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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
3章 森の異変

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第052話 大狂溢の終わり


 パタパタ……

 可愛らしい足音に目が覚めると、そこはいつも僕が使わせてもらっている村長宅の一室だった。

 ベッドから部屋の中を見回すと、足音の主、エマちゃんが部屋の窓を開けてくれていた。

 日差しの感じから、今は朝の早めの時間だろう。

 どうやらずいぶんお世話になってしまったらしい。


 「--おはよう、エマちゃん」


 「ひゃっ! タツヒトお兄ちゃん、起きたの!?」


 突然声をかけた僕に驚きながらも、こちらに駆け寄ってくるエマちゃん。

 泣き笑いのような表情だ。ずいぶん心配させてしまったみたいだ。


 「うん。心配かけてごめんね。みんなは、ヴァイオレット様や村長は無事かな?」


 「うん! ヴァイオレット様はまだベッドで休んでるけど、村長なんかもう起き上がって働いてるよ!」


 「そっかぁ、よかった。ふふっ、村長はどうかしてるね。よっこいしょっと」


 ベッドから身を起こすと、まだだいぶ疲労感と倦怠感があった。

 完全に潰れたと思っていた左腕も、ちょっと痛みがあるけどちゃんと動く。


 「あ、無理しないでね。大怪我した人が三人もいたから、ソフィ司祭でもちょっとずつしか治せなかったんだって。お腹空いてるでしょ? 今朝ごはん持って来るから、そのまま待っててね」


 エマちゃんはそう言って、またパタパタと部屋の外に行ってしまった。

 そういえば、確かにめちゃくちゃお腹が減ってる。あれから何日寝込んでたんだろう?

 この村がまだ残っているということは、大狂溢(だいきょういつ)は乗り越えたということだろうけど、オーガー達の後には何も来なかったのだろうか?

 疑問が頭を巡る中待っていると、ノックの音がした。


 「はい、どうぞ」


 すると、エマちゃんと、ヴァイオレット様が入ってこられた。


 「ヴァイオレット様! お身体は大丈夫ですか?」


 「やぁタツヒト、お邪魔するよ。まだ少しふらつくが、問題ないさ。君も元気そうでよかった」


 そう言って彼女は微笑んだ。よかった、確かに少し顔色がすぐれないけど、元気そうだ。

 いつもの甲冑や凛々しい私服ではなく、ゆったりとしたシンプルなワンピースを着ていらっしゃる。新鮮。


 「ヴァイオレット様にタツヒトお兄ちゃんが起きたよって教えたら、お見舞いに来てくれたの。はい、タツヒトお兄ちゃん。熱いから気をつけてね」


 エマちゃんがサイドテーブルにスープとパンを置いてくれた。

 

 「ありがとう、エマちゃん」


 「タツヒト、食べながらで良いので聞いてくれ。オーガー達との戦いの後のことを話しておこう。と言っても、私も気を失っていたから、大部分は伝聞になるがな」


 それから彼女はあの後何があったのかを話し始めた。





 

 オーガー達が去った後、村のみんなは門を開けて急いで僕らを回収したらしい。

 そしてヴァイオレット様、村長、僕の三人はすぐに教会に担ぎ込まれ、ソフィ司祭の治療を受けた。

 全員瀕死の重症だったので、一人づつ大きな傷から順に治して、魔力が回復し次第次の傷を治す。

 そんなマラソンのような治療を終えたソフィ司祭は、今は魔力切れで寝込んでいるらしい。ありがたいことだ。

 よし、あの方教義と同じくらいお酒を愛してる聖職者だから、あとでちょっといいお酒でも届けよう。

 

 僕らを回収したあとは、幸か不幸かオーガーの群れの後には一匹しか魔物が来なかったらしい。

 しかし、その一匹がとんでもない奴だったみたいだ。


 その黒い魔物は、森から影がそのまま滲み出るかのように現れた。

 体高は村の防壁と同じほどで、目のない巨大な犬のような不気味な形をしていた。

 そいつは村の防壁近くまでくると、僕らが倒したオーガーの死体を貪り始めた。

 身体中から体毛が変化したような触手を伸ばして死体を掴み、周りにギザギザの歯が生えた円形の口であの硬いオーガーを次々に咀嚼していった。

 オーガーの死体を全て食べ尽くしたそいつは、次に触手の先に眼球の様なものをいくつも生み出し、防壁の中を観察した。

 そしてオーガーの気配が無いことを確認したのか、ホブゴブリンが率いるオーガーの群れが向かった方向に消えていった。

 その間、防壁近くに詰めていた冒険者達は強大な気配と恐怖で呼吸すらままならなかったらしい。


 「おそらく、オーガーの群れはその黒い魔物に追い立てられてここまで逃げてきたのだろうな。

 文献でもみたことがないので、まだ発見されていない魔物だろう。状況から考えるに、最低でも青鏡級の力はありそうだ」

 

 ヴァイオレット様は淡々と所見を述べているけど、何その冒涜的な魔物、怖すぎるでしょ。

 しかし、そんな魔物が彼らを追っていったのか…… 立場上何も言えないけど、心の中で無事を祈るくらいは見逃してもらおう。


 「恐ろしい奴がいたんですね…… そいつがオーガーが大好物な偏食家だったからオーガーの群れが逃げてきたわけですけど、偏食家なおかげで幸運にも僕らは見逃されたわけですか。 --人間の味を覚えないことを祈るばかりですね」


 「うむ、そうだな。青鏡級となると、私では万全の状態でも難しい。騎士団長と魔法士団長と組んで何とか、といったところだろうな……

 あぁ、幸運といえば、この村の近くに魔窟ができて、それを大狂溢(だいきょういつ)前に討伐できたのはかなり幸運なことだろう」


 「え、どういうことですか?」


 「大狂溢(だいきょういつ)では、森の深層から魔素量が高まっていき、深層で増えた魔物に押し出されるように浅い層の魔物から人里に押し寄せてくる。

 しかし、この村の近くの森には、魔窟によって魔物の空白地帯ができていただろう?  そのおかけで村に押し寄せる魔物が少なくなったはずなのだよ」


 「なるほど…… それは確かに幸運でしたね」


 大狂溢(だいきょういつ)も魔窟も狙って引き起こせる現象じゃないから、本当に幸運が重なったんだろうな。


 「これも伝聞だが、村の外では生き残った魔物の小さな群れが、ポツポツと大森林に帰って行ってるそうだ。

 これは大狂溢(だいきょういつ)が終わりつつあることを示している。我々は、ここを守り切ることができたのだ」


 そういうヴァイオレット様の表情は、穏やかな達成感に溢れていた。






 話がひと段落したあたりで、僕が目を覚ましたことを聞きつけた村の人たちが入れ替わり立ち替わりでお見舞いに来てくれた。

 村長夫妻、義理の姉上のリゼットさんとクロエさん、エマちゃんのご両親のダヴィドさんとレリアさん、そしてまだ少し具合の悪そうなソフィ司祭。

 こうして無事な村の人たちの顔を見ると、村を守り切ったんだという実感がじんわりと湧き上がってくる。

 一通り見舞客が訪れたあと、また扉がノックされたので返事をして招き入れた。


 「失礼しますヴァイオレット様、こちらにいらっしゃると聞いたのですが-- おっ、タツヒトくんも目を覚ましたのかい。よかったよかった」


 入ってきたのはイネスさんだった。よかった、彼女も体調は良さそうだ。


 「いやー、ヴァイオレット様からもう聞いたかな? あの後さらにやばい化け物が来てねぇ。防壁の上からいくつもの目玉で見つめられた時は生きた心地がしなかったよ。今思い出しても震えがくる」


 本当にブルリと震えながらイネスさんは言った。


 「ええ、聞きました。そいつが偏食なおかげで助かったとも」


 「偏食か、ははは。そうだね。おっと、本題。ヴァイオレット様、外も落ち着いてきたので、ここが無事なこと、そしてあなたがここで療養していることを領都に伝えてこようと思うんですが、構いませんか?」


 「うむ。ありがとうイネス殿。是非そうしてくれ。それと、もし大隊長に会えたら言伝を頼めるだろうか。処分は如何様にでも、と」


 「……! わかりました。では」


 イネスさんは少し驚いた表情をした後、一礼して部屋を出て行かれた。


 「あの、ヴァイオレット様、今のは……?」


 「あー、うむ。実は、私は本当は今頃領都に詰めていなければいけなくてな。

 領都への魔物の侵攻が落ち着いた段階で、上司に言付けだけ残して勝手にこちらに来たのだ。正直、かなりまずいことをした形になる……」


 罪悪感と諦めの混ざった困った顔、ヴァイオレット様にしてはとても珍しい表情をしながら、彼女はそういった。


 「えぇ!? まずいじゃないですか。 ……でも、そこまでして助けに来てくれたんですね。

 --本当にありがとうございました。今この村が無事でいるのはヴァイオレット様のお陰です」


 僕は自然とベッドの上で正座になり、そのままヴァイオレット様に深々と座礼していた。

 座礼の文化はないだろうけど、雰囲気は伝わったのか、ヴァイオレット様が慌てて止めに入った。


 「や、やめたまえ。礼など不要だよ。私は、そう、私は自分のしたい様にしただけさ。

 それに、タツヒト、私の方こそ君に礼を言いたい。君がいなければ私は今生きていないだろう。本当にありがとう。

 それにあの雷の魔法は見事だった。あれもつい最近覚えたのだろうか?」


 「はい。最近というか、あそこで撃ったのが初めてです。うまく得意属性が発現したようでして」


 「な、なんと。そうだったのか。得意属性は適正に加え、強烈な欲求、または地道な努力によってようやく発現すると聞くが……」

 

 「強烈な欲求…… それは、あったと思います。あの時は、ヴァイオレット様を助けたい、失いたくないという一心で、とにかく必死でしたから」

 

 あ、言っててちょっと恥ずかしくなってきた。途中から少しヴァイオレット様から視線を外してしまった。今顔赤いかも。

 言い終えてからチラリと彼女の様子を見ると、あれ、ちょっと驚いた表情に少し赤みがかった顔をしている。


 「そ、そうか。その、大変嬉しく思う。ありがとう……  あっと、ずいぶん長居してしまった様だ。私はそろそろお暇しよう」


 そう言ってそそくさとドアに向かった彼女だったが、部屋を出る直前に、ぴたりと止まってこちらを振り向いた。


 「タツヒト、その、うまく言葉にできないが…… 私は君に深い感謝と、親愛と、友情を感じているし、今よりももっと親しくなりたいとも感じている。

 こんなことは初めてで戸惑っているが、今はそれだけ伝えさせてくれ。では、またな」


 僕から視線を外しながら、少し早口でそう捲し立てた彼女は、最後に少し赤くなった顔で微笑んでから部屋を後にした。

 おぉ、おぉぉ! う、嬉しい…… これは、一歩前進したのでは!?





 

***






 ピーーー。


 【……第三大龍穴周辺の魔素量が基準値まで低下、コード00317の発令を停止】

 【……外部機能単位より、被害状況と終結の兆候を示す複数の報告有り、上位機能単位に報告】

 【……上位機能単位からの返答……第三大龍穴における大狂溢(だいきょういつ)は終結と判断】


 【……現地表記イクスパテット王国、ヴァロンソル領において確認された未知の言語に関して、再度上位機能単位へ対応方策を要求】

 【上位機能単位からの返答……大狂溢(だいきょういつ)の被害状況確認と復旧を優先、本件への対策は保留……】






 3章 森の異変 完

 4章 領軍魔導士団 へ続く


3章終了です。お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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