第006話 ボスゴブリン(1)
「……はれっ!?」
目が覚めると薄暗い洞窟の中でびっくりした。
が、だんだん意識がハッキリしてきた。
そうだ、異世界召喚されて(多分)、洞窟ダンジョンの脱出ミッション中だった。
ちょっと腰をおろして休憩しようと思ったら、そのまま寝てしまっていたらしい。
……ゴブリンや狼がうろつく場所で寝てよく無事だったな。今更ちょっと冷汗が出てきた。
急いでスマホを確認すると、時刻は朝の7時になっていた。
3時間ほど眠っていたみたいだ。
相変わらず電波は入ってこない。
軽く体操をして目を覚まし、休憩していた袋小路から出て探索を再開した。
探索を進めていくと、ゴブリンとの遭遇頻度が上がってきた。
15分~30分に一回遭遇するぐらいの頻度で、なかなかげんなりしてしまった。
でも、これだけゴブリンがいるということは、出口が近いのかもしれない。
レベルアップの影響もあって、ゴブリンはもう曲がり角殺法を使わなくても倒せるようになっていた。
ここに来た当初は、一体を相手にしている間に他のやつに攻撃されて怪我をしていた。
でも今は、単純な速度差で複数相手でも安定して勝てている。
キ〇ーマシンみたいに、1ターンの内に複数行動が可能になったような感じだ。
このレベルアップ的な現象、一体どんな仕組みなんだろう。
ぱっと見た感じ、筋肉が太くなってるわけじゃないし、皮膚が硬くなってる様子もない。
かといって戦闘後にお腹がめちゃくちゃ減るというわけでもない。
僕が知ってるような物理現象じゃないみたいだ。
異世界だから、魔力的な何かがあるのかも……
そしたら魔法とかも使えるのかもしれない。夢が広がるな。
そんな感じでしばらく歩いていると、はっきりと風の音と気流が感じられるようになってきた。
これは出口が近いかもしれない
夜の1時に魔法陣の部屋で目覚めて、現在の時刻は朝の10時頃。
途中で3時間ほど休憩したけど、合計6時間は歩いたり戦ったりしていた。
よかった。そろそろ、出口があるのか不安に思っていたところだったよ。
風の音と気流を強く感じる方に進んで行くと、ほのかなゴブリンの体臭を感じた。
もう慣れたもので、臭いでゴブリンの気配がわかるようになってしまった……
それと同時に、ゴブリンの鳴き声もわずかに聞こえ始めた。
魔法陣の部屋で作った短槍も結構ガタが来てるし、ポーションも残り一回分くらいだ。
最初にゴブリンに遭遇した時のようなヘマをしないよう、僕は足音を殺して慎重に進んだ。
進むにつれ、ゴブリン達の声はだんだんはっきり聞こえるようになってきた。
あれ…… なんかゴブリンの鳴き声、多くない?
多くの鳴き声が幾重にも重なり、ざわめきとなって聞こえてくる。
これ、今まで遭遇したような数体の群れなんかじゃないぞ……
ゴブリンたちの声は、通路の先の広間のような空間から聞こえている。
広間の入口に身を隠し、中を一瞬覗き見る。
そしてすぐに頭をひっこめた。
広間には、2クラス分くらいのゴブリンがひしめき合っていた。
「いや、多すぎるでしょ……」
思わず独り言を囁き、もう一度広間を覗く。
広間は20m四方くらいの広さで、なんと中央で焚火がたかれていた。
火使えたんだね、君たち……怖いなぁ。
ゴブリンたちはその周りに無秩序に座り込んでいる。
そして、こちらから焚火を挟んだ反対側に、通路が伸びている。
通路の先は少し明るくなっているようだ。
よかった、大量のゴブリンが屯しているし、間違いなく洞窟の出口だ。
しかし、この数のゴブリンをどうしよう……
どっかに段ボール箱落ちてないかな。
強行突破は無茶がすぎると思ったので、ひとまずゴブリン達を観察することにした。
こうしてたくさんのゴブリンを同時に見てわかったけど、結構個体差がある。
耳の短いものや体色が浅いもの、体が小さいものや胸帯のようなものを着ているものもいる。
胸に帯を巻いている個体は初めて見たけど、少し胸が膨らんでいるように見えるからメスなんだろうな、多分。
で、ちいさいやつは子供かな。全然可愛くは見えないけど。
そして、広間の様子を一言で表すと、ゴブリンたちの家だった。
見た感じ、メスや子供の比率の方が多いように見える。
雌や子供の集団は比較的僕に近い位置にいて、雄達は出口に近い位置にいる。
メスの中には、胸をはだけて子供に授乳している個体もちらほらいる。
そして、毛皮らしきものをもぐもぐと噛んでいる個体もいる。
確か、原始人がああやって毛皮をなめして立って、どこかで見たことがある。
その他のゴブリン達も、何か作業をしたり貪ったり寝っ転がったりで、リラックスしているように見える。
こうして彼らの生活を目の当たりにすると、少し罪悪感を感じてしまう。
さっき僕が手にかけたのも、多分、彼らの夫や父だったんだろうな……
夜になったらみんな寝るかも、でも今が朝だから、めちゃくちゃ待つ羽目になる……
そんな感じで悩んでたら、広間がざわつき始め、ゴブリン達が出口(仮)の方を見た。
広間に入ってきたそれを見た瞬間、肌が粟立った。
「でっかぁ……」
思わず呟いてしまうくらい、立派な体格をしたゴブリンがのっそりと姿を現した。
身長2mはありそうで、体型はレスラーのように筋骨隆々、面構えも凶悪だ。
動きは緩慢だけど、身体能力の高さが窺える安定した歩き方をしている。
片手には巨大な棍棒、もう片方の手にも何か抱えているようだけど、巨体に隠れてよく見えない。
見るからに屈強だし、うっすらと冷や汗も出ている。
ゴブリンより何倍も強そうなので、ボスゴブリンと呼ぼう。
広間の中にいたゴブリン達は、ボスゴブリンを見てギャア、ギャアと騒ぎ立てた。
言葉はわからないけど、「ボス、おかえりなさいまし!」とか言ってそう。
ボスゴブリンは中央の焚火に近づくと、抱えていた何かを乱暴に下ろした。
「……っ!?」
ボスゴブリンの登場よりも驚いた。
それは、多分だけど人間の女の子だった。
体格は小学校低学年くらいで、簡素な中世の村娘といった感じの服をきている。
地面に転がされて意識を取り戻したのか、わずかに身じろぎしているのが見える。
ボスゴブリンは村娘ちゃんを見て、涎を垂らしながらニタリと笑った。
そして、棍棒を放り投げると、そばに置いてあった人でも貫けそうな長い木の杭を握った。
まずい、あいつあの娘を焼いて食べるつもりだ……!
だから、他のゴブリンみたいにその場で食べずに、焚火のあるここまで連れてきたんだ。
どうする……!?
もちろん見殺しにはしたくない。
でも、ボスゴブリンとゴブリン2クラス分を同時に相手するのは自殺行為だ。
むしろ、今のうちに駆け抜ければ外に出られるかも……
呼吸が荒くなり、手足が震えるて考えがまとまらない。
しかし、状況は待ってくれなかった。
村娘ちゃんが身じろぎして目を覚ましたのだ。
「……**? *******!?」
村娘ちゃんがボスゴブリンをみて叫んだ。
這いずるように逃げようとして、ゴブリンに囲まれている状況に気づき、その顔が絶望に歪んだ。
「**!! **!! ****!!」
村娘ちゃんはそのばにへたり込み、周りを見回しながら叫んでいる。
その絶叫に顔を顰めながら、ボスゴブリンが村娘ちゃんを地面に押さえつけ、杭を構えた。
くそっ!やっぱり串焼きにするつもりだ……!
相当な力で押さえつけられているのか、村娘ちゃんは呼吸もできないようだった。
ボスゴブリンが杭を引き寄せ、まさに突き刺そうとした時、村娘ちゃんが顔をこちらに向けた。
目が合ったような気がした。
その瞬間、僕は衝動的に広間に駆け出した。
後悔、恐怖、安堵がごちゃ混ぜになった思考とは裏腹に、体は自動的に短槍を振りかぶり、ボスゴブリン目掛けて投擲していた。
ボスゴブリンは、驚くほど俊敏に顔をこちらに向けたけど、両手がふさがっているせいかその場から動かなかった。
その一瞬後、短槍がボスゴブリンの首に突き刺さった。
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