第064話 初帰省
安息日の朝食後、僕は騎士団第五中隊の屯所の前まで行き、いつもの方法でヴァイオレット様を呼び出した。
ヴァイオレット様は屯所の門から駆け寄ってくると、弾んだ声で言った。
「おはようタツヒト! さぁ、すぐにベラーキに向かおう!」
おぉ、テンションが高い。僕もエマちゃんに会いたいからすごくわかる。
でも、ちょっと待ってほしい。
「おはようございます。ちょっとその前に買い物していいですか? できれば内壁の中の、ちょっと高めの食料品店などに行きたいのですが……」
「もちろんかまわない。私と一緒なら内壁の中にも入れるだろう。そうだな…… うむ、あの店がいいだろう。着いてきてくれ」
ヴァイオレット様の顔パスで内壁の内側に入り、お店で目的の物を手に入れた僕らは、急いでベラーキに向かった。
背中に大荷物を背負って自衛用の槍も持っているので、なかなかしんどい。
ヴァイオレット様は持とうかと言ってくださったけど、ここは見栄を張らせて頂いた。
彼女一人なら多分一時間もかからないのだろうけど、僕の足だとゆっくり目に走って4時間ほどかかるのだ。
それだと村には一瞬しか滞在できないので、僕にとってのかなりのハイペースで街道を走った。
一時間ほどして、ベラーキと領都の中間地点に当たるバイへの村の近くに来た。
すると、少し先を走っていたヴァイオレット様が速度を緩めて止まってしまった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ど、どうしましたか、ヴァイオレット様」
息を乱しながら問いかけると、彼女はバイエの村をじっと見つめていた。
バイエは村人の避難は間に合ったけど、大狂溢の時に防壁や家屋がかなり壊されてしまったのだ。
遠目からも村の人達がそれらの修繕に奔走している様子が見える。
「……私にもっと力があれば、あの村も無事に残っていたかもしれない」
そう呟く彼女の横顔には、後悔と自責の念が滲んでいた。
自分の手が届かなかったことで魔物に破壊された村を見て、心を痛めているようだ。
「ヴァイオレット様、腕が二本しかないのに全部助けるなんて無理ですよ。あなたのおかげで僕やエマちゃん達が今生きています。それでいいじゃないですか」
あ、何かフォローの言葉を言いたかったのだけれど、走ってきた疲れのせいかちょっとぞんざいな言い方になってしまった。
彼女は僕の言葉に少し驚いた表情をした後、ふっと笑った。
「……そうだな。ありがとうタツヒト。少し、心が軽くなったよ。 --行こうか」
「はい。あと半分です、なんとか着いてきます」
その後、汗だくになりながら走ることで、なんとか1時間ほどでベラーキに着くことができた。
「ゼッ、ゼッ、ゼッ…… 着き、ましたね」
「あぁ、ご苦労様。なかなかの速さだったぞ」
暑い日の犬のような呼吸になっている僕とは対照的に、彼女は汗ひとつかかず息も乱れていない。
やはりこの領域に行くにはまだまだ修行が必要だ。
息を整えながら村の門に近づくと、物見台の冒険者のお姉さんが僕らに気づいた。イネスさんパーティーの人だ。
「あ、ヴァイオレット様、タツヒト君、ようこそ! おーいみんな、ヴァイオレット様とタツヒト君だよー!」
彼女が村の中に声をかけると、中から小さな足音が聞こえてきた。
村の中から走ってきたのはエマちゃんだった。
「エマちゃん! 一週間ぶり!」
彼女は僕の言葉に反応することなく、目に涙を浮かべながら真っ直ぐ僕に向かってきた。
あ、なんかやばそう。僕は危険を察知して荷物やら槍やらを地面に置いた。
ドカッ!
「ゔっ…!?」
エマちゃんの頭が僕の鳩尾に直撃し、疲労のせいで支えきれずそのまま押し倒されてしまった。
「ゔっ、ゔぅぅ〜……」
エマちゃんは僕のお腹に顔を埋め、そのまま声を押し殺して泣き始めてしまった。
こうなると、僕は頭撫でマシーンになるしかない。
しばらく彼女の頭を撫でながらされるがままになっていると、嗚咽がおさまってきた。
「エマちゃんただいま。また会えて嬉しいよ」
「ゔん、お帰りなさい……」
まだ嗚咽混じりだけど、ようやく落ち着いてくれたみたいだ。
「むぅ、私もいるのだが……」
すると、ちょっと複雑そうな様子でヴァイオレット様が呟いた。
エマちゃんはその声にガバリを顔をあげた。すごい、もう満面の笑顔だ。
「ヴァイオレット様もいらっしゃい! さ、早く村に入ろう?」
エマちゃんは僕とヴァイオレット様の手を握り、そのままグイグイと村の中に引っ張っていった。
うん。やっぱり元気なのがエマちゃんだよね。
顔見知りの村のみんなに挨拶しながら、僕らは一旦エマちゃんの家、酒場兼冒険者宿舎へ向かった。
冒険者のみんなは、僕との一週間ぶりの再会と、ヴァイオレット様の来訪を歓迎してくれた。
イネスさん、リゼット姉さん、クロエ姉さんも元気そうだった。
僕はちょっとした企みがあったので、エマちゃんのご両親に場所を貸してもらえるよう相談したところ、快く許可をもらうことができた。
そんな僕の様子を見てエマちゃんが首を傾げる。
「タツヒトお兄ちゃん、何かするの?」
「うん。この前餃子パーティーしたよね? みんな楽しんでくれてみたいだから、また何かやろうと思って」
「え、また餃子食べれるの!?」
「ふっふっふっ。今日のはもっと美味しいかもよ?」
楽しみーと目を輝かせるエマちゃん。
餃子パーティーのことはヴァイオレット様にも話していて、是非参加したいということだったので、今回また企画したのだ。
許可を得られた後、みんなと一緒に食材の準備を始めた。
お肉は身体強化ゴリ押しでミンチにして野菜などと一緒に炒め、生野菜類を下処理し、生地を作って焼いていく。
大体準備ができた段階で、村長夫妻もパーティー会場にお呼びした。
そう、今日の企画はタコスパーティーだ! 僕は中華の次にメキシコ料理が好きなのだ。
お肉と香草類、トマト、レタス、ライムに似た普通は今の時期収穫できない食材は、領都のお高い店でわざわざ買ってきた。
なんと魔法を使った温室に似た設備があって、そこで季節を問わず収穫される食材を領都のセレブ達は楽しんでいるらしい。
酒場の机の上に並んだ大量の食材を前に、みんなソワソワしている。
「それじゃあ最初に手本見せますねー」
僕は生地にタコミートと野菜類を乗せ、最後にライムを絞って頬張る。
食欲を刺激する香草の香り、肉の旨みと野菜の食感、果汁の酸味と爽やかな香り、そしてそれらを包み込む香ばしい生地……!
「……うん、美味しい! みんなも食べて食べて!」
僕の言葉に会場のみんなが机に殺到した。
「うめぇっ! なんだこれ? 食ったことねぇ味だが、やたらとうめぇぞ!」
「リゼット姉さん、この赤い調味料をかけるともっと美味しくなりますよ」
「お、どれどれ…… か、辛ぇっ! タツヒト、テメェ!?」
「姉さん、ほら水飲んでください」
「美味しい! タツヒトお兄ちゃん、これ絶対チーズが合うよ! 持ってくる!」
「おっと、大事なトッピングを忘れてた。さすがエマちゃん!」
エマちゃんは僕の言葉ににっこり笑うと、厨房の方へ走っていった。
周り人の反応を見ると今回も大成功のようだ。高い香辛料をいくつも使った甲斐があったな。
隣に居るヴァイオレット様の様子を見ると、目を閉じて噛み締めるように召し上がっている。
「ヴァイオレット様。僕の故郷、と言うとちょっと違うな。僕がいた世界の料理なんですが、気に入って貰えましたか?」
「あぁ! 初めて食べる味だが、とても美味しい。クセになる味だ。 ……その、タツヒトの手料理だと思うと尚の事な」
「あ、えっと、ありがとうございます……」
二人で見つめあってはにかんでると、会場にいた人たちがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「ほ、ほらほら、みんなどんどん食べましょう! 冷めちゃいますよ!」
宴もたけなわで片付けも終わりに差し掛かった頃、村長が僕に声をかけた。
「タツヒト、ありがとよ。楽しかったぜ」
「よかったです! 次来るときはまた違う料理を用意してきますね」
「そいつぁ楽しみだな。それで、話は変わるんだが、使いっ走りを頼むようでわりぃんだが、こいつを領都にいる俺の息子に届けてもらえねぇか?」
村長は僕に一通の手紙を差しだした。
「えぇ、もちろん構いませんよ。そういえば領都にいるという話でしたね、僕の義理のお兄さん」
「兄貴かー。そういえば年単位であってねぇなぁ」
「そうですね。私たちが領都で修行してた頃に会ったのが最後ですから」
義理の姉上達はしばらく件の人に会っていないようだ。
「お前さんが来てから、はっきり言って激動の日々だったろ? 義理の弟ができたってことをあいつに言いそびれちまっててなぁ。手紙の中身もお前さんの紹介がほとんどだ。暇な時でかまわねぇから、会ってやってくれ」
「わかりました。会うのが楽しみです」
義理の兄上かぁ。地球世界の兄さんは、父さんの遺伝子を余すこと無く受け継いだ巨漢のマッチョだった。
こっちの世界の兄上はどんな人なんだろう?
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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