第539話 家に帰ろう
『ふぅ…… 長くなったけれど、これで大体の経緯は話せたかしら。まとめるとこうね。
亜人が生まれたのは古代。創ったのは主に私とウルマフ博士の二人。聖教における創造の母神と父神は、私達が元になっているわ。
シャムやツァヤード達機械人形を創ったのは、私達の子供である亜人を見守り、人の世の破滅を避ける調停者として働いてもらうため。
そして私が防ぎたかったのは二つの破滅…… 一つは過去に地上の人類を滅亡させた神威。聖教では大災厄とぼかされている、神獣達による人類の粛清よ。今私たちが生きているのは、方舟を見逃してくれた二柱のお陰ね。
そしてもう一つは、男性型亜人の出現を契機とした只人の絶滅、崩界よ。
--レシュトゥと私は、人類に対する考え方の違いで喧嘩して、それきりだったの。イェシュアナは彼女と交流を続けてくれていたようだけど…… 最後に、もう一度話をしたかったわ……』
シュハルさんの長い昔話が終わり、みんなは呆然としていた。
かなり衝撃的だったけど、色々と納得のいく話でもあった。しかし、アラク様と勇魚の神獣様は、人類の仇であると同時に救い主でもあったのか。
大災厄周りの話をする際、お二人が気まずげにしていた理由がやっと分かった。僕ら個人にとってはただの大恩人だけど。さておき、一番気になるのは……
「--シュハルさん。お話、ありがとうございました。常識がいくつも崩壊するような内容でしたけど、まず確認です。
男の亜人の出現により崩界が生じる…… これは、あくまでも予想なんですよね?」
『ええ。でも、かなり高い確率で生じる未来よ。古代では、同じ只人の間ですら戦争が絶えなかったんだもの。亜人にとって只人が不要になったら、きっと同じ道を辿るわ……』
「なるほど…… でも、その可能性が僅かでも存在するなら、僕らはきっと崩界を回避して見せます。
要は、みんなと仲良くすれば良いですよね? そんなに困難な事じゃ無いはずです」
人の世界を維持するためには、確かに僕らの存在は見逃せないリスクなんだろう。
でも、仮定の話のために、僕は自分や周りの人たちの幸福を諦めるつもりは無い。悪いけど図太く生きさせて貰う。もちろん崩界を避けるために最大限努力するけど。
僕の答えに、シュハルさんは僅かに目を見開いてから笑った。
『うふふ…… 頼もしいわね。以前の私が、それほど人類を信じられた良かったのだけれど…… 神なんて呼ばれているけど、実際はただの臆病者ね』
「--いえ、あなたは…… あなた方は、確かに創造神と呼ばれるに相応しい方々です。その御業と献身に、最大限の敬意と感謝を」
「ほーん。にゃんかすっごい奇跡を使ったとかじゃにゃさそうにゃけど、ウチらの御先祖様を創ってくれたのはほんとにゃろ? じゃーお礼を言わにゃーとにゃ。ありがとうだにゃ!」
『……! こちらこそありがとう。そう言えばこの仕事でお礼を言われたのは初めてね。嬉しいわ』
ヴァイオレット様とゼルさんの言葉に、シュハルさんは笑みを深くした。
確かに、亜人と機械人形を創造し、大災厄で滅亡した人類をここまで復興させたのだ。新たな人の世を創り上げた、まさに創造神と崇められるに足る偉業だと思う。
シュハルさんは、次にロスニアさんに目を留めた。彼女は跪いたまま呆然としている。
『あら、そちらは聖教の子ね。創造神の正体がこんなおばあちゃんで、幻滅させてしまったかしら……?』
「……! それは……! --いえ、受け入れ難い事実をいくつも知ってしまいましたが、聖教の、創造神様の教えの素晴らしさに変わりはありません。私は、これからも聖職者として人を助け続けます」
毅然と立ち上がったロスニアさんに、シュハルさんは眩しいものを見るように頷いた。
すると、先ほどからそわそわと様子を伺っていたシャムが手を上げた。
「あ、あの! つまりシュハルは、シャムのお母さんという事でありますか……?」
『あ…… こんな私を、母と呼んでくれるのね…… そうね。貴方の生体部品は私の遺伝情報を元に製造したから、私達は親子以上に近しい存在よ。
そしてごめんなさい。貴方を永い間一人にしてしまって、寂しい思いをさせてしまって……』
「あわわ……! それについては気にしなくて良いであります! そのお陰でシャムはタツヒト達と出会えたでありますし、今は寂しくないであります!
あ、紹介するであります! シャムの大親友のプルーナであります! とっても良い子でありますよ?」
シャムに紹介されたプルーナさんが、少し照れた様子でシュハルさんに挨拶する。
「えっと…… 始めまして、プルーナです。娘さんにはよくして貰っています。その、僕もシャムちゃんの事が大好きです……」
『そう、お友達まで…… 二人ともありがとう。それを聞けて、本当に救われたわ』
シュハルさんの嬉しそうな声に、場の空気が一気に和む。しかしそこへ、キアニィさんが冷静に待ったをかけた。
「あの、みんな? 何か話がまとまったような雰囲気ですけれど、一つ重要な事をお忘れでしてよ。
--創造神ジュバール。貴方は貴方の望む世界のため、まだわたくしたちを排除するおつもりですの……?」
「「あっ……」」
た、確かに……! 創造神サイドの主要人物の内、カサンドラさん、アシャフ学長、ペトリア猊下は味方についてくれた。
しかし、二プラトは僕らの排除を諦めていないようだし、彼女達のボスであるシュハルさんの考えをまだ伺っていない。
一気に緊迫感が増した空気の中、シュハルさんは静かに笑った。
『いいえ…… 貴方達は、神獣や魔物とすら縁を結び、あの子、滅龍者ツァヤードを打倒する程の力まで示したわ。
だから私の結論もツァヤード達と同じよ。二プラトは意見が違うみたいだけど、貴方達のような子がいるなら私の仕事はもう終わり…… 人の世は、貴方達に委ねるわ』
--バチンッ、バチチンッ……!
彼女の言葉の後、部屋の中にある装置群からブレーカーを切るような音がし始めた。
「何を……? まさか……!?」
『私の元々の肉体は、妖精族でもない只人のものなの。
子供達を見守り続けるため、体を機械化して、複雑な投薬と遺伝子療法をして、永い休眠と短い覚醒を繰り返して延命してきた……
でも、それももう限界。そろそろ終わりにしようと思うの』
装置がシャットダウンする音が続く中、シャムが涙目でシュハルさんに問いかける。
「そんな……! お母さん……! せっかく会えたのに、行っちゃうでありますか……!?」
『ごめんなさいね、シャム…… もっと話していたかったのだけれど…… そうだ、あの子達に伝言をお願いできるかしら?
今までありがとう。これからは使命を忘れ、自分のために生きて欲しい、と……
あと、二プラトは思い詰めてしまう子だから、気にかけてくれると嬉しいと』
「……! わ、わがっだで、ありまずっ……!」
『お願いね…… --タツヒト君。シャムを、私の子供達を、世界を…… 任せても良いかしら……?』
ひたりとこちらを見据えるシュハルさん。その重過ぎる願いに内心冷や汗を垂らしながら、僕は大きく頷いた。
「ええ、お任せください」
『--ありがとう…… これで、全て終わり。思い残すことは何一つ無いわ……
はぁ〜〜〜…… それにしても、くたびれたぁ……』
--ウゥゥゥンッ……
疲れ切ってベッドに倒れ込んだような声の後、シュハルさんの目は閉じられ、彼女に繋がった全ての装置がその動作を停止した。
「シュハルさん…… 永い間、本当にお疲れ様でした。どうかゆっくりとお休み下さい」
僕らは誰からともなく、安らかに眠りについた彼女に向かって頭を下げていた。
「お前ら……! 母様は…… 母様はどうしたぁ!?」
シュハルさんの元を後にし、円形の大広間に戻ってきた僕らを、縛られたままの二プラトが問い詰めた。
「--逝かれたよ。安らかに」
「ひゅっ…… ひぐっ……! あぁ…… あぁぁぁぁぁっ!!」
僕の言葉に、彼女は子供のように号泣し始めた。 --この子の行いで…… 今回の戦争で、王国や隣国のみんなが一体何人死んだか分からない。
僕は彼女に復讐するべきなのかも知れないけど、その境遇を知った今は、とてもそんな気にはなれなかった。
「ぐすっ…… お母さんから、みんなに伝言であります。今までありがとう。これからは使命を忘れ、自分のために生きて欲しいと。あと、二プラトの事を気にかけて欲しいと……」
シャムが伝えたシュハルさんの遺言に、猊下達は神妙に耳を傾けた。
「そうか…… 母を看取ってくれて感謝する。我には、とてもできそうになかったからな……」
「これで人類は俺たちの手を離れた訳か…… ふふ、どうだタツヒト。管理された世界を破壊した気分は?」
「もう。アシャフ、意地悪を言わないで下さい…… タツヒトさん。二プラトは落ち着くまで私達が見ています。早く戻って、国の皆さんを安心させてあげて下さい」
「わかりました。また、近いうちにお話ししましょう。それでは……」
カサンドラさんの言葉に頷いた僕らは、メカシャムに案内してもらい、塔の外へ出た。
ここに着いたのは夕方ごろだったけど、かなり時間が経っていたようで、今はもうすぐ日の出という時間帯だった。
僕らは薄暗い中をよろよろと歩き、島の港に係留していた客室コンテナのところまで戻った。すると……
「あ…… みんなあれ見て! 呪炎竜だよ!」
遠くの空に、こちらに向かってくる紫色の翼影を見つけたのだ。
それと同時に、絆の円環が発動した。
キィン……
(魔神討伐組のみんな、無事か? こちらに呪炎竜が一人で戻ってきたので、大量の財宝と引き換えに迎えに行かせたのだが……)
(メームさん……! みんな無事です! そして助かりました。ちょうど奴の姿が見えたところです。
こっちは、全て片が付きました。詳しくは後ほど話しますが、魔神は、僕らの敵はもう居ません……)
(そうか、よくやってくれた……! 居残り組のみんな、聞いたな!?)
メームさんの声の後に、王城に残ってくれたみんなから次々に声が届く。
そんな中フラーシュさんが伝えてくれたのは、中々のビッグニュースだった。
(タツヒト氏、ヴァイオレット氏! 聞いて聞いて! なんとアレクシス君が…… さっき歩いたの!
何にも掴まらずに、自分一人で! まだよちよち歩きだけど、あたし感動して泣いちゃった……! みんなも早く戻って、褒めてあげて! 待ってるから!)
通信がひと段落した所で、僕とヴァイオレット様は苦笑いで顔を見合わせた。
「これは…… 世紀の一瞬を見逃してしまったようだな」
「あはは、ですね。でも、また何度だって見れますよ。 --さぁ、家に帰りましょう」
だんだんと近づいてくる呪炎竜をみんなで待つ間、東の空から陽が登り、世界を明るく照らし出した。
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