第529話 子連れ魔竜
西の港街からへとへとで王都に帰投した僕らは、すぐに絆の円環でみんなに事の次第を知らせた。
ヴェラドの討伐成功、奴が使っていた傀儡の邪法、そして、黒幕である魔神ニプラトの存在…… 内容が盛りだくさん過ぎて、流石のみんなも言葉を失っていた。
そして翌朝。無事に目を覚ましたカリバルは、まだ意識ははっきりとしないものの傀儡状態から回復していた。
僕らは直ぐに蒼穹士団に依頼し、帝国、魔導国、馬王国の艦隊の上空から停戦勧告のビラをばら撒いてもらった。
ビラには、ヴェラドが傀儡の邪法を使って三国の上層部を操っていた可能性。そして、そのヴェラドは倒したので、邪法がもう解けているはずという推測も書いておいた。
推測は当たっていたようで、その日のうちに三国から暫定的な停戦受諾の申し出があった。
それにほっと胸を撫で下ろした更に翌日、僕は王城の会議室に人を集め、今後に関する宮廷会議を開いていた。
面子は各地から王都に戻ったお妃さん達と重臣達。幸い誰も欠けていない。
「さて会議の前に…… ロスニア妃、カリバル妃の様子は?」
いつもの面子の中で、カリバルとアスルだけが欠席している。ロスニアさんは、先ほどまで王城の医療棟でカリバルの診察をしてくれていたのだ。
「はい。まだ完全ではありませんが、もうかなり意識がはっきりしてきています。特に障害が残ることも無さそうです。
今はアスルちゃんが付きっきりで看病してくれています。きっと、以前の事を思い出して心配なんだと思います……」
ロスニアさんが少し目を伏せながら言う。
以前、カリバルはタチの悪い古代兵器に体を乗っ取られ、大暴れの末に死にかけた事がある。
彼女の親友であるアスルは、今回そのトラウマを大いに刺激されてしまった筈だ。ヴェラド、それに魔神め。本当に余計な事をしてくれる……!
「そうか…… 其方ら、聞いての通りだ。ヴェラドの支配下にあったカリバル妃は回復しつつある。
そして三国が停戦交渉に応じたと言う事は、各国の首脳陣もカリバル妃と同じ状況と言う事だろう。
彼女達が完全に回復し次第、講和会談を開いてこの戦争を終わらせる……! 皆、もう一踏ん張りだ」
「「は!」」
それから僕らは、講和会談の日程調整、会談場所の選定、条約の草案作成などを行なった。加えて…… 今回の戦争で犠牲となってしまった人々への補償についても話し合った。
「陛下。講和に関しては、今日の所はこの辺りでよろしいかと」
おおよそ話がまとまった所で、ラビシュ宰相そうまとめた。
「うむ、そうだな。 --皆、すまぬがまだ議題がある。我々の真なる敵、魔神ニプラトについてだ」
講和に向けた平和的な話から一転、会議室の雰囲気が一気に引き締まった。
「魔神ニプラトか…… 正直、私はまだ信じきれていない。名前も知らぬ神がなぜ我が国を…… 我々や息子のアレクシスを狙うのだ……!?
それも、わざわざヴェラドのような邪悪な者を唆したりして……!」
ヴァイオレット様が、困惑と少しの恐怖が混じった表情で呟く。ちなみにアレクシスは別室ですやすやと寝ている。護衛にナノさんたちが付いてくれているので安心だ。
「それは、我にも分からない…… しかし、魔神はきっとまた仕掛けてくる。その前に叩きたい……! シャム妃」
「はいであります!」
席を立ったシャムが壁面のコンソールを操作すると、壁一面にこの星、エルツェトの世界地図が映し出された。
そこへ、アウロラ王国の西の港町を起点に、真西から南へ十度の方角に伸びる線が描き加えられた
。
線は街から約一万Km離れた地点で終わっていて、その終点は地球でいう太平洋のど真ん中だった。
「これはヴェラドに投射された魔素の波動、その推定軌道であります。波動の発射地点はこの円の範囲の何処かであります!
つまり、この範囲内に魔神の拠点が存在する可能性が高いであります!」
地図上で線の終点付近がズームされ、直径100kmの予想円が追加で描き込まれた。しかし、円の中には何も見当たらない。ただの海原だ。
「ちっちゃい島も何も無いね…… シャム氏、この地図ってやっぱり……?」
「フラーシュ、肯定するであります。地図は方舟離陸時のものなので、物凄く古い情報である事に注意が必要であります」
「なるほどぉ……? そうなると、今はそこに島ができている可能性もありますわねぇ……」
「にゃっ!? 島って、にゃんもにゃい海から勝手に生えてくるのかにゃ!?」
キアニィさんとゼルさんの掛け合いに、プルーナさんがくすりと笑う。
「ふふっ。海底火山の噴火なんかで生えてくる場合はありますね。滅多に無い事ですけど」
「ふむ。もしこの円の範囲内に島があれば、周囲は何もない海原だ。島を見つけるのはさほど難しく無いだろう」
僕の言葉に、思案顔で話を聞いていたメームさんが手を挙げた。
「陛下。拠点の捜索も重要ですが、それほど遠い場所に行くのもかなりの困難を伴うでしょう。
転移魔法陣はまだ故障中です。船で向かう場合、西回りでも東回りでも数ヶ月かかるでしょう」
「うーん…… 陸からこれだけ離れてると、あーしでもきついかも…… みんなも連れてくとなると、ちょっと無理かなぁ……」
「ティルヒル妃の翼でもやはり厳しいか…… うむ。魔神の件は、講和会談の後に時間をかけて取り組むべき課題だな。会談が魔神に妨害されなければ良いが……」
僕の最後の呟きに、みんなが難しい表情で考え込む。
--ズンッ……!
その時、王城全体が大きく揺れた。地震とは少し違う揺れに思わず立ち上がる。
「何事だ……!?」
すると少しして、会議室に青い顔をした騎士が走り込んできた。
「か、会議中に失礼致します! 陛下! 来ました! 事前通達されていた賓客が……! 上階の発着場です!」
「……! なるほど。分かった、すぐに向かう! すまぬが宮廷会議は一時中断とする。妃達も一緒に来てくれ!」
会議室を出た僕らは、騎士の案内で城の上階に向かった。そこは、とあり理由で増築してもらったヘリポートのような場所だった。
「グルルルッ……」
そしてそこに、紫色の巨大な飛竜が降り立っていた。流線型の細身な体型に、猫科の猛獣を思わせる強靭でしなやかな四肢。紫宝級の魔竜、呪炎竜である。
この魔竜と僕らの縁は結構深い。最初は敵同士だったけど、今はビジネスパートナーと言った感じだ。
「こ、こいつが例の呪炎竜かいな。アラク様といいエラフといい、おまはんら、ちょっと顔広すぎやろ……」
エリネンが、奴と僕らとを見比べながらそんな事を言った。
「あはは、そうかもね。 --やぁ久しぶり、元気そうだね。また財宝運搬用の籠が壊れたのかな?」
「あれ…… でもタツヒトさん。見た感じ籠は無事みたいですよ……?」
奴の傍らに置かれた大きな籠を見て、プルーナさんが小首を傾げる。
財宝が大好きで各地で強盗を働いているこの魔竜は、その運搬のために必要な籠の製作、修理を、プルーナさんに頼っているのだ。
なので、てっきり今回も籠の修理依頼に来たのかと思ったんだけど……
「キュー!」
不思議に思って籠を眺めていると、その淵から何かが顔を出した。
それは、大型犬ほどのサイズ感の、ちっちゃな呪炎竜だった。
「「え……!?」」
驚く僕らをよそに、その子はよじよじと籠から這い出すと、こちらへの方へテチテチと駆け寄ってきた。
「キュキュッ?」
お座りのような姿勢で僕らを見上げ、小首を傾げる小さな魔竜。円な瞳に、脳が痺れるような鳴き声。これは……
「かっ、可愛い……! も、もしかして君のお子さん!? 抱っこしていいもいい!?」
「グ、グル……」
ちょっと引き気味に頷いてくれた呪炎竜にお礼を言うと、僕はその小さな魔竜をそっと抱き上げた。
普通の生き物と作りが違うのか、重量感がすごい。でも若いせいか鱗も柔らかく、なんだかすごく抱き心地がいい。
子供魔竜も抱っこが心地よいのか、「キュルルル……」と心地よさそうに目を細めている。なんだこの可愛い生き物。
「タ、タツヒトさん、次は私に……!」
「あ、ロスニアずるいであります! シャムも抱っこしたいであります!」
名残惜しく手渡すと、お妃さん達はキャイキャイ言いながら子供魔竜に構い始めた。
「ふふっ、大人気だね。でも、子供を見せに来てくれたって訳でもないんでしょ? 今日は一体なんの御用で?」
「グル、グルル」
呪炎竜に問いかけると、奴は財宝籠と子供魔竜を交互に指した。わ、分からん……
首を傾げていると、メームさんがハッと息を飲んだ。
「もしかして、その子の分の財宝籠が欲しいんじゃないか? ちょっと俺も訊いてみよう」
メームさんが身振り手振りしながら奴に尋ねると、どうやら彼女の推測は当たっているようだった。
そういう事なら喜んで! と、プルーナさんが小さい財宝籠を作る間、僕らは呪炎竜とその子供にでかい肉塊を差し出して歓待した。
双方ご機嫌で食べてくれていたけど、特に子供魔竜は僕らに懐いてくれたようだった。
そして、プルーナさんが完成した籠を渡すと、子供魔竜は親とお揃いの財宝籠を手に狂喜乱舞した。
「キュー、キュキュー!」
「グルルルル……」
それを見た呪炎竜も嬉しそうにしている。あの魔竜が丸くなったものだ。
すると奴は、籠の対価と言う事だろう。とても小さな指輪を差し出してきた。 --ケチなところは変わらないらしい。
「あ、対価ですね。どうもありがとうござ--」
「まてプルーナ。今回は別の対価を貰ったらどうだ?」
奴から指輪を受け取ろうとしたプルーナさんに、メームさんが待ったをかけた。
「メームさん、別の対価と言うのは?」
「ああ。今の俺たちにとって、その指輪より遥かに価値のあるものだ。
例えば、ここから真西から南へ十度、距離一万キロル…… その位置への空の旅を提供してもらうのはどうだろう?」
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