第055話 生誕祭と出立
「我らの母神と父神はこの日、争いに明け暮れる地上に聖イェシュアナを遣わされました……」
ヴァイオレット様達から勧誘を受けた数日後、僕は村のみんなと一緒に教会でソフィ司祭の説法を聞いていた。
領軍に入ることにしたけど、もちろんすぐにというわけにはいかなかった。
領都の方でも受け入れの準備が必要だし、年末年始は村で過ごすのがよかろうという計らいで、年明けに村を発つことにしたのだ。
ソフィ司祭の説法は例によってあんまり真剣に聞いてこなかったけど、もうすぐ村を発つと思うといつもより集中して聞いてしまう。
今日は生誕祭と呼ばれる日で、聖教においては重要なイベントの一つらしい。
聖教の神様は、世界と全ての人類を創造した母神と父神を頂点として、次点で各種族の亜人の始祖的な神々が連なる。
この国では、自然と馬人族の始祖であるエクスアウレウスという神様を崇めている人が多い。
それに加え、聖教には聖人と呼ばれる人がたくさんいて、その中でも最も重要なのがこの聖イェシュアナという人みたいだ。
なんでも、太古の昔に長く大狂溢が起こらなかった時期があって、その時暇を持て余した人類は国同士で戦争に明け暮れていたらしい。
そんな中、世界中の魔物の領域で同時多発的に大狂溢が起こって、戦争どころか人類存続の危機という状況になったようだ。
ただでさえ戦争で疲弊した人々が魔物によって傷つき死に瀕する中、突如として聖イェシュアナは現れた。
当時無名の聖職者だった彼女は多くの傷ついた人々を癒して周り、彼女の元には多くの弟子が集まった。
彼女はそのまま国を超えて人々を救い続け、世界中を旅したという。
……今と違って道もそんなに整備されてない中でどうやったんだろう?
もしかしたら、古代遺跡の転移魔法陣を使ったとか、実は複数人物の業績が一人の伝説に集約されたとかかもしれない。
「--多くの人々、国を救った聖イェシュアナでしたが、道半ばで力を使い果たし死んでしまいます。しかし、聖イェシュアナは三日の後に復活し、驚く弟子達を引き連れて人々を癒やし続けました。そして大狂溢の終わりを見届けた後、弟子達に様々な教えを残して昇天されました」
え、死んで生き返ったんだ。なるほど、そんな伝承があるなら一番重要な聖人だというのも納得だな。
この世界の聖職者は、神聖魔法と呼ばれる傷や病を治療する特殊な魔法を使うことができる。
しかし、神聖魔法でも死んだ人を蘇らせることはできないらしい。
だからこそ、聖イェシュアナの復活は奇跡として語り継がれているんだろうな。
そういえば春に復活祭というイベントもあるらしい。こっちは聖イェシュアナの復活の奇跡を記念したものなのかも。
「--本日のお話はこれで終わりです。ではみなさん、生誕祭を楽しんでください」
ソフィ司祭がいつものアルカイックスマイルで説法の終わりを告げた。
生誕祭は、教会にみんなで集まって聖イェシュアナの神話的なお話を聞いた後、家族でちょっと豪華な夕食を食べるのが慣わしだ。
僕もこの後村長宅で夕食を食べるので楽しみだ。あと、なんと義理の姉上達も今日は村長宅で過ごすらしい。喧嘩しちゃわないか心配だ。
ちなみに聖イェシュアナは妖精族、いわゆるエルフ的な種族だったという話だ。
妖精族か…… 領都でも見かけなかったけど会ってみたいなぁ。やっぱりスレンダーで耳が長いんだろうか。
「あ、これ切ったのリゼット姉さんでしょ。鶏肉が皮のところで繋がったままだよ」
「チッ、うるせぇなぁ。ちまちました作業は苦手なんだよ」
「姉さん、こっちのパイ生地の方をお願いします。もうこねるだけなので姉さんでもできると思います」
「……クロエ、お前微妙にあたしのこと馬鹿にしてないか?」
「ボドワン、砂糖とシナモンはまだあるわよね?」
「あぁ、あるぜ。今日のために取っておいたからな」
教会から村長宅に戻り、みんなでわいわいと夕食の準備をする。
餃子パーティーの時からわかっていたけど、リゼット姉さんが致命的に不器用だ。
でも、それを揶揄いながら一緒に作業できるくらいに仲良くなれた。しばらく前の僕に教えても信じないだろうな。
調理を進め、みんなのお腹が空く頃には料理が出来上がった。
本日のメニューは森で狩ってきた猪型の魔物のスペアリブ、いつもよりたっぷりバターを使ったパン、牛乳をふんだんに使った鶏のシチュー、そしてアップルパイだ。
めちゃくちゃうまそう。みんないそいそとテーブルに着き、いつもよりしっかりお祈りをしてから食べ始めた。
「っかぁー、うめーなおい! おい弟、お前もワイン飲めよ」
「飲んだら僕がどうなるか知ってて言ってますよね?」
「タツヒトさん、リゼット姉さんはあの時の口説き上戸のタツヒトさんにまた会いたいんですよ」
「ち、ちげーよバカ!」
「こらリゼット、口が悪いわよ。生誕祭の夜くらい綺麗な言葉を使いなさい」
「いいじゃねぇか、あのくれぇ普通だろ」
「ボドワン、今のは貴方にも言ったのよ?」
調理中と同じく、村長一家みんなでわいわいと食事を楽しむ。
みんな意図してなのかそうでないのか、僕があとちょっとで村を離れることに触れてこない。
宗教的なイベントとは別に、大晦日には友人達とワイワイ騒いで年を越すのが普通らしいので、その時に取っておいてくれてるのかも。
たまに地球の家族や友達がこいしくなるけど、この村では村長達のおかげで楽しく過ごすことができた。
ありがたいよね、ほんと。
年を越して数日後、ついに村を出る日がやってきた。
門のところには、朝食後の忙しい時間にも関わらずたくさんの人達が見送りに来てくれていた。
「まー領都でもせいぜい頑張れや、弟。村のことは任せとけ」
「タツヒトさん、体に気をつけてくださいね」
「敬虔なる信徒タツヒト、あなたの門出に祝福を」
「村の連中のカミソリは任せておけ。替え刃の材料はまだたっぷりあるからな」
「たまには顔見せに来てよねー」
「元気でな、タツヒト!」
「うちの村から魔法使いが出て、しかも領軍に入るなんてねぇ」
義理の姉上達、ソフィ司祭、鍛冶屋の親方、冒険者の人、農家の人、木こりの人、村のみんなが声をかけてくれる。
「もうタツヒトの面白い酔い姿が見れなくなると思うと、寂しくなるねぇ」
「イネスさん、勘弁してください。もう忘れてぇ……」
大晦日の夜、年越しの馬鹿騒ぎ兼僕の壮行会的な乗りになり、愚かにも僕はお酒を解禁してしまった。
前回は褒め上戸だったけど、今回は感謝上戸だったらしい。
全く覚えていないのだけれど、その場にいた人全員にハグしながらありがとうと言って回ったとのことだ。
……この世界の貞操観念が逆転してて良かった。
イネスさん達は笑って許してくれたけど、危うく領軍に入る前に捕まるところだった。
「ぐすっ、タツヒトお兄ちゃん。絶対遊びにきてね。エマ、待ってるから」
「ありがとう、エマちゃん。ヴァイオレット様と一緒に必ず遊びに来るよ」
涙目でお別れを言ってくれるエマちゃんの頭を入念に撫でる。
ご両親もエマちゃんと一緒に見送りに来てくれていて、僕と一緒に彼女を慰めている。
だめだ、こっちまで泣きそう。ちょくちょく帰ってくるつもりなのに。
「では村長、クレールさん、そろそろ行きます。今まで、本当にお世話になりました」
「おう、しっかりやれよ」
「いつでも帰っていらっしゃい。タツヒト君の部屋はそのままにしておくから」
「はい、ありがとうございます。それでは……行ってきます」
最後にちょっと泣きそうになったので、僕は慌ててみんなに背を向けてた。
大勢の村の人達に見送られ、僕は住み慣れたベラーキの村を後にした。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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