第074話 王都セントキャナル(2)
侯爵家の貴族パワーにより、僕らは行列の横をすり抜けて王都に入ることができた。
バイエ村、ベラーキ村、領都クリンヴィオレ。人類拠点の防壁については多少知見のある僕から見ても、王都の城壁は立派だった。
高さはクリンヴィオレのものより少し高い20m強だけど、城門を潜って街の中に入るまでに歩いた歩数が違った。ここの城壁はやたらと分厚いのだ。
さすが王都と思う一方で、ちょっとやりすぎではとも思ってしまう。
「大森林からかなり距離があるのに、ここまで立派なもの必要なのかな?」
首を傾げていると、隣のヴァイオレット様が疑問に答えてくれた。
「大森林ばかりが魔物の領域ではないからな。規模は小さいが王都の近くにも魔物の領域があるし、魔窟も点在している。だがまぁ、一番は威信のためだろうな」
「--なるほど、王都には国内外からたくさんの人が集まる…… その王都の城壁がしょぼいと、他国の人間には舐められて、国内の人間は不安になっちゃいますね」
「うむ、そういうことだ。さて、このまま王都屋敷まで行くぞ」
「はい、ヴァイオレット様」
三重の城壁を持つ王都は、外側から外壁街、内壁街、城下街というふうに区切られていて、侯爵家の王都屋敷は城下街にあるらしい。
今僕らが歩いているのは外壁街で、女王の生誕祭が近いせいか大通りは人でごった返してた。
王都の人口は10万人くらいと聞いていたけど、今の時期はもっと多いんじゃないだろうか。
街の至る所に広い水路を小舟が行き来し、建物も造りや色合いが洗練されているので、全体的に街がお洒落だ。
王都の街並みを眺めながらさらに城門を二つ潜り、城下街に入った。
領都でもそうだったように、やはり中心に近づくほど人の格好や店構えなどが洗練されている気がする。
しかし、近くに来たせいでいやでも王城の威容が目に入るなぁ。
さらにしばらく進むと、馬車は大きな屋敷の前で止まった。
ヴァイオレット様の顔パスで門を通過すると、屋敷の扉の前に使用人らしき人たちが並んでいた。
その中の一人、お髪も白くなったご高齢の馬人族の方が前に出ると、僕らに向かって綺麗なお辞儀をした。
「ようこそお越し下さいました、ヴァイオレットお嬢様、大きくなられましたな。使用人一同、お待ちしておりました」
「うむ、久しいなセバスチアンヌ、しばらく世話になる。母上、屋敷につきました」
うお。すごく執事っぽい名前だ。
ヴァイオレット様が声をかけると、領主様達が馬車から降りてこられた。
「ふう、馬車は移動しながら仕事ができて良いが、体が凝っていかん。半年ぶりになるか、セバス。元気そうで何よりだ」
「はっ、ありがとうございます。お館様もご壮健のようで安心いたしました」
「うむ。ではひとまず部屋に案内してくれ。夕食まで少し休みたい」
「はっ、こちらへどうぞ」
セバスチアンヌさんの後ろについて、なぜか領主様一家と一緒に屋敷内を歩く。
他の護衛の人たちが別の棟に案内されていたのでそっちに行こうとしたら、領主様からお前はこっちだと言われてしまった。
選手特権だろうかと思っていると、前をいく領主様が首だけこちらを振り向いた。
「ヴァイオレット、タツヒト。生誕祭と御前試合までまだ日がある。挨拶回りなどは私たちがやっておくので、二人は体調を整えておくのだ。多少であれば王都で遊んでもかまないぞ」
え、やった、自由時間だ!
ヴァイオレット様の方を見ると、見事に彼女と目が合った。
考えることは同じだったようでニヤリと笑っている。よし、二人で王都観光だ。
王都に到着した次の日の朝、僕とヴァイオレット様は早速王都観光に繰り出した。
体調を整える上ではやはりメンタルも重要で、メンタルの充足には息抜きも必要だ。我々が王都を遊び歩くのも御前試合の準備の一つと言えるのではないだろうか。
「ふふっ、母上も珍しく粋な計らいをして下さる。王都には子供の頃に来たきりで久しぶりだが、有名どころなら案内できるぞ。まずはどこから行こうか……」
隣を歩くヴァイオレット様がウッキウキのニッコニコで言う。こっちまで嬉しくなっちゃうな。
僕の手を握る彼女の手も機嫌良さそうに揺れている。
竜肉を食べてもたあの夜以降、最近は人目がないとお互い自然と手を握ってしまうし、隙あらばキスしてしまう。
まさにバカップルだけどめちゃくちゃ幸せ。
「それは楽しみです。一旦どこかに入って作戦会議しますか? この辺はおしゃれなカフェが多いみたいですし」
「いいな、そうしよう。この辺であればあの店が良さそうだが、まだやっているだろうか……」
ヴァイオレット様が子供の頃に来たという老舗のカフェは、幸い今も営業していた。
運よく運河の側のテラス席に通してもらい、美味しいお茶とお菓子を頂きながら作戦会議をする。
あれこれ話すうちに、とても今日だけではみて回れないので、まずは城下街の有名どころをみて回ろうと言うことになった。
最初の目的地はカフェから少し距離があったので、水路を行く小舟を止めて二人で乗り込んだ。
少し無愛想な馬人族の船頭さんに行き先を告げ、距離も近く二人並んで座る。
「僕こういうのに乗るの初めてなので、ちょっとワクワクします」
「ふふっ。ベラーキ村の湖には水棲の魔物がいて危ないからな。こうして優雅に移動できるのは王都ならではだな」
そうしていると、船頭さんがちらりとこちらを振り返った。ちょっとおしゃべりがうるさかったかな?
彼女は前に向き直ると櫂を大きく動かした。すると、その一瞬後に船がヴァイオレット様の方に大きく傾いた。
「あっ……」
完全に油断していた僕はバランスを崩し、隣のヴァイオレット様に思いっきりしなだれかかってしまった。
……めっちゃいい匂い。
「ご、ごめんなさい!」
残像が残る勢いで急いで座り直す。
いや、よく考えたらもうこれしきで崩れる関係じゃないと思うけど、不意打ちは焦ってしまう。
恐る恐るヴァイオレット様の方を伺うと、赤面して固まっていらっしゃる。
「い、いや、かまわないぞ。うむ、全くかまわない」
二人でワタワタしていると、船頭さんが振り返り、今度はニヤリと笑った。
こ、この人。できる……!
きっと数多のカップルに福音を齎したであろう彼女に、僕は心の中で何度もお礼を言った。
それから有名どころをいくつも巡り、時間は瞬く間に過ぎて夕暮れ時となった。
名残惜しいけど、そろそろ屋敷に帰らないと行けないかな。
夕日に赤く染まる通りを二人で通りを歩いていると、噴水のある広場に大きな銅像が立っているのが目に入った。
そういえば、同じような像を街中で何度か見た気がする。
「ヴァイオレット様、あれは誰の銅像ですか?」
ヴァイオレット様に聞いてみると、彼女は足を止めて銅像の方を見た。
「ん? あぁ、あの方が今のこの国の女王、マリアンヌ3世陛下だ」
「あ、そうなんですね。ご存命の内にこんな立派な銅像がいくつも建てられるなんて、よほど慕われているんですね」
「うむ。マリアンヌ陛下は、若かりし頃はご自身で兵を率いて精力的に魔物や野盗の討伐をなされていたそうだ。王領の民たちはそんな陛下を騎士王と呼び敬愛しているらしい。武門を尊ばれるお方なので、我々のように国境や魔物の領域に接している侯爵家には色々と便宜を計ってくれているのだ」
「へー、それは僕らにとってすごくありがたいですね。それに、ここまで来る時に通った街道もきちんと整備されてましたし、王都の様子も活気に溢れてます。文武両道の理想的な王様ですね」
「うむ。ただ、一つだけ我々国民が憂慮していることがあってだな…… まだお世継ぎが生まれていないのだ。確か女王陛下も今回の生誕祭で三十歳になるので、心配する声も多い。王家の血を引く公爵家から王太子を立てると言う手もあるが、そういう話も聞かない。不敬な考えになるが、もし今陛下が倒れられたら国内が混乱することは想像に難くない」
「そうなんですか…… それは、その、女王陛下に頑張って頂く他ないですね」
「む? ……あ、ああ。そうだな。その通りだとも」
僕が変なことを言ったせいで、なんだか妙な雰囲気になってしまった。
僕らはどちらともなく顔を赤て視線を外した。
「そ、そろそろ屋敷に帰ろうか」
「え、ええ。そうしましょう。名残惜しいですが」
明日からは御前試合に備えて訓練も始めないといけない。
僕らはこの時間が終わるのが惜しくて、屋敷への帰り道をとてもゆっくり歩いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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