第007話 ボスゴブリン(2)
「グヴァーーーー!!?」
ボスゴブリンが村娘ちゃんと杭を放り投げ、自身の首に刺さった短槍を引き抜いた。
傷口からはかなりの勢いで出血している。
そして僕を凄まじい形相で睨むと、棍棒を手に猛然と突進してきた。
「ゴルァァァァッ!!」
激しい怒りの込められた咆哮を受けながら予備の短槍を引っ掴む。
やってしまったものはしょうがない。
ともかく、あいつをなんとかしないと救出も脱出もできないっ……!
周りのゴブリン達は、雄はボスゴブリンに追従して襲いかかってきているけど、雌や子供は怯えたように動かない。
位置取りとしては、中央にボスゴブリン、出口側に雄ゴブリン、反対側に雌ゴブリン達が固まっている。
村娘ちゃんはへたり込んで呆然としているけど、どのゴブリンも今は僕に意識を向けているみたいだ。
周りの状況を確認した結果、我ながらとても卑劣な作戦を思いついてしまったぞ……
「ォ……オラァァァァァァッ!!」
雄叫びなんか上げたのは多分生まれて初めてだ。
そして僕は、ボスゴブリンでは無く、雌ゴブリンやその子供達に向かって突進した。
叫びながら向かってくる僕に、雌ゴブリン達がギョッとして逃げ始めた。
絶望の表情を浮かべる雌ゴブリン、泣き叫ぶ子ゴブリン。
僕は彼女達に追いつくと、そのまま集団を追い越した。
雌ゴブリン達が、人間のように「えっ?」とでもいうような表情をしている。
位置取りは、僕の前に雌ゴブリン達、その向こうにボスゴブリンと雄ゴブリン達というものに変化した。
よし。これから、卑劣極まりない「非戦闘員を盾にしつつボスゴブリンの失血死を待つ」作戦を開始する。
雌ゴブリン達が散ってしまわないよう圧力を掛けつつ、ボスゴブリンと雄ゴブリン達に接敵しないようにする。
難しい立ち回りが要求されるけど、あのボスゴブリンに真っ向から挑むより何倍も勝率が高いはず。
外道と後ろ指を刺されそうな作戦だけど、今死ぬよりかはいい……!
雌ゴブリン達を盾とする位置取りにはできたので、第一段階はクリアだ。
あとはこの位置関係を維持しながら逃げ回ろう。
雌ゴブリン達がこのまま竦んでいるなら簡単だけど、ボスゴブリンの方に合流しようとしたら少し大変だ。
そう思ってボスゴブリンの方を見ると、何かが吹き飛んで来た。
慌てて避け、地面に転がったその何かを見る。
「ちょっと!?」
飛んで来たのは雌ゴブリンだった。
胸の辺りが大きく陥没し、吐血して白目を剥いている。
もう一度ボスゴブリンの方を見ると、奴は、僕との間にいるゴブリン達を棍棒で吹き飛ばしながら突き進んでいた。
僕も大概だけど、あいつもだいぶ外道だなっ……!
ボスゴブリンの暴挙に、雌ゴブリンはさらに絶叫して逃げ散ろうとし、雄ゴブリンはドン引きしている。
僕は作戦通り、ボスゴブリンとの間に雌ゴブリンの集団を挟むように動き、尚且つ短槍を振り回して威嚇している。
結果、大部分の雌ゴブリンは広間から逃げ出せないでいる。
飛来する雌ゴブリンを避けつつ、威嚇しつつ、位置取りを調整する。
数十秒そんな感じで逃げ回っていたら、我に還った雄ゴブリン達が雌ゴブリン達の集団を回り込んできた。
ボスゴブリンとはまだ接敵せずにいるけど、他のゴブリンとの位置関係を調整する余裕は無い。
僕は雄ゴブリンが槍の間合いに入った瞬間に槍を突きこんだ。
「ギュべッ……!」
最初の雄ゴブリンが首を押さえて崩れ落ちた。
その瞬間、竦んでいた雌ゴブリンの一体が甲高い叫び声をあげた気がした。
雄ゴブリンが次つぎと殺到する。
槍の間合いと向上した身体能力が、僕と雄ゴブリンとの間に絶望的な戦力差をもたらす。
ゴブリンが棍棒を振り上げている間に、僕は槍を構え、突き込み、引き抜き、次のゴブリンに向き直ることができる。
い、忙しいっ……!
次々と雄ゴブリンを捌こうとするけど、流石にマルチタスクが追いつかなくなってきた。
あと、単純に息が上がってきた。
威嚇も疎かになり、雌ゴブリンの集団だんだん散ってきている。
さらにボスゴブリンもすぐ近くまで迫ってきていた。
そんな綱渡りの状態の中で、雄ゴブリンの数が残りわずかになった。
最後の3体の内、2体の首を横なぎに切り裂き、最後の一体の胸に短槍を突き込んだ。
これでタスクが一つ減ったと少し安堵した瞬間、背中の下の方に鋭い痛みが走った。
「ゔっっ!?」
後ろを見ると、雌ゴブリンが震えた手で僕にナイフを突き立てていた。
僕は反射的に、短槍の石突で雌ゴブリンを突き放し、振り返りながら穂先で首を突いた。
首が千切れかけた仲間を見て、残った雌ゴブリン達が絶叫して逃げ散った。
手探りで背中のナイフを掴み、なるべく真っ直ぐに引き抜いた。
よかった、思ったより傷が浅い。
次が来る。そう思って急いで周りを見回す。
そこらじゅうに血が飛び散り、僕とボスゴブリンに殺されたゴブリン達の死体がいくつも転がっている。
しかし、広間で生きているものは、僕とボスゴブリン、そして村娘ちゃんだけになっていた。
ボスゴブリンは、首の傷を抑えながら棍棒を持った方の手をだらりと垂れ、荒い息をしている。
途中から雌ゴブリンが飛んでこなくなったと思ったら、出血ダメージがかなり蓄積していたみたいだ。
しかし、そのギラついた双眸はひたりとこちらを見据えている。
位置取りは、出口に近い方から村娘ちゃん、ボスゴブリン、僕。
「村娘ちゃん、今のうちに逃げろ!出口まで走れ!!」
ダメもとで村娘ちゃんに叫んでみたけど、言葉が違うせいか恐怖のせいか、へたり込んだまま動かない。
位置取り的に、やはりボスゴブリンを倒すしかない。
こちらから仕掛けようとする一瞬前、僕が叫んだことがきっかけか、ボスゴブリンの方から突進してきた。
「ゴアァァァァァァッッ!!!」
雄叫びをあげ、棍棒を振り上げながら迫るボスゴブリン。
出鼻を挫かれて焦ったけど、出血と疲労の影響か最初ほどの速度がない。
「ヤァァァッ!!」
棍棒が上がり切ったタイミングに合わせ、僕は体を倒して地面を渾身の力で蹴った。
間合いが潰れ、後ろで棍棒が地面を撃つ音が聞こえた。
同時に、僕の短槍がボスゴブリンの胸に深く突き刺さった。
突きこむのにかなり抵抗を感じたけど、心臓に達する深傷を与えられたのか、傷口から蛇口を捻ったような量の血が流れ出た。
ただ、すぐに短槍を抜こうとするも、引っかかってしまったのかうまく抜けない。
武器を手放して距離を取るか、このまま槍を抜こうとするか、迷いが生じて一瞬体が硬直する。
致命的な隙を晒したことで、全身から冷や汗が溢れ出る。しかし。
ガランッ
ボスボブリンが棍棒を取り落とし、目を閉じながら脱力した。
生き残った。
安堵とともに僕も力を抜いた瞬間、ボスゴブリンが目をカッと開いた。
凄まじい憎悪の籠った視線を受け、咄嗟に右腕を上げた。
その瞬間、ボスゴブリンのコンパクトな左フックが僕を捉えた。
ゴギャッ!!
右腕が吹き飛んだと錯覚するような衝撃。
踏ん張りも虚しく5mほど吹き飛ばされた。
そして地面にバウンドして転がってから、遅れて激痛が襲ってきた。
イッ、テェェェッ……!!
腕が吹き飛んで…… 無い! よかった、腕ついてる……!
右腕は上腕のあたりがぐにゃりと曲がってしまっていて、ちょっとでも動かすと激痛が走る。
が、痛がっている場合じゃない。
なんとか無事な左手で体を起こし、すぐにボスゴブリンの方を確認した。
しかし、先ほどまで立ちはだかっていた巨体は、すでに仰向けに倒れたいた。
数秒様子を見たけどぴくりとも動かない。
折れた方の手を庇いながら近づき、顔を覗き込むと、目が半開きになり呼吸が止まっていた。
どうやら、左フックを放った勢いのまま仰向け倒れ、力尽きたようだ。
「……はぁーーー、なんとかなったぁ……」
思わずその場にへたり込み、情けない声を出してしまった。
いろんな要因で奇跡的に勝つことができた。
もう一回やっても、僕が串焼きにされる方が確率が高そう。
……そうだ、村娘ちゃん!彼女は無事だろうか。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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