第060話 ヴァロンソル家の家庭事情(2)
「なっ……! 母上、何を言い出すのですか!? 彼はその、そうっ、ただの友人です!」
領主様の言葉に、ヴァイオレット様が顔を赤くして反論する。
僕も心拍数が上がってるけど、珍しく取り乱す彼女を見たら少し冷静になってしまった。
でもそんなに強く否定されるとちょっと凹んでしまう。
「わかっている、冗談だ」
次いで領主様が発した言葉に、ヴァイオレット様は口を開けたまま絶句してしまった。
「ふむ。本当に冗談のつもりだったのだが、どうやらあながち間違ってもいなさそうだな?」
領主様が僕に視線を送ってくる。これは、なんだかこのまま主導権を握られたままなのはまずい気がするぞ。
僕は椅子から立ち上がると、魔導士団の講習で教えてもらった主君への敬意の表し方、跪いて頭を下げた姿勢を取った。
「拝謁を賜り光栄にございます、領主様。私は昨日魔導師団に入隊致しましたタツヒトと申します。光栄なことに、ヴァイオレット様には友人のように接して頂いております」
「--ふむ、顔を上げたまえ」
ちょっと迷ったけど、言われて素直に顔上げた。
「ヴァロンソル侯爵領を預かる、ローズモンド・ド・ヴァロンソルである。ヴァイオレットから聞いたであろうが、今日は領軍の人間としてではなく発明家として貴殿を呼んだのだ。あまり硬くなることはない。座りたまえ」
「はっ、ありがとうございます」
よし、仕切り直しできたような気がするぞ。
僕が座り直す頃にはヴァイオレット様も落ち着いた様子だった。
「さて、貴殿が開発したカミソリと髭剃り液だが、かなり収益を上げている。利益の一部を還元しているとは言え、一度礼を言っておこうと思ってな。
我が領の発展への貢献、感謝する。今還元している分とは別に報奨も用意しようと思うのだが、何か欲しいものはあるかね」
おぉ、すごい太っ腹。同時に信賞必罰を徹底しているという印象も受ける。
でも欲しいものかぁ。あなたの娘さんを下さいと言いたいところだけど、ここは一旦好感度を稼いでおこう。
「お心遣いありがとうございます。ですが、カミソリに関してはすでに十分すぎる報酬を頂いております。
友人のように接してくださるヴァイオレット様の役に立ちたいと思い開発したものなので、それがこの領の発展に貢献できているというだけでもう十分でございます」
「ほう、無欲なことだ。ヴァイオレット、よくできた友人だな」
「--はい、母上。私には勿体無いほど良い友人です」
「うむ。しかし君は本当に優秀だな。発明家としての顔を持つだけで無く、万能型で、その若さですでに黄金級の位階にあり、その上礼儀正しく顔も悪くないと来ている。私にはあまりに出来すぎていると感じられるな」
あれ、何か雲行きが怪しいぞ。領主様はそのまま言い募る。
「それに、カミソリの収益還元だけで十分暮らしていけるだろうに、わざわざ魔導士団に入った点も気になるところだ。
出自も怪しい点から、貴殿は何者かの手のものなのではないだろうか…… そんなふうに、私は益体もないことを考えてしまうのだよ」
領主様から威圧感とほんの少しの殺気を感じ、頬に一筋汗が流れる。
これは、受け答えを間違うとその場で処刑されかねない空気だ。ヴァイオレット様も険しい表情で椅子から腰を浮かせている。
僕はこちらをじっと観察している領主様の目を見据え、正直な気持ちを答えた。
「過分な評価をありがとうございます。ですが、僕の目的はヴァイオレット様、ひいてはこの領の役に立つこと、そしてそのために強くなることです。
魔導士団に入ったのもそのためでございます。誰の指示も受けていません」
領主様の心の奥を暴きだすような強い視線に耐えること数秒、彼女は視線を外して息を吐いた。
「--そうか、よくわかった。ではこれからも我が領のために働いてくれ。貴殿には期待している。さて、本日はこれまでとしよう。シルヴィ、二人を送ってくれ」
「はい、旦那様」
気配を消して控えていた侍女長、シルヴィさんに促され、僕らは執務室を後にした。
シルヴィさんの後ろについて廊下を歩きながら、ヴァイオレット様と小声で話す。
「ふう、緊張しました」
「--母上がすまなかったなタツヒト。魔導士団の人事は最終的に母上が決裁する。本当に怪しいと思われていたら君は採用されていないはずなので、さっきのは念の為の確認だろう」
「いえ、僕は出自が怪しすぎるので、領を預かる方として当然の対応だと思います」
「そうか、そう言ってもらえると--」
「あらぁ、そこに居るのはヴァイオレットじゃない。久しぶりねぇ」
廊下からホールに出た瞬間、ヴァオイレット様の言葉に被せるように、彼女ととても良く似た声が響いた。
声の方に目を向ける僕は、思わずギョッとしてしまった。
ホールの寝椅子には、これまたヴァイオレット様とよく似た若い馬人族の方が座っていた。
そして椅子の周囲には、顔立ちの整った10人くらいの只人の男性が侍っている。
しかし、問題は人たちの大半が腕を吊っていたり青あざがあったりと、結構重めの怪我人ばかりということだ。
そして誰もがうっとりとした表情で寝椅子に座る彼女を見つめているので、まぁまぁ不気味な光景だ。
「あ、姉上、それに義兄上達も…… お久しぶりです」
あ、やっぱりヴァイオレット様のお姉さんだったのか。そして、おそらく周りの入院患者さん達がお姉さんの奥さん達か。
でもなんだかヴァイオレット様の反応が変だぞ。嫌な奴に会っちまったと顔に書いてある。
お姉さんはゆっくりと寝椅子から立ち上がり、腰をくねらせるような歩き方で僕らの前に来た。
彼女の濃い紫の髪は肩にかかるほどで、顔の作りはヴァイオレット様に似ているのに、その蠱惑的な表情や仕草からは全く違う印象を受ける。
そして昨日ジャン先輩と言ったお店のお姉さんに迫るくらい扇状的なドレスを着ている。正直眼福だ。
「あらあら、随分可愛らしい子を連れてるじゃない。あなたも隅に置けないわねぇ」
そのエロいお姉さんは、僕をじっとりと見つめながら言った。
「姉上、彼は私の友人で魔導士団の団員です。 --そういった関係ではありません。タツヒト、こちらは私の姉のロクサーヌ子爵だ」
お、さっき領主様に揶揄われて耐性が出来たのか、ヴァイオレット様が泰然と切り返してる。
僕は領主様にしたように跪いて挨拶した。
「お初にお目にかかります、子爵様。昨日魔導師団に入りましたタツヒトと申します。ヴァイオレット様にはとてもとても良くして頂いております」
「ふぅん。そんなに畏まらずに立ちなさぁい。ロクサーヌ・ド・ヴァロンソルよ、よろしくねぇ」
「はっ、光栄に存じます」
言われて立ち上がると、やはり彼女はじっと僕を見つめている。
いや、違う。上から下まで全身を舐めるように見ている。なんだか居心地が悪い。
「うふふ、本当に可愛い子ねぇ。ヴァイオレット、ただの友人だというなら、私がこの子といい仲になっても何も問題は無いわよねぇ?」
「なっ!? 姉上、それはダメです!」
「なぁぜ? ただの友人なのでしょう?」
「そ、それは、その……」
さっき見たような展開になってしまった。ヴァイオレット様は目を伏せてしまって言葉を出せずにいる。
喜んでしまうことに罪悪感があるけど、このヴァイオレット様の反応は正直とても嬉しい。僕も顔が赤くなってる気がする。
お姉さんはしばらく黙って僕らの様子を見ていたけど、突然吹き出した。
「ふっ、あっはははははは! --わかっているわ、冗談よ。二人とも本当に可愛いわねぇ」
「あ、姉上……」
「ふふっ、ごめんなさいねぇ。久しぶりに話せてよかったわぁ。進展があったら必ず教えて頂戴。それじゃぁね」
そう言い残し、お姉さんは包帯だらけの奥さん達を引き連れて去って行った。
お姉さんを見送るヴァイオレット様の表情をチラリと伺う。
そこには、揶揄われたことに対する苛立ちとは思えない、どこか痛みに耐えるような色があった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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