第069話 火竜討伐(2)
夜が明け、地平線から野営地に朝日が差し込む。
僕らはいつものように朝食の準備をして、スープでふやかしたパンをもそもそと食べ始めた。
最近僕の周囲では、行動糧食として堅果焼きが流行の兆しを見せている。
けれど、当然普通の食事よりは高いので、こうして煮炊きできない時やご褒美用といった限定的な場面にしか配給されない。
ロメーヌ様みたいに、気に入ってくれて自費購入してる人も何人かいるけど。
僕も自費で購入した分を懐に忍ばせているけど、こういった状況で一人だけ美味しいものを食べているとヘイトを集めそうなので、自重している。
「タツヒト。お前さん、これから火竜に喧嘩売ろうってのに落ち着いてんなぁ。ここは新人らしく、青い顔して奥歯ガタガタいわせとくところだろうが」
隣で同じく朝食を食べているジャン先輩が憂鬱そうに言う。
「そう、ですかね? 領軍に入る前は結構無茶してましたから、その辺の感覚がおかしくなってるのかも知れません」
うん。結構というか大分無茶してたな。
この世界に来てからのことを振り返ると、無謀にも格上の魔物と戦って、たまたま運よく生き残るというのを何度も繰り返してる感じだ。
ヴァイオレット様や村長にもよく怒られたし。
「いや、なんで軍に入る前の方が無茶してんだよ。それこそおかしいだろ……」
……確かに、おっしゃる通り。
「君たち朝から元気だねぇ。っと、斥候が帰ってきたみたいだね」
そう言ったロメーヌ隊長の視線を辿ると、遠くから軽装の馬人族が数騎、野営地に向かって走ってきていた。
「無事見つけられていれば良いけど。ヴァイオレット卿と一緒に彼女達の報告を聞いてくるよ。オレリア、一緒に来て」
「はい、分隊長」
騎士団の方に向かう二人を見送りながら、繰り返し説明を受けた本日の作戦を思い出す。
一言で言うと、遠距離から不意打ちアンド囲んで袋叩き作戦だ。
まずある程度火竜がいるポイントまで近づいたら、合計100人強の討伐隊を四つの作戦小隊に分ける。
第一作戦小隊の内訳は、ヴァイオレット様と、グレミヨン副長を含むその直属部隊、魔道師団から六名、そしてセリア助祭だ。
魔導士団の六名は、ロメーヌ隊長を含む土魔属性四名、風魔属性一名、そして火属性の僕だ。土属性の皆さんは遠距離から火竜に不意の一撃を与える。
残りの第二から第四作戦小隊の内訳は、それぞれ騎士団の小隊と、魔導士団員の二名だ。
さらに今回は、主要な面子は短距離通信が可能な古代遺跡産の装具を装備している。僕も個人的に持ってるやつだ。
この四つの作戦小隊が四方から火竜に近づくわけだけど、こういった状況で対象に気づかれることなく近づくためのノウハウが領軍にはある。
各作戦小隊には風属性の魔法使いが一人と、火か水属性の魔法使いが一人付く。
風属性の魔法使いは、隊の前面に真空の領域を作り出し、隊の前から後ろに向かって気流を生み出すことで、火竜に音と匂いが届くことを防ぐ。
火または水属性の魔法使いは、途中で火竜に気づかれてブレスを吐かれた時に、ブレスの火を操って逸らすか水の壁を出して防ぐかする役割だ。
そして行軍の最中はというと、これは僕も今回初めて見たのだけれど、大きな盾のような形状をした光学迷彩の魔導具を使う。
複雑な光属性の魔法が込められていて、盾の正面方向から見た際に、盾の裏側の効果範囲内にあるものが透明に見えるという優れものだ。
めちゃくちゃ高いし犯罪に打ってつけの装備なので、決して壊したり無くしたりしないようにと念押しされた。
こうしてこれでもかと隠密に気を遣って火竜に近づき、各作戦小隊が所定の位置に着いたら短距離通信の装具で知らせる。
その後遠距離攻撃魔法を打ち込み、着弾と同時に騎兵が先行して突撃、遅れて歩兵と魔法使いが合流して袋叩きにする。
軍事作戦だから当たり前だけど、対象を一方的かつ確実に倒すという偏執的なまでの意志を感じる。
作戦を思い起こしながら野営地の片付けをしていると、ロメーヌ隊長とオレリア副長が戻ってきた。
「お二人とも、どうでしたか?」
僕の問いに、ロメーヌ様がニヤリと笑って答えた。
「喜びなよ。お目当てのでかいトカゲが見つかったそうだよ」
対象の火竜は、野営地から少し離れた森の中で寝ているらしい。絶好のチャンスだ。
僕らは事前の取り決めに従い、作戦小隊単位でコソコソと森の中に分け入った。
隠密行動をする都合上、光学迷彩の魔導具を使う僕が先頭、次が消音と消臭を担当する風魔法使い、その後ろに残りの面子という並びだ。
「前の方から全く音がしない…… すごいですね、先輩」
僕は小声で後ろにいる馬人族の先輩に声をかけた。
「まあね。でも、向こう側で大きな音が鳴っても気づけないわけだから、注意して進むんだよ」
「はい、わかりました」
慎重かつ迅速に進むことしばし、僕らの作戦小隊の所定の位置、すなわち狙撃ポイントに到着した。
すると、木々の隙間から動くものが見え、その瞬間肌が泡立った。
そこにはいたのは巨獣だった。
爬虫類然とした凶悪な面構え、そして強靭な四肢と尻尾を持ち、暗赤色の巨体を地面に横たえている。
スケッチで事前に姿を確認していたので間違いない、あれが赤竜、イグニスドラゴンだ。
この距離からでも相手が自分より格上の生物だということがわかる。隙だらけで寝ているのに圧倒的な威容と存在感だ。
僕は振り返って、後ろの人達に赤竜を指で指し示した。
ほとんどの人達が緊張に顔をこわばらせる中、ヴァイオレット様やグレミヨン様といった隊長格の人達は鷹揚にうなづいた。さすが、踏んできた場数が違うのだろう。
僕と先輩が魔法を使う後ろで、他の隊員達が準備を始めた。
土魔法使い達が狙撃の準備を行い、騎士団の面々が隊列を整えるだけなので、準備は数分ほどで整った。
「よし、では他の隊に連絡を取ってみよう。所定の位置に着いているならば、繋がるはずだ」
ヴァイオレット様が耳に装着した装具を押さえて数秒黙り込む。
そして頭を横に振った。
「……ふむ、繋がらない。まだのようだな。みな、少しの間待機だ」
彼女の言葉に、みんな少し安堵したような表情で力を抜いた。話に聞くのと実際に目にするととではやっぱり違うよね。
待機する間、せっかくなので僕は火竜の様子を観察することにした。
遠くて判然としないけど、やはり全身が硬そうな鱗に覆われているみたいだ。
……ん? あれ、何か違和感があるな。
「あの、ヴァイオレット様、なんだかあの火竜、素描と比較して少し小さい気がしませんか?」
「む? ……言われてみれば確かに。しかし、誰もが皆正確な報告をできるわけではない。この程度の誤差はそれなりの頻度で生じるものだ」
「なるほど、それもそうですね。すみません、余計なことを言ってしまいました」
「いや、違和感をそのままにすることこそ良くない。また何かに気づいたら教えて欲しい。
--おっと、第二作戦小隊から、第三作戦小隊とともに位置についたと連絡があったぞ」
その少し後に、最後の第四作戦小隊も位置についたと連絡があった。
--いよいよ攻撃開始だ。
「セリア助祭は狙撃組に居てくれ。ではロメーヌ卿、狙撃を頼む。騎士団と万能型のタツヒトは、着弾と同時に対象へ突貫する」
「承知しました、ヴァイオレット様」
「了解。みんな、始めるよ」
「「「はい!」」」
膝立ちでまるで狙撃銃のように杖を構えるロメーヌ隊長の周りに、オレリア副長を含む三人の土魔法使いが囲む。
ロメーヌ隊長が詠唱を始めると、他の三人はロメーヌ隊長に杖を向けて精神を集中し始めた。全員の体から光が放射されている。
重合魔法。見るのは二度目だけど、最初に古代遺跡の洞窟で見たときは何をやっているのか全く分からなかったな。
ロメーヌ様が生み出した砲弾のような流線形の岩塊に、二人がひたすら回転を加える。
オレリア副長はロメーヌ様の後ろに控え、おそらく射出の威力を増幅させるつもりだ。
そして呪文が終わり、ロメーヌ隊長が呟くように魔法名を唱えた。
『--螺旋岩』
キュッ--!
呪文名は、以前ベラーキの村近くの魔窟討伐で見たものと同じだった。
しかし、その威力はおそらく比べ物にならない。
超高速で回転する高密度の弾丸は、途中で音速を超えて衝撃波を発しながら、真っ直ぐ火竜の元へ飛んだ。
風魔法による防音効果で聞こえないけど、おそらく凄まじい音がしたんだろう。
火竜が飛び起きてこちらを見た。
しかし避けることは叶わず、その胴体に弾丸が突き刺さった。
「突貫!!」
着弾の直後、ヴァイオレット様の号令で僕は騎士団と一緒に飛び出した。
風魔法の防音領域を出た瞬間、火竜の悲鳴が響く。
「--ギャァァァァァッ!!」
それに構わず、僕らはひたすらに火竜の元へ走った。
火竜の元へたどり着いた僕らは、意外な光景を目撃することになった。
「……あの、これ死んでませんか?」
そこには胴体から血を流して倒れ伏す火竜の姿があった。
「うむ。ピクリとも動かないであるな」
「……そのようだな。さすがロメーヌ卿とその部下たちだ。まさか一撃で仕留めてしまうとは」
僕とグレミヨン様の言葉に、ヴァイオレット様は少し驚いた表情で応えた。
ちょっと拍子抜けだけど、誰も怪我することなく任務を終えられたので大成功だろう。
「よし、少し予想外だったが今は作戦の成功を喜ぼう。目ぼしい素材を剥ぎ取って--」
--ドドドドッ……
ヴァイオレット様が指示を出そうとした瞬間、遠くから地響きが聞こえ始めた。
その音はだんだんと大きく、近づいてきており、木々を無理やり折るような音も聞こえ始めた。
「ヴァイオレット様、これはまさか」
「あぁ。誰もが皆正確な報告をできるわけではない、か。迂闊だった……! 全員、迎撃用意!」
彼女の指示に全員が音の方向に構えた数秒後、木々を折り散らかしながら二体目の火竜が現れた。
「……ゴルルルルッ」
そいつは怒りに満ちた表情で僕らを睨みつけている。
今仕留めたものより一回りは大きいぞ……!
しかし、それだけでは終わらなかった。
ズシャァァッ!!
「「グワァァァァッ!?」」
悲鳴に振り向くと、先ほどまで血を流して倒れ伏していた小さい方の火竜が起き上がっていた。周りには尻尾で薙ぎ払われたのだろう、騎士団の面々が倒れ伏している。
し、死んだふりだったのか……!?
驚愕する僕らをよそに、二体の火竜が天に向かって吠えた。
「「ゴギャァァァァァッ!!」」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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