歪で愛おしいチョコ
「うわぁ…… 久しぶりに来たけど、全然変わらないなぁ」
目の前に広がるのはとても馴染み深い通りだ。笑顔の人々が白い息を吐きながら往きかい、何度か入った事もあるお店が立ち並んでいる。それらの懐かしい光景に、僕は感嘆の声を上げていた。
ここは僕らのアウロラ王国のお隣、馬王国の南にあるヴァロソル侯爵領の領都だ。つまりはヴァイオレット様の故郷である。
鉱精族の国で起きた反乱。僕らは同国の対抗勢力と手を組み、数ヶ月がかりでやっとそれを鎮圧したのだけれど、以降もその後処理でばたついていた。
結果、年明けすぐに来るつもりだったのが、一ヶ月ほど遅れたタイミングでの帰省となってしまったのである。
「確かに、ここに戻るのはおよそ二年振りになるか…… エマも久しぶりだろう?」
僕の隣を歩いていたヴァイオレット様が、笑顔で背後を振り返る。釣られて後ろを見ると、見習い侍女のエマちゃんが、息子のアレクシスと手を繋いで歩いていた。
二人ともにこにことご機嫌な様子だけど、エマちゃんの方は相変わらずケモ耳とケモ尻尾を装着している。そ、外では外してもいいんじゃ無いかな……
「うん、そうかも! アレクシス君も…… って、流石に覚えてないかぁ。今日はアレクシス君のおばあちゃん達に会えるんだよ?」
「ぅゆ、おばあちゃ?」
こてんと首を傾げるアレクシスを見て、僕もみんなも自然と笑顔になった。もうすぐ二歳になる我が子の可愛さがとどまるところを知らない。
今回はこの四人による少数かつお忍びでの馬王国訪問だ。
昨日は僕の第二の故郷であるベラーキの村を訪ね、村長夫妻やエマちゃんのご両親に挨拶してきた。
他のみんなも来たがっていたけど、仕事やら子育てやらで難しかったのだ。
「ん……? タツヒト、あそこを見てくれ」
領主の館に向かってゆっくりと歩いていると、ヴァイオレット様が通りに面したとあるカフェを指した。あのお店は……
「あ、懐かしい! あそこ、前に二人で入った事がありますよね? 確かあの時は、ヴァイオレット様が書店で買い込んだ本を通りにぶちまけてしまって--」
「そ、それは思い出さなくていい……! 私が言いたかったのはあの看板だ。もうあの店でも、普通に出る程に広まったのだな……」
感慨深げな彼女の言葉に目を凝らすと、カフェの前に出ている看板にはこう書かれていた。
”遥か西方からの魅惑の菓子、チョコレート入荷。官能的な甘さをどうかご賞味下さい”
「なるほど。あの店って高級店て感じでも無かったから、チョコレートが一般の人の手にも届くようになったって事ですか。
メームさんとコメルケル会長、チョコレートを世界中に広めようって頑張ってましたからねぇ」
商売が大好きなお妃さんと、馴染みの悪徳商人の顔が脳裏に浮かぶ。
この世界におけるチョコレートの発明には僕も深く関わっているので、結構感慨深い。
「あ…… そういえば今の時期って、ちょうどヴァレンタインか」
「ヴァレンタイン……? タツヒトお兄ちゃん、それなぁに?」
僕の呟きにエマちゃんがこてんと首を傾げる。さっきのアレクシスの仕草とそっくりだ。
「えっと、僕の故郷の風習って言っていいのかな……? 女の人が、恋人や家族、普段お世話になってる人なんかにチョコレートを渡す行事だよ。
好きな人に手作りのチョコレートを渡して、付き合って下さいって告白したりもするんだ。えっと、こんな感じのハート型にする事が多いのかな?
で、チョコを貰った男の方は一ヶ月後くらいにお返しをするんだけど、貰った品物の三倍の価格の贈り物を納めなきゃいけないんだ」
身振り手振りしながらヴァレンタインについて説明し終えた僕に、ヴァイオレット様は目を見開いた。
「さ、三倍だと……!? 何かこう、男側の負担が大きすぎないだろうか……?」
「あはは、そうかも知れませんね。ともかく、恋人の居る人達にとっては一代行事でしたよ。僕には縁がありませんでしたけど……」
友達のイケメン阿部君なんかは何十個も貰ってたけど、僕とかオタクな友達の秋山君なんかは毎年ゼロだったなぁ……
お母さんには貰えたけど、それをカウントするのはレギュレーション違反な気がするし。
「ほぅ…… エマ。母上達への挨拶を終えた後、少し時間も貰えるだろうか?」
「うふふ……! わかってるよ、ヴァイオレット様!」
僕の話を聞き終えた二人は、何やらヒソヒソと内緒話を始めてしまった。
物凄く気になったけど、その時ちょうど領主の館に着いてしまった。
僕らはヴァイオレット様のご家族から大歓迎され、久しぶりの再会を大いに楽しんだ。
そして夜。今夜は泊まって行けというお言葉に甘え、僕らは領主の館の一室で過ごしていた。
「スゥー、スゥー……」
「うん、よく眠ってる。お勤めご苦労様でしたっと」
ふかふかのベッド上では、アレクシスが穏やかな寝息を立てていた。彼を起こさないよう、僕はその小さな頭を優しく撫でた。
ヴァイレット様のご家族に全力で愛想を振りまき、ご機嫌で夕食を食べ終えた彼は、その後電池が切れたように眠ってしまったのだ。まさに孫の鑑と言えるだろう。
一方、ヴァイオレット様とエマちゃんは用事があるとかで外出中だ。ちょっと寂しい。
「ま、二人が戻るまでこれでも読んどおくか……」
部屋のソファに座った僕は、持ってきていた書類束を読み始めた。
そのまま国内開発や隣国への支援事業などの書類に目を通していくと、ちょっと対応が難しい手紙を見つけた。
他国の有力者や王族からの、何度目かになる縁談の申し入れだ。
「吸精族のディーナさんと、こっちは吸血族のローシュ王女からか。そろそろはぐらかすのも限界かなぁ……
ん……? こっちの手紙のは…… この間助けた鉱精族の第三王女さんから……!? ど、どうしよう……」
コンコンコン。
極めて難しい国際政治問題について頭を悩ませていると、ドアからノックの音が響いた。
「は、はい。どうぞ」
僕の声に扉が開く。部屋入ってきたのは、ヴァイオレット様とエマちゃんの二人だった。前者は何故かちょっと挙動不審だ。
「す、すまない。戻るのが遅くなった」
「ただいま! タツヒトお兄ちゃん! あ、アレクシス君はもう寝ちゃったんだね。静かにしないと……」
「お帰りなさい。二人とも、用事とやらは終わったんですか?」
「ああ、まぁな…… エマ、その、先にお願いできるだろうか?」
「うふふっ、ヴァイオレット様可愛い! じゃあエマからね! はいお兄ちゃん! これどうぞ!」
ニコニコとエマちゃんが差し出してくれたのは、綺麗にラッピングされた小箱だった。
「え…… こ、これって……! 開けていい……!?」
「うん、もちろん!」
いそいそと箱を開けると、中には綺麗なハート型に整えられたチョコレートが入っていた。
表面にナッツやドライフルーツなどが鮮やかに散らしてあって、彼女の調理スキルとセンスの高さが窺える。
驚きながら目で問いかけると、彼女はニコニコと頷いてくれた。
遠慮なく彼女のチョコを頂くと、芳醇な香りが鼻腔を満たし、口の中がとろけるような甘さで満たされた。
「エマちゃん……! ありがとう! とっても美味しいし、何よりすごく嬉しいよ! お返しは期待しててね!」
「えへへっ……! 良かったぁ。じゃー次は…… ヴァイオレット様!」
「うむ…… タツヒト、手を」
「は、はい……!」
神妙な様子のヴァイオレット様から手渡されたのは、エマちゃんのと同じく綺麗に包装された小箱だった。
ドキドキしながら開けると、中にはハート型のチョコが入っていた。
特に装飾は無く、形は歪で、表面もボコボコしている。けれど、それがどうしようもなく愛おしい。
「そ、その…… 何せ菓子など始めて作ったので、なかなか上手くいかず…… やはりそれはこちらで処分しておこう。もう少し練習してから--」
「いえ、これが良いです。これを食べさせて下さい」
僕はヴァイオレット様の言葉をやんわりと遮ると、その少し崩れたハート型のチョコを、ゆっくりと噛み締めるように頂いた。
「--ご馳走様でした。とても…… とても美味しかったですし、物凄く気持ちの籠った味がしました。ありがとうございます、ヴァイオレット様」
「タツヒト……」
ヴァイオレット様は僕の手を取ると、体を寄せながら潤んだ瞳で見つめてきた。
「わ、わぁ…… エ、エマとアレクシス君は、隣の部屋で眠るね! おやすみなさい!」
僕らの様子を見ていたエマちゃんは、赤い顔でアレクシスをベッドから抱き起こすと、早足で部屋を出ていってしまった。
彼女を見送った後、僕とヴァイオレット様は小さく笑い合い、啄むように口付けをした。
「甘い、な……」
お互いの唇が離れた後、彼女は自身の唇とペロリと舐めながら陶然と呟いた。
「ふふっ。今、とびきり甘い奴を頂きましたからね」
「そうかな? きっと、君の唇だからだよ」
僕らは至近距離で見つめ合い、どちらともなく再び唇を重ねた。
ちょっと遅刻してしまいましたが、午年のバレンタインという事でヴァイオレットのエピソードでした。
時々こうして単発エピソードや中編を書いていこうと思います。
あと新連載を開始しました。よければチラッと覗いて見て下さい。
【逃げ癖ハンターは立ち向かう 〜狩人の大精霊に憑依された底辺ハンターは魔物に溢れた現代で無双する〜】
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