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第053話 黄金の剣

前章のあらすじ:

 もんむす好きの男子高校生タツヒトは、転移した先の異世界で修行の日々を送っていたが、住んでいる村の周辺で様々な異変が生じ始めていた。

 異変が魔物の大群が押し寄せる大狂溢の予兆だと分かり、領都への避難を翌日に控えた中、予想より早く大狂溢が始まってしまう。

 タツヒトとヴァイオレットが中心となり何とか強敵を退け、大狂溢を乗り切ったことで、二人の関係には変化が生じ始めていた。


 大狂溢(だいきょういつ)が終わって一週間ほど経った。

 村にはまだ魔物達による襲撃の跡が生々しく残っているけど、だんだんとみんな普段の生活に戻り始めていた。

 今は朝食後の時間帯で、村の防壁を修繕してくれている木こりの人達を横目に、農作業組の人達と外の麦畑へ行くところだ。


 瀕死だった僕の体調はすでに回復していて、潰れかけていた左腕も完璧に治り後遺症も無い。ソフィ司祭のおかげだ。

 彼女には酒場で一番高い蒸留酒をプレゼントしたところ、その場で神に祈りを捧げ始めるほど喜んでいた。

 ヴァイオレット様もすでに体調は回復されて、今は領都にいるはずだ。

 勝手に領都を離れたと言っていたから何らかのペナルティが降ってるだろうけど、軽いものであることを祈るばかりだ。


 ちなみに、本当はもっと早い段階で麦畑に手をつけたかったのだけれど、そうもいかない理由があった。

 大狂溢(だいきょういつ)が落ち着いた後に村の外に出たら、防壁の周り、街道、湖、村の周りはそこら中魔物の死骸だらけだったからだ。

 村の中に侵入してきた魔物の死骸も合わせて処分しないと、腐敗した死骸から疫病が流行ってしまうかもしれない。

 僕らは総出で目につく範囲の死骸を村の外に集め、次の納税用の材木を潰してまで薪を作って片っ端から焼いていった。

 着火にはイネスさんと僕の魔法まで使って、何とか昨日の段階で処分を終えることができた。


 そう。僕の得意属性はこれまで発見されていなかった雷属性などではなく、火属性ということだった。ちょっとがっかり。

 イネスさんによると、稀に氷を操る土属性の人や、高温の水蒸気を生み出す風属性の人が現れたりするらしい。

 僕も、ちょっと珍しい雷を生み出す火属性の魔法使いというわけだ。

 そう言われて頑張って火を出そうと練習したら、まだ不安定だけど小規模な火炎放射のような魔法を発現させることができた。

 これまでの話から、どうやら地属性が個体、水属性が液体、風属性が気体、火属性が……多分プラズマあたりに対応しているみたいだ。

 そうすると、具象魔法と呼ばれる四つの属性魔法は、各属性に対応した状態の物質を生み出したり操ったりするものと言えるのかも。


 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか麦畑に着いていた。


 「やーっと畑に手を出せるなぁ。よし、午前中にこの辺りを片すぞ」


 「はいはーい」


 「さて、やるか〜」


 村長の号令に従って、僕らは魔物達に踏み荒らされた小麦畑の世話を始めた。

 秋蒔きの小麦畑は、幸い七割ほどは無事だった。これは多分、大森林との位置関係によるところが大きい。

 大森林側から見て、手前が湖、その向こうが村、さらに向こうに麦畑といった位置関係なので、あまり魔物に踏み荒らされずに済んだのだと思う。

 考えて設計したのだとしたら結構すごいな、村長。

 

 そういう訳で、今は魔物に踏み荒らされてしまった三割の部分の畝を直したり、まだ枯れていない苗を植え直したりしているのだ。

 地球で麦を育てたことが無いので比較できないけど、こっちの世界の小麦はめちゃくちゃ逞しいみたいだ。

 魔物に踏み荒らされた後にも、自力で起き上がって成長を続けようとしている苗が沢山あった。

 僕はこの小さな作物の生命力に感動しながら作業を続けた。






 「タツヒト、ちょっと表にでろや」


 「へ? はい、わかりました村長」


 「……ボドワン、あまり遅くならないでね」


 「そいつは約束できねぇが、無駄な時間はかけねぇよ」


 一日の仕事を終え、村長宅に戻り、あとは夕飯を食べて寝るだけという時間。

 何やら考え込んでいたボドワン村長が、完全に喧嘩のお誘いのようなセリフで僕を外に連れ出した。

 いや、村長の口の悪さは知っているので、多分そういう意図が無いのはわかるけど、何だろう?

 村長の旦那さん(地球でいうところの奥さん)のクレールさんは、何か察しているみたいだ。


 何だろうと思いながら村長宅を出ると、村長は外に置いてあった練習用の木剣と長い木の棒、(じょう)を手に取った。

 

 「ほれ」


 そして(じょう)を僕の方に放った。

 慌てて受け取ると、村長は既に間合いを取って木剣を構えていた。


 「最近やってなかったからなぁ。一本付き合えや」


 「それは……  ありがたいですけど、急ですね」


 村長との試合はとても勉強になるので異存はないのだけれど、今日は何だか様子が違う気がする。


 「いいだろいつだって。ほら、構えろや」


 急かす村長。まぁいいか。

 大狂溢(だいきょういつ)を乗り切って、僕も村長も位階が上がってるはずだ。どのくらい差が縮まってるか試したい。

 僕は村長にその先端を向けて、(じょう)を中段に構えた。

 村長の方も木刀を中段に構えている。

 オーガー達を相手にする時は大上段に構えていた気がするけど、流石に長物相手には相応の構えを取るようだ。


 一瞬の読み合いの後、僕は後ろ脚を大きく蹴り出して数mの間合いを潰した。

 身体能力が異常なこの世界では、大体の前衛職が遠間から一気に間合いを詰めて攻撃できる。

 僕の中段突きを村長が木刀で逸らし、剣の間合いに侵入してくる。

 僕は即座に杖をくるりと回し、下段から顎をかち上げるような一撃を見舞う。

 それを村長は上体を逸らすだけで回避する。


 村長の剣技は、長い冒険者生活で培ってきたであろう老練な技、黄金級の膂力と反射速度、そして野生的な勘が高度に融合したものだ。

 木刀が壊れないギリギリの力で打ち付けられる上段からの切り下ろしを、避けきれずに槍を横にして受ける。


 ガァン! 


 夕日を反射して光る木刀が、僕に骨身に染みるような重い一撃を見舞う。

 まるで黄金の剣を打ち付けられているかのように錯覚してしまう。


 そんな剣と槍の間合いの取り合い、読み合い、力押しが絡み合うやり取りが十数合続いた頃。

 位階の上昇により高まった僕の速度が、村長のそれを上回った。

 僕は村長が木刀を振り切った瞬間を狙い、木刀に巻き上げるような一撃を加えた。


 ッカァン……!


 村長の手から木剣が弾かれ、追撃の(じょう)の先端が村長の顔の寸前で停止した。

 一瞬の静寂の後、弾かれた木刀が地面に落ちる音が響いた。


 ……ガランッ


 「……ッハァ、ッハァ、ッハァ」


 無茶な動きをしてしまったので、息が乱れてしまっている。

 ほとんど身体能力によるゴリ押しのような内容だったけど、初めて村長から一本取った。

 達成感がお腹の奥からじんわりと込み上げてくる。


 「……やるじゃねぇか」


 驚いた表情をしていた村長が、ニヤリと笑って賞賛してくれた。

 息子の成長を喜ぶ父親って感じの表情で、嬉しいのと同時に何だか少し恥ずかしい。

 僕は(じょう)を下げて脇に持ち、村長に立礼した。


 「ありがとうございました」


 「ったく、俺が黄金級に上がるまで何年かかったと思ってんだ。早すぎるぜ、全く」


 「あはは…… イネスさんにも言われました、それ」


 「ふん。おめぇが無茶な鍛え方してるのは知ってるが、それにしたって位階が上がるのがはえぇ。もしかしたら、おめぇは人より位階が上がりやすい奴なのかも知れねぇな」


 それは僕も薄々考えていたことだ。

 周りの人の話と、自分の位階の上り方との間に乖離があるなーとは思ってたんだよね。

 この世界にはいきなり放り出されたけど、しっかりチート能力を頂いていたらしい。

 この体質は、僕がこの世界にとっての異世界人であることに起因するのか、それとも何か神様的な存在による祝福なのか……

 いずれにせよ、有り難く利用させてもらう事にしよう。


 「だが、これでオメェに教えられることはもう無くなっちまったなぁ」


 「いや、そんなことないですよ。今のは完全にゴリ押しで取った一本だったので、技とか読み合いとかはまだまだ敵いません。槍じゃなくて剣も教えて頂きたいですし」


 「そうか? だが、どう考えてるかしらねぇが、おめぇはこんな村に収まるタマじゃねぇ。それに、でっけぇ目標もあんだろ? もちろん今すぐって訳じゃねぇが、そろそろ身の振り方ってやつを考えてみてもいいんじゃねぇか?」


 「……それは」


 これもぼんやりと考えていたことだったけど、咄嗟に言葉が出なかった。

 ヴァイオレット様に認めてもらえるくらい強くなる。そのためには、この村に留まることは多分正解じゃない。

 それでも、もうこの村がかなり好きになってしまってる僕は結論を出せずにいた。


 「--まぁごちゃごちゃ言ったが、おめぇが成長して俺より強くなったのは確かだ。今日のところはそれだけわかりゃぁいい。さ、飯にしようぜ」


 そう言って村長は、背中を向けて家に歩き始めた。


 「……はい!」


 僕はこの世界における父の背中に、今度は深々と最敬礼をしてからその後を追った。


4章開始です。お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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