第056話 入団面接(1)
村を出た僕は、領都を目指して街道を走っていた。
年明けすぐの冷たい空気が、吐く息を白く染めている。
領都に持っていくものは厳選したけど、それでも大荷物を背負っているので結構しんどい。
でも普通に歩いていたら領都に着く頃には夕方なので、なんとか昼頃には着きたいところだ。
しばらく走ると、街道のから見える範囲にまだちらほらと魔物の死骸らしきものが残っていた。
ベラーキ村の周りの死骸はあらかた片付けたけど、流石にこの辺までは面倒を見切れなかった。
匂いもすごいだろうし、病気をもらうかもしれないからなるべく近づかないでおこう。
体感で二時間ほど走ったあたりで、ベラーキ村と領都とのちょうど中間あたりに位置するバイエ村が見えてきた。
村に近寄ってみるとその姿は以前とはかなり違った様相だった。
イネスさんから聞いていたけど、先日の大狂溢でかなり被害を被ったようだ。
村の人達が総出で修繕にあたっているみたいだけど、防壁や家はまだ四分の一くらいは壊れたままだし、村外に広がる畑もまだ手が回っていないみたいだ。
村の人達は領都への避難が間に合ったみたいだけど、これだけ破壊されると復旧はしんどいだろうな……
今日は先を急ぐので立ち寄れないけど、今度何かお見舞いの品でも持ってこよう。
それからまた2時間ほど走り、なんとか昼頃には領都の門の前に着くことができた。
「ふう。よし、予定通り。それにしてもやっぱり頑丈だなぁ」
やはりここにも魔物が押し寄せたのか、領都の防壁のところどころが割れ、少し崩れてしまっているところもある。
しかし、見たところ大きく崩れたところもなく、魔物の侵入はきちんと防いだようだった。
それよりも。
「でっかぁ……」
領都の防壁のすぐ近くに、そいつは鎮座していた。
防壁の高さは20mはありそうだけど、立ち上がった時にはその半分くらいの高さがありそうな巨大な魔物の死骸がそこにあった。
そいつは鎧を纏ったサイのような見た目をしていて、周りでは鎧を切り出しているらしい人達が作業している。
見た目通り凄まじい膂力を持っていたのか、死骸の側の防壁にはそいつの角によるものと思われる大穴が何箇所も開いてた。
「でかくて、固くて、強そうだけど、一体誰が倒したんだろう。ヴァイオレット様が言っていた、騎士団長とか魔導士団長かな。 こんなん倒すとかだいぶ人類辞めてるな……」
馬鹿でかいサイの魔物を横目に領都に入るための待ち行列に並ぶことしばし。
ヴァイオレット様からもらっていた通行証で、僕は今回もスムーズに領都に入ることができた。
数週間ぶりの領都は、大狂溢などなかったかのように平和な様子だった。
僕は適当な屋台でお昼を食べ、水場でちょっと身だしなみを整えた。これから魔導士団のお偉いさんに会うからだ。
教えられた道順を行くと、無事に魔導士団第二小隊の屯所に着くことが出来た。
ヴァイオレット様の中隊の屯所と同じような構造で、全周が壁で囲まれていて入り口には門番らしき人が二人立っている。
中隊の屯所に比べて建物の規模は小さいけど、この中に数十人魔法使いがいると考えると小隊という名前が不釣り合いな気がしてくる。
「こんにちは。私はベラーキ村から来たタツヒトと申します。本日は魔導士団への入団面接に参りました。お手数ですが、ロメーヌ様にお取り継ぎ頂けますか?」
「ベラーキ村のタツヒト殿ですね。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
門番の人に取り継ぎを依頼すると、事前に話が通っていたのかスムーズに案内してもらえた。
応対してくれたクールな感じの只人の女兵士さんにそのままついていくと、一番大きい建物の一室に案内された。
扉を何度ノックしても反応がなかったけど、兵士さんがいつものことですと言ってそのまま中に入ってしまった。
中は執務室兼研究室といった感じで、10畳ほどの部屋には書籍やら実験器具やらが雑然と置かれていた。
そして部屋の奥の机では、ロメール様がカリカリと書き物をしている。
しかしよほど集中しているのか、部屋に入ってきた僕らに気づいたそぶりもない。
兵士の人は慣れているのかそのままずんずんロメール様に近づき、肩を揺すりながら声をかけた。
「ロメーヌ分隊長、来客ですよ」
「ほわっ!?」
そこまでされれば流石に気づいたようで、彼女は声をあげてこちらを見た。
「おー、びっくりした。あぁ、タツヒトくん、来たんだね。君、案内ありがとう。仕事に戻ってくれていいよ」
「はっ。では失礼致します」
兵士の人が扉を閉めて部屋から出ていった。
「すみません、集中されているところを邪魔してしまって」
「いや、いいんだよ。ちょっと思いついたことがあって書き留め始めたら止まらなくてね。あれ、でも午後に来るんじゃなかったけ? まだ午前中だよね?」
「いえ、もうお昼過ぎです……」
「え、そうなの? そうか、今日はオレリア君が非番だから気づかなかったなぁ。お昼を食べ損なってしまったよ」
オレリアさんというのは、いつもロメーヌ様の世話を焼いてる部下の人かな。
ロメーヌ様はいつも通りの無表情だけど、肩を落としてしょんぼりしたご様子だ。
……なんかちょっとかわいそうだな。
「あの、よければこれ食べますか? 僕の非常食なんですが、ナッツとかを糖蜜で固めたもので結構美味しいですよ」
僕はポーチから取り出した非常食の包装を解いてロメーヌ様に差し出した。
「え、いいのかい? じゃぁ遠慮なく。 ボリボリ…… え、美味しい! これどこで売ってるの?」
両手で糖蜜バーを持ってパクパクと食べるロメーヌ様がかわいい。
彼女は小柄なので、なんだか小さい子にお菓子をあげているようなほんわかした気持ちになってしまう。
「いえ、これは僕が作ったものでして。似たようなものは…… 残念ながら売ってるのを見かけたことはありませんね」
「えー、お金出すから定期的に作って欲しいなー。あ、そうだ、君はこれから僕の部下になるのだから、仕事の一環として作ってもらおう。うん、それがいい」
うんうんと一人で頷くロメーヌ様。そんなに気に入って貰えると嬉しいな。
「はっ。承知しました、上官殿。 --って、そうですよ。僕面接に来たんですが、これからどうすればいいでしょうか」
「おー、そうだったね。じゃぁ今から小隊長のところに行こうか。多分この時間はいるはずだよ。あとおかわり頂戴」
「めちゃくちゃ気に入ってるじゃないですか…… はい、どうぞ」
二本目の糖蜜バーを歩きながらぱくつくロメーヌ様についていくこと暫し。
階段を登って建物の最上階、一番立派な扉の前に辿り着いた。
扉をノックして彼女が声をかける。
「小隊長、ロメーヌです。入りますよ?」
「……はい。どうぞ、開いてますよ」
ロメーヌ様と違って返事はすぐ返って来た。
扉を開くと、部屋の様子もロメーヌ様と対照的で、広めの室内には資料や器具などが整然と配置されている。
部屋の主は、しっかりとした作りの机に座りながらこちらを見ている。
結構えらい立場の人だと思うのだけれど、なんと只人の男性だ。
この国では偉い人はだいたい亜人と相場が決まっているんだけど、魔導士団が種族に関わらず人を登用しているという話は本当らしい。
年齢は多分40歳くらいの痩せ型で、茶髪をオールバックにしてメガネをかけている。
そして、なんだか疲れたような印象の顔に優しげな笑みを浮かべている。
「おや、ロメーヌ君。その子が例のタツヒト君ですか?」
「はい。この子は逸材ですよ。もう形式的な面接とかせずに入れちゃいましょうよ」
「ははは、そいいうわけにもいきませんよ。規則ですからね」
彼は椅子から立ち上がると僕の前に来て手を差し出した。
「初めましてタツヒト君、魔導士団第二小隊長のエクトル・ド・コクトーです。さぁ、面接を始めましょうか」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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