!


 戦車砲のような威力と速度を持つランスが襲いかかった。

 何度も突き込まれる必死の一撃を、背中に冷や汗をかきながらなんとか捌く。

 こうなると反撃の隙は全くなくなる。ギリギリで躱し、槍の柄でいなし、一瞬の隙をついて後ろに飛ぶ。

 仕切り直しのつもりで間合いをとったけど、その動きは彼女に読まれていた。

 僕の足が地面から離れる瞬間に彼女は足を撓め、突進を開始した。

 そして後ろに飛んだ僕の足が再び地面に触れた瞬間。身動の取れないタイミングで、トップスピードに乗った彼女のランスチャージが目の前に迫った。


 身体強化、強化魔法、そして死の予感。様々な要因によって僕の主観時間が引き延ばされる。

 しかし、どう足掻いてもこの突進を避け切ることはできない。

 僕はせめて直撃を避けるため、右手に持った槍をランスに当てて進路を僅かにずらす。


 ドンッ!


 「……ガハッ!」


 地球世界で一度だけ見たことがある、人とトラックの衝突事故。それの瞬間にそっくりな音が間近で聞こえた。

 ランスが身体を直撃することは避けたものの、僕の体はヴァイオレット様の突進に大きく弾き飛ばされた。

 重力に対して直交して飛ぶ体を立て直すため、空中で姿勢を変えて地面に手をついて制動をかける。


 ……ズシャァァッ!


 跪くような体制でなんとか着地することができた。しかし。


 「ゴホッ、ゴホッゴホッ……!」


 脳震盪で意識が鈍り、衝撃で引き攣った横隔膜は言うことを聞かない。

 それでも気合いで槍に縋り付いて立ち上がると、ヴァイオレット様は追撃をかけず静かに佇んでいた。 


 「この辺りにしようか?」


 掛けられた声に含まれた少し挑発的な色に、折れ掛けた心が奮起する。


 「……いえっ、まだまだ!」


 「ふふっ、そう来なくては!」


 彼女は獰猛な笑みを浮かべながら言うと、再びランスを構えた。






 「ハァッ、ハァッ…… ま、まいりました」


 あの後も何十合と打ち合い、遂には槍を弾き飛ばされ、そのタイミングで強化魔法も切れてしまった。

 魔法の反動で身体中が痛む中、僕はなんとか両手をあげて降参を告げた。


 「ふぅ、ふぅ…… うむ。やはり、タツヒトとの訓練が一番身になるな。今日はこれまでとしよう」


 ヴァイオレット様も僅かに息を乱し、今日の組み手の終わりを告げた。

 以前はその動きすら全く捉えられなかったのに、今ではこうして彼女の呼吸を乱すことができるようになった。

 まだまだ隔絶した実力差を感じるけど、僕も着実に成長できているようだ。


 「はい、ありがとうございましたぁ。ふぃー…… 明日から本番なのに、ちょっと飛ばしすぎましたね」


 王都に来て一週間ほどが経ち、僕とヴァイオレット様は御前試合の予選を明日に控えていた。

 さっきまで行っていた組み手はその最終調整ということだ。

 

 「そうだな。最初の突進で大分強く当ててしまったが、怪我などしていないだろうか……?」


 彼女は僕に近寄ると、骨折などがないか体に触れ始めた。さっきまでと打って変わってすごく気遣わしげな様子だ。

 でもそんなに弄られるとちょっと変な気分になってくる。


 「あふっ…… だ、大丈夫です。うまく加減していただいたので、怪我はありませんよ」


 「そうか、ならばよかった」


 それから僕らは中庭に設えられたベンチに座り、明日以降の予定について話し始めた。


 「まず明日が予選ですよね。で、明後日の朝から生誕祭が始まって、午前が御前試合男子の部、午後が女子の部、夜が授賞式と晩餐会でしたよね」


 「ああ。なかなかに忙しい日程だ。生誕祭の翌日以降は、数日間は会食やらお茶会やらが続く。そこから領都に帰るわけだが、何も起きなければ復活祭には間に合うはずだ」


 復活祭は聖協会の重要なイベントの一つで、聖イェシュアナが死から復活したとされる日のついでに、春の収穫も祝ってしまおうというお祭りだ。

 でも、今年は大狂溢(だいきょういつ)で畑が荒らされた村も多いらしいので、素直に喜べる人は少ないのかもしれない。

 ベラーキ村はそこまで被害が出なかったので、例年通りお祝いできるはずだ。


 「間に合わせたいですね…… 野営しながら生誕祭を迎えるのは流石に嫌ですよ」


 「ははは、そうだな」


 せっかくのイベント、領都で馴染みの面子で迎えたい。あ、そういえば。


 「あの、全然調べていなかったのですけど、御前試合に誰が出るかってご存知ですか?」


 「ふむ。近隣の領の高名な騎士、魔導士の名前はいくつか思い浮かぶが、年齢制限を考慮すると正直私もわからない…… 王都の有名どころで言うと、男子の部では月光近衛騎士団のケヴィン分隊長あたりが有力だろうな。彼は黄金級の位階にあると聞くし、出場するとなれば間違いなく君の前に立ちはだかるだろう」


 「ケヴィン分隊長ですか…… ありがとうございます。明日の予選で探してみます。女子の部ではどうでしょう?」


 「女子の部だと、陽光近衛騎士団のイヴェット中隊長、宮廷魔導士団のドリアーヌ小隊長あたりだろうな。彼女たちは青鏡級の位階にあると言うから、当たった際には胸を借りるつもりで挑ませて頂こう」


 「青鏡級ですか…… でも御前試合ということは、女王陛下がすぐ側で試合をご覧になられるわけですよね? 騎士ならまだしも、青鏡級の魔導士の方は本気出せないのでは……」


 基本の石弾(ラピス・ブレッド)ですら危ないのに、青鏡級の魔導士の流れ弾が飛んでくる場所になんて、僕でも居たくないぞ。


 「うむ。それは私も気になっていたのだが、ここは王都だ。この国で最も魔導が進んだ都市なので、何か特殊な魔法でも用いて安全対策を講じるのだろう」


 「あー、魔法には魔法ですか。それはありそうですね。っと、ちょっと冷えてきましたね。続きは中で話しましょうか」


 「そうだな。前日に風邪を引いてしまっては敵わない」


 ……そういえば完全に予選を通過する想定で話をしているけど、今回は国中から優秀な若手が集まってくるんだよね。

 まずは明日の予選突破に全力を尽くそう。






 翌日。万全の体調で試合に臨んだ僕とヴァイオレット様は、無事に御前試合の予選を突破した。

 ……いや、あっさりし過ぎかもだけど、そんなにコメントすることがないんだよね。


 御前試合への参加呼びかけは、伯爵以上の上級貴族にのみ行われたらしい。

 予選に集まったのは男女の部でそれぞれ50人くらいだった。

 で、集められた50人はそれぞれ6〜7人くらいのグループに分けられて、そのグループの中で勝ち抜いた一人が本戦に出ることができる仕組みだ。

 ルールはほぼなんでもありで、相手を戦意喪失、気絶、降参させるか、痛めつけて動けなくすれば勝ちだ。

 危険な場合は審判が判定勝ちを宣言する場合もあるみたいだけど、反則は相手を殺すことのみ。野蛮だこと。

 まぁ、魔法が入ってくると自由度が高過ぎてルールが意味をなさないんだろうけど。


 僕が出場した男子の部に関しては、おそらくほとんどが橙銀級で、黄金級以上と思える人は僕も含めて数名くらいだった。

 そういう訳で、苦戦らしい苦戦もせずに本戦行きの権利を手に入れることができた。

 その中に噂のケヴィン分隊長らしき人もいて、ブロードソードと盾を使って堅実な戦い方をする手練だった。

 予選ではその辺りが考慮されているのか、僕とは別のグループで勝ち抜いて本戦への出場権を手に入れていた。

 

 一方女子の部は流石に選手層が厚く、緑鋼級らしき人もゴロゴロいたのだけれど、ヴァイオレット様はそれほど苦戦せずに勝ち上がっていた。

 多分、彼女は緑鋼級の中でもかなり上位なんだろうな。

 あと、青鏡級っぽい凄まじい気配を放つ人も数人いたけど、あのヴァイオレット様が胸を借りようと言っていた意味がわかった。あれはやばい。

 あんな人達が女王陛下のすぐ側で暴れて大丈夫なんだろうか? そこだけすごく不安。


お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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