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第072話 ヴァロンソル家、再び


 通常訓練の日の朝。領軍魔導士団の屯所にお馴染みの来客があった。


 「タツヒト、その、すまないのだが……」


 「--あ、えっと、もしかしてご実家へのお呼び出しでしょうか?」


 ヴァイオレット様は、とても申し訳なさそうにコクリと頷いた。おぅふ……

 

 ヴァイオレット様に竜肉をご賞味頂き、大好評を得てから数日経った。

 あの夜の言葉通り、彼女は目に見えて活力を取り戻していった。

 もう二人の間に気まずさは無く、最近は以前のような気安い関係に戻ることができている。


 それはとてもよかったのだけれど、今回の呼び出しはおそらくその竜肉の件だろう。

 普通に調理したら硬くて食べられない竜肉を、豊かな味わいをそのままにやわからな食感に仕上げる長期低温調理法。

 この調理法は挿絵付きの秘伝書にまとめ、ヴァイオレット様経由で領に提出しした。

 ちなみに、ヴァイオレット様行きつけの店の料理長。彼女には、協力のお礼として秘密厳守を条件に調理方法を教えてある。


 以前のカミソリ同様、この知識はうまく使えば領の収益をあげることに貢献できるはずだ。

 ここでしか食せない極上の竜肉とか宣伝すれば、観光客を領内に呼び込めるだろうし、処理済みの竜肉を他領にクール便で送ったりもできるかも。

 いずれにせよ、セレブからお金を巻き上げ、ヴァロンソル領の名声を高められるはず。ゲヘヘ。

 この点もカミソリと同じだけど、そもそもの材料が高いし手間もかかりすぎるので、一般の人に広めることは考えていない。富裕層にしかできませんよ、こんなの。

 

 ちょっと脱線したけど、書類に起こした調理法そのものに難しい工程はないはずだ。

 説明通りにすれば何も問題はないはずだけど……

 

 「竜肉の件で、何か不備でもあったのでしょうか」


 「いや、何か別件で用事があって、しかもタツヒトと私の双方にとのことだ。それで、ちょうどいい機会だからその竜肉を囲んで皆で会食しようということらしい」


 「なるほど、そうだったんですね。ところで、僕、テーブルマナーには自信がないのですが……」


 「その心配は無用だ。私的な会食だし、我が侯爵家は武人の家だ。細かいことを言う人間はいないさ。それに君の食事の所作は、何か作法のようなものが感じられる綺麗なものだ」


 「そ、そうですか。ありがとうございます、安心しました」


 なんか急に予想外のところを褒められてびっくりした。躾けてくれた母上と父上に感謝だな。

 





 二人で領主の館に行くと、以前と同じく侍女長のシルヴィさんが出迎えてくれた。

 彼女について館の中を移動すること暫し、領主の館にしては少し小ぶりな食堂に案内された。


 「よく戻ったヴァイオレット、そして久しいなタツヒトよ」


 テーブルの上座に座る領主、ローズモンド侯爵は、入ってきた僕らに鷹揚に声をかけた。


 「はい。ただいま戻りました、母上」


 「お久しぶりにございます、領主様。本日はお招き頂き誠にありがとうございます」


 会社で言うと、平社員がいきなり社長にご飯奢ってもらうみたいな感じだと思うので、めちゃくちゃ丁寧に挨拶してみた。


 「あらぁ、ヴァイオレット。またその彼と一緒にいるのねぇ。ただの友人というには、ちょっと仲が良すぎるんじゃなぁい?」


 テーブルに座っているもう一人、ロクサーヌ子爵がじっとりとした視線を向けてくる。

 

 「姉上、彼は。 --いえ、彼は大切な友人です。その、仲も良いです。とても」


 ヴァイオレット様は、苦手なはずのロクサーヌ様をまっすぐに見据えて毅然と言い放った。

 が、後半のセリフを言う時に少しお顔が赤くなった。かっこいい上に可愛いのってずるいよね。今すぐハグして差し上げたい。

 なんか僕も顔が熱くなってきたな。おっと。


 「ロクサーヌ様、またお会いできて嬉しいです。ヴァイオレット様には、あれからもとても良くして頂いております」


 僕らの反応を見たロクサーヌ様は、少し目を見開いて驚いた表情をしている。


 「……あら! まぁまぁまぁ! 母上、ききまして!? あのヴァイオレットが頬を染めて…… 二人はどこまで行ったの? 今日この後二人で私の寝室に来ない? きっと楽しいわよ?」


 「姉上、あなたという人は……」


 おっと、テンションがぶち上がっている。そして言葉は上品だけど、完全にエロ親父みたいな下品なノリだ。

 ヴァイオレット様が赤面しながら渋い顔をすると言う器用な表情を見せている。


 「やめよロクサーヌ。全く、まだ日も高いうちから…… 二人とも座りたまえ。早速食事にしよう」


 領主様が流石の貫禄で会話をぶった斬った。ロクサーヌ様が渋々口を閉じ、僕らはお言葉に従って着席した。

 そして会食が始まり、侍女ならぬ侍男(じなん)の方達がテーブルに料理を並べ始めた。

 前菜から始まったコースを美味しく頂きながら、当たり障りの無い会話と共に食べ進める。そしてそのうち、メインの肉料理が提供される時間となった。


 「ふむ。私も初めて食べるが、これがタツヒトが考案した調理法を施した竜肉か。確かに、竜肉特有の芳醇な香りがするが、見た目は非常に柔らかそうに見えるな。さて……」


 領主様とロクサーヌ様が、皿に盛り付けられた竜肉をナイフで切り分け口に運ぶ。


 「これは……!」

 

 「まぁ……!」


 お二人は、ヴァイオレット様の時と同じように、上品さを失わない最大速度で竜肉を食べはじめた。

 食べ方がヴァイオレット様そっくりでちょっと笑いそうなる。

 なんとなくヴァイオレット様の方を向くと、ちょうど彼女も僕の方を向いたところで目が合った。

 どちらともなく微笑むと、僕らも竜肉を食べ始めた。






 「ふむ、堪能した。長期低温調理法か…… 素晴らしい。タツヒト、よくやってくれた。此度もなんらかの形で貴殿に収益の一部が流れるよう取り図ろう」


 「本当に美味しかったわぁ。食べ過ぎないように気を付けないとね」


 竜肉の後もコースは進み、今は食後のお茶の時間だ。

 どうやら無事ご領主一家の胃袋を掴むことができたようだ。

 メインディッシュが瞬殺されたせいか、料理を提供する侍男の方達が焦ってた気がしたけど。


 「ありがとうございます。光栄の至りにございます」


 「うむ。さて、本日二人を呼んだのはこの書簡への対応のためだ」


 領主様は、懐から一通の手紙を取り出した。なんだろう、すごく立派な作りだけど。


 「……! 母上、それは王家からの書簡では?」


 ヴァイオレット様が目を見開いて言う。

 僕もびっくりだ。王家って、この国の王様の一族という意味の王家?


 「いかにも。王家からの書簡だ。なんでも、近く催される女王陛下の生誕祭に際して、御前試合を行うとのことだ。書簡には御前試合への参加は任意とあるが、実質強制のようなものだ。そのため、我が領からも男女1名づつ出場者を出すことになるのだが…… 二人とも読んでみたまえ」


 領主様から手紙を受け取り、ヴァイオレット様と二人で読む。

 そこに記載されている出場者の条件をまとめると、以下のようになる。


 1.各領主の家臣または部下であること

 2.年齢は満25歳未満であること

 3.1と2を満たすなかで最も強いものであること

 4.戦士型、魔法型は問わない


 年齢制限があるのか。理由は……我が国の若き俊英達に栄達の機会を与えるため、と。なるほど。

 ん? あれ、これってもしかして……


 「気づいたな。貴殿の察した通りだ。騎士団中隊長ヴァイオレット、そして魔導士団のタツヒト、両名に御前試合への出場を命じる」


 や、やっぱり……


 「お、恐れながら、ヴァイオレット様は分かりますが、私はまだ入団して数ヶ月の若輩です。もっと相応しい方がいらっしゃるのでは……」


 「いや、男の使い手で貴殿以上のものは居ないだろう。魔導士団のエクトル小隊長も捨てがたいが、彼は年齢条件に合わぬからな」


 「……承知しました。謹んで拝命致します」


 「同じく。拝命致します、母上」


 「うむ。頼んだぞ二人とも。入賞者にはそれなりの金子と勲章も与えられるそうだ。我が領の為にも励んでくれ。それと、普段であれば生誕祭にはロクサーヌを名代に立てるのだが、今回は私が行くことにする。少し王に話があるのでな」


 「つまりませんわぁ。せっかく王都の男の子達と遊べると思いましたのに」


 「はぁ。留守は任せる。しっかり頼むぞ、ロクサーヌ」


 「わかっていますわぁ。ほほほほ」


 領主様の顔に、「こいつに任せるのすっごい不安」と書いてある気がする。

 でも、ヴァイオレット様と一緒に王都に行けるのは嬉しいな。すごく楽しみ。

 親御さん同伴だけどね。


お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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