第070話 火竜討伐(3)
天に向かって吠えていた二匹の火竜は、シンクロしたように同時に僕らに向き直った。
そして奴らの体は緑色に発光し始め、頭を仰け反らせる動作を見せた。
瞬間、背中に悪寒が走る。
「伏せて!!」
僕の言葉に無事だった騎士団の面々が伏せた一瞬後、二匹の火竜は全く同時にブレスを吐いた。
「「ガァァァァァッ!!」」
前後から襲いくる極太の火炎放射。僕はそれらに左右の手のひらを向け、魔法による干渉を試みた。
「ぐうぅぅぅぅっ……!」
お、重い……!?
位階の差によるものなのか、火炎放射に干渉して進路を曲げるだけでゴリゴリと魔力が削れていく。
なんとか火炎を上方に逸らすことができたけど、間近を通る火炎に炙られて肌がチリチリする。
急激な魔力消費に目の前が暗くなってきたところで、やっと火炎放射が終わった。
そして僕が脱力感に膝を突くと同時に、森から騎兵が現れた。
「ヴァイオレット中隊長、これは!?」
「直属部隊の連中が倒れてるぞ!」
「二体居たの……!? これこの戦力じゃ無理よ!」
僕らに遅れること数十秒、残りの三つの作戦小隊が合流したようだ。
みんな二体いる火竜に驚き固まっている。
「タツヒト、よくやった! 第四作戦小隊は負傷者をセリア助祭の元へ後送! 第二は大きい個体、第三は小さい個体の後方と側面から攻撃せよ!」
有無を言わせないヴァイオレット様の指示を受け、我に帰った騎士団が動き始めた。
僕もへばっていられないので、槍を支えに無理やり立つ。
「大きい個体の正面は私が、小さい個体の正面はグレミヨン卿、タツヒト、貴君らを中心に残った第一で対処せよ!」
「「承知!」」
僕とグレミヨン様はお互いに目配せしてから小さい方の火竜に向き直った。
こうして当初圧倒的有利な状況で始まった火竜討伐は、やや不利な状況で仕切り直しとなった。
「グルルルルルッ」
目の前の火竜は、体を撓めて今にも飛びかかりそうな様子で僕らを睨んでいる。
しかし、胴体、正確に言うと左の脇腹あたりには大穴が開き、今も血が流れ続けている。
平気そうに振る舞っているけど、そんなことは無いはずだ。
「タツヒト、相手は手負で出血も多い。もうすぐ歩兵や魔導士団の面々も合流するだろう。それまでは無茶をせず、守勢に回ろう」
グレミヨン様が火竜から目線を外さずに僕に言う。同感だ。
「はい、了解しました」
「うむ。皆、聞こえたな?」
グレミヨン様がほんの少し後ろを振り返り、生き残った二名の直属部隊員に声をかける。
「はっ!」
「了解しました、副長!」
こちらは四人、相手は一体だけど、体格差に加えて位階の差がある。相対しているだけでさっきから冷や汗が止まらない。
でも、火竜の足の速さはさっき見た通りだ。仮に撤退に転じた場合、僕や馬人族の騎兵は生き残れるだろうけど、歩兵や魔法使いの人たちは無理だろう。
ここで倒すしか無い……! そう覚悟を決めた瞬間、火竜が撓めていた四肢を解放して僕らに襲いかかった。
「グルァッ!」
F1の速度で4tトラックが突っ込んでくるような突進を、僕らは済んでのところで避け、それぞれ相手の側面に回り込んだ。
晒された側面に僕ともう一人の騎士が槍を突き立てる。しかし。
ガキィッ!
「硬い!?」
「ダメだ、鱗の上からじゃ通らない!」
魔物の鱗ってなんでこんなに硬いの!?
おそらくロメーヌ様が作った傷口か、腹側あたりの鱗のないところしか歯が立たないぞ、これ。
雷魔法なら通るかもしれないけど、ブレスへの対応が遅れるかもしれないから、なるべく魔法は使いたくない。
一旦距離を取ろうとした瞬間、火竜が突進に急制動を掛け、その場で一回転、強靭な尻尾を使った薙ぎ払いを放った。
瞬間、僕は反射的に左手の盾を前に出した。
ズシャァァッ!!
「ガァッ!?」
「ぐぅっ……!」
薙ぎ払いが収まった後、僕とグレミヨン様は尻尾に吹き飛ばされたものの、なんとか防御に成功した。
しかし、他の騎士二人はもろにくらってしまったのか倒れてしまっている。
火竜の後方から攻撃を加えるはずの第三作戦小隊の面々も、ほとんどの人員が火竜の早さについてこれていない。
まずい。これ、相手がバテるのを待ってられないぞ。どんどん不利になっていく。
しかしそのタイミングで、今度は歩兵と魔導士団のみんなが森から現れた。
「ヴァイオレット卿、加勢する!」
「ロメーヌ卿、助かる! 歩兵は近づくな! 打てる瞬間に弓で援護せよ!」
よし! これでまた情勢が変わるぞ。
特にロメーヌ様達の重合魔法版螺旋岩は、奴らの鱗を貫いた実績がある。
そう思って火竜に視線を戻すと、奴も増えた敵に気付いたようだった。
火竜は周りを見回すと、その体から緑色の光を放射させ始めた。
またブレスがくる……! そう思って身構えた僕の予想は裏切られ、やつは天に向かって火炎を吐いた。
相手致命的な隙を晒しているというのに、予想外の行動を目の当たりにして頭と体が停止する。
一体何をしているんだ?
すると奴が吐いた火炎は、上空で滞留し、膨張を続け、巨大な火球となった。
そうか、しまった……!
こいつらはただ火を吐くでかいトカゲなんかじゃない、熟練の火魔法使いなんだ!
火炎を吐き終わり、僕らの方に向き直った火竜がニヤリと笑った気がした。
「上からくるぞ!!」
僕では防ぎきれない。そう思って声を上げるしかなかった。
火球が突如として解け、上空からまさに火の雨が降り注いだ。
「「ウワァァァァッ!?」」
「あ、熱いぃっ!」
「なんだこの炎、まとわりついてくるぞ!?」
「動かないで! くそっ、魔導士団! 各自消火にあたれ!」
火の雨は戦場にあまねく降り注ぎ、避けきれなかった怪我人や歩兵部隊の人員を中心に、多くの人間を火だるまにした。
しかも奴が干渉し続けているのか、火はまるで意思を持ったかのように人にまとわりついている。
くそっ、トカゲのくせになんて大規模かつ高度な魔法を使うんだ……!
こうなると、もう守りに回っている場合じゃない。
「--グレミヨン様、10秒時間を頂けますか? 以前お見せした強化魔法で一気に叩きます」
「--了解した。貴殿にかけよう、タツヒト。おぉぉっ!!」
グレミヨン様は雄叫びをあげ、一人火竜に突貫した。同時に、僕は急いで詠唱を始めた。
果敢に槍を突き立てるも、やはり鱗に阻まれて歯が立たない。
一方で、火竜の爪や尻尾の攻撃は避け切れるものではない。彼女はものの数秒でボロボロになっていった。
急げ、早く……! 異様に長く感じた呪文詠唱を終え、やっと魔法が発動する。
『雷化!』
「ぐぁっ……!?」
同時に、グレミヨン様が火竜の尻尾の一撃で吹き飛ばされた。
木に叩きつけられた彼女は、ぴくりとも動かない。
すぐに駆け寄りたいけど、まだだ。一気に勝負をつける!
「おぉぉぉぉっ!!」
加速された感覚が世界を鈍化させる中、僕は槍を手に火竜に向かって突進した。
僕に気付いた火竜が尻尾の一撃で迎え撃つ。
しかし、以前より遅く感じるその攻撃を飛んでかわし、側面に槍の一撃を見舞う。
ズグッ……!
「ギャオッ!?」
強化された膂力が火竜の強靭な鱗を断ち割り、その穂先を中の肉に到達させた。
しかし浅い。穂先は半ばまで埋まっているけど、これでは致命傷には届かない……!
「グルァァァァッ!!」
火竜がめちゃめちゃに体を動かし、僕はそれに巻き込まれる前に奴の体を蹴って距離をとる。
そこから、奴の攻撃を僕が避けて僅かに傷をつけるというやりとりがなん度も繰り返された。
奴は攻撃が当たらず被弾してばかりで焦っているようだけど、僕もかなり焦っている。
この魔法は時間制限があるし、解けた時に反動が一気に来る。
制限時間内に倒せないと確実にやられる。
しかし、焦りが苛立ちとなって判断が雑になったのか、奴は致命的な隙を晒した。
奴は後ろに跳んで距離を取ると、体を緑色に発光させてブレスを打つ予備動作を行った。
好機……!
距離を取れば遠距離からブレスを浴びせられると思ったのだろうけど、今の僕は韋駄天のような速力を持つ。
奴がブレスを吐こうと体を上に大きく逸らした瞬間、僕は全力で地面を蹴った。
周囲の風景が一瞬で流れるほどの速度で肉薄し、全力で槍を突き出す。
奴の口がこちらに向くより遥か前に、僕の槍が奴の喉裏に深々と突き刺さった。
「グキュ……!?」
槍は持ち手のところまで深々と突き刺さり、骨を砕いた感覚もあった。
おそらく脳を破壊できたのだろう、火竜は僅かに声を出しただけで断末魔の悲鳴すら上げなかった。
終わった…… そう思って槍を引き抜こうとした瞬間、体が巨大な手に掴まれた。
「なっ……!?」
火竜の顔を見ると、目が虚で口もだらんとしている。
にも関わらず、巨大な前足は僕を握り潰すような力を発揮し、鋭い爪が体に食い込んでいる。
まずい……!? こいつ、脳が複数あるタイプか!?
僕は槍から手を離し、強化された膂力で手から逃れようとする。
だが奴の手はびくともせず、それどころか徐々に力が抜けていく感覚がある。
くそっ、最悪のタイミングで強化魔法が解けてしまった……!
体の放電現象が治り、急速に世界の流れが元に戻り、節々が痛みだす。
そして何より、強烈な脱力感が襲いかかる。
「うぐぅぅぅっ……!?」
火竜の握力に抵抗できなくなり、体が握りつぶされ爪が食い込む。
身体中の骨が軋み、ボキボキと折れる音もする。爪も深く食い込み、身体中から暖かな血が流れている。
強化魔法の反動と相まって凄まじい激痛を感じる。しかし、握りつぶされているせいで呼吸もままならず、悲鳴一つあげられない。
視界が暗くなり、意識も曖昧になってきた。
くそっ、ダメか…… 脳裏によぎるのは、ヴァイオレット様の顔。
最後に、あの人の凛とした優しい声が聞きたい……
朦朧とした意識で願ったその想いは、すぐに叶えられた。
「タツヒト!!」
声と同時に僕の体に衝撃が走り、先ほどまであった強烈な圧迫感から解放された。
地面に投げ出される感覚と共に、貪るように呼吸する。
「ゴヒュッ…… ゴホッ、ゴホッゴホッ!」
「大丈夫かタツヒト、よくやった。あちらの火竜もすでに打ち倒した。我々の勝利だ」
まだ視界や意識がはっきりしない中、ヴァイオレット様の声だけがはっきりとわかった。
すると、体が誰かに抱き抱えられた。
「重症だな…… すぐにセリア助祭に見てもらおう」
視界が徐々に復活し、目に飛び込んできたのは心配そうなヴァイオレット様の顔だった。
ところどころ煤で汚れていたり細かい切り傷などがあるけど、そんなことは気にならなかった。
間近で見る彼女の顔は、何よりも美しく感じられた。
「タツヒト……? どうした、何か言いたいのか?」
僕の視線に気づいたヴァイオレット様が、顔を近づけてくれた。
飛び飛びの意識、安心感、恋慕、様々な状態や感情によっておかしくなっていたのだろう。
僕は残された僅かな力を振り絞り、彼女の顔に向けて頭を起こした。
ッチュ。
その音と唇に残る柔らかな感覚に、意識がはっきりとし始めた。
ヴァイオレット様が真っ赤なお顔で僕を凝視している。
あれ?…… も、もしかして僕、今ヴァイオレット様にキスした……? しかも、多分唇に……!?
やばい……! 戦いが終わったというのに、背中からダラダラと冷や汗が流れる。
「す、すみません! えっと、あの……」
謝罪と弁解の言葉を紡ごうとするも、どうにも喋ることができない。
ヴァイオレット様はそんな僕の様子を見ると、顔を伏せて一言つぶやいた。
「……もう我慢ならん」
や、やばい。めちゃくちゃ怒らせてしまったのでは……?
怯える僕をよそに、彼女は辺りを見回すと足早に移動した。
そして、貪るように僕に口付けした。
「んーーー!?」
蹂躙される口内に、再び思考が働かなくなる。
驚きと、気持ちに応えてもらえた嬉しさで胸がいっぱいだけど、ちょっとした混乱状態だ。
そんな状態でも目に飛び込んできてしまったものがある。そう火竜の死骸だ。
どうやら彼女は、人目を避けるために死骸の陰に移動したらしい。
校舎裏とか、桜の木下とか、良いシュチュエーションはいくらでもあるだろうに、火竜の死骸の陰かぁ。
でも、それが僕ららしいのかも。
最後にそんなどうでも良いことを思いながら、僕は安心感と共に意識を手放した。
***
ピーーー。
【……上位機能単位への経過報告……第三大龍穴周辺で生じた大狂溢に関して、被害状況の確認と基準領域までの復旧を完了】
【……現地表記イクスパテット王国……本件による国内の人類損耗率は0.05%、第三大龍穴近傍にて顕著】
【……特記事項……生産設備損壊により第三大龍穴近傍で飢餓の発生が予想される……国内の人類損耗率予想値は1.00%】
【……上位機能単位からの返答……許容範囲内、大狂溢への対応は終了】
【……上位機能単位から指令……現地表記イクスパテット王国、ヴァロンソル領において確認された未知の言語に関する対応】
【……当該言語の話者、個体名「ハザマ・タツヒト」に、外部機能単位を用いて接触すること……背景、能力、思想から当該個体の危険度を評価すること……】
4章 領軍魔導士団 完
5章 馬人族の女王 へ続く
4章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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