第073話 王都セントキャナル(1)
王都への出立を控えた最後の安息日、僕とヴァイオレット様は朝からベラーキの村に来ていた。
王都への往復だけで二週間程度、さらに王都でイベントやら待ち時間やらでさらに二週間、おそらく合計一ヶ月ほど領を留守にすることになる。
今日ここに来るには、僕らはある種の覚悟を持つ必要があった。
「ぐすっ、一ヶ月も一緒に遊べないの……?」
「ああ、すまないエマ。だが王の勅命故どうしようもないのだ」
「ごめんねエマちゃん。帰ってきたらすぐにまた遊びにくるよ」
「ゔん…… わかった。すんっ、じゃぁ今日はいっぱい遊ぼ?」
「ああ、もちろんだ」
僕らが一ヶ月くらい村に来られないことを伝えると、案の定エマちゃんは泣いてしまった。
けど、僕が村を出る時ほどの大泣きでは無く、今回はちょっと涙ぐむくらいだった。
彼女の亜人の方のお母さん、レリアさんは今妊娠中で、おそらく僕らが帰ってくる頃くらいには妹が生まれるはずだ。
「お姉ちゃんになるんだからしっかりしないと」、が最近の口癖だったエマちゃんは、確かに成長しているようだった。
少し寂しいけど、微笑ましくもあり嬉しくもある。
遊びに行く前に挨拶しておきたかったので、エマちゃんとヴァイオレット様の二人と手を繋ぎながらみんなに会いにいった。
最初に村長宅を訪ねると、村長夫妻に加え、ちょうど義理の姉上たちも居た。
理由も合わせてしばらく尋ねられなくなることを伝えると、驚きながらも喜んでくれた。
「やっぱりオメェはこの村に留まるやつじゃなかったなぁ」
村長が少し嬉しそうにそう言ってくれたのが印象的だった。義理の姉上達はちょっと悔しそうにしてたけど。
村長からは村周辺の近況も聞けたけど、隣のバイエの村はあまり良くない状況らしい。
防壁や村の建物の修繕は終わったらしいけど、秋植えの小麦なんかはほぼ全滅状態だという。
比較的大狂溢の被害が少なかったベラーキの村で支援するらしいけど、結構厳しいことになりそうな様子だった。
あと、領都にいる村長夫妻の息子さん、ボリスさんからの手紙も新作の堅果焼きを添えて渡しておいた。
みんな、ボリスさんが婿に行った内壁街のパン屋が、いつの間にか堅果焼き屋になったことには最初驚いていた。
けど店が閉店を免れて軌道に乗ったことを素直に喜んでくれた。ここの一家はみんな仲が良いよね。
他にも何人かに挨拶を終えた後は、ヴァイオレット様とエマちゃんとで一緒にサンドイッチを作って、村の外の小高い丘の上までピクニックに行った。
季節はもう春。丘には色とりどりの花が咲いていて、美しい光景が広がっていた。
丘の上でおしゃべりしながらサンドイッチを食べた後は、みんなで花の冠を編んだ。
その人に似合うように冠を編み、みんなで総評を述べるその遊びは、変則的なファッションショーのようで楽しかった。
エマちゃんはしゃぎ疲れたのか、冠を編む途中でヴァイオレット様の腕の中で眠ってしまった。
ヴァイオレット様は、慈母のような表情でエマちゃん髪を梳いている。
「一ヶ月もエマちゃんに会えないと考えると、やっぱり寂しいですね」
「ああ。御前試合を終えたら、なんとしても最速で帰ってこよう」
「えぇ、もちろんです」
僕とヴァイオレット様は二人して頷きあった。
王都での任務を終えたら、またこの村に帰ってこよう。
王都への出立の日、僕は魔導士団の皆さんに挨拶をしてから、ヴァイオレット様のいる騎士団の屯所に向かった。
ロメーヌ隊長もジャン先輩も、「あ、今日だっけ? そんじゃあ行ってらっしゃーい」と言った淡白な反応だった。
エマちゃんとの落差に風邪を引きそうになるな……
御前試合ということで、装備は全て鉱精族のギルベルタさんに整備してもらい、一応よそ行きの服も仕立てた。
やっぱり学生服は目立ちすぎるんだよね。
あと領主様の思いつきで、私物の入ったカバンに加えて竜肉が入った冷凍庫の魔道具も背負っている。結構重い。
王様に話があって、なるべく機嫌を取りたいから用意せよとのことだった。
確かに美味しいのは保証するけど、得体の知れない肉を果たして王様は食べるんだろうか……
騎士団の屯所に着くと、すでに小隊規模、30人ほどが集まっていた。
今回は王都へ向かう領主様達の護衛隊として、ヴァイオレット様が中隊から選抜した精鋭と、支援部隊の人たちが同行する。
グレミヨン副長はというと、領都に残って中隊を指揮するらしい。
顔パスで屯所の門を潜ると、隊をまとめていたヴァイオレット様がこちらに気づいた。
「おはようタツヒト。ふふっ、すごい荷物だな」
「おはようございます、ヴァイオレット様。ええ、この冷凍庫が重くてですね…… 馬車に積ませて頂いても良いでしょうか」
「もちろん、話は聞いている」
荷物を馬車に積ませてもらった後、僕らは領主の屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、すでに大きく豪奢な馬車が庭先に止まっていた。
いや、本当に大きな馬車だな。馬人族の人でも数人乗れそうな大きさだ。
馬人族の人たちは基本的に馬車に乗らないけど、流石に領主様になると乗るということなんだろうな。
門番の人に館の中に招き入れられて待つことしばし。
館から領主様と二人の只人の男女、そしてその御付きと見られる人たちが出てきた。
ヴァイオレット様が前に出てその人たちに話しかける。
「母上方、父上、お迎えに上がりました」
「うむ、ご苦労」
「ありがとうございます、ヴァイオレット。予定通りの時刻ですね」
「やぁヴァイオレット、久しぶりだね」
会話から、只人の男女はヴァイオレット様のご両親のようだ。
この国では馬人族一名に対して、只人の男女一人づつで結婚するのが一般的で、それは貴族様でも基本は変わらない。
男性の方は上品で優しげな顔立ち、女性の方は眼鏡をかけていて佇まいも怜悧な印象だ。
すると、ヴァイオレット様は男性、彼女のお父さんの方に歩み寄った。
「父上」
「おや、どうしたんだい?」
彼女はチラリと僕の方を見た後、深呼吸をしてからお父さんの手を取った。
「道中、私があなた方をお守りします。どうかご安心下さい」
「……! --ヴァイオレット、君の手に触れたのは何年ぶりだろうね。もう、大丈夫なのかい?」
お父さんは、驚いた表情で目尻に涙を浮かべながら言った。
その声色には気遣うような優しい響きがあった。
ヴァイオレット様は幼少期のトラウマで男性に触れられなくなり、それが良くなり始めたのは最近のことだ。
戦友の僕の次はお父さんか。どうやら順調に治ってきているらしい。よかった。
「ええ。頼りになる、とても良い友人に出逢いまして…… 私はもう大丈夫です」
「そうかい、それはよかった…… そこの彼がその友人かい?」
お父さんが僕の方を見て言った。
「はい父上。タツヒト、紹介しよう。私の父上のユーグと、もう一人の母上のレベッカだ」
突然水を向けられた僕は、焦りつつも一歩前に出て挨拶した。
「お初にお目にかかります、魔導士団のタツヒトと申します。ヴァイオレット様にはとてもよくして頂いております」
「そうかい。 --本当にありがとう。これからも娘と仲良くしてやってくれ」
「はっ、もちろんでございます」
純粋な感謝を向けられて少し照れてしまう。
それにしてもすごい好感触。これはもうお義父さんとお呼びしていいのでは。
一人で喜んでいると、もう一人のお母さん、レベッカ様も声をかけてくれた。
「娘が世話になったようですね。しかし、なるほど貴方が…… 貴方の考案したカミソリはこの領に大きな利益をもたらしています。会ってお礼を言いたいと思っていたのです。 --おっと、そろそろ出ましょうか。時間は有限です」
レベッカさんの言葉で、僕らはすぐに出発することになった。どうやらタイパ重視の人らしい。
領都を出てた後はひたすら街道を北に進んだ。今回は僕も歩きで移動だ。
途中、街に泊まったり魔物に襲われたりとちょっとしたトラブルを挟みながらも、順調に旅程を消化していった。
領都を出て一週間ほど立った日の昼下がり、なだらかな丘を超えたあたりでそれが現れた。
外苑部の直径が2km以上はありそうな三重の城壁、中央に聳え立つ白亜の城、都市を貫く幾つもの運河。
この世界にきて目にした中で、間違いなく最大の都市だった。
「いやー…… 大きいなー」
惚けたように呟くと、隣を歩くヴァイオレット様が少し笑ってから答えた。
「ふふっ。何せこの国の政治、文化、経済、軍事、あらゆるものの中枢だからな。あれが王都セントキャナルだ」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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