第536話 滅龍者ツァヤード(3)
ドンッ!
途方もない衝撃が、僕らの居る円形の広間を、広間を内包する巨大な塔を、島全体を激しく揺るがす。
ズズズズズズッ……
余震が広間を揺らす中、頭上にいたカサンドラさんが少し離れた場所へ着地し…… 膝をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ…… あはっ……」
息を乱しながら、彼女は笑った。自身が放った絶技が、広間の床を深く、広範囲に消滅させた様を見て。
「あはっ、あははははははぁ!」
彼女はさらに、本日何度目かの哄笑を上げた。消滅範囲のその中心に立つ、血だらけの僕らを見て。
僕らはあの絶技を凌ぎ切り、生き残ったのだ。
「凄い……! 凄い凄い凄いぃ! 私の燼剣を防ぎ切るなんて……! 神獣の方々以外では史上初です!!
そして、見てましたよ! 頭上から降り注ぐ数千の延撃の内、高位力の数条のみを見極め、打ち消し、残りの目眩しの斬撃を致命傷を避けながら体で受ける……!
中々できることではありません……! 素晴らし観察眼、判断、業前、そして胆力です!
しかも…… 共鳴からそんな効果まで引き出すなんて……!」
ハイテンションで捲し立てる彼女に対し、僕とヴァイオレット様は全身を苛む激痛に喋ることもままならない。
そんな僕ら二人の体は、青白い雷光と、黄金のオーラの双方に覆われていた。
(ははは…… めちゃくちゃ褒められてますね、ヴァイオレット様)
(あぁ…… だがタツヒト。我々の奥の手を知られてしまったな……)
カサンドラさんの言う通り、僕らは彼女が放った燼剣の性質を直感的に理解した。
広範囲、高密度な格子状に頭上から振ってくる数千の延撃。この絶技に逃げ場はどこにも無かった。
ならば打ち消すしか無いと必死に技を観察し、先程彼女が言った通りの対処をしたのである。
その際、僕らは奥の手として伏せていた、真・共鳴とも言える技を使用した。
これにより、僕の強化魔法がヴァイオレット様に、ヴァイオレット様の防御魔法が僕に伝播した。つまり、僕ら二人の膂力、反応速度、防御力の全てが強化されたのだ。
この超強化状態になって初めて、僕らはカサンドラさんの絶技に対処する事が出来た。
ただ、今ので魔力はごっそり持っていかれたし、体中に無数の裂傷が刻まれている。もう、長くは持たない……!
そんな事をおくびにも出さないように振る舞ったつもりだったけど、カサンドラさんにはお見通しだったようだ。彼女は悲しげに目を伏せながら、剣を構え直した。
「分かっています。終わりが近いんですね…… でも……! 最後まで、楽しく行きましょう!」
異様な速度で踏み込んでくるカサンドラさんを、僕らは咆哮を上げながら迎え撃った。
「「お…… おぉぉぉぉぉっ!!」」
剣戟が交わされる。流石のカサンドラさんにも疲れが出てきたのか、最初ほどのキレは無い。
しかしそれはこちらも同じで、彼女の猛攻を防ぎきれず被弾がどんどん増えていく。
そんな限界状態の戦闘が共鳴をさらに研ぎ澄ましたのか、それともただの幻聴か、カサンドラさんの心の声がかすかに流れ込んできた。
(あぁ、楽しい……! 楽しい楽しい! 次はどう攻めようかな……!? あれも防がれちゃうかな!?
お願い…… お願いどうか終わらないで! このままずっと、この楽しい時間が続いて!!)
それは、僕らという強敵と戦えた事への激しい歓喜。そして、それが終わりかけている事への子供のような恐れや寂しさ…… 永きを生きた彼女から溢れた、感情の洪水だった。
僕とヴァイオレット様の偉大なる師匠にして孤高の英雄、滅竜者ツァヤード。彼女の内面に触れ、僕らの想いは、ある一つの願いに集約された。
((この人を、超えたい……!))
瞬間。僕らの精神は溶け合い、二つの体を持つ一つの『私』へと合一された。そして。
ズンッ……!
『私』の体から発せられる放射光が、ほとんど視認できない薄い紫色へと変化する。
今この瞬間、『私』はカサンドラと同じ領域、神の位階へとその指先を掛けた。
((カサンドラ、『私』は、貴方を超える……!!))
守勢を解き、一気に攻勢へと転じた『私』を、カサンドラは恋する乙女のように頬を染めて迎え撃った。
「あぁ、お二人とも…… 私は…… 私はなんて幸せ者なんでしょう……!」
キィィィィィィッ……!!
『私』とカサンドラが始めた撃ち合いは、際限なく速度を上げ、いつしか剣戟の音は可聴域を超えた。
あのカサンドラと正面から互角に戦っている。その事に、『私』は誇らしさと達成感を感じていた。
カサンドラの方も、目からは歓喜の涙を流し続け、その表情は最高の笑顔を更新し続けていた。
しかしこれで終わりでは無い。初めて試す技の名前を、『私』は確信を以て叫んだ。
『『都牟刈・双刃!』』
ジュジュゥンッ!!
タツヒトの持つ漆黒の槍、ヴァイオレットの持つ黄金の槍。双方の穂先に、万物を切断する不可視の風の刃が生成された。
「それが蜘蛛の神獣様の……! 受けて立ちましょう!」
喜色を浮かべてるカサンドラへ、『私』は黄金の槍による大上段からの唐竹割りと、漆黒の槍による心臓への突きを同時に放った。
圧縮された時間の中、カサンドラが黄金の直剣を頭上に掲げ、黄金の槍を迎え撃つ。
ガギィンッ……!
万物を断ち切るはずの二つの刃は、そのままガッチリと噛み合った。
そして、ガラ空きになったカサンドラの胸へ漆黒の槍が迫る。
ズシュッ……!
「「……!?」」
手に返ってきた異様に硬い感触に、『私』は戦慄した。
これまであらゆるものを切断してきた都牟刈の刃が、カサンドラにはほんの僅かにしか突き刺さらなかったのだ。これでは致命傷には程遠い……!
「あはっ……!」
カサンドラは壮絶に笑うと、黄金の直剣を捻り、ヴァイオレットの手から黄金の槍を捻り取った。
瞬間、『私』を覆っていた黄金のオーラが消失した。
「あぁっ……! 勿体無いぃ!!」
カサンドラさんはそんな変な掛け声と共に、泣き笑いの表情で直剣を水平に薙いだ。
直剣の向かう先は『私』の二つの首。防御力強化を失った今、この攻撃を受ければ『私』は確実に死ぬ。
--けれどカサンドラ。安心して欲しい。『私』は、まだ最後の手札を残している。
「「い…… けぇっ!!」」
ゾンッ!
直剣が首に触れる直前、漆黒の槍の穂先から、『私』の延撃が迸った。
結果、カサンドラは凄まじい勢いで後ろへ吹き飛ばされ……
ドガァッ!!
円形の広間の壁に激突した。
(あ……)
(あ……)
その直後。魔力切れによる急速な脱力が体を襲い、溶け合っていた僕とヴァイオレット様の精神は、再び二つに戻った。
ヴァイオレット様がガックリと膝を突き、その拍子に僕も彼女の上から落馬する。
シャットダウンしそうになる意識になんとか鞭を打ち、金属の壁面に半ば埋まっているカサンドラさんを睨む。
--先ほど放った延撃は、最近ようやく発動できるようになった未熟なものだけれど、都牟刈も併用した必殺の技だ。もしこれが通用しなければ……
ズルッ……
壁面に埋まっていたカサンドラさんの体がずり落ち、床面へと落下する。
そして激突の直前、彼女はくるりと身を翻し、しっかりと両足から床に着地した。
「うふ、うふふふふ…… 流石ですね、タツヒトさん。もう延撃まで習得していたなんて……」
胸から大量に血を流しながら、彼女は超然と笑った。届かなかった、か……
「--タツヒト…… 動けるだろうか……?」
「--立つだけでしたら、なんとか……」
「そうか…… ならば、立ち向かわねばなるまい……!」
お互いと槍を支えに、僕とヴァイオレット様はなんとか立ち上がった。
でも、本当にそれだけだ。もう、それしかできなかった。
全てを出し切り、僕らはある種の清々しさまで感じていた。
カサンドラさんはそんな僕らを見て笑みを深くし……
「--ごぼっ……!」
大量に吐血した。
「ごほっ、かはっ…… --はぁ〜…… 残念……! 負け、まし、たぁ〜……!」
彼女は、花が咲いたような笑みを浮かべながらよろよろと数歩後ずさり…… そのままどさりと仰向けに倒れ込んだ。
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