第062話 騎士団との合同任務(1)
いろんな出来事があった領主様からの呼び出しの数日後、魔導士団の仕事の流れも少し分かってきた。
一週間の内、最初の四日間は魔導士団内の訓練が主で、次の二日間は騎士団と合同で訓練と魔物の間引き、そして最後の一日は安息日、といった流れらしい。
今日は騎士団との合同訓練の日で、今は朝食を食べ終え、分隊のみんなで領都の外の演習場に向かっているところだ。
みんなで移動と言ったけど、僕とジャン先輩、あと数人の只人の隊員は馬車で移動している。
硬木製の板バネが入っているらしく、乗り心地は意外に良い。
これは行軍速度を維持するためのもので、身体強化ができず亜人に比べて体力が無い只人の魔法使いには必要な措置なんだと思う。
僕の場合は身体強化できるので歩きで全く問題ないのだけれど、ついでだからと馬車に押し込められてしまった。
分隊長のロメール様までご自身の足で歩いているのでちょっと居心地が悪い。
ちなみに馬車を操ってくれているのは僕らの分隊付属の支援分隊の人だ。
彼らは屯所の警備や雑用に加え、遠征時にこうして馬車で人や物を運んでくれる。騎士団にも似たような部隊があるらしい。
「ジャン先輩、今日一緒に訓練する騎士団の中隊って、ヴァイオレット様の第五中隊ですよね?」
「……ん? ああ。魔導士団の分隊と騎士団の中隊は紐づいてるからなぁ、今日と言わず、来週も再来週も第五中隊だぜ。向こうさんの規律の厳しさはゆるい俺らとは全く違うから、気ぃ付けろよ?」
「わかりました、ありがとうございます。それにしても、合同訓練までに装備が間に合ってよかったです」
「あぁ、そうだな……」
昨日ローブ風の制服と杖が支給されたので、やっと見た目の上でも魔導士団の団員ぽくなってきた。
ローブの色はワインレッドで、火属性仲間のジャン先輩のものと同じ色だ。
どうやら得意属性で色分けして連携をとりやすくする意図があるらしい。そう言えば地属性のロメール分隊長は濃い茶色だったし、水属性のエクトル小隊長は群青色だった。
杖は以前村で冒険者のイネスさんに貸してもらったものと似たもので、得意属性以外の三属性の魔法が込められた筒陣が仕込まれている。
両方持ってくるのは大変だったので、今日は槍は宿舎に置いて来ている。なんとか槍を持ちつつ筒陣も使える方法を探したいところだ。
ところで、ジャン先輩のさっきからテンションが低い。
「……あの、ジャン先輩、元気出して下さいよ。質屋の人も、次の給料日まで取り置いてくれるって言ってたじゃないですか」
「あのパイプは大事なものなんだ…… 絶対に取り戻さねぇと」
「ジャン先輩……」
ジャン先輩はよく僕を夜の街に連れ出してくれていて、昨日は合法なのか違法なのかよくわからない賭博場に連れてってもらった。
その日は位階ごとに階級分けされた只人の男性が殴り合い、その勝敗に賭けるという激し目の演目だった。
地球世界の価値観だと女性同士のキャットファイトを見る感覚なんだろう、観客のお姉様方は異様に盛り上がってた。
そこで贔屓の選手にかけたジャン先輩は大負けし、それを取り返そうと愛用している結構いい造りのパイプを質屋に預け、そこで得たお金までも摩ってしまったのだ。
熱くなって手放してしまったみたいだけど、先輩は『俺はこのパイプに火をつけるために火属性に目覚めた』と嘯くほど大事にしていたんだった。
「タツヒトくん、信用しちゃダメよ。そいつは半年に一回はその大事なパイプを質に入れてるんだから」
「そーそー。いつものことなんだから、気遣うだけ無駄よ、無駄」
馬車に同乗している他の隊員の人たちが口々にジャン先輩を貶める。日頃の行いが窺える反応だ。
「勘弁してくださいよ先輩方、せっかく後輩の前で格好つけてたのに……」
「えっと、すみません。賭け事で身ぐるみ剥がされてる時点で、もうだいぶ手遅れな気がします」
「……ちくしょう」
僕らが領都の外の演習場に着いた時には、すでに騎士団の方々は集まっているようだった。
ヴァイオレット様の中隊の全容を見たのは初めてだったけど、100名ほどの人員が整然と整列している様は圧巻だ。
馬車を降りて隊のみんなとヴァイオレット様の元に向かう。
「ヴァイオレット卿、遅くなってしまったみたいだね」
ロメール分隊長がいつもの感じで声をかける。
「いやロメール卿、我々も今整列が終わったところだ。今日そちらの隊に我々のよく知る新人がいるが、いつも通り始めよう」
ヴァイオレット様はそう言って、僕に目を合わせて微笑んだ。
僕も頷いて微笑み返すと、彼女は笑みを深めてから中隊の指揮に戻った。
なんだろう。今日の仕事めちゃくちゃ楽しいかも知れない。
「じゃぁみんな、教えた通りに位置についてー」
僕らもロメール分隊長の指揮に従って移動し始める。
すると、ジャン先輩が近寄ってきて僕に耳打ちした。
「なぁタツヒト、お前ってヴァイオレット様と知り合いなんか?」
「ええ。縁あって仲良くして頂いています。僕を魔導士団に推薦して下さった方の一人でもあります」
「ほうほうほうほう……」
ジャン先輩は笑みを深めて何度も頷いている。
なんか楽しそうだなこの人。さっきまでしょんぼりしてたのに。
「で、どこまで行ったんだ?」
「……何のことでしょうか?」
「おい、惚けんなよ。さっきの感じはただの知り合いなんかじゃねぇだろ? 目と目で通じ合ってたじゃねぇか」
なんかみんな察し良すぎない?
もうバレることに慣れてしまったけど、僕は本当に分かりやすいらしい。
「……先日手を繋ぎました」
「手を繋いだだぁ? っかぁ〜〜、甘酢っぺぇなおい! そうかそうか。今度オススメの娼館に連れてこうと思ってたが、そいつはやめておく。身分が違うから大変だろうが、応援してるぜ!」
「ありがとうございます。あの、他の人には黙ってて下さいね?」
「分かってるって。任せな!」
完全に元気を取り戻したジャン先輩は、上機嫌そうに僕から離れていった。
オススメの娼館か…… いや、行かないよ? 行かないけど、興味を持つのはしょうがないのではなかろうか?
騎士団との合同訓練は、午前中は集団戦における騎士と魔導士、魔法使いとの連携訓練に終始した。
大まかには、以前冒険者のイネスさん達と護衛任務をした時と同じだ。
敵との距離が遠い際には魔導士、魔法使いが魔法を打ち、騎士団の弓兵が弓を撃つ。
近くなった際には遠距離攻撃メンバーが引いて、騎士や兵士が前に出る。
これを、こちらから攻撃する場合、防衛する場合、隊を分ける場合などといった形で、シチュエーション毎に行う。
さらには人数が多い場合ならでは陣形の組み替えや命令の伝達などもあるので、なかなか大変だ。
事前に教えてもらっていたのと、魔導士団は基本的に人数の多い騎士団に合わせて動くので、初参加の僕でもなんとかついていくことができた。
野外で昼食をとった後は、そのまま翌日の間引きポイント近くの野営場所まで行軍した。
こちらも、馬車組の僕らは乗ってるだけで良いので楽だった。
街道沿いの野営場所は、何度も使われているせいかキャンプ場のように整備されていた。
野営も支援部隊の人達がかなり手伝ってくれるので、魔導士団の団員は騎士団の人達に比べて圧倒的にやることが少ない。
そのまま流れるように夕食を取り、就寝の時間となった。
魔導士団だけで孤立することもあり得るので、訓練のため団員も交代で見張りを行う。
特に事件もなく前半の見張りを終えた僕は、野営ならではの寝心地の悪い寝床に潜り込んだ。
なんだか今日はだいぶ楽させてもらった気がする…… 明日の間引きは頑張ろう。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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