第068話 火竜討伐(1)
時刻は夕方、もうそろそろ仕事も終わりといった時間帯。僕は領都の公衆浴場に来ていた。
もちろんお風呂に入りに来たわけでは無くお仕事だ。
浴場の大きな湯船の真下には、沢山の柱で支えられた空間がある。
そこに火をくべることで湯船の水と浴室を温める仕組みらしい。
僕は今その空間に火をくべるための炉の前にいて、従業員のお姉さんから説明を受けている。
そう、今回の仕事はなんと湯沸かしなのだ。
魔導士団の仕事っぽくないけど、大森林から距離のある領都では薪の節約のため魔法で公衆浴場の湯を沸かすらしい。
「それじゃあ魔法使いの兄ちゃん、あたしは湯船を見てくるから火を頼むよ。いい塩梅になったら止めにくるよ」
「はい、お任せください」
お姉さんが湯船の方に続く階段を登るのを見送り、僕は炉の中に火魔法を放った。
『……放炎』
ゴォォォォッ……
手の平から火炎放射のような火線が迸り、柱が林立する空間を照らして熱し始める。
正直、雷と違って火を出すのはそこまで得意じゃないけど、お風呂を沸かすくらいのことはできるようになった。
火魔法は同僚のジャン先輩の方が上手いんだよね。
休憩を挟みながら放炎を撃ち続けること30分ほど。
ちょっと魔力切れ気味になってきた頃にお姉さんが戻ってきた。
「よー兄ちゃん、もう十分だ。ありがとよ」
「ふう。よかった、ちょっとバテてきたところでした」
「へー、すげぇな兄ちゃん、まだ余裕そうだ。ここにきてくれる魔法使いの人は、沸かし終わったら大体へとへとになって帰っていくんだ」
「ははは、鍛えてますので」
確かに魔導士団のほとんどの人は橙銀級なので、魔力量的にギリギリなのかも。
ちなみにここの主な利用客は、可処分所得が多くて日中依頼をこなして汗と汚れに塗れた冒険者の人々らしい。
そういえばベラーキ村にいた頃は冒険者の人とも交流があったけど、領都に来てからはあんまり無いんだよね。
従業員のお姉さんと談笑していると、只人の若い女性兵士が上階に続く階段を足早に降りて来た。
「タツヒトさん、よかった。ちょうど終わったところのようですね」
「あ、ネリーさん、どうも。そんなに急いでどうされたんですか?」
現れたのは僕らの分隊付属の支援分隊所属のネリーさんだった。入団面接の際にお世話になった人で、以来ちょくちょく話をする。
彼女は従業員のお姉さんをチラリと見た後、僕の耳元に顔を寄せて囁いた。
「緊急招集です。急いで屯所に戻ってください」
「……! わかりました。すぐに向かいます」
何か良く無いことが起こったらしい。
ネリーさんに連れられて急いで屯所の会議室に行くと、僕以外の第五分隊の全員が揃っていた。
「すみません、遅くなりました」
謝りながら席に着くとロメーヌ隊長が応じた。
「うん。よし、全員揃ったね。君、ありがとう、戻ってくれていいよ」
「はっ、失礼します」
ネリーさんが退室したタイミングで、隊長がまた口を開いた。
「みんな、残念なお知らせだよ。人里近くに火竜が住み着いたらしい」
ざわっ……
その言葉を聞いたみんなが慄くように呻いた。
「じゃぁオレリア副長、あとよろしく」
「はい隊長。ここから北に一日ほどの場所にあるヴィラドリクの村から救援要請がありました。
内容は村の近くに竜が住み着いたため、これを討伐して欲しいとのことです。
報告内容から、緑鋼級相当の火属性の竜、イグニスドラゴンだと推定されます。こちらが報告内容を元に作成した魔物の粗描です。
おそらく、大狂溢の際に大森林から出てきた個体が、そのまま住み着いてしまったものと思われます。
現在領都の高位冒険者が別の依頼で出払っているため、領軍で対処することになりました。ここまでで質問は?」
オレリア副長はそう言って一枚のスケッチをみんなに回し始めた。
僕に回ってきたスケッチを受け取ると、そこには四つ足のドラゴンが描かれていた。
翼は無いけどスタイリッシュな体型でなかなかかっこいい。トカゲと違って足が横ではなく真下に生えてるせいかな。走るのも早そうだ。
げっ、比較対象に人間が書いてあるけど、こいつ体高が4~5mくらいあるぞ。体重はトン単位だろうなぁ。
しかも火属性ということは多分火を吐いたりするんでしょ? もはや生物兵器じゃん……
僕はうへーと思いながら隣のジャン先輩にスケッチを渡した。
「うへー。副長、ここに呼ばれたってことは、俺たちでそいつをなんとかしろってことですか?」
スケッチを見たジャン先輩が非常に嫌そうに質問した。
「はい、その通りです。もちろん、私たちの分隊だけで当たるわけではありません。
いつも合同訓練をしている騎士団の第五中隊と事にあたります。そして従軍聖職者のセリア助祭や、支援部隊の方々も同行してくださいます。上
層部は、この戦力であれば討伐可能と判断したようです」
なるほど。緑鋼級の中でもおそらく上位の実力を持つヴァイオレット様、そして黄金級のグレミヨン副長、ロメーヌ分隊長、ついでに僕、さらには100人の騎士、兵士と魔法使いが10人くらい、さらには治療役までいる。
確かに緑鋼級の化け物が相手でもなんとかなりそうだ。
あれ、でもちょっと不思議だな。僕は挙手しながら質問した。
「オレリア副長。そのイグニスドラゴンが緑鋼級だというのは、なぜわかったんでしょうか」
魔物の種族ごとにある程度傾向はあるけど、個体差があるので決めてかかるのは危険だ。
僕の知り合いの知的なホブゴブリン、傷君も、多分ホブゴブリンとしては異色の黄金級以上の位階だし。
彼、元気にしてるかなぁ……
「良い質問です。竜種に分類される魔物は、体の大きさが年齢や位階と比例することが経験的にわかっています。
なので、そのスケッチにある大きさの個体であれば、緑鋼級相当と推定することができます。
それなりに年月も経ているはずなので、頭もいいはずです。注意してことに当たりましょう」
「なるほど、強敵ですね…… ありがとうございます」
「はい。他に今の段階で質問は? ……無いようですね。では、騎士団と調整した具体的な討伐作戦について説明します。まず--」
作戦内容は、過去のイグニスドラゴン討伐作戦の資料などを参考にしたものらしかった。
一通り内容の確認や意思統一を終え、早速明日の朝から件の村に向かうこととなった。
翌朝。騎士団と合流し、いつも通り僕やジャン先輩などの只人の面々は馬車に揺られ、目的とするヴィラドリクの村へ向かった。
丸一日移動に費やし、夕方頃になって馬車が止まったので外に出た。
「あれ、村に行くんじゃなかったでしたっけ?」
あたりを見回しても何もなく、村の影も形もない。するとオレリア副長が僕の疑問に答えてくれた。
「竜種というのは、我々人類が考える以上に頭の良い魔物なのです。年月を経たものは特に。棲家に近いヴィラドリクの村の村にゾロゾロ大軍で押しかければ、こちらに気づいて姿をくらませてしまう可能性があります。なので、残念ながら今日は村から少し距離を置いたここで野営です」
「な、なるほど。確かにそれはそうでしょうね」
「ええ。それと、騎士団の方で村に斥候を出しているはずなので、村の人達への説明と、うまくいけば対象の所在確認もできるかもしれません。私たちはここで休んで明日に備えましょう」
「はい、とてもよくわかりました。ありがとうございます」
「ふふん。オレリア副長は優秀でしょ」
僕らのやり取りを見ていたロメーヌ隊長がなぜか得意げに言った。
「はい。さすが普段からロメーヌ隊長を補佐できているだけあります」
「そうでしょ、そうでしょ…… あれ、ちょっとバカにされてる?」
「いえ、そんなまさか。では僕は野営の準備に取り掛かります」
僕はロメーヌ様のジト目から逃れ、宣言通り野営の準備に取り掛かった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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